第88話 レオラ 5/8
模擬戦が終わった夜。
眠れずにあたりを散歩していると、”伊達”が1人、宿舎の外で夜空を見上げているのが見えた。
「”伊達”。何してるんだ?」
「んー、”天”の真似。なんてな」
冗談を言うように”伊達”は笑った。その隣にならぶ。
「……今日の模擬戦、すごかった。”伊達”には到底及ばない」
私の言葉に、”伊達”は少し目を見開いてから微笑んだ。
「途中までお前らが優勢だったじゃないか。正直ビビったぜ」
「”弓”がすごかった。”兵法”の戦略もよかったし」
「まあ、それがいきたのも、お前の傑出した槍があったからだ」
「……」
褒められてもいまいち嬉しくないのは、知ってしまったからだ。
自分より強い者の存在を、たくさん。
”伊達”がにやにやと笑った。
「プライド折れました、って顔してるぜ。まあ、第5師団に来てからずっとそんな顔だが」
素直に頷くしかなかった。
「傲慢だった。自分が騎士団の中で一番強いと思ってた」
”伊達”が腹を抱えて笑った。
「それは傲慢だな。お前なんてまだまだひよっこだぜ」
一通り笑い終わると、少し真面目な顔になった。
「まあ、でも同じことを俺もこの第5師団に来て思ったぜ」
”伊達”は昔を思いだすようにしていたずらっぽく笑った。「なぁ、”槍”。俺の戦闘部隊の前の隊長が誰だか分かるか?」
「え、”伊達”の前にも隊長がいたの?」
驚いて尋ねると、”伊達”は彫りの深い顔をほころばせ、深く頷いた。
「ニックさんだ。恐ろしいほど強かった」
意外だった。ニックは隊長をやるようなタイプじゃないと思っていた。
でも。確かに。
時折、妙に風格のある雰囲気を見せるときがある。
「最初の頃は、ニックさんが全員をまとめていたんだ。だがこの第5師団の人数が増えたことで、諜報部隊ができ、しだいに俺に戦闘部隊、”鷹”に諜報部隊を任せ、”長”に全体を見させるようになった」
”伊達”は懐かしそうにしてから、「もうじき任務がはじまる」と呟き、夜空を見上げた。
「なぁ、”槍”。俺たちは精鋭部隊だからさ、いつ命を落とすか分からない。明日を生きる保証もない。だからもし俺らが死んでも、」
そこで言葉をきり、満面の笑顔で私に向かって言った。
「前向いて、胸張ってさ――歩いていけよ」
思わず”伊達”の顔を見つめた。言葉とは裏腹に、その顔は妙に生き生きとしていた。
「なんでそんなに楽しそうなの」
「こんなに楽しいことがあるか。命を懸けられることがあるなんてよ。みんなそう思ってるさ」
にこりと私に微笑みかける。
思わず黙ると、「返事は?」とその太い眉があがった。
「分かった。”伊達”の覚悟と意思、全てを記憶に刻み、受け継ぐ」
北ノ国との戦いでの3年間で、命の儚さは重々わかっていった。
「大げさだな」
”伊達”は苦笑しながらも、嬉しそうだった。
そして、「お前にこれをやる」と上機嫌に言って、両耳につけていた耳飾りを外した。
それを私の耳につけようとかがんで――
不満げに顔をしかめた。
「なんだよ、穴あけてないのか。明日”薬”に穴をあけてもらえ」
「いいよ、耳飾りなんて。邪魔だし」
”伊達”がすっと目を細めた。うって変わって戦いの前の時のような、真剣な声を出す。
「この耳飾りは俺の後継者だということを周りに知らしめる」
器用に耳飾りに何かの部品をつけ、私の耳にパチンとはめ、満足げに笑った。
「イケてるぜ。よく似合う」
続けて”伊達”は語った。戦闘部隊と諜報部隊の長は、戦闘前に、後継に定めた者に身に着けている品を一つ渡すのだという。万一、命を落とした時に揉め事にならないように。
衝撃を受けた。
「”弓”の方が向いてるんじゃ」
”伊達”は微笑んだ。
「確かに、今までは”弓”を毎回説得してた。今回もそうしようと思ってたんだが、”弓”の方から、後継者はお前にって俺に言いに来た」
そして少しだけ残念そうに呟いた。「あいつ、やっぱりまだ気にしてんのかな。ヌルムだってこと」
そして私の肩に手をのせ、目を合わせて微笑んだ。
「頼んだぞ、”槍”」
”伊達”が去ったあとも、その場でぼんやりしていると、「やぁ」とニックの声が後ろからした。
「ねぇ。そうやって気配を消しながらいきなり現れるの、やめてくれる?」
すこぶる心臓に悪い。
「第5師団はどう?」
微笑を浮かべながら尋ねてくる。
「なかなか刺激的。いい意味で」
こんなにも、切磋琢磨できる環境だとは思わなかった。
「楽しいだろう?」
「……うん」
小さく頷くと、ニックの笑みが深くなった。
「迷走がとけて良かったね。まあ、君くらいの歳には、同い年くらいの仲間が必要なんだよ。もうすぐ任務に出発だ。よろしくね」
ニックは私の耳飾りにさらりと触れると、ひらひらと手を振って去っていった。
任務とされた東ノ国との国境警備に赴く日がやってきた。
第5師団の皆で東ノ国と西ノ帝国の国境まで移動した。
第2師団と一緒の任務だった。既に到着していた第2師団の風紀は乱れまくっていた。警備そっちのけで酒を飲んだり賭博に興じたり、ひどいのは女を連れ込んでる者もいた。
この時ばかりは制服をちゃんときて、国境に立ち、異変がないか真面目に見張っている第5師団の方がまだまともに見える。
と言っても、その役割をはたしているのは5人だけで、他の者たちはどこかに行ってるが。
さすがに今は赤子を背負っていない”長”は、私の思いに気づいたのか、「5人もいれば十分だから交代制なんだよ」と教えてくれた。
時間がくると、次々と交代の者が来て入れ替わっていく。
だが、日が暮れてあたりが暗くなり始めても、私だけ誰も代わりに来てくれない。
微妙な気持ちで待っていると、「ごめん、ごめん。寝過ごした」とやけに目のぱっちりした顔の整った男が現れた。
白い隊服の腕には、”第5師団”と刺繍されている。
こんな人、いたっけ?
周りの4人の仲間たちは、「”夜”が来た!」と嬉しそうにして持ち場から離れていった。
――”夜”。いつも眠りこけている男だ。
起きるとこんな顔だったとは。
「きみももういいよ。警備は僕1人で十分」
「いいの? 確率は低いけど、本当に攻めてくるかもしれない」
「ん。いいよ」
”夜”は頷いて片目をパチリとつぶった。何人もの女が一瞬で虜になってしまうような笑みだった。
そういえばまだ”夜”が戦う姿を見たことがない。
”伊達”や”兵法”は模擬戦のたびに、「今日は”夜”が寝てて助かった。あいつが起きてたらひとたまりもなかった」と口癖のように言い、胸をなでおろしていた。
「ねぇ、あなた、いったいどんな技で戦うの?」
尋ねると、「うーん、一言では言い表せないなぁ」と”夜”はニコニコと笑ってはぐらかし、懐から色紙を出して折り始めた。
またたく間に人型の人形ができる。
「ほら、お守り。武運向上と恋愛成就に効くよ」
「……」
満面の笑みで差し出された、手のひらサイズの可愛らしい桃色の人形を仕方なく受け取る。
こいつは本当にあの”伊達”たちが震えるほどの人間なんだろうか。
「それよりも、”弓”が気になるなぁ。相部屋のよしみで見てきてくれよ。多分宿舎にいるはずだよ」
”夜”はにこりと笑った。
さすがは帝国騎士の身分である。
この辺境の地でも、布製のテントのような簡易的な宿舎が設けられていた。
夜は冷え込むから有難い。
明日から第5師団独自の裏任務も始まるという。もう眠りにつく者もちらほらといた。
ここでも相部屋だ。自分に与えられたテントへと向かうと、”弓”がテントの前でぼんやりと佇んでいた。
そんな”弓”を見たことがなくて意外に思った。声をかけようと、そのテントを見て息をのんだ。
無残に引き裂かれている。明らかに人為的なものだ。
「誰にやられた?」
険しい声で尋ねると、”弓”は我に返ったようにこちらを向き、何も言わぬまま背を向けた。
全てを拒絶するような背中だと思った。
「……”天”のテントに行け。”夜”の分が空いてるはずだ」
そう言ってボロボロのテントにもぐりこむ。
とっさに”弓”の肩を掴んだ。
「誰にやられたのか言って」
それまで離さないから、と脅すと”弓”は観念したようにぼそりと言った。
「第2師団の連中だ」
◇
「いやぁ、痛快、痛快! 決闘を申し込んで勝ってしまうとは! ま、お前の腕なら勝つに決まってるか」
”伊達”が上機嫌で酒を飲む。
「さすが、正義の騎士になることを公言するだけあるな」と呟く”鷹”。
たかが私の肩に乗り移って頬にすり寄ってきた。
そのふさふさした羽を撫で、二人に頭を下げて礼を言った。本来、騎士団の服務規律では、私闘は禁じられている。
もしかしたら咎めがあるかもしれない。なのに二人はそれを表にだそうともしない。
「おーい、お前もここに来いよ~」
私の感傷をつゆ知らず、”伊達”はのん気に、テントに向かう”弓”に声をかける。
決闘のあと、テントは第2師団の犯人たちのものと交換した。いまごろ奴らはボロボロのテントで凍えながら眠っているだろう。
”弓”は「いい」と静かに首を振り、テントに入っていった。
「あいつも素直じゃないな」
”伊達”が困ったように眉をひそめた。
「まあ、これからの戦いに備えて、”弓”が十分に眠れるのは大きい」
”鷹”は”弓”のテントをじっと見つめて呟いた。
「ねぇ。第2師団の連中が言ってた、”ぬるむ”って何?」
そう尋ねると、二人は目を丸くして私の顔を見た。
”伊達”が困ったように”鷹”を見ると、”鷹”は「それは本人から聞け」と笑いを含んだ声で言った。
そっと私に割り当てられたテントに入った。
中は手狭だが、二人の人間が眠るのには十分な広さがあった。
この国境付近は冷え込む。寒さを通さない分厚い敷布が敷かれ、その上に大きな毛布が複数枚かかっていた。
”弓”は既に毛布の中に入り、横になっていた。まだ眠ってはいない様子だった。
「ねぇ。”ぬるむ”って何?」
就寝の支度をしながら尋ねると、「知らないのか、お前」と”弓”はぎょっとしたように体を起こした。
そんなに驚かれることなのだろうか。
「普通は知ってるの?」
”弓”は飽きれたように呟いた。
「お前、ちょくちょく馬鹿で世間知らずなところがあるな。……どこでどんな暮らしをしてきた」
「ひどい言いよう。でも、まあそうか」
私は過去をかいつまんで話した。紫色の箱に入れられていた時のことは、記憶があやふやだったから、村で閉じ込められていたときのことから話した。
「きっとそのお前の村が……砂紋民の村だったんだぞ」
全てを話し終わったあと、”弓”はそう呟いてから、左腕の袖をまくった。
驚いた。
そこには美しい紋様があった。
色は、茶褐色。
「きれい……」
私の肩口にある、黒い紋様とは違う。
”弓”は居心地が悪そうにして、まくった左腕を元通りにした。
「砂紋民は、立場が低い。年々それは酷くなっていく」
そう呟いてから、ふと、昔を見るような目をした。
「デイトン・ヴァルゼンベルクのおかげで今がある」
「え?」
どこかで聞き覚えのある名だ――と首をひねって思いだした。
確か昔、ニックの友人だといって尋ねてきた人だ。
「正義の騎士だった。シュラクの街でも善い振る舞いをして、街で基金が作られた。その金で、俺は騎士団に入ることができた」
全身を耳にして、”弓”の過去を聞いた。
「デイトン・ヴァルゼンベルクに憧れた。だが、それ以上に憧れたやつがいる。――トルーシス。砂紋民の英雄だ」
トルーシス。
私が村から命からがら逃げのびたときに出会った、あの凛とした青年のことが脳裏に浮かんだ。
裏切られ、囚われていく姿も。
「お前も会ったんだろ? 俺は戦った姿も見た。凄まじい剣だった」
”弓”は目を細めた。トルーシスを思いだしているのだろう。
うらやましい。私は彼が戦う姿を見れなかったのだ。
「つい無駄な話をした。寝る」
あぐらをかいていた”弓”はごろりと寝ころんで毛布の中に入り、背を向けた。
「無駄じゃない。……もっと聞きたいくらいだった」
私も毛布の中に潜り込んだ。
「そうか」
意外そうな低い声が返ってきた。返答が返ってくるとは思わなかったから、思わず声が弾んだ。
「”弓”がトルーシスに憧れたように、私も”弓”に憧れたんだよ。ま、弓の才能ないのは分かったけどね」
”弓”が驚いたように私を見た。
寝袋の中、近距離で目があう。
刹那、瞬時に”弓”がテントのはじへと移動した。
「近い。ここで寝る」
毛布も何もかぶらず、寝転がる。
「えー寒いよ」
私は短刀を懐から取り出すと、毛布を半分に両断してそれを”弓”にかけた。
「あ、ありがとう」
目をぱちくりさせる”弓”が面白かった。
思い切って尋ねた。
「……ねぇ。どうして私を戦闘部隊の後継に推薦したの?」
”弓”は少しの間、私をじっと見つめて呟いた。
「耳飾り、似合うと思ったから」
「は?」
”弓”は私の耳飾りにそっと触れた。細長い札のようなそれは、対角に走る一本の線で、黒と赤の2色に分かれている。”伊達”らしい洒落た意匠だ。
「思った通りだ。よく似合っている」
首をかしげる私に、”弓”はさっと背を向けた。眠るのだろう。私もおとなしく眠ることにした。
******
※設定こぼれ話
”弓”は第5師団に来る前には、第2師団にいて、第2師団の連中から嫌がらせを受けていました。砂紋民で騎士になるのは許せないと……。”弓”は、嫌がらせをしてくる連中を見返すために、必死で修練をし、任務に邁進しましたが、逆に誰よりも功績をあげたことで、嫌がらせに拍車がかかってしまいました。
ニックに声をかけられ、第5師団に来たあとも、嫌がらせはことあるたびに続きました。
”弓”は自分が戦闘部隊の長となると、その下につく皆が第2師団の連中から酷いことをされるのではないかと危惧していたのです。
第5師団のメンバーは、弓が酷いことをされても何も意見できませんでした。第2師団メンバーの報復を恐れたからです。第2師団は政治に口がきく者の子弟が多く、もし怒りを買えばどうなるか分かりませんでした。
だが、”槍”はまったく気にせず、「私は正義の騎士だからね」とさらりと言って第2師団に決闘を申し込み、勝ったのでした。
こぼれ話なのにすごい量ですね、ごめんなさい(笑)




