第9話 会いに行くわけねぇだろ
街につくと、トルーシスはふらりとどこかへ消えた。
賭博場で用心棒をするらしい。やつはそうやって小金を稼いで旅の足しにしている。
俺も働いた方がいいのかもしれないが、暇を満喫することにした。
こっそりと懐から金属片を取り出す。
リュシアからもらったものだ。それを近くの石にのせる。
石の前にしゃがみ、両手を叩いた。
「…………」
金属片は何も反応しない。
前、敵に追い詰められた時はあんなに振動していたのに。
……なんだよ、これ。
やっぱもらってくるんじゃなかった、こんなガラクタ。
馬鹿らしいと思いながら、もう一度両手を叩いてみた。
今度は少し強めに。
ブーン……
かすかに金属片が震えた。
「おぉ!!」
どうやら、叩き方にコツがいるらしい。
力加減や角度を変えて試した結果、なんと俺は一番強く金属片を振動させる方法を見つけた。
パン!!
両の掌を、指先を目一杯開いたまま、力強く打ち付ける。
敵との戦いのときもそうだった。
ブーン……ッ!
金属片はまるで喜んでいるかのように震えた。指先でつまむと、確かな振動が伝わる。
リュシアが叩いたときよりも震えているじゃないか!
今度あいつに会ったら自慢してやろう、とほくそ笑む。
「……それ、ずいぶんと気に入ったんだな」
聞きなれた声がしてハッと振り向いた。そこに立っていたのは、トルーシスだった。微笑を浮かべている。
……まずい、見られた!!
全力で緩んでいた口元を引き締め、金属片を懐の中へさっと入れる。
「別に。なんか使い道がないか考えていただけだ。誰が気に入るかよ、こんなガラクタ」
「……その割にはずいぶんと楽しそうに何度も手を叩いていた」
顔が赤くなる。結構前から見られていた!
「は? そんなわけあるかよ。……そんなわけあるかよ!」
トルーシスはクツクツと笑った。
最近、驚くほど表情が豊かになったと思う。
俺らはあれから数回、村々で帝国騎士との戦いに勝利を重ねていた。
相変わらず、その黒い紋様を見られると非難をあびたが、僅かに感謝されることもあった。
トルーシスは笑いをおさめると、少しだけ真面目な顔になって口を開いた。
「ネル、これから冬になる。旅には厳しい季節だ」
「あぁ」
最近、グッと冷え込むようになった。
「冬には砂紋民の村が襲われることはないと聞く。僕たちも一つの場所に腰を落ち着けたい」
トルーシスの笑顔に、なんとなく嫌な予感がした。
「この街もいいと思ったけど……今年はシュラクの街で冬を越そう。仕事も沢山あるだろうし」
シュラクの街。リュシアがいる街だ。
「……それ、本当にお前が行きたいから、なんだよな?」
ギロリと睨むと、トルーシスはにこりと笑った。
「もちろんだ。僕もリュシアに聞きたいことがあるし、銀印会で武器も手に入れたい」
「まあ、お前がそうしたいんなら俺はついていくまでだ」
「じゃあ決まりだ。明日、出発しよう」
トルーシスは満足そうに頷いて、安宿の2段ベッドの上に上がっていった。
「……」
あいつはどうしているかな。頭に浮かんだそんな思いを、大慌てで振り払った。
◇
「残念だったねぇ。リュシアはここにはいないよ」
「え……」
シュラクの街の酒場の女店主はニヤニヤして俺を見た。
「久しぶりだねぇ、坊や。リュシアが忘れられなかったのかい?」
「違いますよ。そんなわけないでしょう」
女店主の笑みが深くなる。
「居場所が気になるなら、向こうにある銀印会に行ってみな」
そして耳元でささやく。
「安心しな。リュシアはまだ他の男に手を付けられてないよ。お前たちが来た翌日に、この店を辞めたのさ」
「……。じゃあ、銀印会一本で働くようにしたのか?」
「それはむこうで聞いてきな。あんたの連れはしばらく動けないだろうよ」
カヌラが顎でしゃくった先には、フードをはがされて女たちに取り囲まれているトルーシスがいた。
俺はそっと酒場を抜け、銀印会へと足を向けた。
◇
「え、ここにはいない?」
「そうよ。変わり者の親方のところに弟子入りするんだって。……残念だったわね」
俺より4,5歳年上くらいの売り子の娘は意味深な笑みを浮かべた。
銀印会。
それは恐ろしいほど大きな店だった。
日用品から武器まで、所狭しと並んでいる金物を沢山の客が吟味し、同じく沢山の売り子が相手をしていた。
中でも一番ベテランと思われる売り子に話しかけたところ、思った通り、その売り子はリュシアのことをよく知っていた。
「なるほどぉ。へぇ~、意外。リュシアはこういう感じが好みなのかぁ」
しきりに一人、納得したように頷いたあと、にこりと笑って俺に尋ねた。
「見ていく? 剣づくり。希望者は見学もできるのよ」
どこか見てほしい、と言っているような雰囲気だった。
……なるほど。確かにこれはアイツには合わないかも。
剣の制作場を見て、内心そう思った。
大勢の職人がずらりと並び、ひたすら同じ作業を繰り返している。
剣をつくる各工程ごとにそれぞれ担当の職人が決まっている。――確立された分業制の世界だ。
これではアイツの独創性は発揮できないだろう。
作業場をめぐり終えた後、売り子の娘は職人達に聞こえないように小声で言った。
「リュシアはね、手順通りに作業するのが苦手だったの。ここは良くも悪くも、生産した数と出来で給料が決まる。だから十分なお金を稼げなくてね」
なるほど。結果、あの酒場で働いてたというわけか。
売り子はにこりと微笑んだ。
「リュシアに会ったらよろしく伝えてね。この街からしばらく歩くと深い森がある。そこにいるから」
「は? 会いに行くわけねぇだろ」
「え? 会いに行くんじゃないの?」
怪訝そうな声が返ってきた。
「……もう本格的に冬だ。行けねぇよ」
残念そうな売り子に、明日連れと一緒にまた来る、と告げて俺は店を出た。
◇
翌日。
俺とトルーシスは、銀印会に入店した。
昨日の売り子が、「本当にまた来てくれたの!」と目を丸くした。
深くフードをかぶったまま、軽く頭を下げるトルーシスを見て、もっと目を丸くして俺にささやく。
「あなたの連れ……全然あなたと違う雰囲気じゃない。正統派って感じで。む、もうちょっとよく顔が見たいわね」
目がキラキラと輝いている。
まったく、俺の顔とそんなに違うかな。まあ、違うか。
トルーシスが剣を見たい、と言うと、売り子は喜んで売り場を案内した。
やつはまず品揃えの多さに驚き、そしてじっくりと剣を眺めはじめた。特に、白銀鉄でできた剣を。
売り子が手に取ってみてもいいですよ、と言うと、トルーシスはその中のひときわ輝きを放つ一本を、そっと手に取った。
「それは市場で買える最高級の剣です。帝国から銀印会だけが認可を得て作っているんですよ。海の向こうの国にも輸出される、帝国の富の源泉です」
なめらかなセールストークに、貧乏性な俺はしっかりとその剣の値段を見た。
……到底俺たちには手が届く金額じゃなかった。
何本も揃えていたルカの村をすごいと思った。
「おい、そんな高い剣買えねぇだろ」
「……この街でひと冬働けば買えるかも」
どんな仕事するつもりだよ。
トルーシスは剣の持ち方を変えたり、剣を振ったりして自分の世界に没入している。
「あなたは買わなくていいの?」
ぼーっとしている俺を不思議に思ったのか、売り子が聞いてきた。
「俺らはあんまり手持ちがない。あいつがいい剣をもってりゃ、十分だ」
「ふーん。ちょっと待ってね」
何を思いついたのか、笑顔を浮かべると店の奥へと走っていく。
しばらくして。
短剣やら小刀が満杯に入っている大きな籠が、ドン、と俺の前に置かれた。
「これは、店の規格に合わなくて売り場に並ばなかった商品よ」
売り子は笑顔で続ける。
「なんと大サービス!! 無料よ! 好きなだけ持っていってかまわないわ!」
「!!」
俺が目の色を変えて籠の中を物色し始めるのを売り子は満足そうに見て、「じゃ、私は他の接客に行ってくるから。何かあれば言ってね」と去っていった。
……つかえるのはこれとこれ。あとはこれだな。
ほとんどがガラクタだったが、必死に探したら、使えそうな小刀が数本だけあった。
「おーい、トルーシス、まだか~」
やつはさっきから店内を物色し、おそらく売り場に並んでいる全ての剣、さらには飛び道具やらを手に取り、感触を確かめている。
「……ネル。この店はこの辺りで一番の品揃えだったんだよな」
「あぁ」
「あんまりしっくり来るものがないんだ。ここで調達しよう、と思っていたんだけど」
トルーシスは、ふと俺の後ろにある籠に目を止めた。
「それは?」
「売り場に並ばなかった商品さ」
「へぇ……」
興味深げに籠に近づくと、脇に置いてあった俺が選んだ小刀をひょいとつまんだ。
握って感触を確かめ、目を見開く。「……これはいい」
「だろ? 見栄えは悪いが手になじむ。……あ、やらないからな」
何かに失敗したようで小刀全体が黒ずんでいる。店の規格に合わなかったのだろう。
トルーシスはしばらくその小刀の感触を確かめ、一つ頷いた。
先ほどの売り子が丁度良いタイミングで来た。
「何か気に入った商品はありましたか?」
「この小刀の作者の商品は、他にあるか?」
トルーシスの問いに、売り子の笑みが深くなる。
「残念ながらないんですよ。彼女が作ったものは」
……彼女。
にこりと売り子は俺に視線を向けた。
「あなたが選んだ見切品は全てリュシアが作ったものよ。……不思議ね。他のお客さんにこの籠を渡しても、リュシアが作ったものからなくなっていくの」
「リュシアは制作場の方か?」
トルーシスが尋ねると、売り子が「あなた、話してないの?」と俺にあきれたような視線を向けた。
◇
「まだかよ……。その親方の家ってのは」
げっそりして俺は呟いた。シュラクの街からもうずいぶんと歩いている。
今年の冬は早かった。森に入るころには、既に雪がちらつき、地面を覆っていた。
「きっともうすぐだ。さっき、去年の小屋があっただろう」
近くの村人の話によれば、リュシアが弟子入りした親方はその年ごとに住む場所を変えているという。
トルーシスは地面を指さした。
「ほら、ここに足跡がある。大人の男の足跡だ」
「……はぁ」
そういわれても全然ぴんとこない。
確かに、かすかに足跡らしいものが見えるが。
「ここを歩いて……向こうの木を切って……それを持って歩いていった。おそらく、リュシアの親方かな」
……すごいな。
心なしか、森にいるときのトルーシスは少し生き生きとしている感じがある。
そういや、トルーシスは長い間、森に住んでいたらしい。この前ぽろっと話していた。
森の男、トルーシスってわけか。
くだらないことを考えながら俺は歩いた。
「ネル! おそらくこの茂みを抜けたあとだ! 足跡が近い!」
トル―シスの声が弾んでいる。
よし! 到着か! 俺は勢いよく茂みをかき分けた。
そして視界がひらけ――
目の前にうつる光景を見て、俺たちはしばらく無言になった。
なんと家はなかった。まだ完成していなかった。
リュシアと親方は二人で剣ではなく、家をせっせと作っていた。




