第44話 鋼主
西ノ帝国の王を暗殺してから一週間後。
俺とシェムリは東ノ国へと戻った。
軍本部の建物へと入り、王の首を入れた箱を持ちながら、長い廊下を歩き続ける。
軍の者たちは、尊敬と恐れが入り混じったような表情を浮かべていた。気にせず歩く。
「それにしてもお前、もっとまともな服はないのか」
隣を歩くシェムリは、胸元が大きく出ていて、体のラインにぴったりと沿ったドレスを着ていた。
レース地に繊細な刺繍が施されている。西ノ帝国の貴族の娘が好むものだ。すれ違う男たちがチラチラと熱い視線を投げかけている。
「西ノ帝国の王からもらったんだよ。鋼主様、喜ぶと思って」
シェムリは無邪気に笑った。
「……気に入られると厄介だぞ」
小声でシェムリにささやく。東ノ国の最高権力者、鋼主は気に入った女に暴力をふるい、挙句の果てには殺してしまうと言われていた。
「望むところだよ」
シェムリは天真爛漫な笑みを浮かべた。「鋼主様がどんな人か、知りたいんだもん。あの覆面の下、もしかしたらすごいイケメンだったりして」
「お前なぁ」
あきれたようにため息をつくと、シェムリは真剣な口調でささやいてきた。
「鋼主様の弱みを握りたいの。あたしだって、西ノ帝国のために何かやらせてよ」
「正気か。危険すぎる」
「大丈夫。死んでもあなたたちの秘密は言わないわ」
シェムリは微笑んだ。
それからはただ二人、黙って鋼主の部屋へと続く廊下を進んだ。
鋼主の部屋は、厳重に警備されていた。
入るときには剣の帯刀を許されなかった。
それだけ鋼主は、この国に君臨しておきながら、この国の人間を信じていないのだろう。
常に黒い覆面をつけて顔を隠しているし、謁見を許されるのもめったにないと聞く。
箱の中の王の首を見せると、鋼主は覆面の下から、感嘆の声を漏らした。
「まさにこれは西ノ帝国の王の顔。さすがはネル大佐」
「はっ。有難きお言葉」
さっと片膝をつき、深く頭を下げた。
鋼主が王をよく知っている様子に、軽く驚きを感じながら。
「これで西ノ帝国は乱れる。近いうちに攻め入る」
鋼主の声は、相変わらず無機質だった。
「こちらがご所望の塔の鍵です」
王の懐から奪ってきた鍵を差し出すと、鋼主は「でかした」とそれを受け取った。
西ノ帝国には、巨大な白銀鉄の工場がある上に、紋様の貴重な文献が集まる塔がある。
これらを手にすることができれば、東ノ国はより目覚ましい発展をすることができるだろう。
だが、今一つ俺は、鋼主が西ノ帝国にこだわる理由に合点がいかない。
何か私怨があるようにも思えるが、それだけではない気がする。
鋼主は玉座から立ち上がり、こちらまで歩いてきた。跪づく俺の肩に、革製の黒い手袋で包まれた大きな手が置かれる。
「ネル。他の大佐と共に兵の準備にあたれ。期待しているぞ」
「はっ」
再び深く頭を下げた。
間近だと威圧感が半端ない。
鋼主はなんといっても背が高い。俺も最近急に背が伸びたが、俺よりも頭半分は高いだろう。
肉体も鍛え抜かれている。戦いになれば、どんなに強い敵も一撃で倒す。俺も鋼主には歯が立たないだろう。
「それから、お前は名はなんという」
鋼主がシェムリを見やった。
「シェムリと申します、鋼主様。お会いできて光栄です」
シェムリがとろけるような声でうやうやしく頭を下げた。
いつもとは全く違う、洗練されたしぐさに内心驚いた。
西ノ帝国の王宮で習得してきたのだろう。
一瞬の間があって、鋼主が口を開いた。
「お前しか戻らなかったということは、他の女たちは死んだということか。暗殺の手引きをしてくれたこと、感謝する」
「大げさです。王の心を掴むのは簡単でしたから」
シェムリがドレスの裾をつまんだ。一挙手一投足が様になっている。
「一瞬、西ノ帝国の貴族の娘だと思った」
鋼主の珍しく感情の混じった言葉に、シェムリは笑った。
「ずっと演じてきましたもの。板についていたようで何よりです」
相変わらず覆面で鋼主の表情は分からない。が、鋼主はシェムリの耳元に顔を寄せると、低くささやいた。その声が俺にも聞こえてしまった。
「西ノ帝国のことを詳しく知りたい。今晩、私の下へ来い」
「光栄です、鋼主様」
シェムリが陶酔したような視線を鋼主に向けて、微笑んだ。
……これがもしすべて演技だとしたら、恐ろしい。
鋼主が部屋を去り、二人だけになると、シェムリは満面の笑みを浮かべて俺にささやいた。
「なんかいい情報が得られたら、あなたに伝えるわよ」
そしてどこからともなく現れた軍人に、部屋の奥にある通路へと案内されていった。
この建物のどこかに、鋼主の夜の相手をする女たちが住んでいる”奥”という一角があると聞く。
通路へと消える前、シェムリは俺だけに分かるように片目をつぶってみせた。
まったく。命知らずにもほどがある。
ため息をつきながら、静かに鋼主の部屋を辞した。
◇
夜更け。
鋼主の部屋をノックをすると、「……入れ」と低い声がした。
「お邪魔します。鋼主様」
にこやかに一礼し、部屋に入る。
一番無難な、清楚で純粋な女を私は演じることにした。
鋼主についてある程度情報があれば、その好みに沿って振舞うことができたが、いかんせん情報がない。
あるのは、気に入った女に暴力をふるい、殺してしまうという噂くらい。
傲慢で頭に血がのぼりやすいタイプなんだろう。そう勝手に想像していた私は、部屋を見て驚いた。
部屋の中は、山ほどの本や紙の束だらけだった。
奥にある大きな机を前にして、姿勢よく鋼主は座っている。その机の上、本棚、さらには寝台に至るまで。一様に紋様について書きとめられたもので埋め尽くされていた。
床にもそれらが散乱していて、足の踏み場もないくらいだ。
「その辺に座れ」
鋼主がこちらを向いた。覆面をつけていて、その表情は分からない。
が、ほんの一瞬、動きを止めて、私に魅入った。――そう感じた。
今日の昼に謁見した時もそう思った。
別のドレスに着替え、着飾ってきた甲斐があったというものだ。
「どこに座りましょう?」
首をかしげて、困ったように微笑んでみせる。
「すまない。場所がなかったか」
鋼主は意外にも部屋の隅から木でできた固い椅子を引っ張り出して、私の前に置いた。
間近で見るとやはり鋼主は背が高い。見上げるほどだ。
「答えろ。帝都はどんな具合だったか?」
椅子に座ると、鋼主はそう静かに問いかけた。
そのあとはひたすら質問が続いた。内容は、西ノ帝国の王家や砂紋民の様子などが主なものだったが、やがて一つの方向性を持つようになった。
「王宮の西には何があったか?」
「歓楽街が広がってます」
「では、その西には?」
……地図だ。答えながら私は直感した。鋼主は私の答えを聞きながら何やら机の上の大きな紙にペンを走らせている。
質問をひたすら受け続けること数時間。
朝日がうすく差し込んできた。
鋼主はハッとしたように言った。
「以上だ。帰れ」
「もう少しお傍にいたいんですが」
上目づかいで見上げると、「帰れ」と断固とした拒絶が返ってきた。
「分かりました」
頷き、うやうやしく一礼した。「また明日も来ます。楽しみにしていますから」
鋼主がわずかに息をのんだ気配がした。
「変わった娘だ。他の娘たちは逃げるように帰っていくのに」
扉を閉める間際、そんなつぶやきがかすかに聞こえて、私は心の中で微笑んだ。




