第52話 牢
「若王、この者は重大な罪を犯しました。重臣も含めて、官吏100人以上を殺害したのです」
ニックは若王の面前に、拘束したトルーシスをドサッと放り出した。
気絶したトルーシスが力なく転がる。ニックの後ろではレオラと牢から助け出された面々が青ざめている。
「まことか……?」
明日に備えて、ダグラスやヒスタロスと作戦を練っていた若王は、驚愕の表情を浮かべた。「そんな訳はない。あの温和なトルーシスが――」
「いや、彼はやるときはやる男です。なにせあの”売国奴”ですから。既に虐殺は民衆の間で噂になっています」
ニックが褒めているのか咎めているのか分からない言葉を言い、続けた。
「さあ、若王。邪魔な重臣たちは、呪われた売国奴に殺害されていなくなりました。今こそあなたが表舞台に躍り出る時です」
ニックはさっと若王に一礼をした。そのまま小声でささやく。「彼の行動を上手く使うのです」
若王はしばらく呆然としたあと、唇をかみしめて下を向いた。
「トルーシスは自ら汚れ役を引き受けたというわけか……」
「えぇ」
ニックが頷いたあと、しばらく沈黙が降りた。
誰も、何も言わなかった。
どれくらいたっただろうか。若王が立ち上がった。もう俯いてはいない。決意の表情だった。
転がっているトルーシスの首根っこを掴んで乱雑に持ち上げる。
「ゆくぞ。話をする。皆を集めよ。貴族も平民も騎士も、できるだけ多くの者を」
「はっ」
ニックは敬礼した。若王はニックに追加の指示を出しながら、トルーシスを引きずって歩いていった。
……これだけの高官を殺したなら、死罪になってもおかしくない。
呆然とするレオラの肩に、ヒスタロスが手をそっと置いた。
「きっと大丈夫だ。レオラ、お前がトルーシスを信じて、支えてやれ」
暖かさに満ちた言葉だった。
レオラは一瞬息をのむと、唇を噛みしめて頷いた。その瞳が僅かに潤んでいるのを見なかったことにして、ヒスタロスは言った。
「ここでさよならだ。世話になった。お前らと一緒にいれて、すごく楽しかったぜ」
それは、突然の別れにしては、あまりに陽気な言葉だった。
「え……?」
レオラが目を見開く。
「じゃあな。若王とトルーシスにもよろしく」
レオラが言葉を失う中、ヒスタロスは下手くそなウインクを残して去っていった。
◇
「古い伝統は捨てよ」
よく響く声と共に、カラン、という乾いた音が響いた。
広場の石畳に、王家の紋様が入った白銀鉄の剣が転がる。
次の瞬間、その剣は踏みつけられた。
その場に集められた民衆は、その足の主を呆然と見つめた。
帝国王の象徴である、赤いマント。
頭上に輝く王冠。
正装した若王は口を開いた。
「白銀鉄の剣では勝てない。代わりに銅の剣を持ち、我と共に戦ってくれ」
広場の奥には、鋭く光る銅剣の山がある。
さきほどまで虐殺犯、トルーシスを若王が捕えたことに沸き立っていた広場は、静寂で包まれた。
平民も貴族も騎士も、みな凍り付いている。
白銀鉄は、この帝国そのものだ。それを捨てるなど、にわかには難しい。
静寂を破ったのは、小気味よい金属音だった。
白銀鉄の剣が転がる音だ。
群衆の視線を一手に集め、男は優雅に微笑んだ。足元には、帝国の刻印が押された、騎士のきらびやかな剣が転がっている。
「……短剣も捨てちゃおうか」
そう呟くと、剣帯から短剣を引き抜き、無造作に放った。
カラン、と剣が転がる。
そして、静寂。
皆が言葉を失う中、男はさっと銅剣を手に取ると、若王に跪き臣下の礼をした。
「第4師団長ニック、王命に従います」
「ニック。そなたを第4師団長から騎士団長へと昇格させる。頼むぞ」
若王は力強く返した。
次の瞬間、次々と白銀鉄の剣が地に落ちた。騎士たちが銅剣を手に取ってゆく。
平民や砂紋民たちも沸き立ち、銅剣に群がった。
この夜、戦える全ての者は、白銀鉄を捨て、銅剣に持ち換えた。
革命組織のメンバーたちが教え、大半の者が銅剣の扱い方を覚え、少なくとも第5商会の剣までは割れるようになった。
「まさにあの噂の通りだ!」 「英雄様だ!」
民衆たちは若王を真の王とあがめ、若王を東から連れてきたレオラを英雄として称えた。
「それと、」若王は広場を去る前、断固とした口調で付け加えた。
「罪人トルーシスは、死罪にはせず牢に閉じ込める。異論は受け付けぬぞ」
◇◇◇
夜中、目を覚ますと、首筋にひんやりとした鉄の感触を感じた。――首枷だ。
背には固い牢の床の感触。
殺されなかったのだ。一番にそう思った。
鉄格子を挟んだ牢の外に慣れ親しんだ気配があった。
レオラだ。
膝を抱えて座ったまま眠っている。
思わず僅かに身じろぎをすると、手枷と足枷がガチャガチャと音を立てた。
厳重だな、と苦笑した時、ガバッとレオラが起き上がった。
言いづらそうに口を開く。
「トルーシス。あなたはしばらくここに閉じ込められる」
「……そうか」
レオラはほとんど泣きそうな顔だった。「民衆はあなたをひどく非難している」
レオラに背を向けた。
「それだけのことをしたんだ。当然だろう」
「ここに食事を置いておく。毎日来るね」
レオラがコトン、と何かをおいて立ち上がった気配がした。
「……お前にまでよくない噂が立つぞ」
「望むところよ」
ぐずっと鼻をすすった音がした。レオラの足音が遠くなる。
……勇ましいひとだ。
足音が完全に消えたころ、そっとレオラがいた場所を見ると、そこには食事があった。
粗末な固いパンとスープだったが、餓えた体には正直心からありがたかった。
◇◇◇
そのころ。東ノ国の第5商会では。
夜、リュシアがいつもの研究室で作業をしていると、机の上に置いてある、小さな三角錐の機械の針が揺れた。
「……?」
リュシアは小さく首をかしげた。
今は、白銀鉄の剣の粉砕テストをしているわけでもない。音をならしているわけでもない。
――嫌な予感がする。
その機械を手のひらにのせると、リュシアは立ち上がった。
「ラジャト!」
血相を変えたリュシアが地下の研究室にやってきたのを見て、ラジャトは驚いた。
「珍しいじゃないか。君がそんな顔をするなんて」
蒼白になったリュシアは三角錐の機械をラジャトに見せた。
その針は、まるで狂ったように20~50kHzを行ったり来たりしていた。
「えーと、どういうこと? 何かヤバいことは分かるけど」
苦笑したラジャトは、リュシアの次の言葉に絶句した。
「私の予想では、街が今、粉々に崩れている」




