↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/129

第46話 覆面の下

「昔、西ノ帝国にいたころの夢を見た……」

鋼主は大きく息を吐き、呟つぶやくように語りだした。過去の話を。





    ◆





「この通りに作れば、お前たちにも白銀鉄(はくぎんてつ)が作れる。奴隷(どれい)から抜(ぬ)け出せるぞ!」

帝都(ていと)の裏町で、砂紋民《ヌルム》たちに、熱心にそう語りかける青年がいた。日に焼けた浅黒い肌(はだ)に、鍛(きた)え上げられた長身。質素だが整った身なりをしていた。


「そんな馬鹿な話があるかね」

今にも崩(くず)れ落ちそうな家に暮らす砂紋民《ヌルム》たちの中で、青年の話に耳を貸すものはいなかった。


けれども青年はめげなかった。

繰(く)り返し、貧しい砂紋民《ヌルム》たちに白銀鉄(はくぎんてつ)を作って不当に搾取(さくしゅ)される生活を脱(だっ)しよう、と説いた。

時には自ら白銀鉄(はくぎんてつ)を作ってみたりもした。


だが。

「お前を捕縛(ほばく)する。国家転覆(てんぷく)を図った容疑がかかっている」

今日も裏町にやってきた青年を、帝国騎士(ていこくきし)は捕(と)らえ、後ろ手で縛(しば)った。


「……なぜ?」

青年は呆然(ぼうぜん)と呟(つぶや)いた。


「捕(つか)まった理由を教えてやろうか? この裏町の砂紋民《ヌルム》たちから銀印庁に密告があったんだよ。おかしな青年がいるとさ」

騎士は面白そうに笑った。

「残念だな。同じ砂紋民《ヌルム》に裏切られるなんて」




青年は縛(しば)られたまま、西ノ帝国(にしのていこく)の王の元へと引き出された。

王は端的(たんてき)に聞いた。

「どこの国の指金だ?」


「違(ちが)います。ただ俺は砂紋民《ヌルム》を救おうと――」

青年は言葉を最後まで言うことができなかった。

王がさっと手を下げて合図をしたとたん、臣下が青年の顔を容赦(ようしゃ)なく殴(なぐ)りつけた。


「吐(は)け。この国と私の威信(いしん)を貶(おとし)めようとするのは、どこかの国のさしがねのほかないだろう」

王は冷酷(れいこく)にそう言いきった。そして、耐(た)えがたい拷問(ごうもん)が始まった――





    ◆





「だからあなたの手は――」

シェムリはそういって鋼主(こうしゅ)の手袋(てぶくろ)をそっとはずした。

鋼主(こうしゅ)は抵抗(ていこう)しなかった。


その爪(つめ)はボロボロだった。第一関節のあたりで切断されている指もちらほらとある。

「……こんなの序の口だ」

鋼主(こうしゅ)は静かに言った。


シェムリはその手を自分の手のひらでそっと包んだ。

「あなたはどうして白銀鉄(はくぎんてつ)の作り方を知っていたの?」


「俺の村に、砂紋民《ヌルム》の紋様(もんよう)を研究している爺(じい)さんがいた。その爺(じい)さんの家の書物に書いてあった」


「あなたはそのお爺(じい)さんのことを決して話さなかったのね」

シェムリは鋼主(こうしゅ)の袖口(そでぐち)をつまみ、ゆっくりとめくった。火傷の痕(あと)や傷跡(きずあと)が山ほどあった。


「恩があったからな」


「守り切ったのね」

シェムリの言葉に、鋼主(こうしゅ)は自嘲気味(じちょうきみ)に笑った。「だが、俺は屈(くっ)した。”東ノ国の指金だ”と言ってしまった。そうしたら王は本当に東ノ国に攻(せ)め入って滅(ほろ)ぼした」

鋼主(こうしゅ)はうつむき、沈(しず)んだ声を出した。

「東ノ国とは長年の友好関係があった。こうなるとは思わなかった。一瞬(いっしゅん)、魔(ま)が差した。嘘(うそ)でも早くこの拷問(ごうもん)を終わらせたいと」


シェムリは眉(まゆ)をひそめた。

「変な話じゃない。その言葉だけで西ノ帝国(にしのていこく)は東ノ国に侵攻(しんこう)したっていうの?」


「そうだ。あの王は自分の地位を脅(おびや)かすものを酷(ひど)く恐(おそ)れた。それに、一度疑いだすと、東ノ国が西ノ帝国(にしのていこく)に反旗を翻(ひるがえ)そうとしている証拠(しょうこ)は山ほど見つかったらしい」


「……」

シェムリは黙(だま)った。先入観というものは恐(おそ)ろしい。陰謀(いんぼう)渦巻(うずま)く西ノ帝国(にしのていこく)の王宮では、いったん、敵対派だと思うと、もうそうだとしか思えなくなった。だが、それが実は間違(まちが)っていたことはよくあった。


「拷問(ごうもん)の後、俺は死んだ奴隷(どれい)たちを捨てる”捨て場”に捨てられ……奇跡的(きせきてき)に生きのびた」

シェムリは黙(だま)ってその続きの言葉を待った。


「だが、生きのびてもろくなことはなかった。普通(ふつう)に暮らそうとしても、いつもこの醜(みにく)い顔と体が邪魔(じゃま)をした」


「……そう」

相づちをうちながら、シェムリは鋼主(こうしゅ)の覆面(ふくめん)の下の顔に思いをはせた。


「俺は、東ノ国へと流れた。……罪の意識もあったしな。そこは酷(ひど)いありさまだった。土地は荒廃(こうはい)し、民は意味もなく攻(せ)めてきた西ノ帝国(にしのていこく)への恨(うら)みをくすぶらせ、報復のためのリーダーを求めていた」

鋼主(こうしゅ)の言葉が強くなった。痛々(いたいた)しい手をぐっと握(にぎ)りしめる。


「俺も西ノ帝国(にしのていこく)は許せなかった。馬鹿な王と言いなりの貴族や騎士。王を盲目的(もうもくてき)に信じる平民や砂紋民《ヌルム》。全て壊(こわ)したいと思った」

そこまで言って鋼主(こうしゅ)はハッと我に返ったように言った。


「しまった。話し過ぎた。……ここまで知られたからには死んでもらうほかあるまい」

懐(ふところ)から短剣(たんけん)を取り出す。


「え――ちょっと待って! 今、いい雰囲気(ふんいき)だったよね? 私、とてもあなたとの距離(きょり)が縮まった感じがしてたのに!」

シェムリは仰天(ぎょうてん)した。


「距離(きょり)が詰(つ)まった? 正気か?」

鋼主(こうしゅ)が呟(つぶや)いた。


シェムリはまっすぐ鋼主(こうしゅ)を見つめた。

覆面(ふくめん)ごしに目があった気がした。


そのままシェムリはゆっくりと手を伸(の)ばす。

白い指先が覆面(ふくめん)に触(ふ)れた。


鋼主(こうしゅ)は「やめろ」と僅(わず)かに震(ふる)える声で言ったが、シェムリを払(はら)いのけようとはしなかった。


沈黙(ちんもく)の中で、黒い覆面(ふくめん)が静かに寝台(しんだい)の上に落ちた。


その瞬間(しゅんかん)、シェムリはにこりと笑った。

「なんだ。格好いいじゃん」


露(あら)わになった鋼主(こうしゅ)の顔を見つめ――

顔に醜(みにく)く残る傷跡(きずあと)を愛おしそうにそっと指でなぞると、つぶれている片方の目にキスをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。