↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/125

第80話 トジン+ジグルステン 5/6

翌日。

目を覚ますとトジンは既(すで)に起き出し、この高台から眼下の戦場を見下ろしていた。変わらず、フローレンス人たちの戦う音が聞こえてくる。

その強い眼差しをした横顔に、わずかに息をのんだ。


「熱心だね」

昨日、トジンの腕の中で泣きじゃくった気恥ずかしさを隠すように声をかけた。


「まあ、まずは観察だよ」

トジンは口の端(はし)をあげて少し微笑(ほほえ)んだ。






数週間がたった。

「何か分かった?」

来る日も来る日も戦場を見下ろすトジンに尋(たず)ねると、トジンは嬉(うれ)しそうにして「お前もここに来い」と隣(となり)の地面を手で叩(たた)いた。


少し距離(きょり)をとって座ると、「恥(は)ずかしがり屋さんだな」と屈託(くったく)なく笑い、戦場を指さした。 


「例えば、あの男。少しやせていて、緑色の服を来た男がいるだろう」

トジンの指さす先を見ると、確かにそのフローレンス人がいた。


相手の斬撃(ざんげき)を巧(たく)みによけ、逃(に)げ続けている。

何をしているのかと思ったら、他のフローレンス人の死体から、剣や武具を拾い集めていた。


「多分あれを集めて金にするんだな。俺が見る限り、あいつは一度も同胞(どうほう)を傷(きず)つけていない」


「他にも、」とトジンは別のフローレンス人を指さした。大柄(おおがら)な男が斬(き)りかかってくる相手を豪速(ごうそく)の剣で倒(たお)していた。


「……こいつは殺してるじゃないか」


「あぁ。でも一日決まって1人だ。そして殺した相手に手を付けずにどこかへ運んでいく。で、興味深いのは」

トジンは真剣(しんけん)な表情でその男を見つめた。「同胞(どうほう)に食い散らかされたフローレンス人の死体を集めている。毎日決まって二人だ。何か意図があるな」


「……」

確かにその男が背負う布袋(ぬのぶくろ)には、ぎゅうぎゅうに死体が入っているようだった。


「でもその二人だけだな。行ってくる。しばらく時間がかかると思う」

よし、と膝(ひざ)に手を当ててトジンは立ち上がった。


「どこへ?」

思わず尋(たず)ねると、トジンは「あの二人と話をしてくる」と笑って、「預かっておいてくれ」と俺に槍(やり)を預けた。

思ったよりもズシリと重い槍(やり)だった。


「馬鹿か。あいつらは野蛮人(やばんじん)だ。話をする前に殺されるに決まってる」

槍(やり)をトジンに突(つ)き返すと、「大丈夫(だいじょうぶ)だ」とトジンは笑って、身軽に崖(がけ)を下り、眼下の大地へと向かって行った。






数日間、トジンは帰ってこなかった。

気がかりな気分を紛(まぎ)らわすように、食料を集めて過ごした。



そして5日目たった夕暮れ時――

トジンは姿を現した。

信じられないことに、フローレンス人たちを連れていた。あの痩(や)せた緑色の服の男と、大柄(おおがら)な男。他にも数人がいた。


楽しそうに談笑しながら歩いていた。


それを見た瞬間(しゅんかん)、全身の血が沸騰(ふっとう)した。


――この裏切り者。


腰に下げていた、爺(じい)さんから受け継(つ)いだ銅剣(どうけん)をギリギリと握(にぎ)りしめた。







トジンは、屈託(くったく)なく笑ってフローレンス人を紹介(しょうかい)した。

「ジグルステン。この優男(やさおとこ)がノーレスリャーン。背が高いのがゼーレンバーニ。んでこの二人はゼーレンバーニの養(やしな)い子のラールニーシャとヒースターレンだ」


ノーレスリャーンが微笑(ほほえ)んで「よろしくお願いします」と律儀(りちぎ)に頭を下げた。

ゼーレンバーニは「よろしく頼(たの)むぜ。俺の子たちとも仲良くしてやってくれ」と握手(あくしゅ)を求めた。

ラールニーシャ――フローレンス人の少女だった――は、「いろいろ教えてね」と笑いかけ、ラールニーシャと同い年くらいの少年、ヒースターレンは「君と仲良くなりたい」とはにかんだ。



全て、無視した。



トジンは困ったように眉根(まゆね)を寄せて、「まあ、ちょっとぶっきらぼうなやつなんだよ」と言った。





夜。

皆(みな)が焚火(たきび)を囲んで、食事を取っている中、俺は一人外れて機を伺(うかが)っていた。


「おい、お前も来いよ―! みんなお前に感謝してるぞー!」

そうトジンに何度も言われたが、無視して銅剣(どうけん)を研いでいた。


フローレンス人は、うまい、うまいと涙(なみだ)して骨髄(こつずい)を啜(すす)っていた。

俺が取ってきた骨髄(こつずい)だ。

トジンに食べてもらいたかったのに。


――信じなければ良かった。

研ぎ続けてピカピカに磨(みが)かれた銅剣(どうけん)を眺(なが)めながらそんなことを思った。






食事を食べ終わると、トジンはしゃぶり尽(つ)くした骨を焚火(たきび)にくべた。

そして、手を合わせて祈(いの)った。


トジンのいつもの習慣だ。食べ物に感謝するのだという。


フローレンス人の皆(みな)もそれにならい、手を合わせた。


――この時を待っていた。

大きな隙(すき)が生まれる、この時を。


すかさず、地面を強く蹴(け)り上げた。

空中で銅剣(どうけん)を振り上げる。

頬(ほお)をきる風。

迫(せま)る敵の顔。


驚(おどろ)いた顔で俺を見るその目と、目が遭(あ)った。

躊躇(ためら)わず突(つ)き刺(さ)した。


ぶすり、と剣が肉に突(つ)き刺(さ)さる音がした。


かはっ、と血を吐(は)く音も。

――急所を外したか。せめて楽に死なせてやろうと思ったのに。


直前で身をひねってかわしたらしい。さすが王とやりあうだけのことはある。


「死ね。フローレンス人と手を組む裏切り者め」

先ほど刺(さ)した剣を引き抜(ぬ)き、もう一度振(ふ)り下ろした。


敵と――トジンと目が遭(あ)った。


悲しそうな目をしていた。


一瞬(いっしゅん)、動きが乱れた。

その間に、フローレンス人――ゼーレンバーニがトジンを庇(かば)った。

剣はトジンには届かず、ゼーレンバーニの手の甲(こう)を貫(つらぬ)く。


「やめろ」

憎(にく)い褐色(かっしょく)の瞳(ひとみ)が俺を見つめ、一言、そういった。


「クソッ!」


フローレンス人に動きを捕捉(ほそく)された。分が悪い。

すぐさま剣を引き、ゼーレンバーニから飛びのく。

こちらに攻撃(こうげき)を加える絶好の機会だったのに、やつはトジンを庇(かば)うようにして、身を低く構えるだけだった。


もう何もかもが腹立たしい。


「お前、フローレンス人のくせに今更(いまさら)いいやつ気取りかよ。じゃあなぜ……なぜ! 昔、俺の仲間が殺される時に庇(かば)ってくれなかった? めった刺(さ)しにされてなぶり殺されたんだぞ。お前らは野蛮(やばん)で残忍(ざんにん)で傲慢(ごうまん)で自分勝手なフローレンス人だ」

ぎらぎらと睨(にら)みつけ、背を向けた。


「首を洗って待ってろ。下のフローレンス人を残らず消してから、最後にお前らを殺《や》ってやるよ。仲間の死体が累々(るいるい)と積みあがる中、最後まで殺されずにいる地獄(じごく)を、お前らも味わえばいい。……偽善者(ぎぜんしゃ)どもが」

眼下の大地へと走り出した瞬間(しゅんかん)、後ろから大きな温かい腕(うで)がガシっと俺の体を抱(だ)きとめた。


「お前の話を一番にもっと聞くべきだった。……ごめんな。ジグルステン」


奥歯(おくば)を強く噛(か)みしめ、そこから逃(のが)れようともがき、叫(さけ)んだ。

「離(はな)せ! 俺の名前を気安く呼ぶなぁぁ!!!」


「……離(はな)さない」

トジンが一層強く抱(だ)きしめた。トジンの体からぬめぬめとした血の感触(かんしょく)がするのは分かっていた。

でも、どうしても自分を止められなかった。


後ろから拘束(こうそく)するトジンに肘突(ひじつ)きを入れ、脛(すね)に蹴(け)りを入れ続けた。

トジンはずっと変わらない強さで抱(だ)きしめ続けた。







疲(つか)れ果て、もがくのを辞めて脱力(だつりょく)するとトジンは「……いい子だ」と言って俺の頭をわしゃわしゃと撫(な)でた。

その手にいつもの力強さがなかった。


「教えてくれ。俺の何がお前をあんな風にさせてしまった?」

トジンはかすれた声でささやくように言った。


「……トジン、手当を」

ゼーレンバーニの声にトジンは首を振(ふ)った。「いいんだ。しっかり話を聞いてやらねぇと」

ゼーレンバーニは心配そうな顔をしながらも、頷(うなず)いて静かにひいた。


しばらくして、トジンの腕(うで)の中で小さく呟(つぶや)いた。

「皆(みな)、フローレンス人にしっぽをふる。下僕(げぼく)になりさがる。だからフローレンス人が調子に乗る。お前もだ」


「俺がそう見えたか、ジグルステン」

トジンのかすれた声。


「……お前がフローレンス人をあの槍(やり)の舞(まい)で打ちのめすと思ったからついてきたのに」


「そうか。ごめんな。期待を裏切っちまった。でも期待してくれてたのか。嬉(うれ)しいな」

トジンが微笑(ほほえ)んだ。

そのいつもと変わらない柔(やわ)らかな笑顔に、思わず本音がぽろりとこぼれた。


「毎日毎日、フローレンス人を殺すことばかり考えてる。そうでもしないとやっていけないんだ」


「お前の状況(じょうきょう)を考えれば、そうなるのも当然だ」

トジンの声が耳元で響(ひび)く。


「でも、爺(じい)さんにやめろと言われたんだ。何度も。何度も。でもやめられないんだ」


「お前はやめたいと思ってるんだな」

また手のひらがわしゃわしゃと頭を撫(な)でた。


「強くなれ。ジグルステン。お前なら憎(にく)しみを克服(こくふく)し、この世界を変えられるはずだ」


「そんなことは……」

言いかけたとき、トジンががっくりと力を失った。

思わずよろけたとき、俺とトジンは馬鹿でかい腕(うで)にしっかりと支えられた。

ゼーレンバーニだった。


「手当てをしよう。手遅(ておく)れになる前に」

ゼーレンバーニはそう呟(つぶや)いて、俺とトジンのやり取りに涙目(なみだめ)になっていたノーレスリャーンを呼んだ。


ノーレスリャーンはぐすん、と鼻をすすり、トジンの手当てを開始した。






    ◇






目をあけると、枕元(まくらもと)にうずくまっていたジグルステンと目があった。

泣きはらしたような涙(なみだ)の跡(あと)がある。


「死ぬと思ったか?」

パッと目をそらした少年が愛おしくて、ついそんなことを聞いた。


「……うん」

素直に頷(うなず)くジグルステンに、なんとも言えず心が温かい気持ちになった。


「安心しろ。お前に負い目を持たせて死なねぇよ」

抱(だ)きしめようとしたが、逃(に)げていかれてしまった。




森の中に逃(に)げるように駆(か)けこんでいくその小さな背を眺(なが)めていると、ゼーレンバーニがぬっと姿を現した。


「トジン、大丈夫(だいじょうぶ)か。ひとまず食って怪我(けが)を直せ」

大きな体をかがめ、椀(わん)に入った汁(しる)を差し出してくる。ほかほかと湯気が立ち、食欲をそそる匂(にお)いが鼻をくすぐった。

森で採れた根菜と、何かの肉がごろごろ入っている。


……この肉は。


恐(おそ)る恐(おそ)るゼーレンバーニの顔を伺(うかが)うと、ゼーレンバーニはふき出した。

「安心しろ。フローレンス人の肉じゃないぞ。鳥の肉だ。ジグルステンが俺らに狩(か)りの方法を教えてくれたんだ」


「……驚(おどろ)いた」

着実にジグルステンは前に向かって進めている。


「すごく嫌(いや)そうな顔をして、しぶしぶって感じだってけどな」

ゼーレンバーニの言葉に、思わず声をあげて笑ってしまった。想像がつく。


「あんまり笑うと傷口に響(ひび)くぞ」

言いながら、ゼーレンバーニも笑っていた。そのときやっと、その大きな手に包帯が巻いてあることに気づいた。


「申し訳なかったな。俺を庇(かば)ってお前も怪我(けが)をしただろう。手は問題なく動くか」


「問題ない。俺らにとってはかすり傷(きず)みたいなもんだ」

ゼーレンバーニはにっこりと微笑(ほほえ)むと、包帯を取った。もう瘡蓋《かさぶた》になっている。


「すごい回復力だな」

思わず嘆息(たんそく)する。「ノーレスリャーンの治療(ちりょう)が良かったんだよ」とゼーレンバーニは笑った。


ノーレスリャーンはかつてノクトゥーラ人の師匠(ししょう)から医術をならっていたという。ノクトゥーラ人とは、スタルトゥス人よりもさらに小柄(こがら)で、医術や薬学に精通していた人類種である。


また、ゼーレンバーニは西の方のフローレンス人の部族の長だったが、他の人類種に対して穏健(おんけん)の姿勢を示すと、部族の皆(みな)に反旗を翻(ひるがえ)され、ここに流れ着いたという。ラールニーシャとヒースターレンは、行き場がなくさまよっていたのを拾ったらしい。


「ジグルステンにも心配されたよ。すごく気まずそうな顔をして『大丈夫(だいじょうぶ)か』ってね」

ゼーレンバーニは笑顔を浮かべ、手に包帯を元通りまいていく。


「それも想像がつくな」

自然に笑みがこぼれる。


「なぜ決まってひとり殺して、死体を集めてたんだ、って聞かれたよ」


「……なんて答えたんだ?」

口もとを引き締め尋(たず)ねると、穏やかな答えが返ってきた。


「隠(かく)さずに答えたよ。殺したひとりは俺らの食料。集めた死体の一部は、灰にして土の肥し、残りは飢(う)えた獣(けもの)の餌(えさ)にしてると。この土地を元の緑豊かな土地に戻(もど)したいことも言った」


「そしたら、あいつはなんて?」

身を乗り出すと、ゼーレンバーニはふっと笑った。


「『馬鹿か』って一言だけだった」


思わず声をあげて笑った。

「大丈夫(だいじょうぶ)さ。ジグルステンの『馬鹿か』には結構愛情がこもっているからね」


ゼーレンバーニは伺(うかが)うように尋(たず)ねてきた。

「なぁ、トジン……お前は俺を軽蔑(けいべつ)しないのか。ノーレスリャーンと違(ちが)って俺は同胞(どうほう)を殺して食っていたし、ジグルステンの言う通り、フローレンス人がこの大地を強奪(ごうだつ)することに、見て見ぬふりをした」


「過去は問題じゃない。今何を思っているか、行動しているかが大事なんだ。ならばお前は生かすにふさわしい。間違(まちが)いない」

真っ直ぐに見つめて言い切り、少し首をかしげてみせた。

「それを言うなら、これから大虐殺者(ぎゃくさつしゃ)になる俺に、お前はついてきていいのか?」


「もちろんだ。トジン」

ゼーレンバーニは俺の手をつかみ、しっかりと握(にぎ)った。






*****

※こぼれ話(引き続き長文です……)

<設定メモ>

・トジン

トジンの父と母は、代々集落で暮らしていた黒紋民(クルム)でした。お互い、族長を多く輩出する家柄でもありました。トジンの父は、”乱ラン”や”刃ジン”の使い手ではなかったものの、優れた狩りの腕前を持つことで有名でした。


ただ、次期族長の座はトルタニスが有力候補でした。トジンの父とトルタニスの関係は悪くなく、トジンの父はそのことを受け入れていました。ですが、トジンの父の両親(トジンの祖父祖母にあたる)は自分の息子こそが族長に相応しいと強く反対し続けました。期待をかけすぎてしまったのです。

次第に、トジンの父はうつろな眼をし、ぶつぶつと何かを呟くようになります。


トジン11歳の頃。ある晩、トジンの父が狂乱しました。

喚きながら自身の父と母を殺してしまったのです。今でいう精神的な錯乱状態であったと思われます。トジンの母は、父のこの殺人に手を貸していました。

トジンの父と母は裁かれました。

黒紋民の部落では、殺人は大罪。追放刑――紋様を炙られ、集落から深い森の奥へと追い出される――に処されました。


トルタニスが厳命したことにより、トジンは集落から、のけ者にされることはありませんでしたが、それでもみな腫れ物に触るようになって、トジンに近寄らなくなりました。

そんな時に変わらない態度を貫いたのが、トリヤです。

トリヤは自分の粗末な家にトジンを招き、二人は一緒に暮らし始めました。


その後、トルタニスやトルナ、トルシカの支えもあり、トジンは明るい性格を取り戻していきます。”乱ラン”の技を身につけることでも、村で一目置かれる存在になっていきます。

ちなみに、トジンがヴァルゼンベルクに始めて会うのは、14の頃です。そのころ、トルタニスも前族長から族長の座を譲り渡されています。


余談ですが、トジンは13になると、ちょっと気恥ずかしくなって、トリヤの家を出て一人暮らしをしています。ですが、夕食はいつも一緒に食べています。あと、トジンとトリヤは同い年です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。