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第11話 色札

親方の家を出て、俺たちは何個目かの村にさしかかった。

「次の村は……ずいぶんと備えがないな」

トル―シスが遠くに見えてきた村に顔を向け、馬上で目を細めた。


「そうだな。あらかた、平和ボケしてるんだろう」

今まで見てきた砂紋民ヌルムの村には、敵の襲撃に備えたやぐらへいがあったが、この村には何もない。


「……あれ。どうしてだろう」

トル―シスが何かを抜群な視力で見つけて、怪訝そうな顔をした。


「なんだ?」


「人が木に縛られている」


……え?




    ◇





村の広場の隅。

そこでは、男が大きな木に縛りつけられていた。しかも、かなり厳重なぐるぐる巻きで。


「え――と、おっさんはなんでこんなところに縛り付けられているわけ?」


「それはけっこう複雑な事情があってなぁ……」

30代くらいのひげ面の男は、ボリボリと頭をかいた。あまり良い身なりだとはお世辞にも言えない。


だが、体は鍛え上げられているし、目に力がある。

……なにか訳アリにちがいにない。


「ヤバいことでもしたの? 盗み? 女?」

聞くと、男は苦笑いして口を開いた。


「ちょっと意見の相違があってな――」


その時、冷たい声が響いた。

「ダグラス。旅人を懐柔かいじゅうするつもりか」

見れば、20代前半くらいの男が腕組みをして、こちらをにらんでいた。腰には立派な剣をさしており、どこか居丈高な雰囲気がある。後ろに取り巻きの男たちもいるから、村長といったところだろう。


「彼は、どうして縛られているのですか」

トルーシスが珍しく尋ねた。

フードで顔を隠した、見るからに怪しい風貌である。


眉をひそめながらも村長は答えた。

「村でこいつだけ、敵に徹底抗戦を主張してきかないのだ」


わずかに目を見開いたトルーシスが何か余計なことを言う前に、口を開く。


「敵が攻めてきたら、投降するのか? 殺されないか不安じゃねぇの?」

あくまでも素朴な疑問のていで尋ねると、村長はふん、と鼻で笑った。


「東ノ国のやつらは捕虜を殺したりはしない。奴隷にしてこの帝国の帝都に連れて行くだけだ。戦って死ぬよりは何倍もマシだろう」


――俺の村もそう考えて全滅した。


「こいつはこのまま餓死すればいい。または」

村長はニヤリと笑った。「敵が攻めてきたときに見せしめとして殺す。そうすれば、我らがおとなしく投降する意思が伝わるだろう」


トルーシスがぐっと拳を握りしめたのが見えた。

嫌な予感がした。


「おい、抑えろ」


トルーシスが俺を見て頷く。そして、ぼそりと言った。

「なぜ縛られている彼が、村長じゃないのだろう」


その声は、しっかりと皆の耳に届いた。

村長の顔が、一気に怒りでゆがむ。

「私を愚弄するか! ええぃ、この者たちも縛れ!」


取り巻きの男たちがわらわらと俺たちを取り囲む。


あ~ぁ。どうするよ、これ。

てか、さっき俺に頷いたのは何だったんだよ。

トルーシスからは静かに目を閉じている。



「おやめください!」

女の声が響いた。見れば、黒髪の綺麗な女の人が村長の前にひざまづいていた。


「彼らは通りすがりの旅人です。どうかご慈悲を」

深く頭を下げ、懇願する。


「……イリヤ。お前まで私を馬鹿にするつもりか」

村長が低く呟き、唇を噛みしめた。「お前がダグラスと関係しているのは知っているぞ!」

村長が女の人を蹴りとばした瞬間、木に縛られている男から殺気がぶわっとたちのぼった。


……なるほど。なかなか複雑な関係だな。


そして俺たちは縛られた。






    ◇






腹に食い込む縄の感触を味わいながら、俺は深くため息をついた。

「……いったい、なんでこんなことになっちまったんだ」

俺とトルーシスは、男と一緒に仲良く木に縛られていた。


「そう言ったって、きみもきっと僕と同じ気持ちだったはずだ」


「まあ、否定はしないけどよ。……てかお前、あれはわざと呟いたな?」


トルーシスは答えなかったが、わずかに口の端をあげた。


……なんでこいつはちょっと楽しそうなんだよ。


「申し訳ない。だが共に戦ってくれて、感謝する」

縛られている男――名をダグラスといった――は深く頭を下げた。


ダグラスは、敵が攻めてきてもし自分の縄を斬ったら、ひと暴れしてイリヤさんを連れて逃げるつもりだったという。

トルーシスと俺はその手助けをすることに決めた。


東ノ国の軍勢が、近くで目撃されているようだ。

今さっき、人目を盗んで食料を持ってきてくれたイリヤさんがそう教えてくれた。もうすぐこの村も危ない。


「……綺麗な人だったな」

トル―シスがぽつりと唐突に言った。


……へぇ。トルーシスはああいうタイプが好みね。

俺はどこかで使えるかもしれない情報を頭の中にメモしておく。


「あぁ。イリヤは世界一、美しい」

ダグラスが頬を緩ませる。


トルーシスは何かをじっと考えたかと思うと、真面目な顔でダグラスに尋ねた。

「来世って言うのは本当にあるのか?」


「お、おい……」

……真面目に取り合ったらシラケるだろ。


イリヤさんとダグラスは「来世で一緒になろう」と約束をしていた。

そのあと熱い口づけまでかわすもんだから、こっちは目のやり場にめちゃめちゃ困った。トルーシスに至っては気配を完全に消していた。俺と戦闘の訓練をするときのように。


トルーシスの問いに、束の間、ダグラスは真剣に考えているようだった。


「ないかもしれない。だが、この世界を生きるための口実になる」


「……それは、死にたいのか? それとも生きたいのか?」


その質問に、ダグラスはハッと目を見開いた。

「お前、いい質問するな」


「そうか?」

不思議そうな顔のトルーシスに苦笑したあと、ダグラスは縛られたまま器用に体を動かして、腰の剣を抜いてみせた。


――銀印会製の、白銀鉄の剣だった。


「頼みの綱は、この剣だ。有り金全部使った。短剣も懐に隠してある」


……すげぇな、このおっさん。


「生きぬくぞ」

決意のこもるその声に、トルーシスと俺は頷いた。





    ◇






翌日。

丘の向こうから、黒ずくめの敵兵が次々と姿を現した。

あっという間に村が包囲されると、広場に村人たちが集まった。

投降の意を示すように、誰も武器は持たない。


「やあやぁ、西ノ帝国の砂紋民ヌルムの皆さん! どうやら捕虜になる方を選んだのかな?」

リーダー格らしき声の大きな男を先頭に、敵兵が広場にどやどやと入ってきた。みな、黒いマントに身を包み、黒い覆面で顔は目しか見えない。


……人数が少ない。全員で10人くらいじゃないか?

いつもは50人くらいなのに。


「その通り。我らは戦わぬ。命の方が大事だ」

村長が応じた。


「賢明な判断だと思うぜ」

リーダー格は笑って頷くと、広場の隅で縛られている俺たちに視線を向けた。


「あいつらは?」


「破門した村人と、無知で愚かな旅人です。徹底抗戦を主張しまして」


……ひどい言い方だな。


「へぇ? あとで遊んでやるとするか」

ニヤリと笑うと、リーダー格は手をたたいた。


黒づくめの兵たちが一糸乱れぬ動きで、村人達の両手を、枷で拘束していく。

全員の拘束が終わると、リーダー格は「よし」と頷いた。


「紋様をみせてもらうぜ」

続けて兵たちが、拘束された村人たちの袖をまくり上げていく。


――化けていた騎士たちは、こんなことはしなかった。もしかして本当の東ノ国か?


ちらりとトルーシスの顔を盗み見ると、トルーシスはわずかに頷いた。

やつも同じ考えらしい。


「ふ――ん、この村は豊作そうだな。なあ、ノア」


「はっ。札付けしていきます」 

ノアと呼ばれた背の高い敵兵は懐から様々な色の札を取り出した。

露わになった村人たちの紋様をじっくりと見て、札を村人たちの背につけていく。


赤、青、黄、緑……。白の札もある。何かの法則があるのだろうか。


「あいつらも一応札付けしてこい」

リーダー格が俺たちの方を顎でしゃくった。


ノアがこちらにやってきた。

腕がむき出しの服を来ているダグラスに黄色をつけ、俺とトルーシスに語りかける。


「紋様を見せてくれ」

穏やかな声だった。兵士に似つかわしくない、と思うほどの。

素直に従い、腕をたくし上げると、青色の札がつけられた。


……俺は青?

リュシアに綺麗な紋様、と言われた記憶が突然頭の中に浮かんできて、慌てて消した。



トルーシスが僅かにためらい、フードを取ると、ノアと呼ばれた敵兵は息をのんだ。

しばらく動作を止めたあと、おもむろに懐から札を取り出した。


……金色。


トルーシスだけ金色だった。

ノアはくるりと身をひるがえしてリーダー格のもとへと戻った。何かを報告する声が聞こえる。




「不思議だ。……札の色に何か規則性があるのだろうか」

トル―シスがぽつりと言った。


「俺もそれを考えていた。一つ言えるのは……紋様が複雑な砂紋民ヌルムに赤がついてる。あとは分からない」


「え、じゃあ俺は? 黄色は?」

ダグラスが尋ねる。


「だから、分からないって」



そうこうしているうちに、村人全員に札がついた。

「やはり。……赤が多い。これはいい収穫だ」

呟いてからリーダー格は言った。「喜べ! これからお前らは東ノ国でいい暮らしができるぞ!」


「え……」

村人たちの口から驚きの言葉が漏れ出る。 村長があっけにとられたように言った。

「我らは帝都に奴隷として連れていかれるのではなかったのか」


「いったい、何の話だ?」

リーダー格が眉をひそめる。


「……我らは、東ノ国でどうなる?」

呆然と目を見開く村長。その後ろで村人達も同じような表情をしている。


リーダー格は少し目を眇めてから、ぼそりと言った。「まあ、ここではこれ以上は言えないな」


「話が違うではないか! 東ノ国に下るなど……!」 

「そうだ! 低俗な東ノ国に行ってたまるか!」 

村長と副村長らしき男が騒ぎ立てる。だが、両手はもう枷で縛られており、自由がきかない。


「面倒だな。いい暮らしができるって言ってんのに」

リーダー格がめんどくさそうに二人についている札を見る。「白と、緑か。ノア、あいつらの利益は?」 


「はっ。白の中と緑の下です。これからの食料代を差し引くと、二人で銀一枚くらいですかね。扱いづらい者はさらに値が下がりますから、実質、銅貨3枚くらいかもしれません。適齢期も過ぎていますし」


「そうか。……旅で騒がれるのもうるさくてかなわん。やれ」

リーダー格が部下に目くばせをした。


剣がひらめいた。


村長と副村長は膝から崩れ落ち、絶命した。

一瞬だった。


敵の持つ剣は――驚くほど薄く、鮮烈な白い輝きを放っていた。

この帝国では見たこともないくらいに。


「ハイハイ、みなさんも反抗するとこうなるんで、注意してくださいよ~」

村人達は水を打ったように静かになった。


リーダー格は、自らの剣を自慢するように掲げた。

「西ノ帝国は慢心しすぎた。これから、世界の覇権を握るのは俺たち東ノ国だ」


部下が村人たちを荷車に収容していった。イリアさんもだ。

ダグラスはそれを食い入るようにみていた。


「……手ごわい戦いになるな」

トル―シスに話しかけると、真顔でやつは「あぁ」と静かに頷いた。


嫌な汗が額に浮かぶ。

ダグラスの持つ銀印会の剣は、この剣に耐えられるか?

それに、親方が作ってくれた剣も。


村人たちは、札の色ごとに荷車につめこまれていった。 

その様子を満足そうに眺めながら、リーダー格がこちらをみた。

「さて。どうしてやろうかな」

獰猛な笑みが、俺らをとらえていた。


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