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第12話 君は殺したくない

「黒い紋様か。お前は殺せないな……」 

黒づくめのリーダー格の男は、こちらまでやってくると、まじまじとトルーシスを見つめた。

「青も惜しい」俺にも視線を向ける。


「え、俺は?」

黄色の札をつけられたダグラスがボソッと呟く。


「なぁお前ら、無駄な抵抗はやめて東ノ国にこないか? 悪い扱いは受けないと思うぜ」

俺とトルーシスに向けて手を広げる。


「……だから俺は?」 

ダグラスが口を尖らす。


トルーシスが静かに、だがはっきりと言った。

「悪いが断る。やらなければならないことがある」


「へぇ」

リーダー格はいまいましげに顔を歪めると、拳を振るった。

嫌な音がして、トルーシスの頭ががっくりと落ちた。


「……!」

思わず目を見開く。


リーダー格は「気絶させただけだよ」と笑いながらトルーシスに手枷をつけた。白銀鉄の手枷だ。

「ガキ、お前はどうだ。おとなしく捕虜にならねぇか」


「いやだね」 

言いつつ、それとなくトルーシスにつけられた手枷を観察する。

……そこまで純度が高い白銀鉄ではなさそうだ。


「ふーん。仕方ねぇな」

ため息をつき、リーダー格は続けた。「情けをかけてやろう。お前ら二人は戦って死ね」


そして――ざっくりと俺たちを縛っていた縄を斬った。






「さぁ、こい」

リーダー格はニヤリと笑って腰の剣を抜いた。


「俺は右からいく。お前は左からいけ」

ダグラスが敵を睨み付けながらささやいた。


「分かった」

冷静に、状況を、判断しろ。


「行くぞ!」 「あぁ!」


ダグラスがとびかかった瞬間、俺はダグラスとは逆方向に跳んだ。

トルーシスの方へ、全力で。


背後で、ダグラスが白銀鉄の刃をひらめかせた気配がした。


鈍い金属音。

続けて、何かが砕ける様な音。


振り返る余裕は、ない。




「おきろ、トルーシス!」

俺の言葉にトルーシスがパッと目をひらいた。「さすが、ネル」と微笑む。


「手枷を」 

リュシアからもらった剣の鞘で叩くと、トルーシスの手枷は鈍い音を立てて壊れた。


――やはり。リュシアの剣の方が強かった。



もう一度、背後で金属が砕ける音がした。

視線を走らせると、ダグラスが呆然と、リーダー格の隊服と、柄だけになった自分の剣を見つめている。

位置からして――背を斬ったのか?


よろいの隊服だ。その剣じゃ傷もつかねぇよ 」

リーダー格がダグラスに剣を振り下ろすのと、両腕の自由を取り戻したトルーシスが一直線に飛び出すのが同時だった。


ドサッ。

次の瞬間には、リーダー格が倒れていた。

眉間を貫かれている。目で追えなかった。


「すまなかった。囮になってもらった」

トルーシスがダグラスに頭をさげた。


ダグラスはあっけにとられたように瞬きすると、豪快に笑った。

「なんとも危ない賭けだな。ネルがそっちに行かなかったらどうするつもりだったんだ?」


「ネルは必ずいい動きをする」


「へぇ」

ダグラスはニヤリと笑うと、柄だけになった剣に視線を向けた。

  「向こうの剣には、こっちの剣と隊服は歯が立たないんだな」


「あぁ。隊服から出ている眉間を狙え。ダグラス、何か武器はあるか?」

見れば、黒づくめの兵たちが集まってきていた。


「あるぜ。昔のやつがな」

ニヤリと笑い、腰からもう一本、ボロボロの使い込まれた剣を引き抜いた。






    ◇





5人の敵に囲まれた。

トルーシスとダグラスは向こうで敵兵たちと戦いを繰り広げている。


……二人ともこっちに助けにきてくれる余裕はなさそうだな。


敵は憎しみのこもった眼で俺を睨みつけ、じりじりと距離をつめてくる。


この状況はヤバい。

逃げよう。それしかねぇ!!


一番弱そうなやつを見定め、包囲を抜けようと地面を蹴った。


同時に、敵の剣が一斉に交錯した。

無数の銀色の弧が迫りくる。


――かすっただけでも致命傷だ。


パッと伏せてかわしたあと、すぐに横に跳んだ。

いくつもの剣が、俺を狙って空を切り裂いてくる。


あれ?

……遅い?


見える。剣の軌道が。

まるでスローモーションのように。


そうか。

ちらっとトルーシスの方を見ると、やつと目があった。わずかに微笑していたる。


……はぁ。冬の間、アイツにさんざん狙われたかいがあったぜ。


短剣のつかを敵の眉間に叩き込んだ。

確かな手ごたえ。同時に敵が倒れる。


――これをあと4回、だな。






敵を全員倒してトルーシスとダグラスの方へ向かうと、立っている黒ずくめの兵たちはおらず、ダグラスは村人たちを荷車から助け出しているところだった。


トル―シスはといえば――先ほどみなに色札をつけた、ノアと呼ばれた敵兵に馬乗りになって、剣を突きつけていた。

もう決着はついていた。


地面に転がっている、ノアが手にしていたであろう剣を手に取る。

恐ろしいほど軽く、鋭利な剣。

まばゆいばかりの銀色の輝き。


――デイトンが持っていた、帝国騎士の剣よりも質が高い。

確実に東ノ国は、西ノ帝国の技術を追い抜いている。


何が起こっている? そうだ、敵兵を尋問して――




「君は殺したくない」

トルーシスは剣を突きつけながらノアに言った。ノアがあっけにとられたようにパチパチと瞬きをする。


「下手くそが! お前、こういうときは、普通尋問するんだよ!」

思わずノアの剣を地面に置き、俺は叫んだ。


「あ、そうか」 

トルーシスは少し声を低くしてノアに言った。

「……なぜ村を襲った。どうやって剣を作った。吐かないと殺す。やっぱり殺す」


ダメだこりゃ。

「ぜんぜん説得力ないじゃんかよぉ……」 

頭を抱えると、馬乗りにされているノアが突然、笑い声を上げた。

それはそれは愉快そうな、腹の底からの笑いだった。


「残念だけど、言いたいけど言えないんだ」


「なぜ」

トルーシスの問いに、ノアは黒い隊服を顎でしゃくった。「隊服のマントを外してみろよ」


剣をはじき返した、黒いマント。

トルーシスがそれを油断なく外すと、ノアの首元に優美な白い首輪が現れた。


「犬みたいだよな。いくら白銀鉄でできていると言っても……」

自嘲気味に笑う。「秘密をしゃべると、この首輪が締まって死ぬ」


「そんなことが」 

トルーシスが目を見開く。


「国の外に出る者には必ずつけられる。どんな原理かは知らないが、あの方が作った。試しに、そうだな」 

少し考えてから口を開く。「俺はノアだ。東ノ国からきた。もとは貴族の出身だ。俺がもともと仕えていたのは……」


そこで首輪がブーンと静かな、でもハッキリとした音を立てた。

首輪は振動しながら、キリキリと男の首にめり込んでいく。


……これは。リュシアの金属片に似ている。

あれは手をたたくと振動したが――


「分かっただろ?」

ノアがにこりと笑みを浮かべた。


「……分かった」 

トルーシスはノアの体から自分の体をどけた。「さっきも言った通り、君は殺さない。東ノ国へ帰ってくれ」


「は?」

ノアはまだ地面に仰向けになったまま、間の抜けた声を出した。「俺があの砂紋民ヌルムたちを襲って、また捕虜にするかもしれないんだぞ?」


「君はそんなことしない」


「なぜそう言い切れる」


「……なんとなく。君の瞳は、まだ光をたたえているから」


「はぁ……ったく」

ノアは頭を抱えて天を仰いだ。「国に帰っても未来はねぇよ。剣も奪われて、この状態で国に帰ってみろ。”狩り”に失敗したのは明らかだぜ」


「狩り?」


「ん――まあこれくらいはいけるかな」ノアは少しだけ逡巡してから口を開いた。「西ノ帝国の砂紋民ヌルムを捕虜にすることだ」


首輪はかすかな振動音を立てたが、締まりはしなかった。


「”狩り”に失敗したものはどうなる」

トルーシスが遠慮がちに聞いた。


「国中の笑いものになる。絶対に嫌だ。あんなやつらに――」

首輪が少し振動した。


「だからここで殺せ。君に殺されるのならいい。やっとアイツにあって、詫びをいれられる」


「アイツというのは君の友人か? 死んだのか?」


あるじだ。銘君だった……」

首輪がさっきよりも強く振動した。まるでもう何も話すな、というように。


「チッ、ムカつく首輪だぜ。あ――やっぱ変更だ」


「え?」


ノアは懐からネックレスを取り出すとトルーシスに渡した。

「よかったら、これをアイツの娘に渡してくれ。出会う可能性は低いだろうが……。白い髪に緑の目だ」


そのネックレスには複雑な刻印があった。

「東ノ国の王家に代々伝わるネックレスだ。5年前、王家は滅ぼされた――」

美しい首輪が、不吉な大きい振動を立て始めた。


「やめろ!」

トルーシスが叫ぶのにもかまわず、ノアは続ける。


「そのあと一人の男が来た。やつは……は、はくぎんてつを、つくって……」


そこで首輪がガッと締まってノアは息絶えた。


「…………」

トルーシスがその瞼を丁寧に閉じる。


「な、なんだよこれ」

俺は呆然とノアを眺めた。


「東ノ国で何かが起こっていることは確かだ」

トルーシスがノアからもらったペンダントを眺め、ぎゅっと握りしめる。


「……もう一つ、僕がこの世界にいていい理由が増えた」


「お前また面倒な約束を増やしたな」

思わず肩をすくめた。



殺さずに気絶させていた兵も皆、首輪が締まって死んでいた。

トルーシスは複雑な表情で敵兵たちを地面に埋め、簡単な墓を作ろうとしている。

俺もそれを手伝った。


ふと、敵兵たちの腰に剣がないことに気づいた。


――剣はどこへ? そういえば、ノアの剣も見当たらない。


ノアの剣を置いていた地面をよく見ると、白く輝く砂があった。


……これは。

リュシアが太鼓で粉々にしていた金属の粉に似ている。

それをかき集めてひとまず袋に入れた。







    ◇





戦闘のあと、すぐ旅立つと言った俺らに、ダグラスは残念そうな顔をして、食料や金銀をくれた。

呪われた紋様の者に渡すなんて……と、反対する村人もいたが、ダグラスがギロリと睨みをきかせると黙った。


「ありがとよ、トルーシス。俺は来世なんて不確かなところじゃなくて、今をしっかり生きるよ。……イリアと」

ダグラスは隣に佇むイリアさんを抱き寄せた。がさつそうな男なのに、その動きは丁寧で優しさに溢れていた。

イリアさんの頬が赤く染まる。


ダグラスはイリアさんから手を離すと、俺たちの肩も抱き寄せて、力強く言った。

「また来いよ! いつでも歓迎するからな!」


「ダグラスもイリアさんと幸せにね」


「お前に言われなくてもな」

笑いあって俺たちは別れた。

ダグラスとイリアさん、そして村の何人かの若者たちが、ずっと手を振り続けてくれた。





    ◇◇◇






「東ノ国の剣はすごかったな……」

馬上で俺はひとりごちた。ダグラスの村から次の村まではかなり距離がある。森の中を俺たちは移動していた。


「あぁ。特に隊服がすごかった。……たぶん白銀鉄を織り込んでいるんだろう」

トルーシスは、ふと馬の足を止めた。


「どうしたよ?」


「……くる」

トルーシスが目を細めたその瞬間、矢がうなりをあげて飛んできた。

茂みの間から、一直線に俺を狙って。


背が凍り付いた瞬間、トルーシスがさっと俺の前に出て、その矢をはじいた。


「いい反応だなぁ!」

茂みがガサッと音を立て、黒ずくめの兵20人ほどが踊るように姿を現した。


……持っている剣の輝き、隊服の感じからして、本物の東ノ国の兵だ。


「逃げよう」

トルーシスはさっと馬の向きを変えた。

確かに、この人数に囲まれると分が悪い。

トルーシスに続き、森へと馬を乗りいれる。


敵兵が絶叫した。

「噂の黒い紋様の男だ! 絶対に逃がすな!」

血眼になって追いかけてくる。


ちらりと隣で馬を駆るトルーシスを見やると、トルーシスは頷いた。

「僕に策がある。ついてきてくれ」

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