2.夫婦、ステータスを見る
よろしくお願いいたします。
意識を向けた瞬間、目の前に浮かんでいた文字が淡くにじんだ。その奥から、薄い板のようなものがすっと現れる。
胸の高さほどに浮かぶ半透明の板は、わずかに青みを帯びていた。向こう側の木々や草は透けて見えているのに、そこへ並ぶ文字たちは妙にはっきりとしている。
「……出た…」
隣で真琴が小さく声を上げた。横を見ると、彼女も千尋とほぼ同じ高さを見つめている。千尋からは何も見えないが、真琴の前にも同じものが出ているようだった。
「そっちも出てる? ステータス的な」
「うん、透明なタブレットみたいだね」
真琴が目の前へ人差し指を伸ばし、その板のようなものへ差し出す。指は何の抵抗もなく向こうへ抜けた。
「触れないね」
「うん、何の抵抗もない」
千尋も触ろうと試していた。だが、何の感触もない。実際の板が浮かんでいるというより、情報だけがタブレットのかたちで見えていると考えた方が近そうだった。
「こりゃ幽霊タブレットだわ」
「雑な名づけだな、真琴さんよ」
真琴がニヤッと小さく笑う。つられて千尋も口元を緩め、改めて自分の前に浮かんでいる文字へ目を戻した。
【自己照覧】
その下へ意識を向けると、今まで表示されていなかった文字がフワッと現れた。
【名前】神谷 千尋
【種族】人族
【肉体年齢】25
【精神情報】40
【生命状態】良好
「人族だったと改めて知らされると、なんだか不思議だな」
「本当ね」
真琴は自分の表示を確認するなり、なぜか両手で耳を触り始めた。
「エルフじゃなかった……ちょっと残念でもある」
「鏡見た時にわかるだろう?」
「あのときはさ、自分の顔見るので忙しかったから」
「ああ、ちりめんジワね」
「あるとないとでは大違いですから!」
かぶせ気味に答えた真琴の視線が、今度は《肉体年齢》で止まった。口元がみるみる緩んでいく。
「ちょっと、千尋さん、見た?二十五って」
「見たよ。二十五だったね」
「もう、正式に二十五になりました!ありがとうございます!」
「さっき見た時もそれくらいかなって言ってたよね」
「予想と正式発表は違うのです」
妙に誇らしげな真琴を見て、千尋はほっこりした気分になった。40歳の真琴も当然愛しているし、17年間一緒に暮らしてきたかわいい妻だ。とはいえ、25歳の頃の姿で中身だけそのままというのはなかなか経験できない体験だろう。単純に言えば、よりかわいい。
「なによう、どうしたの?」
見られていることに気がついた真琴が注意深く見てきた。そんな変な目で見ていただろうか。
「二十五の真琴をもう一回見れるとは、ありがたいと思ってた」
「やだ!急に素敵なこと言うじゃない♪」
真琴は嬉しそうに笑った。こんなに非現実的な状況でも素直に笑ってくれることが本当にありがたかった。
「あ、でもそれを言ったら私もね。得しちゃってるわ。千尋も二十五だからね!相変わらず素敵よ」
「それは何より」
お互いに肉体が若返ったことはもう疑いようがないのだけれど、ただ、その下にある《精神情報》という言葉は少し引っかかるものがあった。
「いわゆる精神年齢じゃなくて、精神情報なんだな」
千尋が気になったことをつぶやくと、真琴が顔をのぞき込むようにして言った。
「おっ、気になるところ出てきた?でも、確かになんだろうね、その表記は」
「気になるよな……。ま、でも今はここで長考に入るわけにはいかないよな」
「え?やだどうしたの?えらいじゃん、自分で気がついた?」
千尋が考え始めると止まらないことを知っている真琴は、長考は今じゃないってことに自分で気がついたことを、大げさなくらいほめた。
「初めてトイレに行けた猫みたいな褒め方したな」
「始めが肝心だからね。異世界では初めて」
真琴は満足そうな顔をして、透明なタブレットに視線を戻した。千尋も続きへ意識を移す。そこには《生命状態》とあった。
二人とも《良好》となっている。若返った理由も、この場所がどこなのかもわからない中で、今すぐ身体に問題がなく良好であるというだけで、素直にほっとした。
表示をさらに進める。
【身体能力】
【筋力】良好
【持久力】良好
【敏捷】標準
【器用】卓越
【感覚】優秀
数値で表されるわけではないらしい。段階での評価になるようだ。千尋が一通り目で追って、声に出して読み上げたところで、隣から笑いをこらえる気配がした。
「千尋、敏捷のところ標準って言った?」
「うるさい~そこだけ拾うな!」
「ゲーム内容引き継ぐのかな?アスレチック苦手だもんねぇ……」
細い足場を渡れば期待通り落ちる。連続ジャンプを要求されればこちらも期待に応えて落ちてくれる。二人でゲームするときは、先に進んだ真琴が戻ってきて迂回路を案内するなどということは日常茶飯事だった。
「異世界までアスレチック苦手の認識は続くのかぁ……」
「大丈夫、いつものように私が先行するから!どんとこい!」
「そうだな、それもいつも通りだな」
真琴は得意げにうなずいた。
器用が《卓越》、感覚が《優秀》なのは、千尋自身もそれほど違和感を感じなかった。仕事でも趣味でも、じっくりと取り組む作業やプラモデル作りなど長く続けてきた。機械いじりも好きで長く続けてきた。むしろ、現世で積み重ねてきたものがこのような形で反映されているように見えることが、興味深かった。
そこで千尋は真琴の方へ目を向けた。
彼女が見ているはずの幽霊タブレットはこちらからはまったく見えない。
「真琴の幽霊タブ、見えないんだよね」
「私も千尋の見えないよ」
真琴が横へ寄り、千尋が見ている場所をのぞき込む。視線だけなら自分と同じものが見えているはずなのだが、何も見えていないらしい。お互いに、見えないのかな?と言って、見せられればいいのにと見せることを意識した。すると半透明のタブレットがクルっと回転した。
「おっ!」
真琴の目が丸くなって、千尋の顔をパッと見た。
「見た?見えた?」
「見えた。クルっと回るのが共有開始の合図なんだね」
真琴も同じように意識したらしい。何もなかった空間で、半分くらい回ったところから見えるようになり、真琴のタブレットも文字が読めるようになった。
本人が見せようとしない限り、他人には見えない。少なくとも今の二人にはそういう仕組みに見えた。
「勝手にのぞかれないのはいいね。でも見せなければならない時もあるから、この機能はあるんだろうな」
「うん、そういうことなんだね」
二人は並びなおし、真琴の表示を見る。最初に目に入った項目で、千尋の視線が止まった。
【筋力】規格外
真琴は黙って画面を見つめている。そしてゆっくりと自分の手を見た。
「……私ってば脳筋なのか……?」
「いつも言ってるじゃないか。キャラ作成の時に……。なりたい自分になれたかもよ」
続く表示は《持久力:優秀》《敏捷:卓越》《器用:優秀》《感覚:卓越》 。千尋のものと比べても、明らかに身体能力に恵まれた並びだった。
真琴は軽くこぶしを握った後、何かを試そうときょろきょろと周りを見渡したが、すぐに諦めたように言った。
「何かやってみようと思ったけど、加減がわかんないや」
「今は無茶に試さないほうがいいと思うよ」
真琴は不満を言うこともなく、納得した様子でうなずいた。強いとわかったからこそ、今までと同じ感覚で力を使うのは危険だ。彼女も試したい気持ちよりも危機感のほうが上回ったようだ。
「でも、どう考えても戦闘向きだよな」
千尋がそう言うと、真琴の顔はわかりやすく明るくなった。
その視線が何かをとらえたように森へと向けられた。その様子を感じ取った千尋がすかさず声を掛ける。
「真琴さん?」
「まだ何もしてない」
「しようとしてると思ったからお声掛けしましたよ」
「ぐぬぬ……ばれたか……」
千尋がじっと見つめると、真琴は真面目な顔をして答えた。
「大丈夫、勝手にはいかないよ」
「うん、強いとはいえ心配だからね」
次は魔力についてだった。千尋は常々魔法使いとしてキャラ作成する事が多いので、ことこの項目についてはこだわりがあるつもりであった。千尋の表示を二人で確認する。
【魔力容量】規格外
【魔力制御】低位
【魔力感知】???
【魔力回復】優秀
「千尋もあるね、規格外!チートだわ……」
「使えるようにならなきゃ、チートとは言えないよ」
千尋が気になったのは《規格外》よりもその下の《低位》だった。どれだけ大きな力を持っていても、制御できなければ意味がない。規格外の力は場合によっては大変危険な力になる。真琴も同じことに気がついたらしく、浮かれていた表情が少し引き締まった。
「試すのならいろいろと考え合わせた方がいいね」
「ああ、何が起きるかわからないからね」
真琴の魔力は、容量が《良好》、制御が《標準》、感知が《低位》、回復が《良好》
だった。
千尋より派手さはないが、少なくとも現時点では暴発の危険がないだけ、真琴のほうが扱いやすそうに見える。
二人はそのまま技能の欄へ目を移した。
千尋には《電子技術》《情報整理》《構造解析》《機械理解》《工具取扱》《簡易製図》《危険分析》など現世での仕事や生活を通して身につけたものや関連していたものが並んでいるように見える。
身体は二十五歳になった。
それでも四十年生きてきた経験は無くなったわけではないんだなと、ここで改めて実感する。
「ちゃんと経験が残ってるんだな」
「ね、私たちが生きてきた証がここにある」
少しだけ声を震わせた真琴の気持ちが痛いほどよくわかった。若返ってうれしい反面、自分は飛行機事故の犠牲になった時に人生を終わらせた……という到底言葉では言い表せない複雑な感情があった。二人だから何とか耐えられるが、ひとりだったら……と考えるとぞっとする。
そんな中で、今までの自分の人生の集大成というような形で『スキル』がある。今までの人生、二人での生活、地球での日々が本当にあった、という証拠でもあった。
思わず、真琴を引き寄せて抱きしめた。
二人でいることのありがたさ、真琴の存在。
真琴もまた同じ気持ちだったのだろう、しばらく抱き合っていた。
「楽しく暮らそうね!今までの二人よりもっと!」
「そうだな、今までよりもっとな」
明るい真琴の声に元気づけられ、続けてまたタブレットへ目を落とす。今後の生活を左右する技能の内容を吟味したいところである。
その中で《検索思考・達人》という表示が、自分の中で妙に目立って感じた。
「検索思考・達人?すご、千尋の考え方をすごいドンピシャで言語化した感じね」
真琴が涙をぬぐいながら、キレのいい突っ込みを入れてくる。
「俺も思った。ネットもないのに。思考の方向性だろ、どんなスキルだよ」
《思考》が付いていなければ、なんでも検索できるというチート能力である可能性もあるが、なにせ《検索思考》。千尋は今まで自分がどのような考え方でやってきたかを考えてみる。
「分からないものを細かく分けて、何を調べたらいいか整理するってことか?」
「観察して、集めて、分類して、絞るやつ?」
「障害がなんで起きるのか、それを解決するまでの手順とかと同じかな」
「あ~確かに。千尋が仕事でやってたことだ」
真琴は妙に納得した様子でうなずいた。
技能欄の末尾には《魔力操作・???》《術式解析・???》 とあった。何につながる技能なのか、今はまだ不明だ。
真琴の技能には《弓術》《射撃感覚》《武器理解》《危険察知》《対人観察》《空間把握》《戦闘判断》《身体操作》 など明らかに戦闘向けなものがずらりと並んでいる。しかしこれらも突然発生したものではない。弓道やエアガンの知識、ゲームで培った感覚が反映されていた。
その一方で《武器適応》《剣術》《身体強化》には《???》 が付いていた。
「剣術、?なのか……」
規格外の筋力がある段階で、剣をぶんぶんと振り回す予定だった真琴は、少し悲しげにつぶやいた。
「実物はいじったことないでしょ、剣」
「確かに~~!」
ゲームでは散々剣を振ってきた真琴だが、現実で振ってくれていたのはゲーム内のキャラで、いじっていたのはコントローラーだ。
「じゃあ、やっぱり私に剣を!!すぐに修行だ!頑張らねば!」
「すごいやる気じゃん、さすが脳筋。かっこいいよ」
最初からなんでもできるわけない、その方が千尋は納得しやすかった。これから自分の感覚でものにしていくと思うと、やりがいを感じてくる。しかも成長を大まかではあるが、目で確認できるというところがまた楽しみだ。
技能の次に現れたのは《称号》だった。
【称号】
《異邦より来たりし者》
《伴侶と共に在る者》
「異邦より来たりし者……」
「ここまで確定してこなかったけど、ついに来たな……」
事故の直後に森で目を覚まし、身体は若返り、《自己照覧》というステータス確認画面まで見れる。それでも千尋はここが異世界だということを断定するのを避けていた。
しかし、この称号は明らかにここが異世界であると語っていた。
《異邦より来たりし者》へ意識を向けると、《意思言語変換》という効果が表示された。
「言葉が通じるってことかな?第一村人と会った時に」
「会った時じゃないとわからないね、いれば……の話だけど」
「やだ、言語変換があるってことは、言語を使う人がいるってことだよ。いやんなっちゃうなぁ……千尋さんよ……。そうだよね?いるよね?うん、いるいる」
最後にはもう聞いていなそうな雰囲気で、自分を納得させていた真琴を温かい目で見守りながら、実際にどう働くのかはその時にならないとわからないな……と千尋は考えながら、もう一つの称号へ目を移した 。
《伴侶と共に在る者》
【対象】
神谷 真琴
【効果】
共同行動時、基礎能力+10%
【状態】
未発動
真琴の方には対象として、千尋の名前が表示されている。
「これって、すごくない?基礎能力+10%って……それこそ規格外だよ」
「まったく。ゲームバランス壊れる設定だよな」
筋力や魔力だけではない。表示通りなら基礎能力全体への補正だ。現在の状態は未発動となっている。下へ目を動かすと《共同編成》という項目があった。二人で承認しろということらしい。真琴も気がついたようだったので、それぞれ承認した。
【共同編成が成立しました】
続いて、【状態】の部分が変化した。
【称号効果発動】
《伴侶と共に在る者》
基礎能力補正:+10%
光に包まれるような派手な変化は、何もなかった。それでも千尋には身体がほんの少し軽くなったような感覚があった。
真琴も同じらしく、自分の手を見ながら何度か握り直していた 。
「なんだか不思議な感覚だね。でも、二人でいると強くなるのはすごいな……」
「元からそうだっただろ。それがスキルで現れた、そういうことだよ」
真琴が一瞬目を丸くした。そのあと、笑顔へ変わっていった。
十七年も夫婦をやっていれば、全部言葉にしなくても分かることはある。それ以上何も言わなかったが、気持ちが重なったことに、真琴は嬉しそうだった。
さらに読み進めると、《固有技能》という項目があった。
【固有技能】
《双創》
【対象】
神谷 真琴
【状態】
使用可能
真琴にも同じ技能があり、対象はお互いになっている。これまでと同じように《双創》へ意識を向けてみたが、具体的な情報は何も出なかった。
何ができるのか?どうすれば使用することができるのか。
今のところ技能名と真琴と一緒に何かする、ということしかわからない。
「二人用って感じはにじみ出てる」
「創ってことは二人で協力して作るんだろうね」
「今のところは想像の域を出ないな。何か作るときに意識してみよう」
千尋はしばらくタブレットを眺めていたが、やがて周囲に目を向けた。足元には枝や石が落ちている。少し離れれば倒木や低木もある。素材らしいものはいくらでも見えるが、それが《双創》と関係するかはまだわからない。
今すぐ調べたいことは山ほどあった。だが、順番を間違えるわけにはいかなかった。
「水筒あったよね、どれくらい残ってたっけ」
「どうしたの急に……ちょっと待ってね」
真琴が小型のボディバッグから、ステンレスの水筒を取り出した。容量は三百ミリほど。確認してみると、中には半分くらいの水が残っていた。真琴が軽く揺らすと、中から小さな水音が返る。
「半分くらいだね」
「二人で飲んだらすぐになくなるな……」
近くには小川がある。だが、見た目が澄んでいるからと言って安全とは限らない。未知の土地である以上、そのまま飲むのは避けた方がいい。
残っている水は、継続して飲める水を確保するまでの大切な命綱だ。真琴も同じ考えだったらしく、ふたを開けることなく大事そうにバッグへ戻した。
「大事に飲まないとね」
「ああ、それと飲料水の確保が最優先だな」
千尋は頭の中で必要な物を並べなおした。
水、火、安全の確保、食料。
今の自分たちには何一つなかった。ただ、さっきまでと違うのは、自分たちがどんな身体になり何を持っているのかということが少しだけ判明した。
使い方のわからないスキルもあるが、ないよりはましだ。
「よし、まず使えそうなものを集めよう」
「了解、サバイバル開始ね!」
真琴が元気よく立ちあがった。千尋も《自己照覧》を閉じた。
半透明の板が消え、目の前の視界いっぱいの森が、見たこともないような深い緑で迫ってくる。
わからないことはまだ山ほどある。
なら、分かるものから進めればいい。
二人は並んで、足元にある豊富な素材たちに目を向けた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
しばらくは頑張って更新するつもりです!
楽しんでいただけたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




