表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/25

第14話 物語


……いや、何かを期待した俺が間違った。


リュシアの部屋は、すごかった。

壁際にはびっしりと作りかけの剣。部屋の中央には大きな机の上に、鉄片てっぺんが列をなしてびっしりと並べられている。何十、いや何百もある。制作のための道具やもあった。


ここが部屋なのか? 作業部屋じゃなくて? 


よく見ると、部屋の奥に寝台があって、それでやっと部屋だというのが分かった。


リュシアが嬉しそうに鉄片てっぺんたちを指さす。


「何百パターンも鉄を作って――振動で砕けて、あの粉に近くなるものを探したの。そしたらできた」


「すげぇな。帝国王が神託しんたくで製造方法を得る白銀鉄はくぎんてつだぞ?」

まあ、神託しんたくっていうのも怪しいと思っていたが、それでも作れるなんて。


「ネルのおかげだよ」

藍色あいいろの瞳が、まっすぐこちらを見ていた。


「え」


「……いや」

リュシアは少し焦ったように首を横に振った。「これが白銀鉄はくぎんてつのもとになるの。これをに入れて……」

金属のかたまりを指さし、なめらかに精製方法を話し出す。


適当に相づちを打った。正直、興味はない。


……でも、こいつの話を聞いているのはなんだか心地がよい。トル―シスといるときみたいだ。


ぼんやりとそう思っていると、リュシアが唐突に別の話題を出した。

「そういえばさ、ネルは成人ノ儀(せいじんのぎ)、出る?」


「へ?」

そういえば、来年16だった。リュシアも――16だ。


「この森を下ったところにある村の、成人ノ儀(せいじんのぎ)に参加しないかって言われてて」

いつも通りの表情だが、その声がわずかに緊張をはらんでいる。


「ネルもでない? 来年の冬にあるの」


「いや、俺は流れ者だから」

苦し紛れな返しに、リュシアはまっすぐな目で言った。


「私は気にしないよ。みんなもネルの参加を歓迎すると思う」


「ま、まぁ……考えておくよ」


……成人ノ儀(せいじんのぎ)

その後にある祭りでは、若者の間で求婚が行われる。

リュシアはどうするつもりなんだ?


「そういえばさ」話題を変えた。「お前、俺の手紙に返事くれたじゃん?」


「……うん。ネルから手紙もらえて、うれしかった」

リュシアがにへら、と笑った。


「返事、いらないから」

わざと冷たく言うのは、心が痛んだ。それを無視した。


「あまり俺たちに関わらない方がいい。今後、俺たちは……この国の厄介者になるから」






    ◇







「ネル。この村から始めよう。僕が全て責任を引き受ける」


「……分かった」


冬の間、何度も親方とリュシアを交えて話し合ってきたことだった。


「おぉ! あなたが噂の旅人ですね!」

「心強いぜ! 最近近くに東ノ国の兵を見たって情報があってよ」

村に入ると、早速村人たちに取り囲まれた。


村人たちが十分集まった頃合いで、トルーシスは剣を抜いた。

リュシアが作った白銀鉄はくぎんてつの剣を。


そして――今まで目深にかぶっていたフードを取り、顔をあげた。

その光り輝く剣と、黒い紋様を見て、村人たちは息をのんだ。

トルーシスは言った。


「これから、この剣の作り方を教えたいと思う」









「……こんなに上手くいくとは思わなかった」

トル―シスが静かに呟いた。その視線は先ほどまでいた村に向けられている。

村人たちがにぎやかに金属を生産する音が、村を離れた今も聞こえてくる。


作っているのだ。

――白銀鉄はくぎんてつの剣を。


「……まあ、人は自分の見たいように世界を見るからな」


「確かに」

頷くトル―シスは、もう目深にフードをかぶってはいない。

もう黒い紋様を隠さなくて良くなった。そううまく物語フィクションを作ったのだ。






    ◇






「帝国王。砂紋民ヌルムの村々でこのような剣が生産されています」

臣下が剣を差し出す。

葡萄酒ぶどうしゅを片手に女たちとたわむれていた西ノ帝国の王は、けだるそうに目を向けた。その瞳がわずかに見開く。


「……なんだこれは。騎士の剣よりも純度が高そうだが」


「黒い紋様の若者が作り方を広めているのです。砂紋民ヌルムたちはやつを熱狂的に支持していまして」

端的に報告した臣下に、帝国王は怪訝そうな顔をした。


「黒い紋様? おきてで殺されるだろう。それに、呪いの言い伝えもある。なんだったか――」

言い淀むと、傍らにいた女が赤い唇を動かした。


「黒い紋様の砂紋民ヌルムは、世界を破滅に導く」


「そう、それだ。なぜそんなやつに砂紋民ヌルムたちがなびく」

帝国王は干し肉を太い指でつまみ、咀嚼そしゃくした。


「……やつめ、それを逆手に取りました。こう触れ回ったのです――」

臣下は目を伏せ、続けた。


「”自分は西ノ帝国の王家を破滅に導く呪いを受けている”」


「……なんだと?」

帝国王の低い声が響いた。「役人や騎士は何をしている」


「役人は恐れおののき、騎士もことごとく撃退されています。砂紋民ヌルムはやつを信奉するばかり。しかし、この流れを止めることはできません」


「なぜだ?」


臣下は苦々しげに言った。

「やつは、表向きは東ノ国の敵兵をうち払う”英雄”ですから」


「……クソッ!」

帝国王は酒の杯を投げ捨てた。杯が割れる音に、女たちがおびえたように身を固くする。

「北から第一師団長のガルガリケを呼び寄せろ。来年の春、カタをつけるのだ」


「かしこまりました」

身をひるがえした臣下に、帝国王は思いだしたように尋ねた。

「本当の東ノ国は、どんな剣を作っている? 我が国に追いついたか」


臣下はにっこりと笑って答えた。

「いえ。我が国の方が格段に上をいっていますよ。ご心配せずに」


「そうか。ひとまずはその黒い紋様の砂紋民ヌルムだな……」

帝国王は呟き、また酒と女にふけっていった。





    ◇





「うへぇ。ガルガリケがこっちに来るのか。俺あいつ苦手なんだよな~」

軍内の掲示板を見て、ニックがため息をついた。


ガルガリケは、容赦のない戦い方をすることで有名だった。騎士の間では卑怯ひきょうだとされる、だまし打ちや奇襲もいとわない。ただ勝つことのみを考えるタイプだ。


俺はそれよりも、その下の通達に目が釘付けになった。


”来年の春、歯向かう砂紋民ヌルム殲滅せんめつする”


凍り付いた俺を見て、ニックがまた、ため息をついた。






屋敷に帰ると、トル―シスの元から、白いハトがやってきていた。

喉を鳴らして俺の腕に止まる。その足には文がくくりつけられていた。


食事もそこそこに部屋に上がり、トル―シスの文を読む。


『今年の冬も森の中で過ごすことにした。ネルは相変わらず素直じゃない。この前も――』


彼らしい、淡白だけれども繊細な文章に心が温かくなる。

俺が騎士団の中でやっていけるのは、トルーシスがいると思えるからだ。


実際に言葉をかわしたのは、最初に会った一回だけだ。

だがなぜか、不思議とつながっている感じがする。


じっくりと読んだ後、また時間を取って返事を書いて、ハトの足に括りつけた。


ハトは夕闇に紛れて羽ばたいていった。

帝都の城壁を越え、はるか彼方かなた砂紋民ヌルムの村々まで行くのだろう。






「ねぇ、デイトン。君は今も”文通”を続けているの?」

物思いにふけっていると、突然の声に心臓が跳ね上がった。


後ろを振り返ると、ニックがいた。怒っているような、心配しているような表情を浮かべている。


「まったく、不用心ぶようじんだね。ノックにくらい気づきなよ」 

言いながら俺の近くの椅子に座り、いつもの気楽な調子で口を開く。


「彼もよく考えたよね。黒い紋様の呪いを逆手にとるなんてさ」


ニックはちらっと俺を伺った。

「軍も馬鹿じゃない。なぜ俺たちが攻める村に彼がいつもいるのか、怪しむ者も出始めているんだよ」


「……」


「最悪、きみ殺されるよ」

あきれ顔のニック。


「その時はその時だ」

トル―シスも危険をおかして剣の作り方を広めている。騎士や本物の東ノ国との戦いに勝つため。

そして、俺との約束を守るためだ。




ニックは舌打ちをして「……堅物め」と吐き捨てて帰っていった。

ニックは勘づいている。俺とトルーシスとのやり取りを。


「……トルーシス。生きてくれ」


この戦いがどこに向かうのか、どう結末を迎えるのか分からない。


ただ、一つ言えることは―― 

俺にはなんの力もない、ということだ。


がっくりと寝台に腰を落とす。そして、今まで幾度となく自問してきた問いをまた自分に繰り返す。


俺はいったい何をしているんだろう、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ