第46話 覆面の下
「昔、西ノ帝国にいたころの夢を見た……」
鋼主は大きく息を吐き、呟つぶやくように語りだした。過去の話を。
◆
「この通りに作れば、お前たちにも白銀鉄が作れる。奴隷から抜け出せるぞ!」
帝都の裏町で、砂紋民たちに、熱心にそう語りかける青年がいた。日に焼けた浅黒い肌に、鍛え上げられた長身。質素だが整った身なりをしていた。
「そんな馬鹿な話があるかね」
今にも崩れ落ちそうな家に暮らす砂紋民たちの中で、青年の話に耳を貸すものはいなかった。
けれども青年はめげなかった。
繰り返し、貧しい砂紋民たちに白銀鉄を作って不当に搾取される生活を脱しよう、と説いた。
時には自ら白銀鉄を作ってみたりもした。
だが。
「お前を捕縛する。国家転覆を図った容疑がかかっている」
今日も裏町にやってきた青年を、帝国騎士は捕らえ、後ろ手で縛った。
「……なぜ?」
青年は呆然と呟いた。
「捕まった理由を教えてやろうか? この裏町の砂紋民たちから銀印庁に密告があったんだよ。おかしな青年がいるとさ」
騎士は面白そうに笑った。
「残念だな。同じ砂紋民に裏切られるなんて」
青年は縛られたまま、西ノ帝国の王の元へと引き出された。
王は端的に聞いた。
「どこの国の指金だ?」
「違います。ただ俺は砂紋民を救おうと――」
青年は言葉を最後まで言うことができなかった。
王がさっと手を下げて合図をしたとたん、臣下が青年の顔を容赦なく殴りつけた。
「吐け。この国と私の威信を貶めようとするのは、どこかの国のさしがねのほかないだろう」
王は冷酷にそう言いきった。そして、耐えがたい拷問が始まった――
◆
「だからあなたの手は――」
シェムリはそういって鋼主の手袋をそっとはずした。
鋼主は抵抗しなかった。
その爪はボロボロだった。第一関節のあたりで切断されている指もちらほらとある。
「……こんなの序の口だ」
鋼主は静かに言った。
シェムリはその手を自分の手のひらでそっと包んだ。
「あなたはどうして白銀鉄の作り方を知っていたの?」
「俺の村に、砂紋民の紋様を研究している爺さんがいた。その爺さんの家の書物に書いてあった」
「あなたはそのお爺さんのことを決して話さなかったのね」
シェムリは鋼主の袖口をつまみ、ゆっくりとめくった。火傷の痕や傷跡が山ほどあった。
「恩があったからな」
「守り切ったのね」
シェムリの言葉に、鋼主は自嘲気味に笑った。「だが、俺は屈した。”東ノ国の指金だ”と言ってしまった。そうしたら王は本当に東ノ国に攻め入って滅ぼした」
鋼主はうつむき、沈んだ声を出した。
「東ノ国とは長年の友好関係があった。こうなるとは思わなかった。一瞬、魔が差した。嘘でも早くこの拷問を終わらせたいと」
シェムリは眉をひそめた。
「変な話じゃない。その言葉だけで西ノ帝国は東ノ国に侵攻したっていうの?」
「そうだ。あの王は自分の地位を脅かすものを酷く恐れた。それに、一度疑いだすと、東ノ国が西ノ帝国に反旗を翻そうとしている証拠は山ほど見つかったらしい」
「……」
シェムリは黙った。先入観というものは恐ろしい。陰謀渦巻く西ノ帝国の王宮では、いったん、敵対派だと思うと、もうそうだとしか思えなくなった。だが、それが実は間違っていたことはよくあった。
「拷問の後、俺は死んだ奴隷たちを捨てる”捨て場”に捨てられ……奇跡的に生きのびた」
シェムリは黙ってその続きの言葉を待った。
「だが、生きのびてもろくなことはなかった。普通に暮らそうとしても、いつもこの醜い顔と体が邪魔をした」
「……そう」
相づちをうちながら、シェムリは鋼主の覆面の下の顔に思いをはせた。
「俺は、東ノ国へと流れた。……罪の意識もあったしな。そこは酷いありさまだった。土地は荒廃し、民は意味もなく攻めてきた西ノ帝国への恨みをくすぶらせ、報復のためのリーダーを求めていた」
鋼主の言葉が強くなった。痛々しい手をぐっと握りしめる。
「俺も西ノ帝国は許せなかった。馬鹿な王と言いなりの貴族や騎士。王を盲目的に信じる平民や砂紋民。全て壊したいと思った」
そこまで言って鋼主はハッと我に返ったように言った。
「しまった。話し過ぎた。……ここまで知られたからには死んでもらうほかあるまい」
懐から短剣を取り出す。
「え――ちょっと待って! 今、いい雰囲気だったよね? 私、とてもあなたとの距離が縮まった感じがしてたのに!」
シェムリは仰天した。
「距離が詰まった? 正気か?」
鋼主が呟いた。
シェムリはまっすぐ鋼主を見つめた。
覆面ごしに目があった気がした。
そのままシェムリはゆっくりと手を伸ばす。
白い指先が覆面に触れた。
鋼主は「やめろ」と僅かに震える声で言ったが、シェムリを払いのけようとはしなかった。
沈黙の中で、黒い覆面が静かに寝台の上に落ちた。
その瞬間、シェムリはにこりと笑った。
「なんだ。格好いいじゃん」
露わになった鋼主の顔を見つめ――
顔に醜く残る傷跡を愛おしそうにそっと指でなぞると、つぶれている片方の目にキスをした。




