第89話 レオラ 6/8
「たいしたヤツだな、”槍”は。今頃あいつらどんな話してんのかな」
”伊達”は”弓”と”槍”のテントを見つめながら、口の端をあげた。
”鷹”がたかを撫でながら静かに言った。
「”伊達”、言っておくべきことがある。”槍”は……」
そこで言い淀む”鷹”に、”伊達”がにこりと笑った。
「気づいてるぜ。女だろう」
「さすがだな。話が早い」
”鷹”が微笑むと、”伊達”は手をひらひらと振った。
「でも気づいたのは最近だぜ。この前から、”弓”が明らかに変になりだしたからな。あれは惚れた女に対する初心な態度だよ」
「確かに」
くつくつと笑う”鷹”に、”伊達”は聞いた。
「お前はどうやって分かったんだ?」
「たかが懐いていたからな」
相棒を撫でながら”鷹”は続ける。
「たかは雌なんだ。俺以外の男には関心を示さない。だから最初にたかが懐いたのを見て女じゃないかと思った」
「それだけの理由か?」
”伊達”が首をかしげる。
「たかは俺以外の男に関心を示さない」
”鷹”の冷たい目線に、”伊達”は頬をひきつらせた。
構わず、”鷹”は続ける。
「”兵法”と”薬”も気づいている。口には出さないが、”長”、”老”、”夜”、”天”も気づいているだろう」
「主力メンバーほぼ全員ってわけか」
”伊達”はおかしそうに笑ってから、ふと真面目な顔になった。
「もうすぐ本当の任務だ。だが気になることがある」
”鷹”が頷いた。
「あぁ。多分裏切り者がいる」
◇
……どうして。
どうして私の前に、また赤く血で染まった大地が現れるのだろう。
出会ってまだ少しだが、すっかり愛着の沸いていた仲間たちはもう息をしていない。
みな一様に血を流して倒れている。
今まで修練したことを発揮する暇もなかった。それくらい、狡猾にしてやられた。
「あいつらは去ったか」
かすれた声で、私の上に折り重なるようにしていた”弓”が言った。
「どうして庇ってくれたの?」
頭の中でいろいろなことがごちゃごちゃになって訳が分からなかった。
”弓”は確かにあの、意味の分からない鉄の玉を見切っていた。
対応できなかったのは、私だ。
「お前は希少な才能だ。生きろ。弓がうまいやつなら、どこでもいる」
「いないよ。あなたの方が天才なのに……あんなに強さを求めていたのに」
内臓を打ち抜かれている。もう長くは持たない。見上げると目が遭った。
今まであんまりしっかりと顔を見たことがなかった。いつも険しい顔をしていた記憶だったのに、随分と優しい顔をしている。
ふいに涙が頬をつたった。
”弓”が困ったように目をそらした。
「泣くと途端に女の顔になるな」
驚いて”弓”を見た。”弓”は続けた。
「お前、砂紋民で女だろ」
「え?」
分かっていたのか。それに、言わないでいてくれたのか。
”弓”はふっと笑った。
「命をかけて守ったんだ。お礼に口づけくらいしてくれよ」
「分かった」
「え……?」
身を起こすと、”弓”の目が見開いた。「じょ、冗談だって」
「いいの。お礼、させて」
耳元でささやいて、それから精一杯の愛をこめた。
「……はぁ。まあ、いい冥途の土産になったか。でもお前、俺のことなんてさっさと忘れろよ」
顔を離すと、困ったように”弓”がはにかんだ。そして目を閉じる。
あの、どんな的をも射貫く目と腕が終わりを迎えようとしている。
「そんな顔するなよ」
”弓”がうっすら半目をあけて呟くように言った。「”鷹”が言っていた。トルーシスは生きているって。……そいつがお前の新しい相棒だ。きっとお前ならそいつと渡り合える……」
そっと私の耳飾りに手を触れ、そのまま眠るように”弓”は息を引き取った。
しばらく、”弓”を膝の上に抱いて、魂が抜けたように呆けていた。
人の気配がした。
ようやく我に帰って立ち上がる。
こちらにぴたりと黒い金属の筒を向けている人物。
――”長”だ。
苦しそうに顔をゆがめている男がそこにいた。
「……この裏切り者。なぜ?」
怒りで震えながら、槍を構えて問うと、「命令に従わないと殺されるんだ」と”長”は絞り出すように言った。
「すまない!」
”長”が叫び、引き金を引こうとした時。
ドン!と轟音が響いた。
背を打たれ、地に倒れたのは、”長”だった。即死だった。
煙のくすぶる、”長”よりも小型の黒い筒を持って、立っていたのはニックだった。
あまたの小さな黒い人形がニックの足元にうごめいていてぎょっとしたが、”長”が死んだ途端、ただの紙切れに戻り、ぱたりと倒れた。
「……まさか”長”が。油断していた」
すぐにしゃがみ、倒れた”長”の両腕を剣ですぱりと斬り、そこから金属の欠片のようなものを取り出した。
私に問いかける。「お前以外全滅か」
頷くとニックの顔に影が落ちた。
「……海の向こうの国と戦わせたのは間違いだったな」
そしてニックは立ち上がり、叫んだ。
「お前ら! シカラとその残党は倒してきた! 必ずお前らの死は無駄にしない! ……許せ」
ニックのこんな姿を初めて見た。
懺悔と後悔にさいなまれるような表情と声。
ニックは倒れる一人ひとりに、感謝と詫びを言いながら、瞼をそっと閉じていった。
近くの様子を見てくる、と言ってニックが暗い顔でその場を離れると、私はみんなの遺骸を丁寧に埋葬していった。
最後に1人だけ埋めていない遺骸があることに気づいた。
”長”だ。
「あなた、ずっと苦しかったの?」
その顔には、涙の痕がある。”長”が私たちにくれた優しさまで嘘だったようには思えない。
無残に切り取られた両の腕。
迷った末、私はみんなの一番端に、”長”を埋めた。
そしてみんなに手を合わせて、日が暮れるまでずっと心の中で話しかけていた。
◇
第5師団、ならびに第2師団は壊滅した。
帝国軍部はしっかりと調査しようとせず、原因を東ノ国の仕業と決めつけ、この不名誉な事態を隠ぺいした。
ニックには、あらたな兵50が与えられる算段になったが、ニックはこれを丁重に辞し、喪に服した。
3日後の夜。
ニックの家に戻り、食卓で、私たちは無言で食事をした。
食べ終わったあと、ニックがぽつりと言った。
「表向き、3か月喪に服す。その間、しばらく旅に出て家を空ける。行先は聞くな」
静かなその言葉に「分かった」と頷いた。第2師団長は戦死している。隊を率いる立場で生き残ったニックへの風当たりはかなり強かった。
それに、ニックは何も語らなかったが、この件がニックの心に深い傷を残したことは明らかだった。
「君はどうする?」
遠慮がちなニックの言葉。
目を閉じると、”伊達”の言葉が浮かんできた。
「あなたが放り出した仕事の代わりをやる」
ニックは驚いたように瞬きをすると、「……強い女だ」と呟いた。
そして、「助かる」と頭を下げ、2つのことを依頼した。
「1か月後の、帝国王の内議に出てくれ。その前に、書庫守の見張りの番が回ってくるからそれも頼む。軍には俺から言っておく」
◇
書庫守の見張りの番、通称、”塔番”。
それは第1~5師団長に、一週間ずつ交代で回ってくる任務だ。
と言っても、夕方に翌日一日分の食事を届け、書庫守たちが変わりなく塔の部屋の中にいるかを確認するだけだという。
わざわざ師団長に任せるのが訝しいくらいの任務だが、私は、第5師団長、ニックの代理としてその役割を行うことになった。
「書庫守殿。お食事を持って参りました」
塔の長い長い階段を登り、扉を叩いて声をかけるがまるで反応がない。
……場所を間違えたか?
一瞬、そう思ったが塔の最上階の部屋はどう考えてもここしかない。
ドアノブを回すと、簡単にドアが開いた。
え。入っていいのかな?
驚きを感じながらも足を踏み入れ、思わずその部屋の中の光景に見とれた。
所狭しと立ち並ぶ本棚。背表紙には、見たこともない文字が踊っている。
純度の高い白銀鉄でできた壁と床に、唯一の窓から差し込んだ西日が反射し、部屋を赤く幻想的に染めあげていた。
異世界の図書館みたいだ。
そんなことを思いながら足を進めると、同じく白銀鉄でできた広い机があり、その上で複雑に何かを書き記した紙を広げ、青年がうなっていた。
緑色の長衣を着て、伸び放題の髪を後ろで一つに括っている。なんというか、書庫守のイメージにぴったりの青年だ。
話しかけられる雰囲気ではないので、静かに台所と思しきところに食事を乗せた。
『ありがとうございます。出迎えられなくて申し訳なかった』
そう書かれた紙がすっと目の前に差し出され、思わず顔をあげた。
そこには、もう一人の書庫守が立っていた。
短く整えられた灰色の髪に、灰色がかった思慮深そうな瞳。
体格もよい。”伊達”には及ばないが、騎士団の中ではやや小柄なニックよりも上背があるのではないだろうか。
どことなく武人のような雰囲気がある。この男が、耳と声を奪われたという噂の書庫守だろう。
『君がニック第5師団長の代理のレオ中佐か』
さらさらと紙に書かれる言葉。
頷くと、その書庫守はじっと私を見つめた。
思いのほか眼光が鋭い。敵には回したくない人物だな、と思った。
その目がわずかに見開いて、つぶやきが漏れた。
「……もしかして、君はニックのところで武芸の訓練に明け暮れていた、あの娘か?」
え。しゃべれるの?
そんな驚きも束の間、その表情と声に、私も思いだした。
ニックの唯一の友人、デイトン・ザッカーバーグだ。
「有意義な時間だった。また明日も待っている」
微笑むデイトン・ザッカーバーグに頷き、呆然としたままその部屋を辞した。
衝撃だった。
塔を出て、まっすぐ帝都の裏町へと向かう。
そこは、生気を失った砂紋民達であふれかえっていた。
そのまま歓楽街へと足を進める。
煌々とした明かりがともり、夜でも昼のように栄えている。
だが――よく見てみると、いたるところで砂紋民達が働いていた。
皆、一様に暗い顔で。
白銀鉄は、砂紋民の紋様の情報をもとに作られている。
帝国は砂紋民を都合よく酷使している。
私は余りにも世間知らずだった。
”弓”、あなたはここから這い上がってきたの?
あなたみたいな強さを私は――。
塔番、最終日。
私はデイトンに深々と頭を下げた。
「デイトン、いろいろと教えてくれてありがとう。私は近いうちに軍を辞める。砂紋民のために戦うの」
デイトンは頷き、強いまなざしを私に向けた。
「君に、情報を」
差し出されたのは、白銀鉄の作り方が書きとめられた紙だった。
思わず息をのんだ。
これは――。
「一番最新のものだ。まだ帝国王にも渡していない。騎士団や東ノ国と戦うときの切り札になる」
デイトンは低く言った。
それを私に渡してこの人は大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫な訳がない。
……だが。
私はそれをさっと受け取り、懐にいれた。
「うまく活用する。感謝してもしきれない」
深く頭を下げるとデイトンは言った。
「半年後の祭りの日、虚華亭で会おう。その時にさらに新しい情報を渡す」
「分かった」
私たちは約束を交わし、別れた。
◇
「半年後まで会えないなんて、残念だね。ここ最近、朝まで一緒に過ごすくらい熱をいれてたのに」
レオ中佐が部屋を出た後、キリルが部屋から出てきて肩をすくめた。
こいつは無関心のようでいて、意外としっかり聞き耳を立てている。
「お前が想像するような関係じゃない。ひたすら砂紋民とこの国について話していた。分かるだろう?」
キリルは「……まあ」と頷くと、指先で頬をかいた。
「でも、水を差すようだけど、彼女一人で何ができるのかな」
キリルのいうことは道理だ。
もうこの帝国は坂道を転がるように転落している。
東ノ国の発展に追いついていない。
第2・第5師団が壊滅した今、もし東ノ国が攻めてきたら確実に負けるだろう。
「だが、何もしないよりはいい」
レオ中佐、いや、レオラには俺がもちうる情報を全て渡した。
半年後に会うまでに、より緻密な計画と協力者が必要だ。
キリルの目がすっと細くなった。
「デイトン。ばれたら死罪だからね」
「あぁ。分かってる」
頷くと、キリルはあきれたようにため息をついて部屋に戻っていった。
これから黒い紋様の解読の続きをするのだろう。キリルの紋様解読への熱量は半端がない。
俺は――この方向に進んでいいのか?
懐から手紙を取り出した。
何かに迷ったときに、いつも取り出しているそれは、もうだいぶボロボロになってしまっている。
――トルーシスからの手紙だ。
最初にシュラクの街の酒場で会ったあとに、もらったものだ。
その内容を読んで、そして若いころを思いだし、苦笑する。
俺は、お前がこの手紙に書く様な正義の騎士じゃない。
もう30も過ぎ、己の限界も世界の不条理も分かってきた。
だが。
ゆっくりと、砂紋民の帳簿に手を伸ばす。
この塔の中の狭い部屋が今の俺の世界のすべてだ。
死など恐れるな。美しく、生きよう。
*****
※こぼれ話
~戦闘部隊と諜報部隊~
戦闘部隊には、”伊達”を筆頭に、”長”、”夜”、”弓”、+ その他大勢がいました。諜報部隊は、”鷹”を筆頭に、”兵法”、”薬”、”老”、”天” などがいました。老は諜報、”天”は地図製作という感じでふたりで各地を旅をしていることも多くありました。
”兵法”や”薬は攻撃も得意ですが、諜報部隊です。戦いの前、”鷹”は”兵法”を後任に指名し、相棒のたかの羽をひとつ渡しています。




