第86話 レオラ 3/8
「まあ、今日はいろいろ大変だったと思うけど、みんなきみのことを認めてたから、大丈夫だよ」
赤子を背負った男は、背中で気持ちよさそうに眠りこけている赤子を起こさないように声を潜めながら、第5師団の宿舎に案内してくれた。
……長い一日だった。
そう思わずにはいられなかった。
ニックが現れると、秩序のなかった集団がすぐに整列し、深く礼をした。全部で30人くらいの集団だった。
驚く間もないまま、ニックは新入りだと言って私を紹介した。
自己紹介を求められ、「正義の騎士になることが目標です」と言ったのが間違いだった。
特に伊達男が大喜びし、斬りかかってきたのを皮切りに、皆が私を狙いだした。
剣や弓はともかくとして、意味の分からない煙や毒、さらには奇怪な戦術による攻撃が飛び交い、今まで経験したことのない戦いを強いられた。
剣では対応しきれず、槍を振るった。
この男も、穏やかそうな顔に似合わず物凄い手練れだった。背負っている赤子を起こすことなく、静かに気配なく攻撃してくるのだ。
背負う赤子が一体何者なのか気になったが、もう聞く気力もないほどに疲れ果てていた。
と、宿舎の前に座り込んでいる人影があった。
……げ。
兵法書を読んでいた男だ。頭は丸刈りで、どことなく世捨て人のような雰囲気がある。
静かな表情で姿勢よく座していかと思うと、さっと立ち上がり、こちらに本を投げた。
「!」
何かの罠か。
思わず身構えると、「大丈夫だって」と前を歩く男は笑い、片手でパシッと本を取った。
「ほら。”兵法”がきみに、って」
「え?」
瞬きをしている間に、本を放った男は「3日で返せ」と無表情に呟き、去っていった。
「第5師団では、お互いを本名とは別の名で呼ぶんだよ。で、彼は”兵法”。気に入った相手には、その人に最適な兵法書を贈るんだ。良かったね」
この赤子を背負っている男は、”長”と呼ばれており、第5師団のまとめ役をやっているという。
確かにこの独創的な師団をまとめられるのは”長”しかいない気がする。
私の部屋へと続く宿舎の廊下には、あぐらを組んで所在なげに薬草を調合している男がいて、私たちを見ると心から安心したような表情をした。
「良かった。生きていて。ちょっと熱が入って強めの毒をまいてしまったから」
「大丈夫だよ、”薬”。僕らは慣れているし、彼も慣れているようだったから」
毒については一通りニックに耐性をつけられていた。
この男は、第5師団の中で一番上背があるが、色白で細面、やや垂れ目であり、さほど強くなさそうに見えた。が、毒による攻撃には閉口した。まだ僅かに体が痺れている。
”薬”はにっこりと私にほほえみかけ、椀を差し出した。
「お詫びに茶です。おいしいですし体が治りますよ」
椀の中には、どろりと濁った黒々とした液体が入っていた。
丁重に辞退すると、とても傷ついた顔をされたので、仕方なく受け取った。
「ここが君の部屋だ」
”薬”が帰ると、”長”がそういってとある部屋を示した。
なんとなく、嫌な予感がした。部屋からにぎやかな笑い声が聞こえてくる。
「相部屋だって言ってたな」
”長”は頷いてから、「でもまだ君と同室の人は来てないみたいだな」と部屋の扉に耳をつけて言った。
「じゃあなんでこんなにうるさいんだ?」
「それは決まってるじゃないか」”長”は憎らしいほど爽やかな笑みを浮かべた。「君と仲良くなりたいってやつが押しかけてるんだよ」
ガチャリとドアをあけて、「おーい、”伊達”、”鷹”、連れてきたぞ~」と能天気に叫ぶ。
途端に、隊服をつぎはぎした服を着崩した伊達男が満面の笑みで手招きした。
「うし! 来たか! お前もここに来て酒を飲め!」
伊達男の隣にはくつろいだ表情で肩の鷹に酒を飲ませている男がいた。
”長”は、じゃあ楽しんでね、と去ろうとする。その腕をとっさにつかんだ。
「お、お前も一緒にいてくれ」
この奇怪な二人と一緒にどう過ごせと言うのか。
「えっ、僕はちょっと赤子の面倒をみないとなんだけど」
戸惑う”長”に、「頼む!」と手を合わせると、「ん―じゃあ、少しだけなら」と笑って一緒に部屋に入ってくれた。
◇
「じゃあな~! ”槍”! 明日からもよろしく頼むぜ」
私はこれから”槍”と呼ばれることになったらしい。
上機嫌で”伊達”と呼ばれている伊達男が手を振る。続いて、毛皮の外套を羽織った”鷹”が立ち上がると、私にすり寄っていた彼の鷹――非常にややこしいことに「たか」と名付けられている――は、本来の主人の肩へと飛び移った。
「たかに気に入られるとは。見込みがある」
”鷹”は、謎の言葉を残して去っていった。
第5師団は、”伊達”が率いる戦闘部隊と、”鷹”が率いる諜報部隊があり、全体を”長”がまとめているという。
私は”伊達”の戦闘部隊に属することになった。といっても、実戦時の組み分けなので、訓練は一緒に行っているという。
酒の飲みすぎでくらくらする頭をおさえ、私は荷ほどきを始めた。
◇
人の気配で目を覚ますと、2段ベットの上段に同居人がするりと上がっていくのが見えた。
不覚だった。どうやら床で寝入ってしまっていたらしい。酒はほどほどにしなければ。
――彼は、たしか。
その小柄な体躯には見覚えがある。とにかく弓がうまかった青年だ。どことなく近寄りがたい雰囲気がある。
外れくじかぁ。と思いつつ、逆にさわがしい男じゃなくてよかったのかもしれない、とも思った。
青年はベットから顔を出すと、私に向かって淡々と告げた。
「起きたか。同居にあたって条件がある。水場は先に使え。お前が寝てから俺が使う。あと、俺が二段ベッドの上を使う」
断れる雰囲気はなく、泣く泣く私はその提案を飲むしかなかった。
女だとバレないようにするには、本当は水場はあとに使いたかったし、2段ベッドも上段が良かった。
次の日は休日で、翌々日、私は第5師団の訓練場に顔を出した。
まだ訓練開始までは時間があるのに、もう半数以上の者がそこに集まっている。前にいた、さぼり放題の第一師団に比べて集まりが良くて驚いた。
「”弓”とは仲良くやれたか?」
人のよさそうな笑顔を浮かべて、赤子を背負った”長”が私の相部屋の同居人について尋ねてきた。
「まあ、そこそこ。仲良くやれてるかは分からないけど」
というか、会話自体あまりない。基本的に”弓”は部屋にいない。夜遅く帰ってきて、朝早くにどこかへ出かける。
”長”は、私の回答に「それは良かった」とのん気に頷いた。
ニックが訓練場に姿を現すと、てんでばらばらだった皆がすかさず集まり、深く一礼した。
やはり、思いがけず人望がある。
心の中でニックを見直した。
師団長の腕章をつけたニックは皆を見渡し、口を開いた。
「この第5師団に、任務が与えられた。退屈極まりない、東ノ国の国境警備、半年間だ」
笑いを含んだニックの声に、皆がどっとふき出す。
「だが、それでは君たちには不足だろう。よって裏の任務がある」
一転、場が静かになった。みなが、ニックの言葉を聞き漏らさぬように全身を耳にしたのが分かった。
「この期に、東ノ国で近頃不穏な動きを見せている侵略者を一気に叩くことにした。出立は3ヵ月後」
「うし! やってやるぜ!」
”伊達”が拳を握りしめたのを皮切りに、皆が口々に威勢のいい声をあげ、パッと散った。
呆気にとられていると、”長”が耳打ちしてくれた。
「みんなそれぞれ、明日に備えるのさ。明日から実戦を想定した厳しい修練が始まる。覚悟しておいてね」
◇
翌日。
その訓練が終わると宿舎に戻り、倒れるように眠った。
……恐ろしい訓練だった。
一晩あけて部屋の寝台で目を覚まし、そう思った。
すでに窓から、すっかり高く登った太陽の光がさんさんと差し込んでいる。
その戦闘訓練は、野外で行われた。
広大な平地や湖、森を含む直径5㎞の円が戦場だと言われ、そこでひたすら戦いあった。
各々の武器は、殺傷力がないものに変えられる。剣なら木剣、弓なら鏃が木製のものになる。
相手に攻撃が当たったら1点を得られる。
逆に攻撃を受けたら、1点を失う。差し引きで5点を失った時点で”死亡”となり、退場となる。
協力は許されていない。苛烈な個人戦となった。
私は終盤で”死亡”した。
正直、余裕だと侮っていた。
今日が休日で心底良かったと思った。もうこの寝台の上から、少しだって動きたくない。というか疲労困憊で動けない。
まあ、翌日が休日だからみんな死に物狂いで戦っているのかもしれないが。
ふと、上の寝台に”弓”の気配がないことに気づいた。そういえば部屋に戻った時もいなかった。
……どこにいったんだろう?
しばらくして、私はのそりと体を起こした。
宿舎の外に出てみると、修練場の方がガヤガヤと騒がしかった。
みると、どでかい鍋にぐつぐつと汁が煮えていた。隣には雑炊のようなものも煮えている。とても美味しそうな匂いがする。
「お、”槍”も来いよ! ”長”のうまい飯が食えるぞ!」
”伊達”が私に気づいて嬉しそうな声をあげた。
修練上の日陰に腰を下ろし、”長”が椀によそってくれた汁と雑炊を口に運ぶ。
……美味しい!
思わず目を丸くすると、”伊達”がこちらに来て、「うまいだろう」とからからと笑った。札のような大ぶりの耳かざりが耳元で揺れる。
”伊達”は今日、私服なのだろうか、幅のある黒地のズボンに同じく黒地のゆったりとした上着を着ていた。上着には袖に紅色の派手な刺繍が入っていて洒落ている。手首には金の細い腕輪を複数つけ、茶色の長髪もいつも通り綺麗に一つに結われていた。
……こいつはこんなに着飾る余裕があるのか。
ぼさぼさの髪でくたびれたあり合わせの服を着た私とは大違いだ。
「何杯でも食っていいぞ。体は食ったもんでできてるからな」
割烹着姿がよく似合う”長”が慈愛のまなざしを私に向けた。
その間にも、他の団員が”長”の鍋へと吸い寄せられるように集まっている。
「昨日は疲れたでしょう。これをどうぞ」
片手にすり鉢を抱えた長身の男――”薬”がやってきて、椀を差し出した。鮮烈な赤色の液体が入っている。
「なに、これ?」
受け取り、恐る恐る尋ねると、”薬”は細面の色白の顔をほころばせた。
「蝙蝠の生き血です。精がつきますよ」
丁重に辞退しようとすると、とても悲しそうな顔をされたので仕方なく飲んだ。
「それにしても、初参加で終盤まで死なないなんてな」
いつの間にか、握り飯を頬張りながら書物のページをめくる”兵法”が傍に座っていた。
「ほんとですよ。すごかったです」
”薬”は大きく相槌を打つと、近くに腰を下ろした。懐から薬草を取り出すと、すり鉢ですりつぶし始める。
「……」
私は沈黙した。”兵法”からはー2点、”薬”からはー1点の攻撃を加えられた。素直に喜べない。
顔に出ていたのだろう。
”伊達”がふき出した。
「まあ、元気だしなって」
肩をぽんぽんと叩き、遠くに向かって呼びかける。「おーい”鷹”、”槍”にも結果を見せてやれよー!」
少し離れたところで皆の様子を見つつ、相棒のたかの毛並みを撫でていた”鷹”がこちらに来て、私の前に一枚の紙を広げた。
昨日の戦いの結果がまとめてあった。
私の名前は、一番下にあった。
”槍” : 得点10 失点15 結果:ー5 死亡
私のひとつ上の順位の者は、”天”:得点0 失点-1 結果:-1 だった。
つまり、私が第5師団の中で最下位で、私だけ死んだということだ。ぐっと唇を噛みしめる。
”鷹”の静かな声が降ってきた。
「得点が10もある。それを伸ばせ。失点を恐れるな」
……え?
顔をあげたときには、もう”鷹”は背を向け、歩き出していた。
その背中が遠くなる。
「おーい、どこいくんだよ”鷹”~!」
”伊達”の声に、いつも通りの冷静な声が返ってくる。
「森だ。昨日の戦いを受けてたかと調練をする」
「面白そっ! 俺も加えてくれ!」
”伊達”は満面の笑顔で”鷹”を追いかけ、一緒に森へと歩いていった。
……すごいな。あんなに元気だなんて。
”伊達”とはサシで戦ったが一撃で倒された。ー1点で済んだのは”伊達”の慈悲だろう。
たかと連携し巧みな斬撃を繰り出す”鷹”からは-4点を奪われた。
「まあ、ボチボチとやったらいいんじゃよ」
聞きなれない声に顔をあげた。
にこやかな笑みを浮かべる老人がそこにいた。痩せていて骨と皮だけな印象である。
「”老”!」
”薬”が嬉しそうな声をあげて、さっと礼をした。”兵法”も同じようにする。
「頑張れよ、若いの」
”老”と呼ばれた老人は顔をしわくちゃにさせて笑うと、去っていった。
「あの人は?」
尋ねると、”兵法”が答えてくれた。
「いつも戦いの記録をしてくれている。異常に目と耳がいい。”老”がいなければ訓練ができない」
一体、この第5師団はどこからこんな人材を集めているんだ。
内心であきれながら、改めて昨日の記録に視線を向け、順位が下の者から順に確認していく。上位3人は朱色で書かれていた。
3位 ”鷹” : 得点35 失点1 結果:34
2位 ”伊達”: 得点43 失点7 結果:36
思わず眉をひそめた。”鷹”と”伊達”がこの師団の中で一、二を争う強さだと思っていた。一位は誰だ?
その名と、結果を見て、息をのんだ。
1位 ”弓” : 得点67 失点0 結果:67
あのぶっきらぼうで無口な同僚が、”伊達”や”鷹”の倍近くの得点を得て、ぶっちぎりの一位だった。
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※こぼれ話
”兵法”は三度の飯よりも兵法書が好きです。食べている時間も本を読みたいので、みんなは雑炊ですが、特別に”長”に握り飯を作ってもらっています。
レオラは一見、酒に弱そうに見えますが、これは他の人たちが強すぎるためです。そして、周りの人の影響を受けて、レオラもどんどん酒に強くなっていきます(笑)




