第97.5話 幕間 ラザルとトリヤ
※アリヤの育ての父のラザルと、トリヤのエピソードです。
「ラザル。久しぶりね」
「いきなりこんな文をよこして驚いた。君か」
前の夫、トジンの相棒だった屈強な武人は、思った通り文を出したその日の深夜に、私の部屋を訪れた。
隣の部屋で眠っている今の夫、アイゼンは侵入者の気配に疎いし、ぐっすりと眠れる作用のある薬草を夕食に混ぜておいたから、気づかないだろう。
少し心が痛むけど。
「……まさか生きていたとは。子も設けたのか」
ラザルが私と、私の傍らにいる男児をまじまじと見つめる。
「トジンに悪いなと思ったのよ。でもなんというか、粘り負けね」
苦笑すると、ラザルが私を見てふっと微笑んだ。
「幸せそうで良かった。トジンも喜んでいるだろう」
「……そうだといいんだけど。あなたはずっと独り身?」
尋ねるとラザルは頷いて、困ったように笑った。「他の女と結婚しようともしたが、ずっとレクナのことが忘れられなくてな」
「そうだね。浮気したらレクナはちょっと怒っちゃうかな」
相槌を打つと、ラザルは「ほんとにな」と笑った。目元に笑いジワができた。
レクナが「あの笑いジワが好きなんだよ」と困ったように打ち明けてくれた日のことをまるで昨日のことのように思いだした。
二人はお互い惹かれあっていることは、村の誰の目から見ても明らかだったが、当の本人たちが一番よくわかっていないようだった。
私とトジンは二人の関係性についていつも楽しく語ったものだった。
「昔の話ができる日がくるとは思わなかったな」
ラザルは嬉しそうに笑ったあと、「アリヤは元気にしているぞ」と言った。
驚いた。皆と一緒に死んだものだとばかり思っていた。
ラザルは私が知らなかったことに驚いた様子だったが、「……そうか。あの時きみはトジンとは離れていたからな」と納得すると、トジンにアリヤのことを託されたと教えてくれた。トジンに似て明るく元気に育っていることも。
この夫の相棒に、心からの感謝を伝えた。
「そんなあなたに追加のお願いで申し訳ないんだけど……」
口ごもると、ラザルは「任せろ」と微笑み、「その子か?」と部屋の奥にいる子を指さした。
「えぇ。この子を……私たちの森に近い集落に預けて。多分、茶褐色の紋様が出るわ」
私が立ち上がろうとすると、「いい」とラザルは静止して、そっとその赤子を抱きかかえた。赤子の瞳の色を見て、息をのむ。
「”花”の跡を継がせるのか」
「……知ってたの?」
本来、”花”については、村の族長とそれに近い者以外には知らされていない。
「大まかにだけ。トジンがあんまり苦しそうな顔をしているもんだから、聞きだしたんだ」
ラザルは赤子を手際よく自分の体にひもで括りつけて背負うと、さっともと来た窓へと手をかけた。
その動作で、本当にこの人がアリヤをずっと育ててきてくれたことが分かった。
「責任をもってこの子を村まで送り届けよう。君に会えてよかった」
そして別れの言葉をかわし、ラザルは去っていった。
ラザルは何も言わなかったが、私の残りの命が少ないことを彼は悟っていたと思う。
私の体には、紫色の痣が出始めていたのだから。
若い時に紫煙花の毒を摂取しすぎたことによる後遺症だった。
出産で体が弱ったことにより、急に出現したのだろう。
ただ、己の命を犠牲にしても――この二人をこの世に産むことができてよかった。
私はそれから、必死に次の代の”花”に向けて手記を書いた。
力尽きる前になんとか書き終え――、それをラザルへと送った。
ずっと持っていた、トジンの紋様の刺繍が入った織物も一緒に入れた。アリヤに渡して欲しいと思ったのだ。
彼はきっと、私の娘たちにそれを届けてくれるだろう。




