第6話 頼みの綱
シュラクの街から東にある、村長ヌガルの村。
俺たちは村につくや否や、でかい屋敷の広間に通された。
「おぬしらがアトスの村の生き残りか」
大きい図体に、太い剣を佩いた村長が、俺とトルーシスをじっと見つめた。その後ろには、屈強な村の男たちも勢ぞろいしている。
トルーシスは先ほどからフードを目深にかぶり、俯いている。
村長は腕を組んだ。
「隣の村が滅ぼされた。近いうちに敵が来るだろう。情報がほしい」
鋭い目を光らせる。「どうだった。東ノ国の兵は?」
静まりかえる広間の中、俺は口を開いた。
「やつら、白銀鉄の剣を持っていた。それも、俺達よりも強い剣を」
言い終わった途端――ドッと笑いが弾けた。
「あの弱小の東ノ国だぞ?」
「我が帝国を真似るしか脳のない、属国ではないか」
村の男たちが嘲笑する。
「油断は禁物だ! 本当にそうだったんだよ!」
言い返したが、村長は余裕の笑みで一蹴した。
「我らは銀印会製の剣を50本揃えてある。見よ」
得意げに広間の奥を示す。そこには、大量の剣がずらりと並んでいた。
――銀印会製の剣。
市場で出回る白銀鉄の剣の中で、最も質が良いとされるものだ。
……すげぇ金ある村だな。
そう思った。
「して、そちらの者は?」
村長が訝しげにトルーシスに視線を向けた。
「こいつは強い。騎士を一瞬で倒せる。加勢させてくれ。この村にとっても悪い話ではないはずだ」
共に戦い、敵の情報を掴みたい。
「ほう。顔を良く見せてくれ」
村長はトルーシスの前にしゃがみこんだ。
トルーシスは躊躇ったが、村長の圧に負け、フードをぱさりととった。
とたんに、空気が一変した。
「呪いだ!」 「なんと不吉な!!」
皆が黒い紋様を示して騒ぎ立てる。
「やめろよ、みんな!」
1人だけ立ち上がった村人がいた。
その顔を見て――はっとした。
……ルカさん?
「よぉ、ネル。大きくなったな」
ルカさんはこちらにやってくると、俺の頭に手を置き、皆に言った。
「俺はこいつを知ってる。こんな見てくれだが、信頼できるやつだ。今は村に1人でも戦力が欲しいだろ。それに――」
ルカさんはぐるりと皆を見渡した。
「エトスは迷信なんか信じなかったぜ」
エトスさんはこの村とも親交があり、ルカさんはエトスさんの親友だった。
しばらく重苦しい沈黙が続いたあと、村長の隣に座っていた男――副村長だろうか――が口を開いた。
「……そうは言っても、戦いの前に村に黒い紋様を招くのは不吉すぎる」
村人たちは口々に同意し、腫れものを触るような視線をトルーシスに注いだ。
村長はため息をついた。
「申し訳ないが、村を去ってくれ」
◇
「なんか、お人よしだよな、お前」
俺の言葉に、切り株に腰かけたトルーシスはバツが悪そうな顔をした。
ここは村長ヌガルの村がギリギリ見えるくらいの森の中だ。
東ノ国の軍勢がくるのを待って、もう3日になる。
「悪い。僕のわがままにつきあわせて」
「気にすんなよ」
あれだけ酷いことを言われたのに、こいつは村が危なくなったら助けに行くつもりだという。
俺も行動を共にすることにした。この際、一人でいる方が逆に怖い。
あたりが暗くなったころ――
「……来た。まだ遠いけど」
トルーシスが静かに立ち上がった。
こいつの目と耳の良さに感謝した。普通は、こんなに早く気づけないだろう。
トルーシスは古びた短刀を懐から取り出した。
鞘に収まったそれは、よく手入れされている。
「行こう、ネル。僕から離れないように」
「言われなくても」
俺たちは村に向かって走り出した。
◇
ネルの言っていた通りだ。
――これほど白銀鉄の剣が無力だとは。
先ほど、村長が倒された。
あの村長が倒されるなんて。
村の皆は、総崩れになっていた。
敵に剣をことごとく叩き割られ、絶命していく。
「ルカ! ぼーっとするな!」
副村長の怒号が響く。
はっとして、頭上に振り下ろされた敵の剣を、とっさに自分の剣で受け止めた。
――まずい。壊れる。
一瞬、剣が砕け散る幻影が見えた。
だが、鈍い音を立てただけで、剣は何とか持ちこたえた。
敵兵は一瞬、動きを止めたが、先ほどより鋭く剣を振り下ろした。
――今度こそまずい。
そう思った、その時。
キイィン! と小気味よい音が響き、敵の剣がはじかれた。
古びた短剣を握り、俺と敵の間に飛び込んできた者。
その顔を、忘れるはずもない。
ネルと一緒にいた、顔にまで黒い紋様を持つ青年だった。
彼は大きくあいた相手の懐に入り込み、みぞおちに手刀を叩き込んだ。
一瞬の早業。
武芸の技のように洗練はされていない。
どこか野性的で、荒々しさのある動き。
敵がドサリと膝から崩れ落ちる。
「……いける」
そう呟くと、瞬く間に周りの敵兵を倒し、まるで獣のような速さで敵陣の奥へと走っていった。
「ったく、自分から離れるなと言っておきながら」
不満そうに呟きながら、小柄な人影が姿を現した。ネルだ。あたりをぐるりと見渡して呟く。
「……ルカさん以外、全滅か」
見れば、副村長も敵の刃に倒れていた。
「あぁ。俺は奇跡的に剣が持ちこたえた」
自分に回ってきたのは、銀印会製じゃない、黒ずんだ白銀鉄の剣だった。
質の悪い剣だと思っていたのに。
「安全なところに身を隠すぞ」
ネルは俺を近くの茂みの中に引き入れた。気づかぬ間に腹に深い傷を負っていたようだ。
滴る血にぎょっとしていると、手早く簡単な手当てを施してくれる。
「ありがとう。あの青年は、何者なんだ?」
あの強さと身のこなし。普通じゃない。
「さあな。あんまり話してくれないんだ」
ネルは気楽な調子で答えると、くるりと背を向けた。
「どこへ行くんだ?」
「決まってるだろ。あのバカを追いかけるんだ」
言葉とは裏腹に、バカ、とよぶ声には親しみがこもっていた。
◇
……まずいな。
トルーシスを追いかけていた矢先、敵兵と鉢合わせた。
敵がいなそうな道を選んで迂回したはずだったのに。
黒いマントで覆った体に黒い覆面。
不気味なほど黒づくめな敵兵は薄く笑うと、剣を抜きはらった。
「昇進の道具がきたな」
何かがひっかかった。
声に、覚えがある。どこで聞いたんだ?
――そうだ、娼館だ。
娘に乱暴をしていた男と声が似ている。
……駆け、だな。
どっちみち正攻法では勝てない。
俺は剣を放り投げ、その場に膝をつくと、 地面に額をこすりつけた。
「頼む! 殺さないでくれ! ミレーを迎えに行く約束をしているんだ!」
「ミレー?」
覆面から唯一見える敵の目が眇められた。
「あぁ。シュラクの街にいる。将来を誓い合ってるんだ」
目が見開いた。
「お前……」
明らかに嫉妬のこもった声と眼差し。
……本当にあの騎士なのか。
が、じっくりと考えている暇はなかった。
「あいつは俺のものなんだよ! 死ね!」
怒号と共に白銀鉄の剣がひらめく。
パッとかわし、剣をひらめかせて飛びかかったが、あっけなく蹴りとばされた。
地面に転がり呻く中、続けて蹴りをいれられる。
「苦しめ」
敵の目が血走っている。
……本格的にまずい。
この状況では、腰にさしているトルーシスから買ってもらった白銀鉄の小刀を有効活用できない。
何か他に使えるものはないか――そう思って懐を探ると、ひんやりした金属の手触りがした。
リュシアからもらった金属片だ。
頼みの綱はこれか。
思わず心の中で苦笑いをした。
蹴りの合間をぬって、懐から金属片を取り出す。
「頼む、これをミレーに渡してくれ……」
「は? なんだこれ?」
敵が金属片を見てあきれた声を出す。
当然だ。
指輪でも宝石でもなんでもない、ただの金属片なのだから。
「精製前の白銀鉄だ。……高く売れる」
ハッタリ以外のなにものでもないが、敵はニヤリと笑った。
「分かった。これで当分は遊べるぜ」
敵が金属片をつかみ、満足そうに懐の中に入れた瞬間。
今だ!!!!
俺は、全身全霊で手をたたいた。
ブーン……
静かな音とともに、敵の懐がブルブルと震える。
「は?」
敵が目を点にする。
……当然だ。俺だって最初は目が点になったんだから。
「ハッ、こんな子供だまし……ッ!」
鼻で笑った敵は目を見開いた。
俺の白銀鉄の小刀が敵の眼前に迫っていた。




