↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/127

第89話 レオラ 6/8

「たいしたヤツだな、”槍《やり》”は。今頃(いまごろ)あいつらどんな話してんのかな」

”伊達《だて》”は”弓《ゆみ》”と”槍《やり》”のテントを見つめながら、口の端(はし)をあげた。


”鷹《たか》”がたか(・・)を撫(な)でながら静かに言った。

「”伊達《だて》”、言っておくべきことがある。”槍《やり》”は……」

そこで言い淀(よど)む”鷹《たか》”に、”伊達《だて》”がにこりと笑った。


「気づいてるぜ。女だろう」


「さすがだな。話が早い」

”鷹《たか》”が微笑(ほほえ)むと、”伊達《だて》”は手をひらひらと振(ふ)った。


「でも気づいたのは最近だぜ。この前から、”弓《ゆみ》”が明らかに変になりだしたからな。あれは惚(ほ)れた女に対する初心《うぶ》な態度だよ」


「確かに」

くつくつと笑う”鷹《たか》”に、”伊達《だて》”は聞いた。


「お前はどうやって分かったんだ?」


「たか(・・)が懐(なつ)いていたからな」

相棒を撫(な)でながら”鷹《たか》”は続ける。


「たか(・・)は雌《メス》なんだ。俺以外の男には関心を示さない。だから最初にたか(・・)が懐(なつ)いたのを見て女じゃないかと思った」


「それだけの理由か?」

”伊達《だて》”が首をかしげる。


「たか(・・)は俺以外の男に関心を示さない」

”鷹《たか》”の冷たい目線に、”伊達《だて》”は頬(ほお)をひきつらせた。


構わず、”鷹《たか》”は続ける。

「”兵法《へいほう》”と”薬《やく》”も気づいている。口には出さないが、”長《おさ》”、”老《ろう》”、”夜《よる》”、”天《テン》”も気づいているだろう」


「主力メンバーほぼ全員ってわけか」

”伊達《だて》”はおかしそうに笑ってから、ふと真面目な顔になった。


「もうすぐ本当の任務だ。だが気になることがある」


”鷹《たか》”が頷(うなず)いた。

「あぁ。多分裏切り者がいる」






    ◇






……どうして。

どうして私の前に、また赤く血で染まった大地が現れるのだろう。


出会ってまだ少しだが、すっかり愛着の沸(わ)いていた仲間たちはもう息をしていない。

みな一様に血を流して倒(たお)れている。

今まで修練したことを発揮する暇(ひま)もなかった。それくらい、狡猾(こうかつ)にしてやられた。


「あいつらは去ったか」

かすれた声で、私の上に折り重なるようにしていた”弓《ゆみ》”が言った。


「どうして庇(かば)ってくれたの?」

頭の中でいろいろなことがごちゃごちゃになって訳が分からなかった。

”弓《ゆみ》”は確かにあの、意味の分からない鉄の玉を見切っていた。

対応できなかったのは、私だ。


「お前は希少な才能だ。生きろ。弓がうまいやつなら、どこでもいる」


「いないよ。あなたの方が天才なのに……あんなに強さを求めていたのに」


内臓を打ち抜(ぬ)かれている。もう長くは持たない。見上げると目が遭(あ)った。


今まであんまりしっかりと顔を見たことがなかった。いつも険しい顔をしていた記憶(きおく)だったのに、随分(ずいぶん)と優しい顔をしている。

ふいに涙(なみだ)が頬(ほお)をつたった。


”弓《ゆみ》”が困ったように目をそらした。

「泣くと途端(とたん)に女の顔になるな」


驚(おどろ)いて”弓《ゆみ》”を見た。”弓《ゆみ》”は続けた。

「お前、砂紋民(ヌルム)で女だろ」


「え?」

分かっていたのか。それに、言わないでいてくれたのか。


”弓《ゆみ》”はふっと笑った。

「命をかけて守ったんだ。お礼に口づけくらいしてくれよ」


「分かった」


「え……?」

身を起こすと、”弓《ゆみ》”の目が見開いた。「じょ、冗談(じょうだん)だって」


「いいの。お礼、させて」

耳元でささやいて、それから精一杯の愛をこめた。






「……はぁ。まあ、いい冥途(めいど)の土産(みやげ)になったか。でもお前、俺のことなんてさっさと忘れろよ」


顔を離(はな)すと、困ったように”弓《ゆみ》”がはにかんだ。そして目を閉じる。

あの、どんな的をも射貫(いぬ)く目と腕(うで)が終わりを迎(むか)えようとしている。


「そんな顔するなよ」

”弓《ゆみ》”がうっすら半目をあけて呟(つぶや)くように言った。「”鷹《たか》”が言っていた。トルーシスは生きているって。……そいつがお前の新しい相棒だ。きっとお前ならそいつと渡(わた)り合える……」


そっと私の耳飾りに手を触れ、そのまま眠(ねむ)るように”弓《ゆみ》”は息を引き取った。




しばらく、”弓《ゆみ》”を膝の上に抱いて、魂(たましい)が抜(ぬ)けたように呆(ほう)けていた。

人の気配がした。

ようやく我に帰って立ち上がる。


こちらにぴたりと黒い金属の筒《つつ》を向けている人物。


――”長《おさ》”だ。


苦しそうに顔をゆがめている男がそこにいた。



「……この裏切り者。なぜ?」

怒(いか)りで震(ふる)えながら、槍(やり)を構えて問うと、「命令に従わないと殺されるんだ」と”長《おさ》”は絞(しぼ)り出すように言った。


「すまない!」

”長《おさ》”が叫(さけ)び、引き金を引こうとした時。


ドン!と轟音(ごうおん)が響(ひび)いた。


背を打たれ、地に倒(たお)れたのは、”長《おさ》”だった。即死(そくし)だった。


煙(けむり)のくすぶる、”長《おさ》”よりも小型の黒い筒(つつ)を持って、立っていたのはニックだった。


あまたの小さな黒い人形がニックの足元にうごめいていてぎょっとしたが、”長《おさ》”が死んだ途端(とたん)、ただの紙切れに戻(もど)り、ぱたりと倒(たお)れた。


「……まさか”長《おさ》”が。油断していた」

すぐにしゃがみ、倒(たお)れた”長《おさ》”の両腕(りょううで)を剣ですぱりと斬(き)り、そこから金属の欠片のようなものを取り出した。


私に問いかける。「お前以外全滅(ぜんめつ)か」


頷(うなず)くとニックの顔に影(かげ)が落ちた。

「……海の向こうの国と戦わせたのは間違(まちが)いだったな」


そしてニックは立ち上がり、叫(さけ)んだ。

「お前ら! シカラとその残党は倒(たお)してきた! 必ずお前らの死は無駄(むだ)にしない! ……許せ」


ニックのこんな姿を初めて見た。

懺悔(ざんげ)と後悔(こうかい)にさいなまれるような表情と声。


ニックは倒(たお)れる一人ひとりに、感謝と詫(わ)びを言いながら、瞼(まぶた)をそっと閉じていった。




近くの様子を見てくる、と言ってニックが暗い顔でその場を離(はな)れると、私はみんなの遺骸(いがい)を丁寧(ていねい)に埋葬(まいそう)していった。

最後に1人だけ埋(う)めていない遺骸(いがい)があることに気づいた。


”長《おさ》”だ。

「あなた、ずっと苦しかったの?」

その顔には、涙(なみだ)の痕(あと)がある。”長《おさ》”が私たちにくれた優しさまで嘘(うそ)だったようには思えない。

無残に切り取られた両の腕(うで)。


迷った末、私はみんなの一番端(はし)に、”長《おさ》”を埋(う)めた。


そしてみんなに手を合わせて、日が暮れるまでずっと心の中で話しかけていた。






    ◇






第5師団、ならびに第2師団は壊滅(かいめつ)した。

帝国軍部(ていこくぐんぶ)はしっかりと調査しようとせず、原因を東ノ国の仕業と決めつけ、この不名誉(めいよ)な事態を隠(いん)ぺいした。

ニックには、あらたな兵50が与(あた)えられる算段になったが、ニックはこれを丁重に辞し、喪(も)に服した。





3日後の夜。

ニックの家に戻(もど)り、食卓(しょくたく)で、私たちは無言で食事をした。

食べ終わったあと、ニックがぽつりと言った。

「表向き、3か月喪(も)に服す。その間、しばらく旅に出て家を空ける。行先は聞くな」


静かなその言葉に「分かった」と頷(うなず)いた。第2師団長は戦死している。隊を率いる立場で生き残ったニックへの風当たりはかなり強かった。


それに、ニックは何も語らなかったが、この件がニックの心に深い傷(きず)を残したことは明らかだった。


「君はどうする?」

遠慮(えんりょ)がちなニックの言葉。

目を閉じると、”伊達《だて》”の言葉が浮かんできた。


「あなたが放り出した仕事の代わりをやる」


ニックは驚(おどろ)いたように瞬(まばた)きをすると、「……強い女だ」と呟(つぶや)いた。

そして、「助かる」と頭を下げ、2つのことを依頼(いらい)した。


「1か月後の、帝国王(ていこくおう)の内議に出てくれ。その前に、書庫守(しょこもり)の見張りの番が回ってくるからそれも頼(たの)む。軍には俺から言っておく」







     ◇







書庫守(しょこもり)の見張りの番、通称(つうしょう)、”塔番《とうばん》”。


それは第1~5師団長に、一週間ずつ交代で回ってくる任務だ。

と言っても、夕方に翌日一日分の食事を届け、書庫守(しょこもり)たちが変わりなく塔(とう)の部屋の中にいるかを確認するだけだという。


わざわざ師団長に任せるのが訝(いぶか)しいくらいの任務だが、私は、第5師団長、ニックの代理としてその役割を行うことになった。




「書庫守(しょこもり)殿(との)。お食事を持って参りました」

塔(とう)の長い長い階段を登り、扉(とびら)を叩(たた)いて声をかけるがまるで反応がない。


……場所を間違(まちが)えたか?

一瞬(いっしゅん)、そう思ったが塔(とう)の最上階の部屋はどう考えてもここしかない。


ドアノブを回すと、簡単にドアが開いた。


え。入っていいのかな?


驚(おどろ)きを感じながらも足を踏(ふ)み入れ、思わずその部屋の中の光景に見とれた。


所狭(ところせま)しと立ち並ぶ本棚(ほんだな)。背表紙には、見たこともない文字が踊(おど)っている。

純度の高い白銀鉄(はくぎんてつ)でできた壁(かべ)と床(ゆか)に、唯一(ゆいいつ)の窓から差し込んだ西日が反射し、部屋を赤く幻想的(げんそうてき)に染めあげていた。


異世界の図書館みたいだ。

そんなことを思いながら足を進めると、同じく白銀鉄(はくぎんてつ)でできた広い机があり、その上で複雑に何かを書き記した紙を広げ、青年がうなっていた。


緑色の長衣を着て、伸(の)び放題の髪(かみ)を後ろで一つに括(くく)っている。なんというか、書庫守(しょこもり)のイメージにぴったりの青年だ。


話しかけられる雰囲気(ふんいき)ではないので、静かに台所と思しきところに食事を乗せた。


『ありがとうございます。出迎(でむか)えられなくて申し訳なかった』

そう書かれた紙がすっと目の前に差し出され、思わず顔をあげた。


そこには、もう一人の書庫守(しょこもり)が立っていた。


短く整えられた灰色の髪(かみ)に、灰色がかった思慮深(しりょふか)そうな瞳(ひとみ)。

体格もよい。”伊達《だて》”には及(およ)ばないが、騎士団の中ではやや小柄(こがら)なニックよりも上背があるのではないだろうか。


どことなく武人のような雰囲気(ふんいき)がある。この男が、耳と声を奪(うば)われたという噂(うわさ)の書庫守(しょこもり)だろう。


『君がニック第5師団長の代理のレオ中佐か』

さらさらと紙に書かれる言葉。

頷(うなず)くと、その書庫守(しょこもり)はじっと私を見つめた。


思いのほか眼光が鋭(するど)い。敵には回したくない人物だな、と思った。

その目がわずかに見開いて、つぶやきが漏(も)れた。


「……もしかして、君はニックのところで武芸の訓練に明け暮れていた、あの娘(むすめ)か?」


え。しゃべれるの?

そんな驚(おどろ)きも束の間、その表情と声に、私も思いだした。

ニックの唯一(ゆいいつ)の友人、デイトン・ザッカーバーグだ。





「有意義な時間だった。また明日も待っている」

微笑(ほほえ)むデイトン・ザッカーバーグに頷(うなず)き、呆然(ぼうぜん)としたままその部屋を辞した。


衝撃(しょうげき)だった。


塔(とう)を出て、まっすぐ帝都(ていと)の裏町へと向かう。

そこは、生気を失った砂紋民(ヌルム)達であふれかえっていた。


そのまま歓楽街(かんらくがい)へと足を進める。

煌々(こうこう)とした明かりがともり、夜でも昼のように栄えている。

だが――よく見てみると、いたるところで砂紋民(ヌルム)達が働いていた。

皆(みな)、一様に暗い顔で。


白銀鉄(はくぎんてつ)は、砂紋民(ヌルム)の紋様(もんよう)の情報をもとに作られている。

帝国(ていこく)は砂紋民(ヌルム)を都合よく酷使(こくし)している。


私は余りにも世間知らずだった。

”弓《ゆみ》”、あなたはここから這(は)い上がってきたの?


あなたみたいな強さを私は――。  





塔番(とうばん)、最終日。

私はデイトンに深々(ふかぶか)と頭を下げた。


「デイトン、いろいろと教えてくれてありがとう。私は近いうちに軍を辞める。砂紋民(ヌルム)のために戦うの」


デイトンは頷(うなず)き、強いまなざしを私に向けた。

「君に、情報を」

差し出されたのは、白銀鉄(はくぎんてつ)の作り方が書きとめられた紙だった。


思わず息をのんだ。

これは――。


「一番最新のものだ。まだ帝国王(ていこくおう)にも渡(わた)していない。騎士団や東ノ国と戦うときの切り札になる」

デイトンは低く言った。


それを私に渡してこの人は大丈夫(だいじょうぶ)なのだろうか。いや、大丈夫(だいじょうぶ)な訳がない。

……だが。

私はそれをさっと受け取り、懐(ふところ)にいれた。


「うまく活用する。感謝してもしきれない」

深く頭を下げるとデイトンは言った。


「半年後の祭りの日、虚華亭(きょかてい)で会おう。その時にさらに新しい情報を渡(わた)す」


「分かった」

私たちは約束を交わし、別れた。






     ◇






「半年後まで会えないなんて、残念だね。ここ最近、朝まで一緒(いっしょ)に過ごすくらい熱をいれてたのに」


レオ中佐が部屋を出た後、キリルが部屋から出てきて肩(かた)をすくめた。

こいつは無関心のようでいて、意外としっかり聞き耳を立てている。


「お前が想像するような関係じゃない。ひたすら砂紋民(ヌルム)とこの国について話していた。分かるだろう?」


キリルは「……まあ」と頷(うなず)くと、指先で頬(ほお)をかいた。

「でも、水を差すようだけど、彼女一人(かのじょひとり)で何ができるのかな」


キリルのいうことは道理だ。

もうこの帝国は坂道を転がるように転落している。


東ノ国の発展に追いついていない。

第2・第5師団が壊滅(かいめつ)した今、もし東ノ国が攻(せ)めてきたら確実に負けるだろう。


「だが、何もしないよりはいい」

レオ中佐、いや、レオラには俺がもちうる情報を全て渡(わた)した。

半年後に会うまでに、より緻密(ちみつ)な計画と協力者が必要だ。


キリルの目がすっと細くなった。

「デイトン。ばれたら死罪だからね」


「あぁ。分かってる」

頷(うなず)くと、キリルはあきれたようにため息をついて部屋に戻(もど)っていった。


これから黒い紋様(もんよう)の解読の続きをするのだろう。キリルの紋様解読(もんようかいどく)への熱量は半端(はんぱ)がない。


俺は――この方向に進んでいいのか?


懐(ふところ)から手紙を取り出した。

何かに迷ったときに、いつも取り出しているそれは、もうだいぶボロボロになってしまっている。


――トルーシスからの手紙だ。


最初にシュラクの街の酒場で会ったあとに、もらったものだ。

その内容を読んで、そして若いころを思いだし、苦笑する。


俺は、お前がこの手紙に書く様な正義の騎士じゃない。

もう30も過ぎ、己の限界も世界の不条理も分かってきた。


だが。


ゆっくりと、砂紋民(ヌルム)の帳簿(ちょうぼ)に手を伸(の)ばす。

この塔(とう)の中の狭(せま)い部屋が今の俺の世界のすべてだ。


死など恐(おそ)れるな。美しく、生きよう。









*****

※こぼれ話


~戦闘部隊(せんとうぶたい)と諜報部隊(ちょうほうぶたい)~

戦闘部隊(せんとうぶたい)には、”伊達《だて》”を筆頭に、”長《おさ》”、”夜《よる》”、”弓《ゆみ》”、+ その他大勢がいました。諜報部隊(ちょうほうぶたい)は、”鷹《たか》”を筆頭に、”兵法《へいほう》”、”薬《やく》”、”老《ろう》”、”天《テン》” などがいました。老は諜報(ちょうほう)、”天《テン》”は地図製作という感じでふたりで各地を旅をしていることも多くありました。


”兵法《へいほう》”や”薬《やく》は攻撃も得意ですが、諜報部隊(ちょうほうぶたい)です。戦いの前、”鷹《たか》”は”兵法《へいほう》”を後任に指名し、相棒のたかの羽をひとつ渡(わた)しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。