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第10話 親方との冬

静寂な冬の森で、その場所だけやけに賑やかだった。

両手に革の手袋をはめた体格の良い男が丸太を抱え、傍らの作業着姿のリュシアが釘を打ちつけている。


「まずい! もう冬が本格的にきてるぞ! リュシア、急げ! もっと早く釘を叩け!」


「かしこまりました、親方」

リュシアは迷いなく、次々と釘を打ち込んでいく。無駄のない、正確な音が響く。


「クソッ! なんでこんなに間に合わねぇんだ! 誰か手伝ってくれる人はいないか! ……いないよな。こんな山奥に」

男はそこまで言って、ハッと振り返った。


「いた!! 有望そうな手伝いが!」

その視線の先にいたのは、俺と、複雑な表情を浮かべたトルーシスだった。


「頼む! お前がどこの誰でもかまわねぇ! どうかこの家を完成させるのを手伝ってくれ! もう野宿はこりごりだ!」


「分かりました」

トルーシスが力強く頷いた。


「俺も、もう野宿やなんだけど」

ネルもしぶしぶといった具合でうなずいた。








「いや~、お前らがいなかったらこんなに早く完成しなかったよ! たらふく食え! ……って言ってもトル―シスにほぼ採ってもらった食材だけどな」

リュシアの親方が豪快に笑った。


俺たちはやっと完成した家で、炉端ろばたを囲み、鍋にしていた。


トルーシスはフードを外して黒い紋様を露わにしている。家づくりの作業中、トルーシスのフードが偶然めくれて黒い紋様が見えても、親方は「へぇ~」と呟いただけだった。ゆえにトルーシスは人前では珍しくフードを外している。


「そういえばお前たち、なんでこんな森深くにいたんだ?」

親方が上手そうに鍋をすすりながら尋ねた。

親方はなぜか家でも、外で作業していたときと同じ革の手袋をはめている。


トルーシスが姿勢を正した。

「あなたたちを訪ねてきました」


親方は急に剣呑な目つきになった。

「……何が目的だ? この家には金目のものはないぞ」


「もう家に上げた時点で遅いですよ……」 

リュシアがぼそりと呟く。

リュシアの顔色は前よりも良い。ここの方がこいつにはあっているようだ。


トル―シスはしばらく沈黙し、静かに口を開いた。

「……この剣について聞きたい」


懐から短剣を出し、親方の前で引き抜く。

囲炉裏の炎を受けて煌めいた銀色の刃に、俺は目を見張った。


白銀鉄の剣だ。

それも、デイトンが持っていたのと――騎士の剣と同じくらいの純度に見える。


こいつ、こんなの持っていたのか。どこで手に入れたんだ?


いや。それよりも、これ、持ってるのヤバいんじゃねぇか?


「……なんだこの剣は」

低いドスの効いた声が響いた。親方はトルーシスににじりより、食い入るようにその刃を見つめ――パッとその手元から奪った。


「ぬぅ。むむ……」

炎にかざしたり、刃の感触を確かめたりする。「間違いねぇ。本物だ。なあ、リュシア?」

問いかけられたリュシアは、「はい」といつになく真剣な面持ちで頷いた。


「トルーシス」

親方が、ドサッとトルーシスの前にあぐらをかいた。


「これをどこで手に入れた。下手したらお咎めもんだぞ」


思わずごくりと唾をのんだ。

目を見開いたトルーシスに親方は強い口調で続けた。


「いいか。見ろ」

はめていた両手の革の手袋を外す。


現れたのは――

黒い金属でできた手だった。


まるで自分の手のように動いているが、明らかに造りものだ。


「俺は帝都の銀印会で、白銀鉄の剣を作っていた」


驚いた。

帝都の銀印会。それも白銀鉄の剣の製造部門。

エリート中のエリートじゃないか。


親方は遠くを見る様な目をして、微笑んだ。


「銀印会を辞めるとき、両手を斬られた。……それだけ銀印会、いや帝国は技術の流出を恐れている」


親方は手袋を元通りはめると、トルーシスを真正面から見据えた。

「お前の持っている剣は、騎士の剣と同じくらいの純度だ。帝国政府が黙ってない。……悪いようにしないから言え。お前、この剣をどこで手に入れた」


トルーシスは思い切ったように口を開いた。

「兄から、もらいました」


……え?

親方、俺、リュシアの目が点になった。










「じゃあ森の中で、その”兄さん”は何本もこんな剣を作ってたのかよ。信じられんな」

トル―シスがひと通り説明すると、親方は腕組みをした。


「……えぇ。素人がにわかに到達する領域とは思えません」

リュシアも頷いている。


トル―シスの話はこうだ。

トルーシスは10歳の誕生日に森に捨てられた。そこで出会ったのが、ファクトルという名の黒い紋様を持つ青年だったという。今持っている剣は、ファクトルが残したものらしい。


「……ったく、騎士が砂紋民の村を襲ってるだけでも驚いたのによ」

親方がハァ、とため息をついた。


砂紋民ヌルムの村を襲っていた正体が騎士だということも、話の流れでトルーシスは馬鹿正直に親方とリュシアに話した。


親方はハッとしてトルーシスに質問した。

「おい。この剣を他人に見せてねぇだろうな? 間違っても騎士なんかに見せたら終わりだぞ」


「…………」

トルーシスが何かを考え込む。


「おい、見せたのか」 たまりかねて俺が聞くと、トルーシスが小声で言った。


「騎士の隊長とこの短刀で斬りあいをした」


……詰んだ。


俺はがっくりとうなだれた。

親方が、「まあ、冬の間は騎士団は動かねぇよ」と俺を励ますように言って笑った。


「ここで会ったのも何かの縁だ。春が来るまでここにいろ」

満面の笑みを向ける。「何より、お前らには冬の間中、ここに居てもらって食材の調達やら家の修理やらをやってもらいてぇからな!」


「……」 トルーシスはわずかに微妙な顔で頷いた。

それで俺たちは冬の間、この親方の家で一緒に暮らすことになった。








「さぁ、見てみろ。ここが仕事場だ」


翌朝。親方に導かれ、俺らは森の奥深くの仕事場へとやってきた。

リュシアが仕事場の布をとると、そこにはズラリと作りかけの剣が並べられていた。

剣はみな黒ずんでいた。


俺はハッとした。

ルカが持っていたのと似ている。

「これは……もしかして銀印会の剣よりも強い白銀鉄の剣か?」


親方が一瞬動きを止めた。

「よく分かったな! 村に少しづつ下ろしているんだ」


親方は黒ずんでいる剣を一つ手に取り、満足げに微笑んだ。

「見た感じ、高純度の白銀鉄の剣に見えないだろ」


「……」

トルーシスはしばらくその剣をじっと見ていたかと思うと、親方に深く頭を下げた。

「払えるだけの金は払う。この剣の、もっと精度を高めたものを、作ってもらうことはできないか?」


「ふん」

親方は目を細めてトルーシスをじっと見た。「本気で騎士と戦うつもりなんだな」


「……はい。それが僕が今、この世界にいていい理由だと思っています」


親方の目がわずかに見開いた。

沈黙した後、口を開く。


「いいだろう。お前さん専用に作ってやるぜ。黒い紋様に黒い剣。映えるじゃねぇか」

微笑む親方に、トルーシスがまた深く頭を下げる。


「ネルの分もお願いしたい」


「いいよ、高いだろ。それに、俺はお前ほど腕が立つわけじゃないし」

慌てて首を横に振ると、トルーシスは俺を見てにこりと笑った。


「いや。君はこの冬でかなり強くなるはずだから」






    ◇







雪の積もる森の中。

俺はトルーシスの攻撃をひたすらによけてよけて、よけ続けていた。


反撃する余裕はない。


……ようやく、捲いたか?


やつの姿が見えない。荒い息を整えながら、周りを見る。

次の瞬間、人影があらぬ方から飛び込んできて眼前に迫った。


……まずい!!


そう思ったのが最後、トルーシスが眉間に容赦なく手刀を打ち込んできて、意識が途切れた。









……ったく、いてぇなぁ。いつも手加減ってことを知らないんだから。


内心ボヤキながら俺が体を起こすと、訳の分からない光景が目に入った。

目の前にリュシアがいて、俺の腕の紋様を手元の紙に写し取っていた。


「え、何してるの?」

思わず尋ねると、ハッとリュシアが顔をあげた。


「ご、ごめん。紋様、綺麗だなと思って」

あまり答えになってない答えを言って足早に去ろうとする。


とっさに声をかけた。

「そういやお前、剣づくりの方の調子はどうなんだ?」


「……」

リュシアが押し黙る。

やはり。最近表情が少し暗い気がした。あまり上手くいっていないのだろう。


「おい、これ持ってろよ」

金属片を懐から出し、押し付ける。


「……え?」 

戸惑うリュシアの後ろに回り込んで視界から外れると、両手を思いっきり叩いた。


ブーン…ッ!


リュシアの掌の上で金属片が震える。


「ほらみろ。お前が叩くよりも、俺が叩く方がよっぽどうまく震えるぞ」

ぼそりと付け足した。「お前はきっとできるんだよ。自分が思ってるよりも。だから落ち込むなよ」


「……」

リュシアは黙りこくった。


「お、おい。……何か言えよ」

急に居心地が悪くなる。背中合わせになっているから、リュシアの顔が見えない。


「……実際に叩いてくれた人は初めてだった」


「叩かねぇやつの方が気がふれてるよ」


「……ありがとう、ネル」

それだけの言葉だったのに、なぜか息が止まった。


「……気安く名前を呼ぶんじゃねぇよ」 

リュシアの肩をつつく。「おい、金属片を返せ」


「え?」


「だからその金属片、おれのもんだから。いつまでも握ってるなよ」 

パッとリュシアの前に回り込んで、掌から金属片を奪い取る。


――え。なんで。


その藍色の目が潤んでいた。

リュシアは音もなく泣いていた。


ぱっと目をそらす。

「ごめん」

その場を逃げようとすると、さっと袖を掴まれた。

「違うの! 嬉しくて」


「……は?」


「すごく嬉しかったの。だから、ありがとうって言ったでしょ」

ぐすん、と鼻をすする。


「じゃあ笑えよ。……せっかく励ましてやったのに」

一瞬考え、言葉を続けた。

「……で? お前のことだから、またなんか変な金属作ってんじゃないの? 」


リュシアの顔がぱっと明るくなった。

「……見てくれる?」






リュシアはどこからか、動物の皮でできた太鼓を持ってきた。そして、懐から少し黒ずんでいる金属片をとりだし、石の上に置く。


「始めるね」


「あぁ」

……何が始まるんだか。


リュシアが太鼓をドン!と叩く。


ブーン……

金属片が少し振動した。


リュシアは食い入るように金属片を見つめ、慎重に、でも力強く太鼓をさらに叩いていく。

それに合わせて、金属片の振動がどんどん大きくなっていく。


やがて、金属片は踊るように振動し――


ピキィィン!


高い音と共に、粉々になった。


「……」

俺はしばらく瞬きを繰り返したあと、ふきだした。


「意味わかんねぇ。相変わらずだな」

笑いがとまらない。

「お前、これを作っているときが一番楽しいんだろう?」


「うん……でも何の意味もない」

ややうつむいたリュシアに、間髪入れずに返す。


「意味なくねぇよ。もしかしたら世紀の大発見かもしれないぞ。作り続けろよ」


「…………ありがとう」

リュシアが目を見開く。じっと見つめられて、つい目をそらした。


「別に誰でも同じ感想を持つぜ」

踵をかえしてさっさとその場を去ろうとすると、リュシアの声が響いた。


「ネルは?」


「……え?」

瞬きをすると、リュシアはまっすぐこちらを見つめた。


「ネルの話を聞いてない。どうだった?この半年」


「つまんない話だぜ」


「私だってつまんない金属見てもらったよ」

無言で話せと促してくる。


「じゃあ……」







   ◇






「若いっていいなぁ」

親方は腕を組みながら、窓の外を見て微笑んだ。

ネルとリュシアがぎこちなく会話をしている。


「えぇ。ネルはリュシアに会うのを楽しみにしてましたから」

赤々と暖炉が燃える家の中で、トルーシスも微笑を浮かべている。 


「お前さんは会うのが楽しみな女はいないのかよ? そんなに綺麗な顔をしてるんだから」

親方がニヤリと笑った。


「いや、僕は……」

トルーシスの微笑がわずかに翳りを帯びた。無意識だろう。頬の紋様にその白い指先が触れる。


「ふん。呪い、か……。俺は帝国民だから話半分に聞いてたけど、本当なのか?」

親方は眉をひそめた。


「分からない。でも皆信じているし、僕もそう思ってる」

静かな声に、親方は顎をつまんだ。


「ふーん……。なんか神託の話みたいだな」


「神託?」


「知らないのか? 白銀鉄の作り方は、神からの神託によって得られるんだ。帝国王は毎年儀式で神託をおろし、帝国の白銀鉄の生産を発展させてきた」


「そんなことが」


親方はふっと目を細めた。

「だが、これは俺の推測だが――帝国王はここしばらく、有益な神託を下ろせていない。騎士の剣の質があまり変わっていないからだ」


何かを考えるように押し黙ったトルーシスに、親方は剣を渡した。


「どうだ。握り心地は。まだ試作品だけどよ」


感触を確かめたトルーシスが目を見開く。

「驚いた。かなりいい」


「分業、してないからな」

親方が笑う。何かを言いたそうなトルーシスの表情を察して、親方は微笑んだ。


「分業制の銀印会の仕組みに嫌気がさしたんだ。その点でリュシアと俺はすこし、似てるかもな」

手袋を外し、金属でできた手を眺める。「この偽の手はとある親切な人からもらったんだ。そうでなきゃ、俺はこの世界に絶望して死んでたかもな」


じっと自分を見つめるトルーシスに気づいて、親方は照れくさそうに笑った。

「お前にも何か、見つかればいいな。もちろん、ネルにもリュシアにも」


「……えぇ」

頷いたトルーシスの目は、窓枠の向こう――ネルとリュシアの方を向いていた。


親方が口を開こうとしたとき、「そういえば」とトルーシスは思いだしたように微笑んだ。

「シュラクの街でリュシアが作った小刀を握って驚いた。とても握りやすかった」


「あぁ。リュシアには才能がある。今は難しいが――すぐに剣くらい、作れるようになるだろう」







    ◇◇◇






「これで別れか。寂しくなるな」


親方とリュシアと冬を過ごし、ついに春がやってきた。

俺たちは別れの挨拶をかわした。


トルーシスの腰には親方からの剣が入っている。騎士の剣と戦って折れない保証はないが、可能な限り練度を高めた、と親方は豪快に笑った。


トルーシスが何度も礼を言い、剣の金を払おうとするのを、親方は止めた。

お前のおかげで上手い夕飯が食べれたから、と。


「来年の冬もよかったら来いよ」

親方は力強く言った。


「じゃあ、来年はちゃんと家を作っておいてくれよ」

俺の言葉に皆が笑った。


「……ネル」

澄んだ声で名を呼ばれた。「これを」 リュシアが俺に差し出したのは、短剣だった。


「えっ……」

思わず手に取る。少し小ぶりの作りのその剣は、握ってみると驚くほどよく手になじんだ。

さやに美しい鍍金メッキが施されている。


「……これは」

俺の腕の紋様をかたどった模様が、刻印されている。……美しい。


「さすが、女の子だよな。こういった装飾の発想は俺にはなかったぜ」


「僕にも一つ、欲しかったよ」

トルーシスと親方が笑いあう。


「私はまだ技術がないから、鞘だけ。剣本体は親方が作ったの」


「……そうか。でもこれは最高だ。大事にする」

リュシアの顔を見ないで言った。こんな言葉、顔をみて言えるわけがない。


リュシアが息をのんだ気配がした。

「……ありがとう」


「なんでお前が礼を言うんだよ。礼をいうのはこっちの方だぜ」


親方にも礼を言うと、「今日はずいぶんと素直なんだな」と笑われた。



別れを惜しんで俺たちは旅だった。

春の日差しをあびながら。

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