16.夫婦、深部を知る
千尋は姿勢を正し、名乗ろうと口を開きかけた。けれど、それより先にエドが一歩前へ出ていた。
「ディルクさん、この二人、森の奥から歩いてきたんだ。東の採取場で樹液を取ってたら、川沿いの道から出てきてさ。リナが匂いで気付いたんだけど、何日も森の中にいたらしい。塩の岩の野営地より、もっと奥から来たって言うんだよ」
「怪我はしてない。荷物はほとんどなくしたって」
リナが短く付け足す。ディルクは口を挟まなかった。腕を組んだまま、相槌の一つも打たずに、視線だけをゆっくりと動かしている。
その目が、千尋の顔の上で止まった。千尋は目を逸らさず、かといって見返しすぎることもなく、受付台の前に静かに立っていた。何日も森をさまよった人間なら、もう少しそわそわしていてもよさそうなものだ。ディルクの眉がほんのわずかに動き、視線は隣の真琴へと移った。
真琴は槍の石突きを床へ軽くつけ、穂先を天井へ向けていた。足は自然に肩幅ほど開き、重心はどちらにも偏っていない。建物へ入った時から、奥の卓の男たちの位置も、窓と扉の位置も、一度ずつ目で確かめている。本人にとっては森で身についた癖のようなものだったが、ディルクの視線は槍を握る真琴の手元でもう一度止まった。
「……分かった」
エドの話が終わると、ディルクはそれだけ言って腕をほどいた。
「ここからは協会の仕事だ。エド、リナ、ご苦労だったな。帰っていいぞ」
「え、いや、俺たちも一緒にいた方が……」
「お前らがいて、何か変わるのか?……大丈夫だ」
少し突き放すような言葉だったが、声に責める響きはなかった。エドは何か言い返そうとして、うまい言葉が見つからなかったらしい。口をもごもごさせてるうちに、リナがその袖をつまんで、くいと引いた。
「いこう、エド。まだやることはいっぱいあるよ」
「……分かったよ」
エドは名残惜しそうに、千尋と真琴を振り返った。
「何かあったら、声かけてくれよな。俺たち、だいたい村にいるからさ。分からないことがあったら、いつでも頼ってくれ」
「はい、本当にありがとうございました」
千尋が頭を下げ、その横で真琴が笑って手を振った。リナは扉のところで一度だけ振り返り、耳をこちらへ向け、真琴に手を振ってからエドの背中を押した。あの様子だと、明日にでもまた顔を見に来そうだな、と真琴は思った。
扉が閉まると、ディルクは顎で奥を示した。
「こっちだ」
奥の扉の先は、小さな部屋だった。窓が一つ、壁際に書類の束を積んだ棚が一つ。部屋の中央には、使い込まれた木の机と、ソファセットが置いてある。ディルクは机の向こう側へ回って腰を下ろし、二人にも座るよう手で促した。真琴は少し迷ってから、槍を壁へ立てかけて千尋の隣へ座った。
「改めて聞く。名前は」
「神谷千尋です。こちらは妻の真琴です。神谷が家名で、私たちの国では家名を先に名乗ります」
「カミヤ、か。夫婦なんだな」
「はい」
ディルクは机の上の紙に短く何かを書きつけた。それから顔を上げ、何処から来て、なぜ森にいたのかを尋ねた。
千尋はエドたちに話したのと同じことを、もう少し順を追って話した。遠くの国から旅をしていたこと。乗り物の事故に遭い、気が付いたら森の中にいたこと。荷物はほとんどなくしてしまったこと。それから水場を探し、雨風をしのげる場所を作り、十日ほどかけて川を下ってきたこと。どれも本当のことだけを、余計な飾りをつけずに並べていく。
ディルクは話の途中で何度か短く問いを挟んだが、千尋の答えはそのたびによどみなく返ってきた。
「十日か。食い物はどうしていた」
「森の獣を狩って、川で魚を獲りました。木の実や野草も、食べられるか確かめながら少しずつ」
「最初の何日かは、ほとんど木の実ばっかりだったんです。りんごみたいなのを二人で分けて、それでお腹がすいて、また探しに行って」
真琴が言い添えると、ディルクの口の端がほんのわずかに動いた。笑ったのかどうかは分からないほどの動きだったが、千尋はそれを見逃さなかった。部屋の空気が少しだけ緩む。
「寝床は」
「二人で、小さな小屋を建てました」
「建てた?森の中にか」
「はい。道具も、自分たちで作れる範囲で」
ディルクはしばらく千尋の顔を見ていた。千尋は嘘を言っていない。けれど、何をどうやって作ったのかまでは口にしなかった。そのほんの一瞬の間に、ディルクはたぶん気付いている、と千尋は分かった。真琴も感じたのか、膝の上で指先を小さく組み直した。
「まあいい」
やがて、ディルクは視線を紙の上へ落とした。
「言いたくない事の一つや二つ、ここへ来る奴は誰でも持ってる。今すぐ困ることがないなら、それでいい」
千尋は黙って頭を下げた。追及されなかったことより、その言い方に、何かを見透かした上で線を引いてもらったような感覚があった。信頼できる……かもしれない、そう思った。
ディルクは立ち上がり、棚の上から丸めた紙を一本取った。机の上で広げると、端が丸まらないよう、手近な文鎮と書類の束で押さえる。古い地図だった。中央より少し右寄りに、建物を示す小さな印がいくつか固まっていて、その脇に村の名前が書かれている。
村の裏手から左手にかけては、紙の半分ほどを森の印が埋め尽くしていた。その中を、一本の川が蛇行しながら村の方へと流れてきている。村の印のすぐ東で、北から下りてくるもう一本の川と合わさって、太い線になり、そのまま地図の右端へと抜けていた。
「何処から来た。分かる範囲でいい」
千尋は地図の上へ身を乗り出した。
村から川を遡っていくと、少し行ったところで川筋が大きく曲がり、そのそばに小さな印と、何かの書き込みがあった。千尋はその曲がり方を目で追い、歩いてきた道の記憶と重ねる。野営地は川が東に折れる手前の、岩壁の下にあった。そこから村まで、一日半。
「ここが、塩の岩のある古い野営地だと思います。ここから川を下って、一日半で村に着きました」
千尋は指で印を押さえてから、今度は川を上流へ辿った。
「小屋は、この野営地から川を上って、それほど歩かないところです。小屋のそばを流れる小川がこの川へ合流していて、その少し手前の草地に建てました。最初に目を覚ましたのも、そのあたりです」
指先が、森の印の奥へと進んでいく。野営地の印を過ぎたあたりから、地図の書き込みは急に少なくなっていた。千尋の指が止まったのは、川の線が細い支流に分かれるあたりで、周りには森の印の他に何も書かれていない場所だった。
「おそらく、このあたりです」
ディルクは何も言わなかった。
千尋の指先と、地図の上の川筋と、千尋の顔を、順番に見ていく。合流の位置。川の曲がる向き。歩いた日数。言われたことを一つずつ地図に当てはめ、確かめているようだった。部屋の中が静かになり、窓の外から、通りを行く人の話し声が遠くかすかに聞こえた。
「……そこは」
ディルクが、低く言った。
「閉拓の森の、深部だ」
真琴が、千尋を見た。
千尋は、地図を見ていた。指を置いたその場所には、やはり森の印しかない。村の誰も、そこに何があるのかを書き込めなかったのだ。エドの言った、よく生きてたな、という言葉が、今になって別の重さで胸に落ちてきた。
ディルクは長く息を吐き、地図から手を離した。押さえを外された紙の端が、くるりと丸まる。
「身分を証するものは、何か持ってるか」
「いいえ、何も」
「だろうな」
ディルクは椅子に深く座り直した。
「協会は、身分証のない遭難者を放っておけない決まりになっている。森で迷った奴を、身分が分からんからと言って追い返すわけにはいかんからな。そういう奴のための手続きがある。暫定登録だ。細かいことは後でうちの者に説明させる」
「ありがとうございます。助かります」
千尋はそう言ってから、少し間を置いた。隣の真琴と、一瞬だけ目が合う。真琴は小さく頷いた。
「その前に、もう一つ、お話ししておかなければならないことがあります」
ディルクの目が、すっと細くなった。
「森で、亡くなっている方を見つけました」
千尋はバッグを開け、布で包んだものを取り出した。包みを解き、皮の表紙の手帳を机の上に置く。ディルクの手が伸びかけて、表紙に触れる前に一度止まった。それから、ゆっくりと手帳を開いた。
最初の頁を目にしたところで、ディルクの指が止まった。まっすぐな行。揃った文字の大きさ。品目ごとに並んだ数字。
「……ヨアンの字だな」
呟くように言って、ディルクは何枚か頁をめくり、また閉じた。
「三人とも、数日前に戻ってきてる」
手帳の表紙に手を置いたまま、ディルクは言った。
「野営地に盗人が出て、ガルドが追い払った。逃げた先で、獣にやられていた。血の匂いで魔物が寄ってくるから、荷を置いてはやめに引き上げてきた。……そういう報告だった」
エドの言っていた、最近森で人が襲われた、という話の正体だった。三人の報告は協会だけではなく、村の治安官(いわば警察のような役目の人)のもとへも上がっているらしかった。盗人が出て、その盗人が獣にやられた。村の中では、それですでに終わった話になっているのだ。
「亡くなっていたのは、野営地から斜面を沢の方へ降りたところです。ヨアンさん達が張っていた布と荷物は、野営地にそのまま残っていました。亡くなっていた方には、私たちが布を掛けて、四隅を石で押さえてきました。岸辺の木に、目印の縄も結んであります」
千尋は、小屋を出る前から頭に入れておいた道順を、一つずつ言葉にした。野営跡からの方角、沢までの歩数、沢の形、縄を結んだ木の位置。ディルクは手帳の脇の紙に、それを黙って書き取っていった。
「それで」
書き終えたディルクが、ペンを置いた。
「お前さんたちは、その件で何を言いに来た」
「何が起きたのか、時系列をはっきりお伝えすることは出来ません」
千尋は、言葉を選びながら答えた。
「ただ、その件で、少しだけお話しできることがあります」
ディルクはしばらく千尋の顔を見ていた。千尋はそれ以上は言わなかった。何をどう見て、何を考えたのか。それを口にするのは、今ではない。
千尋はもう一度バッグへ手を入れた。一番奥から、二重に布でくるんだ小さな包みを取り出す。森を出る前の晩、手紙はしかるべき立場の人に渡そうと二人で決めた。そして今、目の前にいるのがその人だと、千尋も真琴も感じていた。手紙のことを隠したまま話を進めれば、後でこの人の信用を失うことになる。
「これは、亡くなっていた方の靴の中にありました。濡れないように、油を染み込ませた布で何重にも包んで」
外側の布を解き、油の染みた布ごと机の上へ置く。ディルクは無言でそれを開き、中の紙を広げた。
読み始めてすぐ、ディルクの顔から表情が消えた。
視線が、紙の上を一度、最後まで下りていく。それから、また一番上へ戻った。二度目は、一度目よりずっと遅かった。紙を持つ指に、わずかに力が入っている。顎の線が、硬く引き締まった。
ディルクは何も言わなかった。誰の字なのか。何が書いてあるのか。一言も口にしないまま、やがて手紙を元の折り目通りにたたみ、机の上に置いた。その手は、しばらく紙の上から離れなかった。
「お願いがあります」
千尋が静かに言った。
「関わった三人が揃う場まで、この手紙のことは伏せておいていただけませんか」
ディルクは手紙の上に手を置いたまま、窓の方へ目をやった。外は明るく、通りを行く誰かの笑い声が聞こえる。ずいぶん長い間、ディルクは黙っていた。
やがて、ディルクは手紙を布で包み直し、千尋の方へ押し返した。
「これは、お前さんたちが持っておけ」
「……よろしいんですか」
「治安官に渡せば、それで終いだ。その場でお縄がかかる」
ディルクは、ぶっきらぼうに言った。
「俺は治安官じゃない。森へ出る連中の面倒を見るのが仕事だ。採取人も探索者も、ここから森へ出て行って、ここへ帰ってくる。……出来ることなら、自分の口から言わせてやりたい」
最後の一言だけ、声が少し低くなった。千尋は手紙の包みを受け取り、両手でそっと持った。真琴が隣で、小さく息を吸うのが聞こえた。
ディルクは千尋と真琴の顔を順に見て、少し考えるように目を伏せ、それから顔を上げた。
「三人を呼ぶ」
短い言葉だった。
「治安官には、俺から話を通しておく。手紙のことは言わん。……三人とも、今朝から採取に出てる。戻るのは日が暮れてからだろう。呼べるのは、明日の朝だ」
「分かりました。ありがとうございます」
千尋が頭を下げると、真琴も一緒に頭を下げた。顔を上げた時、ディルクはもう立ち上がりかけていた。
「待ってる間に、さっきの手続きを済ませておけ。うちの者を呼んでくる」
ディルクは手帳を脇へ抱え、部屋を出ていった。扉が閉まり、足音が遠ざかる。
真琴が、胸の奥に溜めていた息をふうっと吐き出した。
「……緊張したぁ」
「うん、俺も」
千尋の顔から、ようやく力が抜けた。手紙の包みをバッグの一番奥へしまいながら、肩を回す。
「地図のところ、心臓に悪かったね。指が止まった場所、何も書いてないんだもん」
「書いてないってことは、誰も行ったことがないってことだからね。……よく生きてたね、俺たち」
「エドさんと同じこと言ってる」
真琴は小さく笑ってから、閉じた扉の方を見た。
「怖そうな人だけど、エドさんの言ってた通りだったね」
「うん、手紙を返してくれた時は、正直ちょっと驚いたよな」
「ね。……明日、だね」
「そうだな」
それ以上は、二人とも何も言わなかった。扉の向こうから、軽い足音が近づいてきたからだ。
扉が勢いよく開き、明るい茶色の髪を後ろで一つに束ねた若い女性が顔を出した。腕には紙の束と、小さな木箱を抱えている。
「お待たせしました!ディルクさんから聞いています、森の奥から来たっていうお二人ですよね。探索者協会の受付をしている、ミナ・フェルです。よろしくお願いします」
一息にそう言って、ミナは机の上に紙を広げた。真琴がつられたように「よろしくお願いします」と返すと、ミナはにこっと笑って、さっそく筆記具を手に取った。
「えっと、カミヤ、チヒロさんとカミヤ、マコトさん。家名がカミヤで、ご夫婦。合ってます?」
「はい、合ってます」
「ディルクさんの字、読める人が少なくて、合っててよかったです」
ミナは手早く書き写しながら、暫定登録について説明していった。身分を証するものを持たない人のための、仮の登録であること。この村の協会の出張所では、身分証の代わりとして通用すること。正式な登録は、また改めて手続きをする必要があること。説明は短く、要るところだけがきちんと押さえてあって、千尋が一つ質問すると、すぐに過不足のない答えが返ってきた。
「はい、じゃあこれ。なくさないでくださいね」
ミナは木箱から小さな札を二枚取り出し、それぞれに名前を書き入れてから、二人の前へ置いた。協会の看板と同じ文字で、二人の名前が並んでいる。この世界で初めて、自分たちの名前の書かれたものだった。真琴はそれを手のひらに載せて、しばらく眺めていた。
「あの、ここに来る途中で、協会で魔法の適性を見てもらえるって聞いたんですけど」
「あ、それはまた今度ね。今日はとにかく、ご飯とお風呂と寝床です!」
ミナはきっぱりと言って、指を一本立てた。
「十日も森にいたんでしょう? まずは休まないと。宿は探索者向けの《森鹿亭》がいいと思います。ここからすぐだし、女将さんが面倒見のいい人で、ご飯もおいしいんですよ。部屋もお風呂もちゃんとしてるし」
「お風呂……」
真琴の声が、思わず漏れた。千尋はそれを隣で聞きながら、言いにくいことを切り出した。
「実は、こちらのお金を持っていなくて。宿代をどうしたらいいか、相談させていただきたいんですが」
「あ、そうですよね。荷物、なくしちゃったんですもんね」
ミナはうーんと首を傾げてから、ぱっと顔を上げた。
「協会では素材の買取もしてるんですけど、何か売れそうなもの、持ってたりします? 森の奥から来たなら、もしかしてと思って」
千尋と真琴は顔を見合わせた。真琴がソファの脇に置いていた袋を持ち上げ、机の上へ載せる。森で灰牙狼などとやり合うたびに取っておいた、牙や爪、乾かした皮、そして魔核だった。いつか何かの役に立つかもしれないと、森を出る時に袋へまとめて担いできたものだ。
真琴が袋の口を開くと、ミナの手が止まった。ミナは袋の中から牙を一本取り上げ、窓の光にかざして眺めた。そして、目を丸くして、袋と二人の顔とを交互に見た。
「……ちょっと待ってくださいね。これ、全部、お二人で?」
「はい、全部、二人で」
ミナは牙を袋へ戻し、そのうちの何本かだけを選んで脇へ取り分けた。
「今日は、この牙だけ仮で買い取らせてもらいますね。宿に何日か泊まれるくらいにはなるはずです。残りは落ち着いてから改めて査定させてください。それまで協会で預かっておくこともできますけど、どうします?」
「では、お預けしてもいいですか」
「はい、もちろん!預かり証を書きますね」
ミナは手際よく紙に何かを書きつけ、木箱から硬貨を数枚出して、千尋の前に並べた。森で十日間暮らしてきて、初めて手にするこの世界のお金だった。千尋はそれを一枚ずつ確かめるように手に取り、丁寧に財布の中にしまった。
「《森鹿亭》は、広場を出て左に少し行ったところです。鹿の角が軒先に掛かっているので、すぐ分かると思います。協会からの紹介だって言えば、女将さんも話が早いはずなので」
「何から何まで、ありがとうございます」
「いえいえ、明日の朝、またここで。ディルクさんから聞いてますから」
ミナはそう言って、紙の束を抱えなおした。明日の朝のことを何処まで聞いているのか、その顔からは分からなかった。
協会の外へ出ると、日はずいぶん傾いていた。広場の石畳に建物の影が長く伸び、何処かの家から、夕餉の煮込みの匂いが漂ってくる。
広場の東側、建物の切れ間の向こうに、夕日を映した幅の広い川面がのぞいていた。岸辺では、平たい舟から最後の荷が担ぎ上げられているところで、威勢のいい掛け声がここまで届いてくる。
「川、あんなに大きかったんだ」
真琴が目を細めた。森で毎日顔を洗っていたあの川が、村のどこかで別の流れと合わさって、ここまで太くなったのだろう。千尋は、さっき地図の上で見た太い線を思い出していた。
真琴は、首から下げたばかりの小さな札を指先でつまんで、くるりと裏返した。
「なんか、ほんとに来ちゃったって感じだね」
「うん、この世界のマイナンバーカード、みたいなものかな」
「仮だけどね」
「あはは、(仮)だけど」
千尋は広場の向こう、左手の通りへ目をやった。その先の何処かに、《森鹿亭》という魅力的な名前の宿屋がある。そして、明日の朝、三人と向き合うこととなる。
久しぶりの風呂という喜びと、明日の三人との対峙という対極にあるものの存在をびりびりと肌に感じながら、バッグの一番奥の、小さな包みの重みを確かめるように、千尋はそっと肩紐を握り直した。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ようやく、色々見えてきます。
次回、謎解き回です。
楽しんでいただけたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




