第55話 共戦
「トルーシス。明日もあなたは牢から出て戦うことになる」
私は鉄格子の手前に固いパンと干し肉を置き、トルーシスに言った。
「そうか」
トルーシスは牢の中で、いつもと変わらない表情で頷いた。
「多分、東ノ国の兵は、あなたを殺そうと躍起になってくるはず」
「覚悟している」
静かなトルーシスの顔。沈黙が私たちの間に降りた。ふいに、無意識に言葉がこぼれ出た。
「……私も、あなたみたいに強くなりたかった」
トルーシスはわずかに目を見開き、しばらく沈黙してから、口を開いた。
「君はなぜ剣を使うんだ? あんなに神業のように槍をふるえるのに」
思わぬ言葉に驚いた。
そういえば、トルーシスとは何回か槍で対戦し、闘技場でも一緒に戦っていた。
「槍は今回の戦いでは不利よ。剣の方が優れてるわ」
私の槍は、人の身長ほどの高さがある。間合いが長いのが利点だが、狭いところでは扱いづらいし、背後や横からの攻撃に弱い。ゆえに、入り組んだ市街地で戦闘をすることが多いこの戦いでは、剣を手に戦っていた。
「そうか。でも、もったいないな。撹乱に有効なのに」
何気なくトルーシスの口から漏れた呟きに、思わず息をのんだ。
……この人は、ちゃんと私の槍を理解してくれている。
トルーシスはそれ以降は何も話さなかった。
私は静かに牢を去った。
◇
朝日が牢に差し込んでいる。
「若王の命令で君を出しに来たよ。今日もよろしくね」
ニックが軽快な足取りでやってきて、牢の鉄格子を開けた。
「レオラに鍵を渡したんですか?」
聞くと、「よく分かったね」とニックは笑った。
「爪に血がにじんでいませんでしたから」
レオラは僕に食料を届けるために、夜な夜な鍵を指先で開けては忍び込んでいた。
「さすが、よく見ているね」
ニックは口の端をあげ、僕の手枷と足枷を外しながら、少し真顔になって言った。
「たぶん、今日は厳しい戦いになるよ。僕らも守り切れない」
「構いません」
もう、自分の死を受け入れる用意は、とっくの昔に済ませていた。
「……そう」
呟くニックの表情が、いつもの砕けたものとは違うように思えて、あえて明るく言った。
「それにしても、あなたには毎度驚かされます。騎士200人を、いつの間に東ノ国に対抗できる部隊に仕上げていたんですか」
「おや、剣を割る天才に言われると嬉しいな」
ニックがおどけた調子で応じた。
西ノ帝国が、かろうじて東ノ国との戦いで均衡を保っているのは、ニックの率いる騎士団のおかげだろう。
特に直属の配下である第4師団200人は、精鋭ぞろいだった。もっとも難易度が高い、第3商会製の剣でさえ、割ってのける。
「まあでも、君の動きに比べたら、全然だよ。今日もなんとか持ちこたえたいね」
ニックはそう言って笑った。
◇
時刻は、日が天に高く上る、正午。
「観念しろ、黒い砂紋民め。鋼主様のもとへ引きずり出してやる」
東ノ国の兵たちは目を血走らせて、僕をぐるりと取り囲んだ。
その数、100はいる。
いくら斬っても斬っても、ひたすらに僕を狙って兵は湧き出てきた。明らかに組織的な動きに、朝から苦戦を強いられた。
さすがに、この数の兵の包囲を解くことはできない。
――ここで終わりか。
そう思った時。
頭上の枝葉がガサリと音を立てた。
「よっ!」
「……!」
真上の木から軽々と跳び降り、僕の隣に降り立ったのはレオラだった。
「そんなに驚いた顔、しなくてもいいのに」
レオラは、死地にとび込んで来たのにも関わらず、くすくすと笑った。
「たくさん助けてもらったお返しをしないとね。それに、あなたのアドバイスを実行にうつそうと思って」
レオラは、表情を引き締めて、構えた。
――槍だ。狭所でも扱いやすいように短めの長さになっている。
「じゃあ、私は撹乱するから、後はよろしくね」
まるで気楽な調子のレオラ。
「分かった」と苦笑し――同時にこの窮地を乗り切ることができると確信した。
「……すごいわね。あなた」
累々と地面に倒れ、呻く敵兵を前に、レオラがぽつりと言った。
レオラの目に、恐れや軽蔑の色が浮かんでいそうで、怖かった。
レオラの槍の撹乱に敵がひるんだ隙に、ひたすらに剣を閃かせた。
恐ろしいくらいだった。
レオラの槍と、僕の剣は、なぜか相性が抜群だった。
瞬く間に僕は、敵100人を斬り倒した。
「いや。殺人鬼と変わらないさ」
前に高官を惨殺していった時と、今。一体何が違うのだろう?
自嘲気味に笑うと、レオラの凛とした声が響いた。
「じゃあ、私は敵を惑わす悪魔ってところか」
まっすぐな視線が、僕を射貫いていた。
「たとえ行きつく場所が地獄だとしても、一緒に行くわ」
レオラは僕の馬を引いてきて、にこりと微笑み「行こう」と言った。
「……頼む」
そう口にするほどには、1人で戦うことに疲れていた。
本当はそんな馬鹿げた申し出、断らなければならなかったのに。
◇
「いやぁ、すごかったよ君たち。じゃあ、仲良くね」
ニックがパチリと片目をつぶって、私たちを牢にいれた。
「え、同じ牢?」
驚愕して尋ねると、笑いを含んだ声が返ってきた。
「そうさ。この牢は二人部屋だからね」
……家具も調度もないこの牢に、二人部屋などの概念は、はたしてあるのだろうか。
「じゃあ、また明日牢から出しに来るから。トルーシス、いい夜を過ごしなよ」
ニックは笑って去っていった。
なんだかなぁ、と思って横を見ると、トルーシスは牢の一番隅に小さくなって膝を抱えていた。
……いや、遠くないか?
トルーシスは実に申し訳なさそうにして言った。
「レオラ、申し訳ない。僕と一緒に戦ったばっかりに、君まで牢に入れられる羽目に――」
「一緒に地獄まで行くって言ったでしょ?」
なんだかおかしくなって、思わず声をあげて笑ってしまった。
トルーシスと一緒に戦う私に、兵の間で『罪人と通じているんじゃないか』という声が出たのだ。
まったく、おかしな話だ。少し前まで英雄視されていたのに。あまり世間は信用しない方がいい。
笑う私に、トルーシスが毒気に抜かれたような顔になっている。
「それに、ここにいた方が、あなたと一緒にいれるしさ」
口がすべったかな、と思ったが、トルーシスはしばらく沈黙してから言った。
「本音を言うと、僕も、君と一緒に戦えて良かった」
……え?
トルーシスは呟くように続けた。
「初めてだった。こんな感覚。まるで僕と君が一つになっているようだった。君の次の動きが、僕には手に取るように分かって――」
トルーシスは自分の手のひらを見つめていた。「誰かと一緒に戦うことの喜びを、今日、知ったんだ」
「……」
しばらく、言葉が出なかった。
昔。
初めて仲間と一緒に戦った時。
その時のことを鮮明に思いだした。
かろうじて、私はなんでもないかのように言った。
「明日も一緒に戦ってあげるから安心しなさいよ。二人で、東ノ国の兵を追い払うわよ」
トルーシスはようやく少し微笑んだ。
戦いが始まって以来、人を拒むように張り詰めていた彼の周りの空気が、少し和らいだ気がした。
思わず、ずいっとトルーシスに近寄った。
「ねぇ、あなたのことをもう少し、知りたいんだけど」
「……え?」
トルーシスは驚いたように瞬きをした。
◇
「……僕のことを知りたい?」
急に近寄ってきたレオラから距離をとりながら尋ね返すと、レオラは「なんで離れるのよ」と不満げに目を細めた。
慣れないんだ、と心の中で弁明している間に、レオラは続けた。
「例えば、あなたの子どもの頃の話とか、聞かせてよ」
「全く面白くないぞ」
「構わない。聞きたい!」
レオラは、こんな牢の中でも元気だ。それが、僕にとっての救いでもある。
「……分かったよ」
僕は語りだした。心にずっと秘めていた、昔の記憶を。
◆
「さすが白銀鉄の剣だぜ。よく切れるなぁ!」
村の2,3個上の少年たちは、目を輝かせて試し斬りを愉しんだ。
赤い傷跡が、次々と腕にできていく。
地面に押さえつけられたまま、僕はそれをどこか他人事のように眺めていた。
ふと、大人の足音が聞こえた。
「やべぇ。見つかるぜ」
「じゃあな、”呪い”」
「また遊んでやるからな」
少年たちは笑いながら駆け去っていった。
やがて、頭上から穏やかな老人の声が降ってきた。
「大丈夫か、トルーシス」
レイル爺だった。
この変わり者の爺さんは、村で唯一、僕を名前でよんでくれた人だった。
他の村人は――母でさえも――僕のことを”呪い”と呼んだ。
腕を見たのだろう。はっと息をのむ気配がした。
「白銀鉄の剣で斬られたのか。ひどい出血じゃ。すぐ手当てをするぞ」
今までにないほどの真剣な口調だった。
首を横に振った。
「別にいい。死ねるなら、それでいい」
「……」
その時のレイル爺の顔を、僕は忘れない。
ひどく、傷ついたような顔をしていた。
なぜそんな顔をするのか、理解が出来なかった。
目を覚ますと、狭い部屋に本棚がぎゅうぎゅうに詰め込まれている、レイル爺の家にいた。
薬草の香りが漂い、腕には綺麗に包帯が巻かれている。
死ななかったのだ。
あたりは暗いが、かすかに鳥の声がする。もうすぐ朝なのだろう。
レイル爺は隣でいびきを立てて気持ちよさそうに眠っている。
そっと音を立てずに起き上がり、家を出ようとすると、服の裾をガシっと掴まれた。
――意外とこの爺さんは抜け目がない。
「水汲みが終わってないんだ」
レイル爺はやれやれと言いたげに目を細めた。
「この怪我だ。サボっちまえばいいじゃないか」
「……そんなことをすれば、ぶたれます」
血のつながっていない母は、とにかく僕に厳しかった。
レイル爺はハァ~とわざとらしくため息をついた。
「そんなところだろうと思って、ワシが代わりに水汲みをして、お前の母親に話をつけておいたぞ」
「!!」
目を見開くと、レイル爺は得意げに笑って、僕の頭を撫でた。
「だから今日は休め。いいな」
思わず尋ねた。
「1週間後には死ぬと決まっているのに……どうして良くしてくれるんだ」
10歳になれば、僕のように黒い紋様がある子どもは、森に捨てられる。
それが村の掟だ。
「分かってないのぉ。森で生き延びられるかもしれないじゃないか」
紋様の研究で帝都から来たというこの爺さんは、珍しく眼光を鋭くさせて僕の肩をガシっと掴んだ。
「トルーシス。自分で自分を殺してはいけないぞ」
「……なぜ?」
「ワシのいらんお節介だ」
有無を言わさない口調だった。
「……」
曖昧に頷くと、レイル爺は苦笑して、「頼むぞ。お前は生きねばならないんだからな」と言ってまた僕の頭を撫でた。
1週間後。10歳の誕生日。
捨てられた森の中で、虎に出くわした。
――これで、いい。
目を閉じ、静かに地面に座った。
まさに虎が飛びかかってこようとしたその時――
「え、なにお前、死にたいの?」
輝く剣で、虎を一撃で倒した長身の青年。彼の腕には、僕と同じような黒い紋様があった。
「ふーん。顔にまで黒い紋様があるのか」
顎をぐいと持ち上げられ、顔を覗き込まれる。
少し言葉をかわしたあと、大きな手が目の前に差し出された。
「これからお前は俺を”兄さん”と呼んで敬え。生き方を教えてやる」
おずおずとその手を握り返すと、青年は膝をつき、僕と目を合わせた。
「お前、名前は?」
「……トルーシス」
「トルーシス。”真実”か。いい名だ」
口の中で僕の名を繰り返す。
「レイル爺から名をもらったんだ。……僕には名前なんてなかったから」
うつむいて早口で言った。
「レイル爺? 俺もあの爺さんには世話になったぜ!」
嬉しげな声のあと、くしゃっと頭を撫でられた。
「その傷だらけの痩せた体。どうせ村でまともな目に合っていなかったんだろう。よし、来い」
「どこへ?」
見上げると、彼は自慢げにふんと鼻を鳴らした。
「俺の家だよ」
◇
「ほら、ついたぜ」
しばらく歩くと、洞窟があった。獣よけの鈴をカラカラと鳴らし、身をかがめて彼は中に入った。僕も続く。
中は思いのほか広い。暖と調理のために竈と、動物の毛皮が敷かれた寝床がある。そして――
「すごい」
思わず声を上げた。白銀鉄で作られた剣がずらっと壁に並んでいたのだ。
「見てみるか。まだ試作だけどな。……ほらよ」
まるでなんてことのないように、僕に剣を一本手渡す。
今までに見たことがないほどに光り輝いている。どれくらいの値段がするか分からない。
「どうやってこんなに集めたんだ?」
「作ったんだよ、俺が」
思わず目を見開く。
「白銀鉄の作り方は帝国王しか知らないんじゃないのか」
彼はニヤっと笑った。「お前、レイル爺の家の本は読んだか?」
「……いや」
レイル爺から読み書きは習っていたが、本は文字ばかりで、読む気にならなかった。
「もったいないなぁ~」
大げさに肩をすくめてから、気を取り直したように言う。「ま、もうちょっとで十分な数が揃う。それまでお前を鍛えてやるよ」
「鍛える?」
「そ。一人で森を生き抜けるように」
それから彼は、彼の持つ知識の全てを僕に教えてくれた。剣や弓矢の使い方、食べられる植物や木の実の種類――そのほか、本当にたくさんのことを。
彼は、僕にとっての新しい希望となった。
出会ってから1年あまりが過ぎた良く晴れた春の日、旅支度を整え、白銀鉄の剣を腰に帯びた彼は歯を見せて笑った。
「じゃあな。お前と過ごせて楽しかったよ」
「本当に行くの?」
「あぁ。砂紋民は真実を知らずに帝国に使われている。俺は世界を変えるんだ」
「すごいや、兄さんは」
強い輝きを放つその目に圧倒され、僕はそれだけ言って目を伏せた。
骨ばった大きな手が僕の頭を撫でた。
「トルーシス。お前はこの1年でかなり強くなった。自信を持て。……まあ、相変わらずひょろっちいがな」
真面目な顔になって続ける。
「お前はもう俺がいなくてもこの森で生きていける。一生、ここで静かに過ごしてもいい。だが、」
力強く僕の肩を掴む。
「お前もお前なりの理由を見つけて、成人したら森を出ろ。こんな呪いなんて跳ね返すくらい強くなってさ」
その指先が僕の頬の黒い紋様にそっと触れた。
「……今、兄さんについていったらダメ?」
「ダメだな。危険すぎる」
間髪いれずに、揺るぎない口調が返ってきた。
「……」
俯くと、頭をくしゃっと撫でられた。
「ま、お前が森をでる頃には、俺の名は広く知られているはずだ。よかったら探してくれよ」
ニヤっと笑ったあと、兄さんは「餞別だ」といって短剣を差し出した。
白銀鉄でできているそれを、僕はしっかりと握りしめた。
「……ありがとう。兄さんだと思って大事にする」
「大げさだな」
そう言いながらも嬉しそうな笑みを浮かべる。
「じゃあ、元気でな」
「……兄さんも」
そしてこの森を出て行った。
兄さんは16歳、僕は11歳のことだった。
そのあと、長い間森で一人で過ごした。
特にやることもなかったから、鍛錬をして過ごした。少しでも兄さんに近づけるように。
そして――僕は16になった。砂紋民は成人する歳だ。
16になったら森を出ようと決めていた。
兄さんから餞別としてもらった、白銀鉄の剣を腰に差し、森の外へと足を踏み出した。
兄さんにもう一度会いたい。その思いで。
ただ、2年近く探しても兄さんは見つからず――偶然通りかかった村で、少年を助けた。
それが、ネルだった。僕はネルと旅をする中で、僕なりに”森を出た理由”が見つかったような気がしていた。
◆
そこまで話し終わると、レオラは小さく嬉しそうに呟いた。
「良かった。レイル爺と、森で出会ったその人がいてくれて」
心からの言葉だった。
「……」
胸の内が不思議とあたたかい気持ちで満たされた。
「ファクトル、っていうんだ」
その名を久しぶりに口にした。「ずっと”兄さん”とよんでいた。……すごく強かった。一度も勝てなかった」
「あなたが一度も勝てなかったの?」
レオラが目を丸くする。「白銀鉄も自作しているし、すごいわね」
「あぁ。もしかしたら兄さんは、東ノ国に行ったのかもしれない」
「なるほど」
レオラが頷く。余計なことは言わないレオラの性格が、僕には好ましく思える。
ところで、と僕は話題を変えた。
「まだネルの姿が見えない。心配だ」
「たしかに」
レオラが顔を曇らせた。
戦争が始まったら寝返る話だったが、いまだに姿が見えない。ずっと気になっていた。
東ノ国の陣営で、何かがあったのだろうか。




