第41話 再開
……まさに”感動の再開”、というやつね。
虚華亭の密談部屋で、私は内心で驚きを感じていた。
トルーシスとヒスタロスを連れて、いつもの虚華亭の密談部屋へと入った。
デイトン、ニック、ネル、傷、それからデイトンの同僚らしき書庫守の青年は既に揃っていた。
ネルは話が止まらないようで、今までのことをべらべらとトルーシスにまくし立てている。まるで少年のような笑顔だ。
デイトンは感無量の様子で、トルーシスの手を握り、ネルの話に割り込んでいる。
あのニックさえ、いつもの軽薄な笑顔の裏に、心からの微笑みを浮かべているようだった。
傷は言葉には出さないが、興味深くトルーシスを注視しているのが分かる。
「すごい人気だな、兄ちゃん」
ヒスタロスが微笑む。
すると、デイトンの同僚らしき青年が呆然とこちらにやってきた。
「なんだこの紋様は……? どういうことだ……」
ヒスタロスを凝視する。
むき出しになっているヒスタロスのたくましい上半身には、茶褐色と漆黒の2色の紋様が刻まれている。
「お、どうよ俺の筋肉。鍛えたんだぜ。すごいだろう?」
得意げなヒスタロスに構わず、青年はものすごい速さで帳面にその紋様を写し取っていく。
「रजत……∫υ•°§……∫₾ ̄﷼……?」
よくわからない言語をぶつぶつと呟き、完全に一人の世界に没頭している。
「いいぞ。よく記録に残してくれ。俺の愛しの筋肉たちを」
ヒスタロスは満面の笑みをうかべた。
……うん。この二人はそっとして置こう。
◇
再開の喜びがひと段落すると、私たちは話を始めた。
「見てくれ。これが、今の東ノ国の”普通”だ」
ネルが静かに剣を持ち上げ、眼前で鞘から抜いた。
今までに見たことのないほどの鮮烈な輝き。
その上、その刃は軽く、薄い。
何度見てもため息が出てしまう。
到底この国が及ばないほどの技術力。
ネルは口を開いた。
「東ノ国の白銀鉄の技術は、最高峰に至った。このレベルの剣が国中にごろごろある」
トルーシスが、目を見開いた。
当然だ。
私も衝撃だった。
故に、大幅に方針を転換せざるを得なかったのだ。
「東ノ国を統べる鋼主は、西ノ帝国への侵攻を企てている」
ネルの言葉に、デイトンが「そうか」と静かに呟いた。
古代より西ノ帝国の帝都は、白銀鉄でできた高い城壁によって守られ、一度も落とされたことはない。だが、油断は禁物だ。
私は口を開いた。
「直接の戦いになったら到底勝てない。でも、切り札があるとしたら――」
真っ直ぐトルーシスを見つめる。「トル―シス、あなたなら分かるでしょ?」
「……剣を割る。高い純度の白銀鉄ほど、割れやすい」
静かな回答に、私は深く頷いた。
デイトンが身を乗り出し、「ところで」と切り出した。
「”英雄”の噂話は知っているか、トルーシス?」
「東からきた英雄が真の王を立て、国を立て直す、というものですか?」
トルーシスが応じる。
いい具合だ。虚華亭で暮らしていたトルーシスも知っているということは、かなり世間に浸透している。
「トルーシス。君にその”英雄”になってもらう」
デイトンの言葉に、トルーシスが固まった。
「いいか。話はこうだ」
トルーシスに、デイトンが説明を始める。「近いうちに、西ノ帝国の王が死ぬ」
ネルが応じた。
「今夜、俺が暗殺する予定だ。成功を願っててくれ」
トルーシスが僅かに目を見開いた。
デイトンが口を開く。
「王の死で、この帝国は荒れる。そんな中、君は”英雄”として東から新しい王を連れてきて、東ノ国の侵攻に備えてくれ」
ニックがパチリと片目をつぶった。
「騎士団も最低200は君らと共に戦える」
「さすがだな、師団長」
ネルが軽口を叩いてから表情を引き締め、真剣な口調で言った。「俺も戦いの最中に寝返る。また一緒に戦おうぜ、トルーシス」
トルーシスは僅かに視線をそらし、言葉を絞り出した。
「……新しい王、はどこに?」
ニックがニヤリと笑った。
「それはこれからネルがうまくやってくれるさ」
「ったく。面倒なことを押し付けやがって」
ネルが毒づいた。
◇
そのころ。
白銀鉄製の見事な家具と調度で整えられた部屋で、若者はひとり悩んでいた。
唇を噛み、沈鬱な表情を浮かべて手元の書簡の束を読むと、力なく呟く。
「砂紋民は迫害され、白銀鉄の品質はうちどまりか……」
大きなため息が漏れる。
その時、独特のリズムで扉をたたく音がした。
若者の口元がほころぶ。
「シェムリか。入れ」
清楚なドレスに身を包んだ砂紋民の娘は、にこやかに笑った。
「若王さま。今日も髪を梳きましょうか?」
「頼む。……あと、戴冠式の準備も」
若王、と呼ばれた若者は少しだけ物憂げな表情を浮かべて、鏡台の前へと移動した。
シェムリは近づき、若王の髪を括っていた紐を解いた。
見事なブロンドの髪が肩まで流れ落ちる。
丁寧に櫛を入れていくシェムリに、若王は思い詰めたような口調で問いかけた。
「シェムリ。私は父上に似ているか?」
シェムリは間髪入れずに答える。
「いいえ、全く。若王さま」
がっしりとした体格は父親譲りに見えるが、肩まであるブロンドの髪と色白な肌がなんともいえぬ中性的な雰囲気を醸し出していた。
若王はその言葉に心底安堵したような表情になり、「続けてくれ」と言って目を閉じた。
「終わったわ」
シェムリの言葉に若王が目を開けた。
頭に燦然と輝く王冠を見て、顔を暗くする。
「似合わないな」
「きっと、これから似合うようになるわ」
シェムリはそっと肩に手を置き、安心させるように微笑みかけた。
「……今後も父上は健在だ。私は飾りに過ぎない。政は家臣や騎士たちが牛耳っている」
若王はうなだれた。
王は息子が16を迎えると譲位をする。西ノ帝国の慣例だ。
だが多くの場合、それは形だけで、息子は”若王”と呼ばれたまま、父王が死ぬまでは実権を握ることはできなかった。
「大丈夫。これから全てが変わるの」
揺るぎのない口調に、若王は気弱に微笑んだ。
「シェムリ。今日の夜も、私のもとへ来てくれないか」
控え目に付け足す。「君が明るい話でもしてくれなければ、明日が不安で眠りにつくことができないんだ」
シェムリは下を向いて、肩を落とした。
「残念。今夜はあなたのお父様に呼ばれているの」
「……そうか」
若王はうつむいた。
「でも、あなたがどうしても、っていうなら、私はこの部屋に来るわよ」
シェムリの言葉に一瞬目を見開いたが、力なく首を横に振る。
「いや。父上には逆らえない」
シェムリは苦笑した。
「分かったわ。じゃあ、また明日」
手を振り、部屋を出ようとするシェムリを若王は呼び止めた。
「…………」
もごもごとして、言葉が続かない。
シェムリは屈託なく笑った。
「なに? 名残惜しければ抱きしめたり、口づけをしてくれてもいいのよ」
「いや。いいんだ」
若王は少しだけ顔を赤らめて、首を振った。「……父上のようにはなりたくない」
「またそれ?」
シェムリは笑って若王の部屋を後にした。
◇
その夜。王の寝室にて。
豪奢な寝台に座って退屈そうにしていたシェムリは、その部屋の主の訪れに、パッと立ち上って笑顔を振りまいた。
「お帰りなさい! 戴冠式はどうだった?」
「……シェムリか。会いたかったぞ」
王はその巨体を引きずるようにして、寝台へとやってきた。そのままシェムリの豊満な体を抱きしめる。
「息子に譲位したが、これからも私の権力は万全だ」
自慢げだが、どこか虚ろな言葉だった。
「じゃあお祝いにしよ? 海の向こうの国からの特別な酒があるよ」
シェムリは枕元に置いてある酒瓶を指さし、上目づかいでにっこりと笑った。
「いや。酒よりも――」
王はシェムリを抱く手に力を込めた。
「分かったよ。しょうがないなぁ」
シェムリはくすぐったそうに笑いながら、「ちょっと待ってね」と言って部屋の明かりを3回ちらつかせ、ぱたりと消した。
「またそれか。お前の故郷の神の加護と言ったか」
あきれたような声の王に、シェムリはもたれかかり微笑んだ。
「そ。こうやって明かりを消すと、いい夢が見れるんだよ」
王宮に、三回またたいてから明かりが消えた一室があった。
「あれだな」
後ろに佇む傷に声をかけると、「あぁ」と静かな声が返ってきた。
すぐさま矢を放つ音が聞こえてくる。
暗くて見えないが、狙った場所に命中しているのだろう。
こいつの弓の腕前は、神技と言っていい。
故に俺は絶対の信頼を置いている。
傷が全ての矢をうち終えると、俺たちは王宮の外壁へと歩み寄った。
見事に白銀鉄の矢が等間隔に突き刺さっている。
侵入用の特製の矢である。
堅牢な王宮の外壁に食い込むように、先端は鋭く、鏃は足場になるように広く加工されている。
これを使って外壁を登り、王の寝室へと忍び込むわけだ。
あたりを伺うも、警備の兵の気配はしなかった。
誰もここを登れるとは思っていないのだろう。
「暗いですが、見えますか?」
傷が気を回して尋ねてくれた。
「あぁ。なんとかいけそうだ」
なぜか最近、夜目がきかなくなっている。今は月明かりのおかげで、ギリギリ見えているが。
傷が「まずは私が先に」と言って静かに最初の矢に足をかけた。そのまま平然と登っていく。
一体何なんだ、こいつは。
内心で舌を巻きながら、傷の体の使い方を真似しつつ、城壁を登った。




