第94話 ヘブライ
アイゼンから受け取った、紫煙花の種子が入った紫色の袋を、ただぼんやりと眺めてすごす日々だった。
――アイゼン。
私はお前を利用したのに、お前は私のことを友だと言ってくれるのか。
そうして私は思い出した。
思い出したくなかった過去のことを――。
◆
「へぇ。お前がこれをつくったのか」
他の仲間と一緒に殺されそうになったとき、咄嗟に見せたガラス細工が私の運命を変えた。
フローレンス人の男はしげしげとそのガラス細工を見つめると、「安心しろ。お前は殺さねぇよ」と笑った。
それからは、何人か雇い主を変えた。
最初はガラス細工を。
次第に金属細工を作るようになった。
自由はなかった。奴隷のように毎日毎日命じられたものを作り、反抗すれば鞭で酷く叩かれた。
そんなある日。
転機がやってきた。
それは、いつものように金属製の剣を作っている時だった。
パリン!
突然、音を立てて窓が割れた。
そこから入ってきた小さい人影は、私に指図をしていたフローレンス人を瞬く間に倒していった。
血まみれの剣を振るう、その鋭利な横顔に驚いた。
スタルトゥス人の、まだ年若い少年だった。
同じくスタルトゥス人で、濃紺色の見たこともない服を着た男が、そのあとに入ってきた。
男は自らを”トジン”だと名乗り、フローレンス人とスタルトゥス人が共存する世界を目指していると言った。
私はトジンの仲間のノーレスリャーンという者の部下になった。
ノーレスリャーンはフローレンス人なのに、驚くほど穏やかで優しい男だった。
彼の医術の助けになるような金属製の道具を私はたくさん作った。ノーレスリャーンは本当に喜んでくれた。
その後、ノーレスリャーンが”天”の位に任命されると、私は王都に行き、アーシェンヴァーン王の指示のもと、国の発展のために様々なものをつくった。
時を刻む機械。
火を使わずに夜の手元を照らす道具。
文字を紙へ打ち出す機械。
心が踊るような楽しい日々だった。
だが、それは5年と続かず終わりを迎えた。
何者かによって私は捕らえられ、とある豪華な屋敷へと運ばれた。
そして、幾重にも鍵のかかった部屋に閉じ込められた。
「ヴァーレントゥーガ様。こいつです」
「そうか」
そこに現れたフローレンス人の男は、頭を刈り込み、”獣”の位を示す黒い羽織を着ていた。笑みを浮かべて、一枚の紙を差し出す。
「こんな機械を作ってくれ。”弾”と名付けた。皆の役に立つ道具だ」
書かれている簡略な設計図を見て、一瞬で人殺しの道具だと分かった。
逆らえなかった。
”ヴァーレントゥーガ獣将、中部を席巻。新風を巻き起こす”
数か月後。新聞を読み、私が作った道具が、フローレンス人とスタルトゥス人が共存していた村を破壊し、そこに暮らしていた人々を虐殺したことを知った。
呆然としていると、ヴァーレントゥーガがやってきて笑った。
「お前は有用だ。これからも俺に尽くせ」
それから、一歩たりとも部屋の外に出ることは許されなかった。
外部からの情報も制限された。
◇
「ったく。これだからスタルトゥス人は。おい、治療して、そのペンを別のものにかえろ」
ペン先で首の動脈を突き破って死のうとすると、ヴァーレントゥーガはインク式の金属製のペンを取り上げ、筆に変えた。
それから数年が経った。
全てのヴァーレントゥーガが欲しいものを作り上げると、「海の向こうの国へ行き、東ノ国の発展に尽くせ」と言われた。
腕と胸には金属片を埋め込まれた。
私が開発した金属片だ。
それを通して配下の行動を把握・強制できる。
逆らうことなど、できないのだ。
◆
――あぁ。アイゼン。私は間違っていた。
東ノ国での生活は、かつてのアーシェンヴァーン王やノーレスリャーンと過ごした日々と似ていた。
己の発明で国を富ませる。
これほど心の踊ることはない。だが、その発展は、滅亡へと――この平和なスタルトゥス人の大陸がフローレンス人に略奪されることへと――つながっている。
ヴァーレントゥーガはきっと、紫煙花の毒を無効化し、この大陸へと侵略するつもりだ。
己の腕と胸に埋め込まれた、金属片。
ずっと逆らえないと思っていた。
……だが。
私はいつから諦めることばかり覚えてしまったのだろう。
◇
夜中。
いつも通り家の裏口からに外に出ようとすると、キリルの気配を感じた。
声をかけると、今年で5歳になる息子は、ばつが悪そうに出てきた。
「お母さんが、お父さんが別の女の人のところに通ってるって言うんだ。だから確かめたくて」
「……苦労をさせているな」
分不相応なことに、私は妻をもらい、二人の子を授かった。妻と娘とは折り合いが悪かったが、キリルとは仲が良かった。
「別に構わないよ! お父さんは本当は”研究”をしてるんでしょ? 一緒に行かせてよ」
キリルが足元にじゃれつく。
一瞬、迷ったが頷いた。
「いいぞ。今日は研究じゃないし、たいして面白くもないだろうが」
「お父さんがやることは全部面白いよ」
思わず口元がほころび、その小さい手を握った。
「何やってるの?」
山頂でひたすら作業を続ける私に、キリルが不思議そうに尋ねた。
「花を植えているのさ」
キリルが不思議に思うのも無理はない。私はひたすら――アイゼンからもらった紫煙花の種を植えているのだから。
トジンと同じ民族である、アイゼンの妻が残した種。
袋に入っていた数は僅かだったが、栽培して増やし、品種改良をした。
それを、標高が高いこの山に植えていく。
キリルが怪訝そうな顔をした。
「でも、ここじゃ咲かないんじゃない? 寒すぎるよ」
――息子はとても聡明に育った。
紫煙花は、気温が低い環境では開花しない。それを既に知っている。
「いや、実は1つだけ咲かす方法がある」
キリルが生きている間に、ヴァーレントゥーガはこの大陸に攻め込んでくるだろうか。
「え、何?」
キリルの目が輝く。
「一緒に見に行こう。面白いぞ」
◇
「あったまるね」
並んで木製の長椅子に腰かけたキリルが、実に幸せそうな顔をして、湯に浸した足をぱちゃぱちゃと動かした。
温かい湯が小さくはねる。
「あぁ。癒されるな」
湯に足を浸すと、じんわりと体がほぐれていくのが分かる。
広大な熱い湖。それがこの山の頂上付近にある。
「お父さんがこんな風に整備したんでしょ? すごいね……」
キリルがため息を漏らした。
暗くてキリルにはよく見えていないだろうが、私が今まで見てきた、どの湖よりも広くなるように作った。奥にいくほど水位は深くなっている。
「分かった! もしこの湖を壊して、お湯が山肌を流れたら、あったかくなって紫煙花が咲くね」
思わず微笑んだ。
さすが、キリルだ。伝わった。
あとは将来、どうなるかだ。
それからは折をみて、できる限りの贖罪をした。
東ノ国を富ませこの大陸を破滅に近づけてしまった罪の、贖罪を。
まずは、アイゼンの息子のラジャトに、”弾”の製造方法を伝えた。
ヴァーレントゥーガに命令されて私が開発した、恐ろしい武器だ。
ヴァーレントゥーガはかならず、”弾”を使って攻めてくるはずだ。ならばこちらも対抗する必要がある。
金属片を無効化できた時間には限界があった。
とある夜。
寝台に横たわり、目を閉じていると、窓枠がカタンと音を立てた。
……来たか。
身じろぎした瞬間、鋭い刃がひらめいた。
抵抗する暇もなかった。
ヴァーレントゥーガの部下の女は、私の胸を短剣で深々と貫くと、馬鹿にしたように笑った。
「あの金属男に感化されたの? 今じゃあなたは重罪人よ。ヴァーレントゥーガ様に逆らって勝手に行動するなんて」
膝から床にくずれおちた私を見て、にこりと笑う。
「これからあなたの息子とあの忌まわしい紫煙花の山を爆破してあげる」
この女さえ殺すことが出来れば。
「さようなら」
女が短剣を喉元に振り下ろした瞬間。
懐に隠し持っていた”弾”を打ちぬいた。
弾丸は、女の右肩にあたり、鮮血が舞った。
――即死させられなかった。
絶望が目の前を覆う。
倒れ伏した女は、痛みに顔をゆがめながらも剣を逆の手に持ち換え、こちらへと這ってきた。
「そんな武器を作ってたのね。早く殺して、仲間に伝えなくては――」
女の言葉が不自然に途切れた。
怪訝に思い、目線をあげ、絶句した。
いつからそこにいたのだろう。
金髪に碧眼の青年が女の心臓を剣で貫いていた。
「……おまえ、ッ!」
女は血を吐き、青年を睨みつける。
「おまえがいつも邪魔をする。お前さえいなければヴァーレントゥーガ様の愛を……もらえたのに……」
女の目の光が弱くなっていく。
「ヴァーレントゥーガは君を利用しているだけだ」
青年は静かに言った。
「あなたに、何が分かるの……」
そういって女は息絶えた。
朦朧とする意識の中。
青年が私を抱き起こし、耳元でささやいた。
「安心してくれ。女は死んだ。他のヴァーレントゥーガの部下も片付けた。あなたの”希望”はまだ残っている」
「……感謝する。どなたか分からないが……」
体の感覚がなくなって来た。私ももうすぐ死ぬのだろう。
「気を強く持て。あなたが持っている、海の向こうの国の情報を教えてくれ」
どこか既視感のあるその顔を見て、唐突に思いだした。
「あなたは――ジグルステン様?」
トジンの死後、急に失踪した英雄。
私をかつて、フローレンス人から救ってくれた恩人。
なぜこの大陸に?
そう思いながらも、私は命がつきるその瞬間まで、知りうる限りのことを語った。
◇
「まずいな。ヴァーレントゥーガか。かなり急進派が台頭してきてるな」
青年は呟き、力尽きたヘブライの両目をそっと閉じ、呟いた。
「ヘブラウヌス。……お前の尽力に感謝する」
それから第5師団の野営地に戻ったニックが、壊滅し、変わり果てた仲間たちを見つけ愕然とするのは、また別の話。
*****
※こぼれ話
女の名は、シカラと言います。
ヴァーレントゥーガに愛されようとずっと頑張ってきました。アイゼンに取り入ったのもシカラです。ちなみにシカラはスタルトゥス人。時間系列では、長が第5師団を裏切るのと、ニックがシカラたちを倒すのが同時刻です。この後、ニックは壊滅した第5師団を見つけます。




