↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

96/126

第95話 ラジャト

目が、いたんだ。

あの女からくらった古傷が、悪さをし始めている。


思わず落とした金属の部品を拾い、再び作業に没頭(ぼっとう)する。

やっとあと少しで小型の”弾《ダン》”が完成に近づく。


――ヘブライ。

あいつの策略にまんまとはまっているような気がする。

数年前の僕は、今自分がこんな物をつくっているとは思いもしないだろう。


黒光りする鋼鉄の機械を握(にぎ)りしめると、またズキンと目の奥(おく)がいたんだ。

思わず目を閉じると、暗闇(くらやみ)の中に、昔の記憶(きおく)を思い出した。

そう、あれは忘れもしない3年前――





     ◆






「ここに優れた研究者がいると聞いて」


「……誰(だれ)だ、お前」

戸を叩(たた)く音に開けた扉(とびら)を、思わず閉めようと思うほど奇怪(きかい)な男だった。


獣(けもの)の毛皮で作った服を身に纏(まと)い、肩(かた)には大きな鷹(たか)をのせている。鷹(たか)使いだろうか。

――なぜこの家に?


訝(いぶか)しみながらも家に入れると、自らを”鷹《たか》”と名乗る20代後半くらいのその男は静かに言った。


「一緒(いっしょ)に海の向こうの国を撃退(げきたい)しないか」と。





    ◇





”鷹《たか》”がもう随分(ずいぶん)長い間、来ていない。

何かあったのだろうか、と新月の夜、空を見上げながら思う。


初めて会った日、”鷹《たか》”は海の向こうの国を撃退するために、武器の制作を僕に依頼(いらい)した。

そして、その武器は、僕(ぼく)の研究している、白銀鉄(はくぎんてつ)に代わる金属で作ってほしい、とも。


それ以来、”鷹《たか》”の要請(ようせい)に答え、剣や槍(やり)、矢や飛び道具に至るまで作り続けた。

”鷹《たか》”は足しげくこちらに通っていたのだが――。


ふと、後ろに人の気配がした。


……誰(だれ)だ?


懐(ふところ)にいつも隠(かく)し持っている剣を握(にぎ)り、瞬時(しゅんじ)に後ろを振(ふ)り向いた。


「いやぁ、いい反応だねぇ。警戒(けいかい)させてごめんね」

金髪(きんぱつ)に碧眼(へきがん)の、にこやかな男が両手をあげて立っていた。

その男の肩(かた)に止まっている鷹に、見覚えがあった。――”鷹《たか》”の相棒、たかだ。


「……誰(だれ)だ? 何しに来た?」

あの警戒心(けいかいしん)の強いたか(・・)が懐(なつ)いているということは、”鷹《たか》”の縁者(えんじゃ)だろうか。


「僕(ぼく)は元第5師団の団長、ニックだ。ずっと君を探してたんだ」

――ニック。”鷹《たか》”の話からは、このような華(はな)やかな風貌(ふうぼう)と性格だとは想像しなかった。


「……元? 第5師団は壊滅(かいめつ)したのか。まさか、”鷹《たか》”もか」

尋(たず)ねると、ニックは静かに頷(うなず)き、口を開いた。


「あぁ。”鷹《たか》”は生前、よく君のことを話していた」





ニックの語る話を、信じられない思いで聞いた。

「じゃあその……”長《おさ》”ってやつの黒い武器のせいで、第5師団は全滅(ぜんめつ)したのか」


「そうだ」

ニックが目を閉じた。

その表情から、ニックが隊員の死をひどく悲しんでいることが分かった。

”鷹《たか》”はこのニックという男を、「唯一(ゆいいつ)の尊敬できるやつだ」と熱く語っていた。


「”長《おさ》”が持っていたこの武器を、君に作ってほしい。君なら作れるだろう」

ニックはおもむろに懐(ふところ)から何かを取り出し、「もうこれは壊(こわ)れてしまったのだが」と机の上に置いた。


その黒光りする小型の筒(つつ)に、目を見開いた。


――ヘブライ。あいつが描(えが)いた武器と同じだ。


脳裏に、ヘブライが最後にやってきた日のことが蘇(よみがえ)った。

父の仇でありながら、父の友でもあった、あの男が。




    ◆





夜中、戸を叩く音がした。隙間から外をうかがうとやつれた長髪(ちょうはつ)の男が立っていた。かなり昔とは雰囲気が違ったが、すぐにヘブライだと分かった。


「……お前、何しにこの家にやってきた」

戸を細くあけ睨(にら)みつけると、ヘブライの乾いた唇がわずかに上がった。


「君が私を憎(にく)んでいるのは知っている。だが、贖罪(しょくざい)をしたくてね。……勝手ですまないが」

妙(みょう)に影(かげ)のある雰囲気(ふんいき)だった。むげにすることもできず、一度大げさにため息をついてみせて、家にいれた。




「これはすごい」

家じゅうに置かれている剣を見て、ヘブライは感嘆(かんたん)の声を漏(も)らした。


「別に。ただ奴隷(どれい)のように働いているだけさ」

父が自殺してからというもの、第一商会で狂(くる)ったように働き続けた。

第一商会は出来高制だ。作れば作るだけ金が入る。金など得ても、もう、無駄(むだ)なのに。

借金を取り立てられて死んだ父は、もう二度と返ってこない。


ヘブライは机の上に何気なく一枚の紙を置いた。

それを見て驚(おどろ)いた。


とても精巧(せいこう)な何かの物体が描(えが)かれていた。

「これを作ってくれ。お願いだ」

ヘブライは、やけに懇願(こんがん)するように言った。


「誰(だれ)が作るかよ」

親父は、こいつとあの女にそそのかされたせいで破滅(はめつ)した。


「頼(たの)む。これを作って……海の向こうの国に対抗(たいこう)してくれ。私とあの女の母国だ」

驚(おどろ)いた。

ヘブライの顔に、言いようのない深い苦悩(くのう)が滲(にじ)んでいることに。


「お前……」

何かを言おうとしたが、言葉にならなかった。


それからヘブライは海の向こうの国について語った。

”フローレンス人”という人種がいる、恐(おそ)ろしいほど発展した国だと。


ヘブライは最後に「きみの父上のこと、本当に申し訳なかった」と深く頭を下げ、家を出て行った。




翌日。

ヘブライが死んだという報が国を巡(めぐ)った。

自殺だという話だったが、定かではない。


その設計図は、捨ててしまおうと思ったが、なぜか捨てる気になれず、戸棚(とだな)の奥(おく)にしまっていた。






    ◆





戸棚(とだな)から取り出したヘブライの設計図を机の上に置くと、ニックは目を大きく見開き、呆然(ぼうぜん)と呟いた。


「これは……”弾《ダン》”の設計図じゃないか。こんなに詳しいものを、なぜ……」


――たしかに。

久しぶりに見たが、随分(ずいぶん)と詳細に黒光りする筒(つつ)の作り方が示されている。


まるで、作ってほしいと依頼(いらい)するのではなく――

自分で作ったものを、もう一度作ってくれ、と言っているようではないか?


ハタ、と思った。

親父の時もそうだったのか?


もしそうだとしたら、親父はそれを、分かって作っていたのか?


分かるまい。あの馬鹿な親父だ。


……いや。

きっと分かっていた。

親父は、稀代(きたい)の天才的な技術者だったのだから。



「やってくれるか」

ニックが、こちらを真っ直ぐに見据えた。

先ほどまでのくだけた雰囲気はまるでない。研ぎ澄まされた刃《やいば》のような視線だった。


机の上には、ニックがさきほど置いた黒光りする小型の筒(つつ)と、ヘブライが残した設計図。


――”弾《ダン》”、か。


「分かったよ」

その筒(つつ)を手に取った。ずっしりとした重さと、冷たい金属の感触(かんしょく)。


「これよりもいいものを作って――あいつを驚かせてやるさ」











「ラジャト。ラジャト」

リュシアの声で我に返った。

気づけば寝台(しんだい)の上に寝(ね)かされていた。


「研究室で倒(たお)れていたから、ここに運んだ」

淡々(たんたん)と言うリュシア。手当てをしてくれたのだろう。氷水で目頭が冷やされていた。


「迷惑をかけた」

体を起こすと、そこは驚いたことにリュシアの私室だった。


「目がいたむの?」

リュシアは寝台(しんだい)にのり、じっとこちらの目を覗(のぞ)き込んだ。


……近い、な。

わずかに身じろぎをする。


時間は真夜中。場所はリュシアの私室。しかもリュシアは寝間着姿(ねまぎすがた)だ。

いつもの作業着姿とは異なり、肩(かた)からすとんと落ちる一枚仕立ての衣を着ている。


ネルという心に決めた相手がいるのに、これはシチュエーション的にまずくないか?


おや。

間近で見て気づいた。


リュシアの目。

藍色(あいいろ)のその目が、深い紫色(むらさきいろ)に染まっていた。


「目の色、変わったのか?」

尋(たず)ねると、リュシアの瞳(ひとみ)がわずかに揺(ゆ)れた。


月明かりに照らされた藍色(あいいろ)の髪(かみ)も、今日は紫色(むらさきいろ)が強く出ているような気がする。


「私も死に向かって少しづつ、進んでいるの」

リュシアは小声で、でも確かにそう言った。

そして、窓際に目線を向けた。


花瓶(かびん)に、紫煙花(シエカ)がいけてある。


唐突(とうとつ)に、思いだした。

ヘブライも紫煙花(シエカ)が好きだった。


リュシアは音もなく手を伸(の)ばしてその紫煙花(シエカ)を一輪、取った。

やけに大きな花びらの紫煙花(シエカ)だった。


それをリュシアは唐突(とうとつ)に――

食べた。


「え……」

呆然(ぼうぜん)としている間に、静かに咀嚼(そしゃく)し、飲み込む。


リュシアはなんと説明しようか、考えあぐねたようにそこにいた。




「リュシア、今戻(もど)った」

少し低めな女の声と、リュシアの部屋の扉(とびら)を叩(たた)く音にハッとした。


傷(きず)だ。


ネルが仲間に引き込んだ無口で風変わりな女。

少し前から一緒(いっしょ)に暮らしていた。


「? もう、寝(ね)てるのか?」

ガチャリと扉(とびら)が開いた。


こちらを見て一瞬(いっしゅん)固まり、「邪魔(じゃま)をした」を目を伏(ふ)せ、すぐに扉(とびら)を閉めようとした。


「待て、傷(きず)」

思わず傷(きず)を呼び止めた。勘違(かんちが)いされたらネルに殺されるじゃないか。






    ◇






轟音(ごうおん)が地下室中に鳴り響(ひび)いた。


「どうだ?」

傷(きず)に尋(たず)ねる。彼女の肩口(かたぐち)では黒光りする鋼鉄の筒が硝煙(しょうえん)の煙(けむり)を燻(くすぶ)らせている。


「かなり使いやすくなった」


「よし」

傷(きず)が差し出す小型式”弾《ダン》”を受け取り、試し撃(う)ちをする。


部屋に再び響(ひび)く轟音(ごうおん)。

悪くない。完成と言ってもいいだろう。


傍(そば)で見ていたリュシアが呟(つぶや)いた。

「……ついにここまできた。次はこのうるさい音を何とかしないと」

容赦(ようしゃ)ないな、と思わず苦笑いした。




行き詰(づま)っていた”弾《ダン》”の制作は、傷(きず)とリュシアの二人に助言をもらうようになって、うまく進みだした。

”弾《ダン》”の開発に巻き込むのは危険なことだったが、二人とも意に介(かい)さなかった。


「もし海の向こうの国が攻(せ)めてきたら、この武器が切り札になるのか」

傷(きず)が静かに呟(つぶや)いた。


「あぁ。何しろその国の人間は、この大陸の人間とは異なるらしい」


「異なる?」

リュシアと傷(きず)の声が重なった。


「俺達よりもはるかに力が強く、戦いに優れているとのことだ」

フローレンス人。ヘブライはそう言った。


二人が顔を曇(くも)らせる。そんな者たちが虎視眈々(こしたんたん)とこの大陸に攻(せ)め込む隙(すき)を狙(ねら)っているのは、あまり気分のいいことではない。


「他に、対抗手段(たいこうしゅだん)はないのか?」

傷(きず)が真剣(しんけん)な表情で尋(たず)ねてくる。


「……そういえば、ヘブライは希望がある、とも言った」


あの夜。

尋(たず)ねてきた日に、ヘブライが熱を込めて語った言葉を思い出す。

――スタルトゥス人の希望、”ジグルステン”がこの大陸にいると。


「なぁ傷(きず)。それにリュシア。ジグルステンという者に出会わなかったか」


「……ジグルステン」

傷(きず)は瞬(まばた)きをして名を繰(く)り返してから、「会ったことはないな」と首を横に振(ふ)った。リュシアも同じだった。


「もし会ったら教えてくれ。強力な味方になるはずだ」

二人は頷(うなず)いた。




それ以来、”ジグルステン”という人物をことあるごとに探した。

口数が少なく、熟練した武人のような強い雰囲気(ふんいき)を放つ男だとヘブライは言っていた。


だが、なかなか探し当てることはできなかった。

そんなに変わった名前ならば、すぐに見つかってもおかしくないのだが。


困った時は天才の力を借りるものだ。

西ノ帝国(にしのていこく)で久しぶりに会ったキリルにこの話をしたら、「ふーん」と少し考えた後、滑(なめ)らかな口調で考察をしてくれた。


「君の話が本当だとすると、ジグルステンという男は、この大陸に攻(せ)めてこようとする海の向こうの国にとっては邪魔者(じゃまもの)だ。つまり、常に海の向こうの国から狙(ねら)われていることになる。僕(ぼく)だったら簡単に本当の名を言ったりしないな」


「……なるほど」

そう言われてみればそうだ。


「まったく。デイトンならともかく、君ならこれくらいのこと分かってよね」

キリルは口を尖(とが)らして続けた。


「それで、きっとうまく社会にとけこんでいると思うよ。なるべく目立たないように。それでいてこの国を動かしやすい位置にさ」









*****

第4章、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

明日から最終章に入ります!

よろしければどうぞ最後までおつきあいください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。