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第91話 レオラ 8/8

数週間後。


「どうだった。人生初の舞踏会(ぶとうかい)は」

王宮からの帰りの馬車の中で、ナヴァンはにこにこと私に問いかけた。


「こんなくだらない会を開催(かいさい)しているなら、砂紋民(ヌルム)の支援(しえん)に予算を回せばいいのに」

私はナヴァンの子女という形で舞踏会(ぶとうかい)に参加した。


馬車の外を流れる景色。そこには行き場を失った砂紋民(ヌルム)が粗末(そまつ)なテントを立てて暮らしている。

同じ帝国にいるのに、立場が違(ちが)うというだけでこうも異なるのか。


ナヴァンの笑みが深くなった。

「だが、そのくだらない会から分かったこともあっただろう」


「……まあ、この国の貴族や高官がいかにくだらないか、よく分かったわ」

少し会話をかわしてみても、まるで国のことを考えている様子は感じられない。


「でも、君は引く手あまただったじゃないか。ルフラン家の子息にも口説かれていただろう」

ナヴァンがからかうような調子で言った。


「あいつは論外」

きっぱりいうと、ナヴァンは可笑しそうに笑った。


馬車の窓に映る自分の顔。美しく化粧(けしょう)を施(ほどこ)され、つけ髪(かみ)をした髪(かみ)を結われている。ナヴァンの使用人たちの腕(うで)がよすぎるおかげで、まるで別人のような淑女(しゅくじょ)となっていた。


「誰(だれ)か忘れられない人でもいるのかな」

ナヴァンの言葉に、一瞬(いっしゅん)、”弓《ゆみ》”の顔が脳裏に浮かんだ。

言葉につまると、憎めない中年男の笑みが深くなる。


「もしかして、あの聡明(そうめい)な灰色の瞳の書庫守(しょこもり)とか? 君が塔(とう)から朝帰りしていたこと、知っているよ」


とんだ見当違(ちが)いだが、ナヴァンの情報収集能力に舌を巻く。


「違(ちが)うわ。彼はただの同志」

デイトンには憧(あこが)れはあるが、特別な感情は持ち合わせていない。私は話題を変えた。


「そういえば、ヴァルゼンベルク様は唯一(ゆいいつ)まともな方だったわ」


「そうだろう」

ナヴァンが得意げに笑った。

舞踏会(ぶとうかい)には、デイトンの父も来ており、ナヴァンとは親しげに話をしていた。どうやら友人らしい。


「でも、この帝国の中枢(ちゅうすう)は腐(くさ)ってるわね」

私の言葉に、ナヴァンは微笑(ほほえ)んだ。


「今のうちによく見ておきなさい。正義の騎士になりたいんだろう?」

相変わらず、何を考えているのか分からない微笑(ほほえ)みだった。






半年後。秋。


「ナヴァン様。誠にありがとうございました」

私は膝(ひざ)をつき、ナヴァンに深く頭を下げた。


「まったく。騎士の礼をして、そんな男みたいな恰好(かっこう)で出て行くとは」

ナヴァンは笑って、餞別金(せんべつきん)だと言って当分の金をくれた。


そして私の耳元でささやく。

「君と、地獄(じごく)の果てまで一緒(いっしょ)に歩むことを約束する」


「光栄です」

また頭を下げると、ナヴァンは微笑(ほほえ)んだ。


ナヴァン。この笑顔を絶やさない日和見の第4師団長は、とんでもない男だった。


デイトンとの出会いが、この世界を照らす光のようだと形容するなら、この男はまるで悪魔(あくま)のようだ。

だが、その誘(さそ)いに乗るほどには、私も狂(くる)っていた。






    ◇






レオラは今頃(いまごろ)どうしているだろうか。

そう思いながらニックが自宅に戻(もど)ると、食卓(しょくたく)に書き置きがあった。


『軍は辞めました。砂紋民(ヌルム)のために戦うことにします レオラ』


既(すで)にレオラの気配はなく、その荷物もどこにもなかった。

唐突(とうとつ)だな、と苦笑した。



翌日、帝国軍本部(ていこくぐんほんぶ)へと呼び出された。

道すがら、除隊か、よければ一兵卒からやり直しか、と内心で考え、暗鬱(あんうつ)たる気持ちになる。


海の向こうの国では、急進派の動きがかなり活発だった。今まで積み重ねてきた地位をとられるのは痛い。


軍本部につくと、第4師団へと案内された。


……なぜ?

眉(まゆ)をひそめつつも、第4師団の兵に魅入(みい)られた。

皆(みな)、熱心に修練している。悪くない。


「やぁ」

見覚えのある男が姿を現した。


「ナヴァン師団長。お久しぶりです」

礼をすると、「立ち話もなんだから」と第4師団長、ナヴァンは昔と変わらない微笑(ほほえ)みを浮かべて、自室へと案内した。





「単刀直入に言う。お前を第4師団の副団長に任命したい」

ナヴァンの言葉に、ニックは耳を疑った。


「副団長ですか」

第4師団は200人いる。その副団長に、いきなり自分がなれるとは思えない。


「ははは。お前がそんな間抜(まぬ)けな顔をするとはな」

ナヴァンは屈託(くったく)なく笑ってから、ふと真剣(しんけん)な眼差しをした。


「我が隊には、お前の下につきたいという者が大勢いる。適任だ」

片眉をあげる。「お前もこの第4師団にいたから、分っているものとばかり思っていた」


黙りこくるニックに、「まあ、お前は周りと関わってなかったからな」とナヴァンは笑い、なんてことのない調子で続けた。「それとレオラは、私の手の内にいれた」


途端(とたん)、凄(すさ)まじい殺気が部屋を満たした。

「あいつに何をしたのですか?」


「……怖(こわ)い怖(こわ)い。さすが、部下思いのニック師団長だな。変なことはしてないよ。ちょっと現実を見せた。それだけだ」


なおも鋭(するど)い視線を向けられていることを気にした様子もなく、ナヴァンは飄々(ひょうひょう)と続けた。「正確には、私も手の内にとりこまれた1人なのだよ」


ニックは眉(まゆ)をひそめた。「誰(だれ)にですか?」


「デイトンだよ」


……デイトン?

思わず目を見開いた。ナヴァンは面白がるように続けた。


「面白いひとだ。塔番(とうばん)の時に、”一緒(いっしょ)に帝国をひっくり返さないか”って持ちかけられてね。彼がそんな激しい思いを胸の内に隠(かく)しているとは思わなかった。……だが」

ナヴァンは笑った。


「魅入(みい)られたんだ。私の思想とも近い。あとで知ったが、あのやり手のヴァルゼンベルク卿(きょう)の子息というじゃないか」


「あなたの動機は? 日和見(ひよりみ)の第4師団がたったそれだけで動くとは思いません」


ニックの言葉に、ナヴァンはにこりと笑った。


「日和見(ひよりみ)というのはね、いざという時に力を蓄(たくわ)えておくためのものだ。で、そのいざという時というのは」

ナヴァンはささやいた。


「この帝国(ていこく)に反旗をひるがえすときだ」


「そう、ですか」

ニックは驚(おどろ)きを押(お)し殺した声で相づちをうった。


「強いリーダーが必要だ。レオ中佐も申し分ないが」


「そんなリーダー、なかなかいないのでは」


「いや、いるよ。私の目の前に」

ナヴァンはにこりと笑った。

ニックの目が見開く。


「いい加減、仮面をかぶるのにも疲(つか)れてきた頃合(ころあ)いじゃないかな」


「……あなたとデイトン、それにレオラは何を企(たくら)んでいるのですか」

絞(しぼ)り出したようなニックの言葉に、ナヴァンは微笑(ほほえ)んで答えた。


「帝国王を殺し、革命を起こす」


ニックは思わず笑い声を立てた。


――デイトン。お前、人のよさそうな顔をして大層な計画を立てているじゃないか。


正義に心を燃やす馬鹿正直な同僚(どうりょう)は、いつの間にか、したたかな戦略も考えられる人間へと変わっていたらしい。


ニックは頷(うなず)いた。

「わかりました。ナヴァン師団長。私もその計画に乗りましょう」


ニックとナヴァンは固く握手(あくしゅ)をかわした。そのあと、ニックが思いだしたようにナヴァンに聞いた。


「そういえば、今レオラは何を?」


ナヴァンは笑った。

「帝都(ていと)の下町で仲間でも募(つの)っているんじゃないかな」






    ◇






「ただいま」

革命組織の扉(とびら)を開くと、いつものように皆(みな)が修練をしていた。


「レオラ! お帰り!」

両腕(りょううで)となって働いてくれている、ダグラスとルカが出迎(でむか)えてくれるが、私は内心でため息をつく。


人を集めて革命組織を作った。

集まったのは、砂紋民(ヌルム)30人ほど。だが、所詮(しょせん)寄せ集めの兵に過ぎない。第5師団と比べると雲泥(うんでい)の差だ。


しかし、うつむいてはいられない。






深夜。

地下通路を進み、とある家につながっている隠(かく)し扉(とびら)を叩(たた)いた。


「やぁ」

ニックが顔を出した。そのまま家へと上がり、共に夕食を食べた後、ニックは私の顔を見て微笑(ほほえ)んだ。


「なんだか最近、特に表情が暗いね。もっと戦力がほしいんだろ?」

ニックには私が思っていることなど、お見通しのようだ。


頷(うなず)くと、「ならこいつを仲間に入れろ」とニックはおもむろに懐(ふところ)から手のひらくらいの大きさの紙を取り出した。


……これは。

娼館(しょうかん)が店の娘(むすめ)を宣伝する時に使うものだ。

美化された肖像画(しょうぞうが)が描(えが)かれている。


だが。

そこに描(えが)かれているのは娘(むすめ)ではなかった。

とても美しい顔をした男だった。


――テルシヴァン。

そう名が書いてあった。


「強いの?」

どうしてもこの美しい男が戦う姿を想像できない。


「あぁ。とても」

ニックが深くうなずく。「名を変えただけで、トルーシスである可能性がある」


息をのんだ。

トルーシス。

砂紋民(ヌルム)の村々(むらむら)から、一時帝国軍(ていこくぐん)を退けた英雄(えいゆう)。


「分かった。必ず仲間に引き込む」

力強く頷(うなず)くと、ニックは微笑(ほほえ)んだ。


そうして私はトルーシスに接触(せっしょく)を始めることになった。

かなり気後れし、実際に話しかけるまでずいぶん時間がかかったけど。






<レオラ編 完>

ボリュームのあるレオラ編、お読みいただきありがとうございました!

続いては幕間をはさみ、ヘブライ、ラジャト(各一話ずつ)へと進みます。

どうぞよろしくお願いします!




*****

※こぼれ話

レオラが初めてトルーシス(テルシヴァン)と虚華亭であった時に着ていた黒いドレスは、ナヴァンと暮らしていたときに着ていたもので、ナヴァンがプレゼントしたものです。

レオラは、この時の生活で、一応一通りの淑女らしい振る舞いは身に着けています。

ですが、本人曰く、「性にあわない」とのこと……

一人で書いていると、届いているのかどうか分からなくなる時があります。

もし何か感じてもらえたなら、一言でも教えていただけると、とても励みになります。


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