第78話 トジン+ジグルステン 3/6
ひとしきりターレンシェーンと雑談をしたあと、トジンは言った。
「それよりも俺は、お前の方に興味があるよ」
何のためらいもなく出された茶をすすり、「うまいな、これ」と独りごちてから、ターレンシェーンを見上げる。
ターレンシェーンは、フローレンス人の中でも背が高い方だ。座ってもトジンとは頭二つ分くらいの身長差がある。
「どうしてお前、こんなことをやってるんだ? 金にならないだろ。それなのに稼いだ金以上を息子にくれるなんてさ」
思わずターレンシェーンを見ると、僅かに目を見開いていた。
……そうだったのか。内心で驚いていると、ターレンシェーンは静かに言った。
「俺のやっていることを、非難しないのか?」
トジンは肩をすくめた。
「正解なんて分からねぇよ。この世に絶望するスタルトゥス人にとっては、お前は神様さ。裏町じゃここは楽に殺してくれるって有名だったよ」
ターレンシェーンはふっと笑った。寂しい笑みだった。
「どうしてやってるか、か……。少しでもスタルトゥス人のためになることがしたくてな。だが、こんなやり方、間違ってる」
「へぇ」
トジンは目を細めて、頬杖をついた。「お前、惚れた女がスタルトゥス人?」
ターレンシェーンの目が、今度は大きく見開かれた。
「よく分かったな」
トジンは少し得意げに、炊事場を指さした。
「あそこだけいやに小さいからな。この茶も、俺たちの味覚にあわせてくれてるんだろ?」
ターレンシェーンはひとつ瞬きをすると、「そうだ」と頷き、昔を懐かしむような表情をした。
「妻は料理が好きだったんだ。この茶も、おいしい、おいしいと言ってよく飲んだ。俺にはなんの味もしないが」
ターレンシェーンの掌に収まる茶の器。
俺たちにとってはちょうどいいが、ターレンシェーンにとっては小さすぎるはずだ。これも炊事場と同じように妻に合わせた大きさなのだろう。
「忘れられないんだな。分かるよ」
トジンが微笑んだ。
ターレンシェーンは驚いたように顔をあげ、トジンの表情を見て「……ありがとな」と口元を緩ませた。
そして、呟くように言った。
「子どもを望んだのが間違いだったんだ。子を産んですぐに亡くなった。その子も後を追うように亡くなった」
トジンが一瞬黙ってから、大きな声で励ますように言った。
「間違いなんかじゃねぇよ。誰だって愛する女と自分の血をわけた子を望むもんだ。それは、運命の……いたずらだ」
トジンは海の向こうの大陸から3年前に来たと言っていた。
今の反応からして、多分分かってないだろうな、と思いそっと教えた。
「トジン、俺たちとフローレンス人の間には大きな隔たりがある。子はできないんだ」
驚いた様子のトジンに、続けて説明した。
「裏町にたくさんネコがいるだろう。毛並みが茶だったり白だったりするが、どの相手と交わっても子は生まれる。だが、姿形は似ていても、森の中にいる虎は、豹とは子を成せない。それと同じだ」
フローレンス人とスタルトゥス人は全く別の種族だ。
「まじかよ」
トジンは呆然と呟くと、小声で「教えてくれてありがとな」と神妙な顔をして礼を言った。
ターレンシェーンが俺らの様子を見て静かに微笑んだ。
多分親子っていう嘘はバレたな、と思った。
ターレンシェーンは懐かしむように続けた。
「スタルトゥス人の妻は体も小さく、力も弱かったが、驚くほど手先が器用だった。よく繊細な料理や、見事な織物を作ってくれた。多分、俺たちの指が太すぎるのだろう」
ターレンシェーンは自分の大きな手のひらを眺めると、急にこちらを見た。
「ジグルステン、お前もだ。俺はお前ほど巧みに剣を扱えない。いつもスタルトゥス人を楽園に送る時に苦しめてしまった」
……そうだったのか。
内心、新鮮な驚きを持ってこの静かな男を眺めた。
ターレンシェーンは俺たち二人を交互に見つめると、口を開いた。
「行くのか、荒れ狂う南の戦場に」
「あぁ」
トジンが力強く頷いた。俺も曖昧に頷いた。
ターレンシェーンはひとつ頷くと、おもむろに「ちょっと物を持ってくる」と言って部屋の奥へと向かった。
戻ってきたターレンシェーンの手に握られているものを見て驚いた。
それは、剣だった。王が持っているような巨大な剣。
「さぁ、こい。練習相手にはなるだろう」
◇
「いやぁ~、すごかったな。お前の雇い主、相当腕が立つじゃないか」
トジンは上機嫌で、歩を進めている。
今は、王都から出て、南へと向っている道中だ。
「……」
「なんだよ。コテンパンにされたのが面白くなかったのか? ターレンシェーンもその年でその腕なんて、たいしたもんだって言ってただろう。自信持てよ」
トジンが俺の肩をバシバシと力強く叩く。
……それにしても。
トジンは一体どういう神経をしているのだろう。
本当に同じスタルトゥス人なのだろうか。
トジンは、王とやりあったときの舞を舞うような動きをしなかった。
それなのに、あんなに素早く振るわれるフローレンス人のターレンシェーンの剣をかわし、互角にやりあえるなんて。
◇
一方、二人が旅立った後のターレンシェーンの住まいにて。
扉をたたく音にドアを開けて、ターレンシェーンは苦笑いをした。
「どうされたのです、アーシェ。こんなところへ」
「どうしたもこうしたもない。王宮は窮屈で退屈だ。お前と戦っていたころに戻りたい」
アーシェと呼ばれた体格の良いフローレンス人は、2階へどかどかと上がりこむと、相変わらず殺風景な部屋だな、と笑いながら椅子をひいて座った。
「来ただろう。トジンがここに。ジグルステンも一緒か?」
「えぇ。一瞬だけ親子かと思いました」
ターレンシェーンの言葉に「確かにいい組み合わせだ」とふき出したあと、ふと真剣な表情でターレンシェーンを見つめた。
「お前も”獣”の位で終わっていい人間じゃない。”天”を目指せ」
「……もったいないお言葉です、アーシェンヴァーン王」
頭を下げるターレンシェーンに、「その呼び方は辞めろと言っただろう」とアーシェンヴァーン――この国の国王はため息をついた。
そして、力強くターレンシェーンの手を握った。
「この国をなんとかしたい。また力になってくれ」
「まいりましたね」
苦笑しながらもターレンシェーンは「分かりました」としっかりと頷いた。
「やけに素直じゃないか」
驚くアーシェンヴァーンに、ターレンシェーンは微笑んだ。
「あの妙な親子に感化されましてね」
アーシェンヴァーンは微笑むと、一転、表情を暗くした。「彼らは南の戦場を見て、なんと思うだろうな」
ターレンシェーンの顔にも影がおちる。
「えぇ。人口は増え続け、南部では食料をめぐって争いが絶えません。最終的に、”議”は一つの決定を下しました」
アーシェンヴァ―ンは頷き、低く呟いた。
「――戦争による人口減、か」
◇
1か月後。
「ついたな」
トジンは口元を引き締めて眼下を見た。
そこは――血で血を洗う戦場だった。
フローレンス人同士が殺し合い、戦いは泥沼と化していた。
「いや~、すさまじいな」
トジンが苦笑いをして呟いた。
眼下の荒れ果てた土地では、おびただしい数のフローレンス人が戦っていた。
大剣が振り回され、剣と剣がぶつかる轟音が、遠く離れたこちらまで響いてくる。
片腕を斬り落とされ、血を吐きながらも、みな戦い続けている。
そして相手を倒すと――
さっとその死体を安全なところへ運び、その肉を喰らっていた。
死体を互いに奪い合う光景さえあった。
「ふーん。食料、ね……。軍隊らしい統制はないのか」
トジンはつぶやくと、すっくと立ち上がり、茂みから顔をだした。
俺たちはフローレンス人たちからは見えない高台にいた。
「どこに行くんだ」
横目でちらりと見て尋ねると、トジンはニヤっと笑った。
「ま、それぞれの族長と話をしに行ってみるよ。お前はここで待ってろ」
「……これは予想外だった。族長っていう概念すらもないのか」
高台に戻ってくると、トジンは困った顔で夕日を眺めた。
「だから言ったじゃないか。ここのフローレンス人達は原初のままなんだ。群れず、家族単位での行動か、単独行動を好む。都市では文明化が進んでいるけど」
「ここは見放された土地だ、とアーシェンヴァーンが言っていた」
王をまるで友人のように呼ぶトジンに、内心ぎょっとしつつ口を開く。
「知ってる。殺し合いで人口が減ればいいと”議”は結論を出した」
別にフローレンス人のことなんてどうでもいいけど、と付け加えると、「そんな冷たいこと言うなって」とトジンは眉をあげた。
トジンは眼下の荒れ果てた広大な大地を見回した。
どこか物憂げな表情だった。
「餓えってのは酷い。俺の村でも一回あったんだよ。森の木の実や動物達がとれなかった年が。あれは堪えたな」
「どうやって乗り切ったんだ?」
トジンはよくぞ聞いてくれたとばかりに微笑んだ。
「別の食い物を探したな。地面に埋まってる草の根とか、あとはカエルとか昆虫とかも食ったぜ。子どもに優先的に食料が渡るようにして、新しい子どもを作るのも控えたな。妊婦は良い子を産むためにたくさん食べないといけないから」
「こ、昆虫……」
思わず頬がひきつると、トジンは笑った。
「村の娘たちもおんなじ反応をしてたよ。ま、俺らには、トルタニスっていう強力な族長がいたからな。うまくまとめてくれたよ」
得意げな表情を浮かべて続ける。
「ちなみに俺の妻が女で初めてカタツムリを食べたんだ。すごいだろ」
……それは果たして自慢すべきところなのだろうか。
なんと反応すればいいか分からず、「うん、すごいね」と淡白に答えるとトジンはむぅ、と口を尖らせたが、すぐに真面目な顔になった。
「でも、ここはほんとになんもない土地だな。狩場はこの小さな森くらいか。俺たちも飢えないか心配だぜ」
フローレンス人は体格の良い体を維持するために、多くの食料を必要とする。反対に、スタルトゥス人は少しで済む。だが、ここはその少しですら確保が困難だと考えているのだろう。
「食べ物は大丈夫だ。ひとつ手がある」
そう言うと、「じゃあ任せたぜ」とトジンは嬉しそうに笑った。
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※こぼれ話
トリヤは試行錯誤のすえ、カタツムリを上手く調理して、娘むすめや子どもがおびえないようないい感じの料理にした。トジンが惚ほれなおしたことは言うまでもない。




