第87話 レオラ 4/8
1位 ”弓” : 得点67 失点0 結果:67
その結果を見て、息をのんだ。そういえば、私も”弓”の矢に3点か4点は失った。
「すごいですよねぇ。かなり強めの炙り出しの煙を焚いたのですが、”弓”を見つけることはまるでできませんでした。逆に2点を失う羽目になりました」
ごりごり、と小気味よい音を立てて薬草を擦りながら”薬”が言った言葉に、”兵法”も書物に目線を向けたまま頷いた。
「俺も森の中に罠を仕掛けまくったが、ダメだったな。罠を避けて巧みに移動しやがる。あの正確無比な弓に1点失った」
「……”弓”は今どこ?」
思わずそんなことを尋ねた。
”兵法”と”薬”は一瞬、顔を見合わせ、”薬”が答えた。
「多分、修練場の外にいるでしょう」
修練場の外に出ると、遠くの平原に”弓”らしい人影が見えた。
遠くの的を目指し、次々と矢を放っている。
耳を澄ますと、その矢が的に命中する小気味のよい音が断続的に聞こえてきた。
修練をしているのか。
自然と足が”弓”の方に向かった。
近づき、驚いた。
弓を引く手から、血が流れている。
それを全く意に介せず、”弓”は研ぎ澄まされた表情で矢を引き続けている。
矢は吸い込まれるように的に命中し続ける。
「なんの用?」
”弓”は矢を射る手を止めずに私に聞いた。
私はふところから紙に包まれた握り飯を差し出した。
「”長”からだ。あと、手当てをした方が」
”弓”の手を指さす。弦を引き続けすぎて、指の腹の皮がめくれ、血がにじんでいた。
”弓”は表情を変えずに言った。
「不要だ。実際の戦いではもっと悪い条件はざらにある」
……まさか。
明日も戦闘訓練がある。このままこの状態で、何も食わないまま明日を迎えようというのか。
私をちらりと横目で見て、”弓”は端的に言った。
「俺に必要な負荷だ」
大きく目を見開いた。こんな人に今まで出会ったことがない。
「もしかして、昨日の訓練の後、部屋に戻らずにずっとここで修練していたの?」
”弓”はふっと笑った。
「その通りだ」
翌日。
”弓”は、得点51 失点1 でまた一番の得点を得た。
私はあと少しで訓練が終わるところでまた”死亡”した。
翌々日。
戦闘訓練の次の日だったので、この日は休日だったが、”弓”はまた、平原で矢を射ていた。
相変わらず静かな表情でひたすらに弓を引いている。
手はかなり擦れて血が流れていた。
見ているこちらの方が痛くなってくるのに、本人はまるで無頓着なようである。
「ねぇ、なんでそんなに修練してるんだ?」
思わず聞いた。私もかなりニックと修練をした時期があったが、これは常軌を逸している。
”弓”は鼻で笑った。
「決まってるさ。強くなるためだ」
その通りだ。なんだか自分が恥ずかしくなり下を向く。
「……俺は誰よりも強くなりたい」
低く呟き、”弓”はまた弓をキリキリと引き絞り始めた。
慣れとは恐ろしいものである。
2週間もすると、なんとか死なずに5~10点の成績をあげられるようになった。
だが、上位に食い込むには程遠い。
今日もまた戦闘訓練が終わり、そのあとの”伊達”たちとの酒盛りも終わり、眠りにつこうとした。
「…………」
眠れない。理由は分かっている。今日もまた、上の寝台に”弓”がいないからだ。
”伊達”や”鷹”と最近は拮抗しているものの、”弓”は常に戦闘訓練で上位を保っている。
私は思い切って体を起こし外套を羽織った。
月明かりの下、いつものだだっ広い平原で、”弓”が修練している姿が見えた。
おや。今日は隣に小柄な人影がいる。
”天”だ。
いつも空を見上げている少年である。やがて二人は馬に乗って的に刺さった矢を回収し、戻ってきた。
……笑っている。
”天”が笑っているのも珍しいが、あの万年無表情な”弓”が笑っていることが衝撃だった。
二人は何やら、指と手の動きで会話している。”天”がよく耳が聞こえないのだと、その時初めて知った。
不意に”天”がこちらを向いた。
見つかってしまった。
途端、その少年は笑顔を浮かべて駆け寄ってきて、私の槍をキラキラした眼差しで指さした。渡してやると顔を輝かせて槍を突いたり薙いだりし始めた。
やがて満足したのか槍を私に返し、お礼にだろうか、小さな金属製の分度器のようなものをくれた。
いつも”天”が持っているものの10分の1くらいの大きさだ。
満面の笑顔で手を振り、去っていく。
……かわいい。
歳のころ、まだ11,12くらいだろうか。笑うとまだあどけなさが残る少年だった。
「”天”からもらったのか、それ」
”弓”から話しかけてきたことに驚いた。
「これは何?」
手のひらに収まる大きさで、小さな目盛りがついている。
”弓”は無言で、それをぱっと私の手からとると、目のあたりにあてた。
いつも”天”がやってるように。
「あの木のてっぺんは、23高、102平、35斜」
え?
”弓”はくるりと向きをかえた。
「あの塔は、98高、3569平、102負斜」
あっけにとられる私を置き去りにして、背から矢を引き抜くと、続けざまに放った。
その木と、塔にそれぞれ正確に矢が命中した。
「この道具で、高さ・距離・己の軸からの角度が分かる」
”弓”は、いつも使っている弓に、大事そうに黒い布を巻き始めた。
「……もしかして、そうやって目標を測ってるからいつも命中できるの?」
「戦闘でいちいちはかってられるか。もう全部覚えた」
「は?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
「だから、感覚で全部覚えたんだって」
”弓”はその金属製の分度器を私に押し付けた。「少し、寝る」と言って宿舎へと歩き出す。
「……覚えた?」
私は”弓”のやや小柄な背を見ながらあっけにとられて繰り返した。
◇
1週間後、休日。
「”弓”に感化されたのか」
”兵法”の声に驚いて、思わず弓矢をとり落とした。
誰もいないところで練習していたのに、いつの間にか”兵法”が近くの木陰で兵法書を開いていた。
「まあね。でも難しい」
「……さっきから一本も当たってないもんな」
”兵法”が書物から、ちらっと目線をあげて私を見た。
「でも、私も弓を扱えるようになりたい」
そういって弦を引き絞り、矢を射たが、明後日の方向に飛んでいってしまった。
”兵法”は何かを言いたそうな顔をしたが、結局何も言わなかった。
数週間後。
「お前も懲りないなぁ。ま、頑張れよ」
戦闘訓練が終わったあと、さっと弓を抱えて歩き出した私をみとめて、”伊達”が面白そうに笑った。
「槍の修練でもした方が合理的なのにな」
”鷹”が冷静にいうと、その肩に乗ったたかが主人の頬をつついた。
それを見て”伊達”が笑う。
「水を差すなってたかに怒られてるぞ。いいじゃないか、たまにはさ」
ふたりを尻目に、私はいそいそと自主練に向かった。
その日の夜。
「お前、いつまで弓の練習、続けるの?」
月明かりの下、また1人弓の修練をしていると、後ろから”弓”の飽きれたような声がした。
矢を射ながら答える。
「できるようになるまで。でも、もう時間がない」
戦闘訓練は明日から個人戦ではなく団体戦に入るという。そのためにも何とか己の技量を上げたい。
「ったく……」
”弓”が短く刈り込んだ頭をガシガシとかいた。
「そう簡単にできるようになられたら、こっちが困る」
立ち去るのかと思ったら、”弓”はそこに留まってぽつりと言った。
「なんでいきなり血迷ったように弓なんて練習しだしたんだ?」
しばらく逡巡してから、正直に思いを吐露した。
「私の槍には限界がある。実践においては弓の方が優れている」
気づいてしまった。私の槍は、相手を倒すことにあまり向いていない。
得点20~25、失点10~15 の間で最近は頭打ちだった。
「そんなこと考えてたのか」
”弓”が驚いたようにこちらを見て、ため息をついた。「お前、馬鹿なのかと思ってたら本当に馬鹿だったな」
なかなかの言われようだ。さすがの私でもムッときてしまう。
無言で睨むと、”弓”は少しだけ口ごもってから、やけになったように言った。
「みんな言わないからはっきり言うけど。お前、弓の才能皆無だぞ。辞めておけ」
「……」
それはうすうす分かっていたことだった。
ニックの家で修練していた時、ニックは槍以外にもいろいろな武器を握らせた。短剣や長剣、飛び道具や弓まで。
それぞれ扱えるようになったが、弓だけは「これ以上は必要ない」と言われて3日の修練で終わった。
黙りこくる私に、”弓”が少しだけ慌てたように口を開いた。
「槍の方を磨け、と言いたかった。初日でお前の槍を見て、みんな驚いていた。あんな槍、初めて見た」
”弓”は呟くように言った。
「美しいと思った。天賦の才だ」
驚いた。弓の天才からそんな言葉をきけるなんて。
「……ほんと?」
「言われ慣れてるだろ」
”弓”はそっぽを向いて、おもむろに弓の手入れを始めた。そのまま手元の弓に目線を落としたまま、呟くように言う。
「お前はそのまま槍の道を行け。でなければ、俺の仕事がなくなっちまう」
「え?」
”弓”は静かな声で説明した。
「相性のいい者同士が相部屋になる。俺の部屋はしばらく空いていたが、お前が来た。ニックさんの考えだろう」
「そうなんだ」
「明日は模擬戦だ。しっかり眠れよ」
そう言うと、”弓”は立ち上がって去っていった。たしかに日中は訓練、休日と夜は弓の自主練で正直体はフラフラだった。
その日は久しぶりに泥のように眠った。
◇
模擬線。
それは第5師団を半分にわけて戦う戦闘訓練である。
私の組には、”弓”や”天”、”兵法”や”薬”などがいた。最近入ったメンバーが中心らしい。
逆にもう一つの組は、”伊達”、”鷹”、”長”、”夜”などの古参メンバーが中心だった。
私の組の者たちが集まると、”兵法”がパタンと書を閉じ、顔をあげた。
「戦術は、王道だ。――”槍”。お前はとにかく槍で、動いて動いて動き回って敵を攪乱しろ。”弓”はひたすら敵を射れ。あとのメンバーは”弓”の援護と”槍”のフォロー。”薬”は目くらましと炙りだしの薬草を焚け」
そして、細かくそれぞれに指示をし始めた。指示を受けた皆は深くうなずき、模擬戦が始まった――
「素晴らしい。いい戦いだった」
”弓”が最後に”鷹”と”伊達”の連携攻撃に倒れ、私の組の全員が”死亡”すると、ニックは終了の笛を吹き、満足げに手をたたいた。
……負けた。
少し前に”死亡”していた私は、地面に倒れたまま唇を噛みしめた。
「惜しいところまでいった。次は勝つ」
隣で倒れていた”兵法”は、静かな決意を口にし、爛々と光る眼で私を見た。
「”槍”と”弓”の相性は抜群だ。このままお前は槍だけを極めろ」
次の戦術を考える、と言って速足で宿舎へと去っていく。
”弓”と目が遭った。
「分かっただろ。俺がお前と一緒にいて、敵を倒してやるよ」
そう言うと、弓はすぐに視線をそらして、すたすたとどこかへ歩いていった。
*****
※こぼれ話
”弓”の、レオラの前の相部屋の相手は、”天”でした。それもあって仲が良く、”天”は”弓”を兄のように慕っています。ちなみに、”天”は他のメンバーの相方が戦死したのをきっかけに、その部屋に移動しています(まだあんまり出てきてませんが、”夜”というメンバーです)。
”天”は戦闘力はあんまりないですが、測量をして精緻な地図を作っています。




