第14話 物語
……いや、何かを期待した俺が間違った。
リュシアの部屋は、すごかった。
壁際にはびっしりと作りかけの剣。部屋の中央には大きな机の上に、鉄片が列をなしてびっしりと並べられている。何十、いや何百もある。制作のための道具や炉もあった。
ここが部屋なのか? 作業部屋じゃなくて?
よく見ると、部屋の奥に寝台があって、それでやっと部屋だというのが分かった。
リュシアが嬉しそうに鉄片たちを指さす。
「何百パターンも鉄を作って――振動で砕けて、あの粉に近くなるものを探したの。そしたらできた」
「すげぇな。帝国王が神託で製造方法を得る白銀鉄だぞ?」
まあ、神託っていうのも怪しいと思っていたが、それでも作れるなんて。
「ネルのおかげだよ」
藍色の瞳が、まっすぐこちらを見ていた。
「え」
「……いや」
リュシアは少し焦ったように首を横に振った。「これが白銀鉄のもとになるの。これを炉に入れて……」
金属の塊を指さし、なめらかに精製方法を話し出す。
適当に相づちを打った。正直、興味はない。
……でも、こいつの話を聞いているのはなんだか心地がよい。トル―シスといるときみたいだ。
ぼんやりとそう思っていると、リュシアが唐突に別の話題を出した。
「そういえばさ、ネルは成人ノ儀、出る?」
「へ?」
そういえば、来年16だった。リュシアも――16だ。
「この森を下ったところにある村の、成人ノ儀に参加しないかって言われてて」
いつも通りの表情だが、その声がわずかに緊張をはらんでいる。
「ネルもでない? 来年の冬にあるの」
「いや、俺は流れ者だから」
苦し紛れな返しに、リュシアはまっすぐな目で言った。
「私は気にしないよ。みんなもネルの参加を歓迎すると思う」
「ま、まぁ……考えておくよ」
……成人ノ儀。
その後にある祭りでは、若者の間で求婚が行われる。
リュシアはどうするつもりなんだ?
「そういえばさ」話題を変えた。「お前、俺の手紙に返事くれたじゃん?」
「……うん。ネルから手紙もらえて、うれしかった」
リュシアがにへら、と笑った。
「返事、いらないから」
わざと冷たく言うのは、心が痛んだ。それを無視した。
「あまり俺たちに関わらない方がいい。今後、俺たちは……この国の厄介者になるから」
◇
「ネル。この村から始めよう。僕が全て責任を引き受ける」
「……分かった」
冬の間、何度も親方とリュシアを交えて話し合ってきたことだった。
「おぉ! あなたが噂の旅人ですね!」
「心強いぜ! 最近近くに東ノ国の兵を見たって情報があってよ」
村に入ると、早速村人たちに取り囲まれた。
村人たちが十分集まった頃合いで、トルーシスは剣を抜いた。
リュシアが作った白銀鉄の剣を。
そして――今まで目深にかぶっていたフードを取り、顔をあげた。
その光り輝く剣と、黒い紋様を見て、村人たちは息をのんだ。
トルーシスは言った。
「これから、この剣の作り方を教えたいと思う」
「……こんなに上手くいくとは思わなかった」
トル―シスが静かに呟いた。その視線は先ほどまでいた村に向けられている。
村人たちがにぎやかに金属を生産する音が、村を離れた今も聞こえてくる。
作っているのだ。
――白銀鉄の剣を。
「……まあ、人は自分の見たいように世界を見るからな」
「確かに」
頷くトル―シスは、もう目深にフードをかぶってはいない。
もう黒い紋様を隠さなくて良くなった。そううまく物語を作ったのだ。
◇
「帝国王。砂紋民の村々でこのような剣が生産されています」
臣下が剣を差し出す。
葡萄酒を片手に女たちと戯れていた西ノ帝国の王は、けだるそうに目を向けた。その瞳がわずかに見開く。
「……なんだこれは。騎士の剣よりも純度が高そうだが」
「黒い紋様の若者が作り方を広めているのです。砂紋民たちはやつを熱狂的に支持していまして」
端的に報告した臣下に、帝国王は怪訝そうな顔をした。
「黒い紋様? 掟で殺されるだろう。それに、呪いの言い伝えもある。なんだったか――」
言い淀むと、傍らにいた女が赤い唇を動かした。
「黒い紋様の砂紋民は、世界を破滅に導く」
「そう、それだ。なぜそんなやつに砂紋民たちがなびく」
帝国王は干し肉を太い指でつまみ、咀嚼した。
「……やつめ、それを逆手に取りました。こう触れ回ったのです――」
臣下は目を伏せ、続けた。
「”自分は西ノ帝国の王家を破滅に導く呪いを受けている”」
「……なんだと?」
帝国王の低い声が響いた。「役人や騎士は何をしている」
「役人は恐れおののき、騎士もことごとく撃退されています。砂紋民はやつを信奉するばかり。しかし、この流れを止めることはできません」
「なぜだ?」
臣下は苦々しげに言った。
「やつは、表向きは東ノ国の敵兵をうち払う”英雄”ですから」
「……クソッ!」
帝国王は酒の杯を投げ捨てた。杯が割れる音に、女たちがおびえたように身を固くする。
「北から第一師団長のガルガリケを呼び寄せろ。来年の春、カタをつけるのだ」
「かしこまりました」
身をひるがえした臣下に、帝国王は思いだしたように尋ねた。
「本当の東ノ国は、どんな剣を作っている? 我が国に追いついたか」
臣下はにっこりと笑って答えた。
「いえ。我が国の方が格段に上をいっていますよ。ご心配せずに」
「そうか。ひとまずはその黒い紋様の砂紋民だな……」
帝国王は呟き、また酒と女に耽っていった。
◇
「うへぇ。ガルガリケがこっちに来るのか。俺あいつ苦手なんだよな~」
軍内の掲示板を見て、ニックがため息をついた。
ガルガリケは、容赦のない戦い方をすることで有名だった。騎士の間では卑怯だとされる、騙し打ちや奇襲もいとわない。ただ勝つことのみを考えるタイプだ。
俺はそれよりも、その下の通達に目が釘付けになった。
”来年の春、歯向かう砂紋民を殲滅する”
凍り付いた俺を見て、ニックがまた、ため息をついた。
屋敷に帰ると、トル―シスの元から、白いハトがやってきていた。
喉を鳴らして俺の腕に止まる。その足には文がくくりつけられていた。
食事もそこそこに部屋に上がり、トル―シスの文を読む。
『今年の冬も森の中で過ごすことにした。ネルは相変わらず素直じゃない。この前も――』
彼らしい、淡白だけれども繊細な文章に心が温かくなる。
俺が騎士団の中でやっていけるのは、トルーシスがいると思えるからだ。
実際に言葉をかわしたのは、最初に会った一回だけだ。
だがなぜか、不思議とつながっている感じがする。
じっくりと読んだ後、また時間を取って返事を書いて、ハトの足に括りつけた。
ハトは夕闇に紛れて羽ばたいていった。
帝都の城壁を越え、はるか彼方の砂紋民の村々まで行くのだろう。
「ねぇ、デイトン。君は今も”文通”を続けているの?」
物思いにふけっていると、突然の声に心臓が跳ね上がった。
後ろを振り返ると、ニックがいた。怒っているような、心配しているような表情を浮かべている。
「まったく、不用心だね。ノックにくらい気づきなよ」
言いながら俺の近くの椅子に座り、いつもの気楽な調子で口を開く。
「彼もよく考えたよね。黒い紋様の呪いを逆手にとるなんてさ」
ニックはちらっと俺を伺った。
「軍も馬鹿じゃない。なぜ俺たちが攻める村に彼がいつもいるのか、怪しむ者も出始めているんだよ」
「……」
「最悪、きみ殺されるよ」
あきれ顔のニック。
「その時はその時だ」
トル―シスも危険を冒して剣の作り方を広めている。騎士や本物の東ノ国との戦いに勝つため。
そして、俺との約束を守るためだ。
ニックは舌打ちをして「……堅物め」と吐き捨てて帰っていった。
ニックは勘づいている。俺とトルーシスとのやり取りを。
「……トルーシス。生きてくれ」
この戦いがどこに向かうのか、どう結末を迎えるのか分からない。
ただ、一つ言えることは――
俺にはなんの力もない、ということだ。
がっくりと寝台に腰を落とす。そして、今まで幾度となく自問してきた問いをまた自分に繰り返す。
俺はいったい何をしているんだろう、と。




