第95話 ラジャト
目が、いたんだ。
あの女からくらった古傷が、悪さをし始めている。
思わず落とした金属の部品を拾い、再び作業に没頭する。
やっとあと少しで小型の”弾”が完成に近づく。
――ヘブライ。
あいつの策略にまんまとはまっているような気がする。
数年前の僕は、今自分がこんな物をつくっているとは思いもしないだろう。
黒光りする鋼鉄の機械を握りしめると、またズキンと目の奥がいたんだ。
思わず目を閉じると、暗闇の中に、昔の記憶を思い出した。
そう、あれは忘れもしない3年前――
◆
「ここに優れた研究者がいると聞いて」
「……誰だ、お前」
戸を叩く音に開けた扉を、思わず閉めようと思うほど奇怪な男だった。
獣の毛皮で作った服を身に纏い、肩には大きな鷹をのせている。鷹使いだろうか。
――なぜこの家に?
訝しみながらも家に入れると、自らを”鷹”と名乗る20代後半くらいのその男は静かに言った。
「一緒に海の向こうの国を撃退しないか」と。
◇
”鷹”がもう随分長い間、来ていない。
何かあったのだろうか、と新月の夜、空を見上げながら思う。
初めて会った日、”鷹”は海の向こうの国を撃退するために、武器の制作を僕に依頼した。
そして、その武器は、僕の研究している、白銀鉄に代わる金属で作ってほしい、とも。
それ以来、”鷹”の要請に答え、剣や槍、矢や飛び道具に至るまで作り続けた。
”鷹”は足しげくこちらに通っていたのだが――。
ふと、後ろに人の気配がした。
……誰だ?
懐にいつも隠し持っている剣を握り、瞬時に後ろを振り向いた。
「いやぁ、いい反応だねぇ。警戒させてごめんね」
金髪に碧眼の、にこやかな男が両手をあげて立っていた。
その男の肩に止まっている鷹に、見覚えがあった。――”鷹”の相棒、たかだ。
「……誰だ? 何しに来た?」
あの警戒心の強いたかが懐いているということは、”鷹”の縁者だろうか。
「僕は元第5師団の団長、ニックだ。ずっと君を探してたんだ」
――ニック。”鷹”の話からは、このような華やかな風貌と性格だとは想像しなかった。
「……元? 第5師団は壊滅したのか。まさか、”鷹”もか」
尋ねると、ニックは静かに頷き、口を開いた。
「あぁ。”鷹”は生前、よく君のことを話していた」
ニックの語る話を、信じられない思いで聞いた。
「じゃあその……”長”ってやつの黒い武器のせいで、第5師団は全滅したのか」
「そうだ」
ニックが目を閉じた。
その表情から、ニックが隊員の死をひどく悲しんでいることが分かった。
”鷹”はこのニックという男を、「唯一の尊敬できるやつだ」と熱く語っていた。
「”長”が持っていたこの武器を、君に作ってほしい。君なら作れるだろう」
ニックはおもむろに懐から何かを取り出し、「もうこれは壊れてしまったのだが」と机の上に置いた。
その黒光りする小型の筒に、目を見開いた。
――ヘブライ。あいつが描いた武器と同じだ。
脳裏に、ヘブライが最後にやってきた日のことが蘇った。
父の仇でありながら、父の友でもあった、あの男が。
◆
夜中、戸を叩く音がした。隙間から外をうかがうとやつれた長髪の男が立っていた。かなり昔とは雰囲気が違ったが、すぐにヘブライだと分かった。
「……お前、何しにこの家にやってきた」
戸を細くあけ睨みつけると、ヘブライの乾いた唇がわずかに上がった。
「君が私を憎んでいるのは知っている。だが、贖罪をしたくてね。……勝手ですまないが」
妙に影のある雰囲気だった。むげにすることもできず、一度大げさにため息をついてみせて、家にいれた。
「これはすごい」
家じゅうに置かれている剣を見て、ヘブライは感嘆の声を漏らした。
「別に。ただ奴隷のように働いているだけさ」
父が自殺してからというもの、第一商会で狂ったように働き続けた。
第一商会は出来高制だ。作れば作るだけ金が入る。金など得ても、もう、無駄なのに。
借金を取り立てられて死んだ父は、もう二度と返ってこない。
ヘブライは机の上に何気なく一枚の紙を置いた。
それを見て驚いた。
とても精巧な何かの物体が描かれていた。
「これを作ってくれ。お願いだ」
ヘブライは、やけに懇願するように言った。
「誰が作るかよ」
親父は、こいつとあの女にそそのかされたせいで破滅した。
「頼む。これを作って……海の向こうの国に対抗してくれ。私とあの女の母国だ」
驚いた。
ヘブライの顔に、言いようのない深い苦悩が滲んでいることに。
「お前……」
何かを言おうとしたが、言葉にならなかった。
それからヘブライは海の向こうの国について語った。
”フローレンス人”という人種がいる、恐ろしいほど発展した国だと。
ヘブライは最後に「きみの父上のこと、本当に申し訳なかった」と深く頭を下げ、家を出て行った。
翌日。
ヘブライが死んだという報が国を巡った。
自殺だという話だったが、定かではない。
その設計図は、捨ててしまおうと思ったが、なぜか捨てる気になれず、戸棚の奥にしまっていた。
◆
戸棚から取り出したヘブライの設計図を机の上に置くと、ニックは目を大きく見開き、呆然と呟いた。
「これは……”弾”の設計図じゃないか。こんなに詳しいものを、なぜ……」
――たしかに。
久しぶりに見たが、随分と詳細に黒光りする筒の作り方が示されている。
まるで、作ってほしいと依頼するのではなく――
自分で作ったものを、もう一度作ってくれ、と言っているようではないか?
ハタ、と思った。
親父の時もそうだったのか?
もしそうだとしたら、親父はそれを、分かって作っていたのか?
分かるまい。あの馬鹿な親父だ。
……いや。
きっと分かっていた。
親父は、稀代の天才的な技術者だったのだから。
「やってくれるか」
ニックが、こちらを真っ直ぐに見据えた。
先ほどまでのくだけた雰囲気はまるでない。研ぎ澄まされた刃のような視線だった。
机の上には、ニックがさきほど置いた黒光りする小型の筒と、ヘブライが残した設計図。
――”弾”、か。
「分かったよ」
その筒を手に取った。ずっしりとした重さと、冷たい金属の感触。
「これよりもいいものを作って――あいつを驚かせてやるさ」
「ラジャト。ラジャト」
リュシアの声で我に返った。
気づけば寝台の上に寝かされていた。
「研究室で倒れていたから、ここに運んだ」
淡々と言うリュシア。手当てをしてくれたのだろう。氷水で目頭が冷やされていた。
「迷惑をかけた」
体を起こすと、そこは驚いたことにリュシアの私室だった。
「目がいたむの?」
リュシアは寝台にのり、じっとこちらの目を覗き込んだ。
……近い、な。
わずかに身じろぎをする。
時間は真夜中。場所はリュシアの私室。しかもリュシアは寝間着姿だ。
いつもの作業着姿とは異なり、肩からすとんと落ちる一枚仕立ての衣を着ている。
ネルという心に決めた相手がいるのに、これはシチュエーション的にまずくないか?
おや。
間近で見て気づいた。
リュシアの目。
藍色のその目が、深い紫色に染まっていた。
「目の色、変わったのか?」
尋ねると、リュシアの瞳がわずかに揺れた。
月明かりに照らされた藍色の髪も、今日は紫色が強く出ているような気がする。
「私も死に向かって少しづつ、進んでいるの」
リュシアは小声で、でも確かにそう言った。
そして、窓際に目線を向けた。
花瓶に、紫煙花がいけてある。
唐突に、思いだした。
ヘブライも紫煙花が好きだった。
リュシアは音もなく手を伸ばしてその紫煙花を一輪、取った。
やけに大きな花びらの紫煙花だった。
それをリュシアは唐突に――
食べた。
「え……」
呆然としている間に、静かに咀嚼し、飲み込む。
リュシアはなんと説明しようか、考えあぐねたようにそこにいた。
「リュシア、今戻った」
少し低めな女の声と、リュシアの部屋の扉を叩く音にハッとした。
傷だ。
ネルが仲間に引き込んだ無口で風変わりな女。
少し前から一緒に暮らしていた。
「? もう、寝てるのか?」
ガチャリと扉が開いた。
こちらを見て一瞬固まり、「邪魔をした」を目を伏せ、すぐに扉を閉めようとした。
「待て、傷」
思わず傷を呼び止めた。勘違いされたらネルに殺されるじゃないか。
◇
轟音が地下室中に鳴り響いた。
「どうだ?」
傷に尋ねる。彼女の肩口では黒光りする鋼鉄の筒が硝煙の煙を燻らせている。
「かなり使いやすくなった」
「よし」
傷が差し出す小型式”弾”を受け取り、試し撃ちをする。
部屋に再び響く轟音。
悪くない。完成と言ってもいいだろう。
傍で見ていたリュシアが呟いた。
「……ついにここまできた。次はこのうるさい音を何とかしないと」
容赦ないな、と思わず苦笑いした。
行き詰っていた”弾”の制作は、傷とリュシアの二人に助言をもらうようになって、うまく進みだした。
”弾”の開発に巻き込むのは危険なことだったが、二人とも意に介さなかった。
「もし海の向こうの国が攻めてきたら、この武器が切り札になるのか」
傷が静かに呟いた。
「あぁ。何しろその国の人間は、この大陸の人間とは異なるらしい」
「異なる?」
リュシアと傷の声が重なった。
「俺達よりもはるかに力が強く、戦いに優れているとのことだ」
フローレンス人。ヘブライはそう言った。
二人が顔を曇らせる。そんな者たちが虎視眈々とこの大陸に攻め込む隙を狙っているのは、あまり気分のいいことではない。
「他に、対抗手段はないのか?」
傷が真剣な表情で尋ねてくる。
「……そういえば、ヘブライは希望がある、とも言った」
あの夜。
尋ねてきた日に、ヘブライが熱を込めて語った言葉を思い出す。
――スタルトゥス人の希望、”ジグルステン”がこの大陸にいると。
「なぁ傷。それにリュシア。ジグルステンという者に出会わなかったか」
「……ジグルステン」
傷は瞬きをして名を繰り返してから、「会ったことはないな」と首を横に振った。リュシアも同じだった。
「もし会ったら教えてくれ。強力な味方になるはずだ」
二人は頷いた。
それ以来、”ジグルステン”という人物をことあるごとに探した。
口数が少なく、熟練した武人のような強い雰囲気を放つ男だとヘブライは言っていた。
だが、なかなか探し当てることはできなかった。
そんなに変わった名前ならば、すぐに見つかってもおかしくないのだが。
困った時は天才の力を借りるものだ。
西ノ帝国で久しぶりに会ったキリルにこの話をしたら、「ふーん」と少し考えた後、滑らかな口調で考察をしてくれた。
「君の話が本当だとすると、ジグルステンという男は、この大陸に攻めてこようとする海の向こうの国にとっては邪魔者だ。つまり、常に海の向こうの国から狙われていることになる。僕だったら簡単に本当の名を言ったりしないな」
「……なるほど」
そう言われてみればそうだ。
「まったく。デイトンならともかく、君ならこれくらいのこと分かってよね」
キリルは口を尖らして続けた。
「それで、きっとうまく社会にとけこんでいると思うよ。なるべく目立たないように。それでいてこの国を動かしやすい位置にさ」
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第4章、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
明日から最終章に入ります!
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