↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/124

第76話 トジン+ジグルステン 1/6

眼下に燃える一面の紫煙花(シエカ)。

そこにいるトリヤ。


「トリヤ!!!」

助けにいこうとして、ガシっと太い腕(うで)に抱(だ)きとめられた。


「ダメだ。トジン。お前は死ぬぞ」

低い声。大きな体躯(たいく)。トルタニスだ。


「死んでもいい! トリヤを」

もがくが、トルタニスの腕(うで)からは出ることができない。


「ダメだ。戒律(かいりつ)で全滅(ぜんめつ)が定められていることは、知っているだろう。だが」

トルタニスは回り込んで俺の肩(かた)をつかみ、まっすぐ目を見て言った。


「トジン。お前は逃(に)げろ。海の向こうの国へ渡(わた)れ。生き残ってこの大陸を守ってくれ」


あまりのことに言葉が出ず、絞(しぼ)り出すように言った。


「そしたら、トルタニスさんは」

黒紋民(クルム)の族長はふっと笑った。「俺はここでトルシカと一緒(いっしょ)に死ぬ。トルシカがいないと生きていけないからな」

トルタニスは続けた。


「きっとトルシカはトリヤも逃(に)がすだろう。運が良ければ生き延びる。良い伴侶(はんりょ)に出会えば幸せに暮らすこともできよう」


「……別の男と一緒(いっしょ)になるなんて耐(た)えられない」

トルタニスは「いずれ分かる」と肩(かた)を叩(たた)き、「アリヤはラザルに託(たく)したのか」と尋(たず)ね、俺が頷(うなず)くのを見ると満足そうに頷(うなず)き、剣の刃先(はさき)を森の奥深(おくふか)くへと向けた。


「いけ。真っ直ぐ1か月、全力で走れ。そうすれば”海”につく。その先に国があるはずだ」


トルタニスは族長の羽織を脱(ぬ)ぎ、俺の肩(かた)にバサリとかけると、虎(とら)の牙(きば)の首飾(くびかざ)りまで俺の首にかけ、微笑(ほほえ)んだ。

「良く似合う。トジン、受け継(つ)いでくれ」


「ダメだ。俺にはまだそんな資格は――」


言葉を遮(さえぎ)り、トルタニスは俺の頭に手を置き、わしゃわしゃと撫(な)でた。


「トジン。お前はずいぶん前からすでに立派な族長だった。もう後ろを向くな。前だけ見て、しっかり生きろ。頼(たの)んだぞ」

強く抱(だ)きしめられた。


「さあいけ」と背中を強く押(お)されて、俺は走り出した。






    ◇◇◇






ただ、祈(いの)っていた。

スタルトゥス人がこれ以上貶(おとし)められないことを。

そして――この命が燃え尽(つ)きるとき、それは火花を散らすようであってほしいと。


ろうそくの炎(ほのお)のように静かに消えたりはしない。爆薬(ばくやく)のように盛大に周囲に己の存在を知らしめる。


そんな叶(かな)いもしないことを、毎日祈(いの)っていた。


祈(いの)り終えると、いつものように、爺(じい)さんの爺(じい)さんの、そのまた爺(じい)さんが残したという遺品を見る。


複雑な紋様(もんよう)の入った、濃紺色(のうこんしょく)の民族衣装。動物の牙(きば)が幾重(いくえ)にも連なった首飾(くびかざ)り。

この大陸のものではない不思議な遺品。

だが、妙(みょう)に心を惹(ひ)かれるのだ。


それらは、地下深くの洞窟(どうくつ)の壁(かべ)に飾(かざ)られている。

他の誰一人(だれひとり)として知らない、静寂(せいじゃく)な空間。

昔はここに多くの人が祈(いの)りに来たんだ、と既(すで)にこの世にいない爺(じい)さんは寂(さび)しそうに言っていた。


遺品の中の一つ――毎日手入れを欠かさない銅剣(どうけん)を他人から見えないように懐(ふところ)に入れる。


複雑で迷路のような地下を進み、外へと出た。

混沌(こんとん)とした魔窟(まくつ)へと。



「ハイ、今日もお願いね~」

目当ての場所につき、列にならぶと、フローレンス人の男が、上半身裸(はだか)の俺らに、ペタ、ペタと札を貼(は)っていく。


仕事の始まりだ。


ひたすらに家畜(かちく)を殺し、さばき、肉にする。

今日は牛の日だった。せめて楽に殺してやる。


だが、一つ間違(まちが)えれば、牛は暴れだし、手が付けられなくなる。

そうすれば、こちらが死ぬ。

今日も何人かが死んだ。


「助かったよ。お前、殺すのうまいな」

仕事を終えて外に出ようとすると、30代くらいの男が声をかけてきた。同じスタルトゥス人だ。

みなが精気のない目をして働いている中、やけに穏(おだ)やかで悟(さと)った表情をしている。


「最後に楽できたぜ。他にも仕事場はあるのに、ここで働いているのか」


「まあな。金がいるんだ」


「まだ小さいのにたいしたやつだな。ありがとよ」

男は「頑張(がんば)れよ」と俺の肩(かた)を叩(たた)くと、今日稼(かせ)いだなけなしの金を俺の手に握(にぎ)らせた。


――あぁ。こういうやつは、たいてい決まっている。


仕事場からの出口は2つあり、選べるようになっている。

1つは、普通(ふつう)に外へとつながる出口だ。ひたすらにこの生活を続けるという地獄(じごく)。

もう1つは、死という楽園。


男は楽園の方へと並んだ。

「おい」

声をかけると男はふっと笑った。

「お前はまだ幼いから夢を見れるだろうが……もうこの年になるとダメなんだよ」

男を止めることは出来なかった。




夜。

混沌(こんとん)の中を歩く。

あちこちでおこる喧嘩(けんか)。客引きをする女。怪(あや)しい薬売り。

構っている暇(ひま)はない。


目指す目的地についた。

扉(とびら)を叩(たた)くと、巨大(きょだい)な体躯(たいく)の男が顔を出した。

「待ってたぜ、ジグルステン。今日は多いぞ」

フローレンス人の寡黙(かもく)な男――ターレンシェーンは低い声で言い、部屋の奥(おく)とこちらをわけている黒い幕を静かに引いた。


裸(はだか)のスタルトゥス人十数名が静かに座っていた。男も女もいる。鎖(くさり)でつながれていないが、騒(さわ)いだりはしない。

みな、穏(おだ)やかな表情で”楽園”へ行くのを待っているのだ。


「そうか」

家畜(かちく)を殺す時と同じ刃(やいば)を手に取った。

今日、仕事場で言葉をかわした男の顔があった。







全てを片付け、大きく息を吐(は)くと、ターレンシェーンはそっと肩(かた)を叩(たた)き、金をくれた。


4、5人のフローレンス人たちがどやどやと入ってくる気配がした。

「何人だ?」 「16人か」 「質は……そこそこだな」

物騒(ぶっそう)な会話をかわし、ターレンシェーンと取引をし終えると、ドカッとテーブルの椅子(いす)に腰(こし)を下ろし、肉を食らいながら酒を飲み始めた。


部屋から出て行こうとすると、1人のフローレンス人の男が目の前に立ちふさがり、じろじろと俺を見下ろした。

「へぇ。ターレンシェーンが言ってたのはお前か? よくやるよな」

かすかに嘲(あざけ)りの色が混じる声。わざとらしく首をかしげてやつは続けた。


「金のためか? その年じゃ女に使うってわけでもないだろうに」

テーブルで酒を手にしていたフローレンス人たちが笑い声をあげた。


「おいおい、知らないのか、カーレスリェーン?」

無駄(むだ)に流麗(りゅうれい)な響(ひび)きのフローレンス人の名。「こいつは仇討(あだう)ちのために金がいるんだよ」


俺に仕事をくれるターレンシェーンはこういう時には決まって黙(だま)り、会話に加わらない。


「仇討(あだう)ち? 誰(だれ)の仇(あだ)だ? で、誰(だれ)を狙(ねら)ってるんだ?」

カーレスリェーンが面白そうに口の端(はし)をあげる。


「爺(じい)さんを殺されたらしい。で、狙(ねら)いはなんと! この国の国王だ」

仲間の言葉に、やつらは一瞬(いっしゅん)目をしばたたかせたあと、ふき出した。


「む、無理に決まってるだろう! スタルトゥス人がフローレンス人を殺すなんて!」

腹をかかえて笑っている。


「……」

無言で戸口へと向かった。

金はもらった。ここにいる意味はない。


「また行くのか? 中央に」

静かなターレンシェーンの声に、「当然だ」と答えて歩を進めた。





   ◇





ひそひそとささやき声が聞こえる。

「来たぜ」 「またあのガキだ」 「懲(こ)りないよな」


ざわめきを無視して、ただこれからのことだけに意識を集中させる。


門番は手のひらを差し出した。

「金10枚、よろしくね」


「……」

無言で、懐(ふところ)から袋(ふくろ)を取り出し、今まで貯めていた金を全部ぶちまけた。


「よし。いけ」

門番は金を数えてニヤリと笑うと、門を開けた。「お前も懲(こ)りないな。そんなに楽園へ行きたいのか」


「違(ちが)う。王を地獄(じごく)へと引きずり込む」

門番はふん、と鼻で笑った。「できるならやってみるんだな」





金10枚を集めたスタルトゥス人が他にもいた。

皆(みな)、ギラギラとした目で王を睨(にら)んでいる。


――冷静さを欠くと、負ける。

爺(じい)さんが言っていたことを思いだし、静かに深く息を吸って吐(は)きだす。


周りの観衆――フローレンス人の観衆たちだ――から歓声(かんせい)が沸(わ)き上がった。


……きた。

フローレンス人の王。

アーシェンヴァーンだ。


俺の倍近くはあるかという身長。

長い手足。筋肉の盛り上がる、鍛(きた)え上げられた肉体。

銀色の髪(かみ)に、光る褐色(かっしょく)の瞳(ひとみ)。


輝(かがや)く金の王冠(おうかん)を戴(いただ)き、緋色(ひいろ)の荘厳(そうごん)な羽織を纏(まと)ったアーシェンヴァーンは、地面に俺の身長ほどの巨大(きょだい)な剣をドン、と突(つ)き立て、低い声で言った。


「さぁ、来い。我に歯向かう者たちよ」


周りのスタルトゥス人が顔をゆがませ、粗末(そまつ)な剣を握(にぎ)りしめると、いっせいに王に向かって突撃(とつげき)した。

「親の仇(あだ)だ!」「俺たちの村を返せ!」「娘(むすめ)の苦しみを思いしれ!」

そんな声が聞こえた。


……まだだ。

邪魔(じゃま)が消えてからだ。


俺はその場でただ目を閉じてじっと立ち、スタルトゥス人が次々(つぎつぎ)と斬(き)り殺されていく音を聞いていた。


――しずかに、なった。

ゆっくりと瞼(まぶた)をあげ、銅剣(どうけん)の鞘(さや)を払(はら)った。


「あっけないものだ」

王は低い声で呟(つぶや)き、剣をブン、と大きく振(ふ)って血を払(はら)った。


一歩、俺が近づくと王はこちらを振(ふ)り向いた。


目が遭(あ)った。

ゆっくりと王が笑った。


「またお前か。懲(こ)りずに私の命を狙(ねら)いに来たか」


答えず、全身のばねを使って飛びかかった。

迫(せま)る王の巨体(きょたい)。頬(ほお)をきる空気。


落ち着け。全身の意識を集中させ――


目を狙(ねら)え。


一閃(いっせん)した刃(やいば)が王の褐色(かっしょく)の瞳(ひとみ)に届く。

そのすんでのところで、王の剣が俺の剣をはじき返した。


……チッ。


大きく体勢を変え、後ろに飛びのく。

初手をかわされると分が悪い。


「驚(おどろ)いた。前よりもうんと速い」

王の言葉に反応している暇(ひま)はない。もう一度全力で跳(と)ぶ。


王はなんなく体をひねってかわし、背後を取ると、俺の背を拳(こぶし)で殴(なぐ)った。


「……!」


息ができないほどの衝撃(しょうげき)をくらい、地面に倒(たお)れ伏(ふ)す。

観衆が喝采(かっさい)をあげている。


「ジグルステン。私が何をしたのだ。愚(おろ)かな復讐(ふくしゅう)に身を焦(こ)がすのはやめ、この国の発展に尽(つ)くせ」


ペッと血を吐(は)き、王を睨(にら)んだ。褐色(かっしょく)の瞳(ひとみ)が静かにこちらを見返してくる。


「気安く名前を呼ぶな。このクソくだらねぇ世界を作った罰(ばつ)だよ」

息もたえだえに言うと、王は「そうか」と呟(つぶや)き、俺の背に再び蹴(け)りを入れた。


かわそうとしたが間に合わず、脳天まで響(ひび)く衝撃(しょうげき)が体を貫(つらぬ)いた。










……?


目を開けると、王の宮殿(きゅうでん)は、異様な空気に包まれていた。

歓声(かんせい)と悲鳴をあげつつ、食い入るように視線を向ける観衆。


剣を振(ふ)るう王。

信じられないことに、口元にどこか楽しげな笑みを浮かべている。


え。


王と戦っている相手を見て驚(おどろ)いた。

小柄(こがら)な体躯(たいく)。細い体。スタルトゥス人だろう。

細長く、先端(せんたん)に刃物(はもの)がついている不思議な武器を持っていた。


首には、虎(とら)の牙(きば)の首飾(くびかざ)り。

着ているのは、濃紺色(のうこんしょく)で染められた不思議な紋様(もんよう)の刺繍(ししゅう)の入った服。


はっとした。

洞窟(どうくつ)の遺品と似ている。


彼は、明らかにスタルトゥス人なのに――

フローレンス人と拮抗(きっこう)する戦いを繰(く)り広げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。