第67話 ヴァルゼンベルク 4/6
半年後。
「トルタニスさんとが良かったなぁ」
トジンが口をとがらせながら先を歩く。
「それを言うなら俺もトルナとが良かった」
言い返すと、トジンがハァ~とわざとらしいため息をついた。
トルタニスが笑いをかみ殺しているのが分かる。
トルナがトジンの肩を励ますように叩いた。
「まあ、トジンはこの短期間ですごく成長したよ。もう少しで追いつくよ」
「……! ほんとっすか?」
トジンは師匠に褒められて嬉しそうだ。
反対に、トルナの顔色はさえない。いつもと変わらないように見えるが、少し顔が強張っている。
集落に降りるのが不安なのだろう。戦いのために集落に降りると決まってから、ずっとそうだった。
トルナはどのような扱いを受けてきたんだろう。
何度か下界の村に降りたこともある、とトルタニスが言っていたことを思いだした。
物思いに耽っていると、何を勘違いしたのか、トジンが背を伸ばして俺の肩を叩いた。
「初めての集落が心配なんだろ? 大丈夫さ。俺が上手くやってやるぜ」
「貴重な戦力を連れてきた。批判は許さない」
トルタニスが集落のみなの前で告げると、やや不満げな顔を浮かべながらも黒い紋様の砂紋民たち――黒砂民と呼ぶようだ――は口を閉ざした。
ちょうどこの日は近隣の森から他の族長が来ているという。
情報交換をするためにトルタニスとトルシカが席を外すと、集会場に集められた黒砂民たちはひそひそとお互いに話を始めた。
俺とトルナを好奇や軽蔑の目で見ている。
どう口火を切るか、と考えた時、トジンがすくっと立ち上がった。
みながトジンを見つめる。
トジンは十分にためを作った後、俺を親指で指し示し、口を開いた。
「こいつ、強いぜ」
その短い言葉は驚くほどの威力を発揮した。
特に男たちの目線から敵対心が消えていくのが分かった。
だが、その分トルナに非難が集中した。
――低俗な茶紋民だ。 なぜ戻ってきた? 男を誘惑して取り入ったのかしら……
そんなざわめきが大きくなる。
……なぜ。
こんな扱い、まるで――。
思いだした。
謀反人の息子だと周囲から蔑まれ、過ごした日々を。
心を無にし、ただ必死に強くなりたいと願い、鍛錬した日々を。
トルナも同じような目に――、いや、俺以上に酷い。
この黒砂民の閉ざされた社会では、帝都とは違い、逃げ場がないのだから。
トルナがうつむき、頭を抱えるように巻き毛の髪をぎゅっと握るのが見えた。
トジンが拳を握りしめ、必死に反論をする。もう一人、白い髪の少女も同じく反論したが、まったく皆の耳に入っていないようだった。
「おい」
低い声で、ドンと足音を立てて立ち上がると、場が静まった。
黒砂民は比較的小柄だ。皆を見下ろすような格好になった。
袖をめくりあげ、紋様を見せた。
「俺にも茶褐色の紋様がある。ならば俺を同じように罵倒してもいいはずだ」
静まり返る黒砂民たちを見渡し、口を開いた。
「なぜ俺には面と向かって言わない? トルナだからいいと思ってるのか?」
トルナが、「……いいよ」と俺の服の裾を引っ張ったが、無視をした。
「なんだよ。帝国人かぶれが」
一人の村人が苛立ったように立ち上がり、剣を抜いた。
そして乱闘が始まった。
「分かったか。今度トルナを批判したら同じ目にあわせるからな。それくらいの覚悟を持て」
最後に長老を倒して、体中に刺さった矢や楔を強引に体から抜きながら言うと、集落のみなが沈黙した。
向かってきた男たちを全員叩きのめすのは、あっという間だった。
だが厄介なのは年配の老人たちだった。
矢はまだいい。意味の分からない投げ道具や飛び道具、さらには毒まで駆使してきて、確実に俺の命を狙って攻撃してきた。
トルナをトジンに預け、ひたすら戦った。
高かった日が赤くあたりを染めるころになっても決着がつかず、夜になると倒した男たちも息を吹き返し、戦いは一掃混迷を極めた。
黒砂民はかなり夜目がきく。
なんとか朝まで持ちこたえ、朝日が登って視覚の不利がなくなったとき、ようやく全員を倒すことができた。
地面に伸びている男の一人が、悔しそうに俺を見つめて言った。
「なぜそこまでする。あの女がそんなにいいか」
「帝都では女の好みが違うのさ。トルナは最高の女だ。強く、美しい」
一切のゆらぎもなく答えると、みなが苦笑した。
「とりあえず、この馬鹿を黙らせるために、もうトルナを非難するのはやめようぜ」
トジンの言葉に全員が頷き、続々と集会場から帰り始めた。
「来て。手当てをするよ」
トルナが泣きそうな顔で服の裾を引っ張った。
「……馬鹿。弱いくせに」
トルナが傷口の一つ一つを綺麗に消毒して、薬を塗っていく。
熱を帯びた痛みが楽になり、とても心地よい。
「そうだな。きみなら一瞬で倒せたのかな」
冗談めかして言うと、トルナはううん、と首を振った。
今日のトルナはとてもしおらしい。
「ずっと倒せなかったの。無理だと決めつけてた。耐えるしかないと思ってた」
トルナがくしゃっと髪を握りしめてうつむいた。癖なのだろうか。
「でもあなたが倒してくれた。……あなたが一番強かったんだ」
トルナが傷口に包帯を巻き終えた。
この時を待っていた。
「やっときみに認めてもらえたかな」
トルナが首を振った。
「分からない。どうして私なんかにここまで――」
抱きしめた。
僅かにトルナが体を引くそぶりを見せたが、逃げる隙は与えなかった。
「いいかげん、分かってよ。俺の気持ち」
耳元でささやくと、トルナは俺の腕の中で小さくなってぼそぼそと聞いた。
「なんで?」
「さあ? いつかの日に言った。きみだって前から、俺の足元に投げ針を投げてたじゃないか」
「それは……」
トルナは恥ずかしそうにうつむいた。
「まったく、たいした男だ」
隣の森の族長との話が終わった後、トジンからの報告を一部始終聞いて、トルタニスは感嘆したように呟いた。
「長老たちまで倒すとはな。俺も出来なかったことだ。外地から来た者は違うな」
その声には羨望の色も少し混じっていた。
「あぁ。まじですごかったよ。みんな最後は引いてたよ」
トジンが笑いながら続けた。「引いてなかったのはトルナくらいかな」
「良かった。本当に。トルナに彼のような男が現れて」
心底安心したように呟くトルタニスに、トジンは「だな」と笑いかけた。
◇
「傷は良くなったみたいだな。トルナに看病してもらった甲斐があったんじゃないか?」
トジンの軽口に、「そうだな。トルナが最高の薬だったよ」と直球で返してみたら、思った通りトジンは沈黙した。
「それより、頼りにしてるぞ。よろしくな、相棒」
トジンの肩を叩くと、「なれなれしく頼りにするなよ」と迷惑そうな視線が返ってきた。
集落に下りてから2週間後。
帝国兵がこの森に攻めてきた、という情報が入った。俺とトジンに、初めて”組み”として戦う機会がやってきたのだ。
しばらく、草むらに潜んだ。太陽が昇っていく。
「もうすぐ、頃合いか」
トジンがやや緊張した表情を浮かべている。初めての戦いだ。当然だろう。
「――来た」
トジンが槍をぐっと握りしめた。
「手はず通りに」と言い、トジンは帝国兵の方へと、俺は森の中へと向かっていった。
トジンは見事な槍さばきだった。
縦横無尽に振るう槍は、敵の帝国兵を撹乱する。
トジン一人を、何十人もの敵兵が取り囲んでいるが、敵兵たちは苦戦している。
それだけではない。トジンの槍は風を起こし、森の木々をざわめかせる。
木の葉が跳び、砂が舞い、その影響は森全体に及ぶ。
よし。いい頃合いだ。
静かに足を運んだ。
トルタニスに言われたことの全てを思い出しながら。
森の木々のざわめきがよく聞こえる。そのざわめきに自分の足音を同化させる。
そして気配を殺し――
舞うようなトジンの槍が、ぐっと地面に近づいた。
「来い」と言っている。
その瞬間、俺は跳んだ。
高く、高く跳び――振り下ろす力のまま、剣を薙ぎ払う。
相手の剣を割ってはダメだと言われた。ただ、首筋を狙う。
背後から斬られ、何が起こったか分からぬままに敵は絶命した。
そして、そのことに他の兵たちは全く気づいていない。
トジンの槍に気を取られているからだ。
すぐに気配を殺して横に移動する。
トジンの槍は舞を舞い続ける。その穂先が、今度は高く切り上がった瞬間、跳んだ。
同時に剣を一閃させる。
跳びあがるときに1人。着地する時にもう2人の敵を倒した。
……これは恐ろしい。
恐ろしい力だ。怖いくらいに人を倒せる。
そうやって俺たちは半日余りで、森へと攻め入った敵、100人弱を倒した。
「ありがとな」
ぐったりしたような表情で集落へと帰りながら、トジンが言った。
「何が?」
聞き返すと、「とぼけるなよ」とトジンが口を尖らせた。
「俺の槍の動きが乱れたとき、助けてくれただろ」
分かっていたのか、と思った。
トジンの槍が初めて敵兵の胸を貫き――返り血がトジンの顔にかかったとき、トジンが一瞬凍り付いたのだ。
その一瞬は、通常の戦いであれば何も問題のないものだった。
だが、今回のように大勢を相手にしている時には、致命的だった。
一瞬のうちに敵兵数人がトジンの首を狙って剣を振るう。すかさず俺は跳んで、トジンをかばい、敵兵を斬った。
「なんで対応できたんだよ」
「俺が初めて人を殺したときもそうだったから」
トジンはすごい。
俺は一晩中手の感覚が消えず、吐き下したのに、すぐに立て直した。
トジンは足を止めた。
「何歳のとき?」
「13の頃だ。そこから数えると、もう数えきれないほど殺した」
「今日を除いても?」
トジンが伺うように尋ねた。
「今日を除いても、だ」
「……すごいな」
トジンがぽつりと呟いた。
「すごくはない。それは”強さ”ではなかった」
トジンが怪訝そうな顔をする。
「ただの私怨だ」
トジンがそんな言葉を知っているか分からなかったが、そうとしか表現できなかった。「トルタニスやトルナこそ、真の”強さ”だ」
攻め入ってきた敵を次々と殺していく。
トジンの手前、平然を装っていたが、戦闘中は気を張っていて麻痺していても、今になって自分が多くの人を殺したことを実感し、発狂しそうな感覚に陥った。
敵、といっても命令されて仕方なく戦っている者も大勢いた。
恐怖を顔に浮かべる彼らを、俺はことごとく斬っていった。
トジンが、”刃”ではなくて良かったと思った。いきなりこんなに人を殺したら気が狂ってしまうだろう。
トジンは俺の思いを知ってか知らずか、頭を下げ、珍しく素直な口調で言った。
「俺はお前もすごい強いと思ってるよ。”刃”をやってくれてありがとな」
「いや。お前がいたから戦えたんだ」
トジンの肩に腕を回し、抱きしめた。トジンも俺にぎゅっとしがみついてきた。
身長差を埋めようと懸命に背伸びをする姿が愛おしかった。
以前、トルタニスがトルナを唯一無二の存在だと言っていた理由が分かった。
一度戦いを乗り越えたら、”刃”と”乱”は耐えがたい絆で結ばれる。そうならざるを得ない。お互い、命を預けあっているのだから。
「……どうだった」
族長の屋敷に戻ると、トルタニスは気遣うような視線をこちらに向け、やわらかく尋ねた。
俺は、心底この男をすごいと思った。トルタニスは今日、俺らと同じように戦っているのだ。
「そうだな、正直疲れたよ」
思わず本音を漏らすと、トルタニスは「そうだろう」と呟いて、俺の肩と、トジンの頭に手を置いた。
大きな、温かい手だった。
「よくやった。心から感謝する」
トルタニスの言葉に、こらえきれずにトジンが涙を零したのが分かった。
不覚にも俺も涙腺が緩んだ。それくらい、なぜか大きな安心感に包まれた。
「今日はゆっくり休め。酒と食事を用意してある。好きなだけ食え。……それと、トジン」
トルタニスはささやくように言った。「まだ成人前だが、今日はトリヤと一晩中過ごしていいぞ。トリヤにも拒まないように言ってある」
「えっ」
トジンが凍りつく。
トリヤ、というのはいつもトジンが目で追っている白い髪の娘だ。たしか、皆がトルナを罵倒したときに唯一立ち向かっていた。
トルタニスはわしゃわしゃとトジンの頭を撫でた。
「戦う者の特権だ。生をすり減らしているからな。……女の温かさは時にとても慰めになる」
トルタニスがそんなことを言うのが意外だったが、そうでもしないと、とてもやっていけないのだとも思った。
「……っ、別に慰めなんて」
トジンがトルタニスの掌から逃れた。
トルタニスは俺の方を向いた。
「トルナは戦いの時は一人になるんだ。明日も戦いがあるからな。他の女を用意するか?」
トジンがぎょっとした顔でトルタニスを見た。
苦笑して、首を振った。
「魅力的な提案だが、断る」
「そう言うと思った。さすがだな」
トルタニスがにっこりと笑った。
明日の戦いは、トルタニスとトルナだけで十分だという。
俺はその晩、死んだようにぐっすりと眠った。




