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第13話 紫煙花

馬を駆り続けた。

俺らを捜索する敵の声は、森のざわめきに混ざって聞こえ続けた。

どれくらいたっただろうか。


「ここまで来れば大丈夫だ」

トルーシスは、やけに揺るぎのない口調で馬を止めた。


目の前に広がる光景に、驚いた。


木々がぽっかりとなく、広大な平地になっているそこには、一面に鮮やかな紫色の花が咲き乱れていた。


「すげぇ……」

思わず声が漏れた。こんなに広大な花畑は初めて見た。


紫煙花シエカだ。僕の好きな花だ」

トルーシスがそっと濃い紫色の美しい花弁に触れた。


紫煙花シエカ

煙管キセルの粉になり、高値で取引されると聞いたことがあったが、こんな花だとは知らなかった。


ふと、花の根元に白い骨が散らばっているのが見えた。


俺の視線に気づいたトルーシスが口を開く。

「帝国民たちだろう。紫煙花シエカには毒がある。……花を取りに来てやられたんだ」

遺骨に手を合わせる。


「俺たち砂紋民ヌルムは毒に強いのか?」


トルーシスは頷いた。

「あぁ。でも長居はしない方がいい。この奥へ行こう」


なるほど。この場所を使って敵を倒すわけだな。






    ◇






「ついた」

前を行くトルーシスが呟いた。馬を降り、手綱を近くの木にくくりける。

「ここには毒はない。いったん休憩にしよう」


……何、ここ。


ひらけた場所には、丘があった。

でも、普通の丘じゃない。紫煙花シエカでできた紫色の丘だった。


蜜蠟ミツロウに閉じ込められた紫煙花シエカ累々(るいるい)と積み重なっている。

紫煙花シエカはもう生きてはないのに、鮮やかな紫色を保っていた。下の方は黒ずんでいる。誰かが永い年月をかけて作ったのか?


「僕が森の中で一番好きな場所だ。何故だか落ち着くんだ」


トルーシスと並んで緑が生い茂る地面に腰を下ろす。

やつは目を細めて丘を見上げた。

「ここは墓地だったんじゃないかって思うんだ」


「なるほどな」

丘のあちこちには、小さな石碑が立っていた。知らない文字が刻まれている。


ふと、目の前に紫煙花シエカが咲いているのに気づいた。

手を伸ばしてそれを摘み取る。


甘い芳香ほうこう。美しい紫色の花弁。

毒の花のようにはまるで見えない。


「実は、生の花はうまいんだ」

トルーシスは少しだけ弾んだ声で、俺が手にしていた花をそっと取ると――

パクっとその花を食べた。


……花を食べる男を初めて見た。

トルーシスだからちょっと絵になるけど。


優しい手つきでもうひとつ紫煙花シエカを摘み、俺に差し出す。

「……食べてみるか?」


「いやいや、毒なんでしょ? いらないよ!」

全力で拒否すると、トルーシスはしょんぼりと下を向いた。少しだけ悲しそうな顔をしている。


「わ、分かったよ。お前が大丈夫なら、まあ俺もイケるよな」

やつの手から花を奪い、口に放り込むと、口全体に清涼感が広がった。咀嚼そしゃくすると甘さも感じる。


「確かに、なかなかうまいな」


「あぁ。煙管キセルは得意じゃないんだけど、花をそのまま食べるのは好きなんだ」

やけに熱っぽく語るトルーシス。


相づちを打とうとしたとき、視界が紫色に染まった。


……え?


次の瞬間、全身を稲妻のようなしびれが襲った。






「……良かった。本当に良かった。もう目を覚まさないかと思った」

目を覚ますと、トルーシスは安堵した顔で、脱力したようにそう言った。


「なんともないか?」

トルーシスの整った顔が目の前にある。


どうやら、気を失っていたらしい。頷くと、トルーシスは呟いた。


「良かった。東ノ国の兵たちみたいになったらどうしようかと……」


「やつらは、紫煙花シエカの毒で倒せたのか?」

思わず尋ねる。


「あぁ、3日前に倒れているのを確認した」


……俺、そんなに気を失っていたんだ。





     ◇





翌日、トルーシスと共に、紫煙花シエカの花畑に向かった。

「彼らだ」

トルーシスが指さした方向には、俺たちを襲った敵兵が横たわっていた。

皆、体中に紫色のあざを出して死んでいる。


……花の毒にやられるとこうなるのか。


敵兵たちをよく見ると、ゴワゴワと厚みのあった隊服はただの黒い布と化していた。剣も腰にさしていない。どこを探しても剣はなかったという。


よく目を凝らしてあたりを見た。


――あった。


死体から少し離れたところに、白い粉がたまっていた。

しゃがみこみ、指先で触れると、ダグラスの村で見たものと同じ質感だった。


白銀鉄はくぎんてつが粉になったのか?」

トルーシスが目を見開く。


「分からない。だが、不思議だな」

俺の言葉に、トルーシスは深く頷いた。







それから俺たちは、砂紋民ヌルムの村々を巡った。

騎士が化けている東ノ国とも、本当の東ノ国とも遭遇した。トル―シスは破格の強さで彼らを倒していった。


騎士が砂紋民ヌルムの村を襲っていることは皆に秘密にした。

砂紋民ヌルムたちは古来から、帝国に守られて生きてきた。ゆえに帝国への信頼は根強い。混乱を招くことは避けたかった。


東ノ国の兵たちにはみな首輪がついており、戦いに負けると全員が死を選んだ。

東ノ国のことを聞き出すことはできなかった。ノア、と呼ばれたあの兵が異常だったのだ。





「あ、デイトンだ」


秋も深まる季節。

一羽の白いハトがトルーシスに向かって飛んできた。トルーシスが馬上で腕をさっと伸ばすと、ハトはそこにとまった。


「今年はもう戦はしないって」

ハトの足に結ばれた文をひらき、視線を落としている。


デイトンは騎士団の動きをこちらに流してくれるようになっていた。


騎士団は、東ノ国が狙う村を先に潰しにくる。砂紋民ヌルムを東ノ国に奪われたくないからだ。

ゆえに、騎士団が動く先にいれば、本物の東ノ国の兵に出くわす可能性も高まる。


デイトンの情報のおかげで、俺たちはかなりの村を助けられた。

デイトンもまた、戦っているのだ。自分の正義と向かい合いながら。


「よく来たね、デイトン」

トルーシスがハトを目を細めながら撫でてやっている。ハトも嬉しいのか、喉を鳴らしている。


「てか、お前のネーミングセンス、安直すぎだよな」


このハトはデイトンの化身だから、デイトンにする、と言い切った。

ま、反対はしなかったけど。


「いいじゃないか。……な、デイトン」

トルーシスはこのハトに、どの女よりも深い愛情を示している。


ふと、トルーシスが空を見上げた。

「今年の冬も、親方のところにいこうか」


……懐かしい。昨年の冬のことなのに、ずいぶんと遠い昔に思える。


あれから、多くの戦いがあった。多くの敵を殺した。俺は強くなった、と思う。リュシアの剣は俺を守ってくれた。


「それがいい。そろそろ、休息が必要だぜ」


「僕もそう思っていた。今年は……戦いすぎた」







    ◇







「あぁ――! 終わんねぇよぉ――! どうして時間ってのはいつの間にこんなに過ぎていくんだよ!」

親方は、骨組みだけの家を前にして、頭を抱えた。


「……それは親方が剣に没頭しすぎたからです」

リュシアはテキパキと釘を叩いていく。


「そういえばあいつら、今年も来てくれるかな」


「親方、純粋な気持ちというよりかは、邪心がありますね」


「そんなことないぞ」

親方はむぅ、と頬を膨らせた。「ちょっと心配なんだよ。噂になりすぎているからよ」


「……私も同感です」


「ま、あいつらは必ず来るよ。楽しみにしてろ。ネルはきっといい男になってるよ」


「……楽しになんてしてません」

うつむくリュシアに親方は微笑んだ。リュシアが握っているのは短剣だ。

すざましいほどの努力と執念でリュシアは1年で作れるようになったのだ。


白銀鉄はくぎんてつの剣を。






   ◇





「あ――やっぱそうだよね。うん。予想はしていたけど」


「あぁ。むしろ進捗は前よりも酷いかもしれない」

トルーシスと言葉をかわしていると、俺たちの姿を目ざとく見つけた親方が叫んだ。


「うぉ――! やっと来てくれたか、お前ら。心待ちにしてたぜ!」


「なんかあんま感動の再開って感じじゃないな」


「……」

トルーシスは無言で作業に取りかかりはじめる。


「ごめんね。せっかくここまで来て疲れているのに」

懐かしい声がした。


顔をあげると、それはリュシアだった。でも、俺の知っているリュシアとは違った。


「お前――」

細かった体が、だいぶ女らしい体になった。

日に焼け放題だった肌は、抜けるように白い。男物の作業着ではなく小ぎれいな作業着を来て、長い髪を動きやすいように結い上げている。去年はくすんでいた髪色は、瞳と同じ柔らかな藍色をしていた。


……綺麗になった。沢山の人を殺した俺とは対照的に。


それなのに、リュシアは昔と変わらない瞳で俺を見ていた。

つい、目をそらした。


「……ったく、一人分多く働かないとな。そんななりで作業できるのかよ」


「ひ、ひどい! できるに決まってる」

リュシアが控え目に、でもしっかりと抗議して、猛烈に働き出す。





「素直じゃないなぁ。いい女になっていてびっくりしただろう」


「うわぁ!」

耳元でいきなりささやいてきたのは親方だ。


「で、どうなんだ。びっくりしただろう?」

なおも尋ねてくる親方。これは答えるまで離してくれそうにない。


「……んまあ」

しぶしぶと答える。


「それを本人に言ってやれよぉ~」

親方が残念そうな目で俺を見る。


「言う義理はなんもねぇよ」


「え~~、あいつ、お前のために頑張ったんだよ、いろいろ」


「知らねぇよ。仕事しろ」

おっさんを振り払って作業に没頭した。






    ◇





数日後。俺たちは完成した家で鍋を囲んでいた。

「いや~、お前ら評判になってるぞ。敵を見事にやっつける無敵の旅人がいるってさ!」


「……いえ。噂が独り歩きをしているだけです」

静かに首を振ったトル―シスに、親方は「まったく、控え目な英雄だな!」と笑った。


ちらりとトル―シスの顔を盗み見る。

……相変わらずあまり感情を表に出さないやつだ。


敵を倒すにつれ、英雄ともてはやされることも多くなった。だが、顔の黒い紋様をひとたび見ると、てのひらを返したように罵倒されることも多かった。

トル―シスがそのたびに静かに傷ついているのを俺は知っていた。


トルーシスは親方とリュシアに、旅の出来事をかいつまんで話している。主に東ノ国に関することが中心だ。


「まじかよ。東ノ国がそんなに発展してるなんて……農耕を主とする国だったはずだ」

親方が目をく。


「でも確かに最近、東ノ国におろす白銀鉄はくぎんてつの量が減っていますよね。この西ノ帝国がまだ豊かなのは海の向こうの国が変わらず取引してくれるからです」

リュシアが言うと、親方が「確かにな」と深く頷いた。


「東ノ国の剣は、どんどん進化していく」

トルーシスがぼそりと呟いた。

春ごろに会った敵兵――ノア達に比べ、秋に会った東ノ国の兵の剣は硬度が増し、さらに薄く強くなっていた。


「さすがに今の剣では無理だ。親方、もっと優れた剣をつくれないか」

俺が尋ねると、親方は笑みを深くした。


「リュシア。見せてやれ」


「はい」

リュシアは頷くと、剣を俺の前に置いた。


「これは……」

さやを引き抜くと、白く輝く白銀鉄はくぎんてつの刃が顔を出した。


……やべぇ。東ノ国に匹敵するレベルじゃないか。どうやって……


リュシアがはにかみながら口を開いた。

「ネルから届いた手紙に一緒に入ってた粉がヒントになったの」


トル―シスがしずかに口の端をあげたのが分かった。


……クソッ。手紙を送ったのがバレた。

やつに分からないように細心の注意を払って送ったのに。


「リュシアは天才だぞ! ネル、こいつの部屋見てみろよ! すごいから」

親方がリュシアの肩を力強く叩いて、ニヤリと笑った。


――え、部屋?

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