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第4話 これで、終わり?

「じゃあ、入るぜ」

裏手の店の扉を開けると、店内には、華やかに着飾った女たちが大勢いた。

みな、男の隣にぴったりと座り、酒や会話の相手をしている。


「え……っと、ここは……」

トルーシスが目のやり場に困っている。


小さな街の割には、なかなかの規模だった。客として高官や騎士の姿もちらほらと見える。


「……ネル、あの人は」

トルーシスが動きを止め、ささやいた。指さす方には――


……やっぱりな。

胸の奥がざらついた。


さっきデイトンに助けられた娘がいた。


化粧と体の線が出るような扇情的《せんじょうてき》な服装で、まるで別人のような娘は、騎士の相手をしていた。

デイトンのような高貴《こうき》さは感じられない――そんな印象の騎士だった。


ふと、その娘が騎士の首に腕をまわした。

そのまま迷いなく唇を重ねる。


瞬間、トルーシスがパッと目をそらした。

まるで見てはいけないものを見てしまったような顔をしている。


騎士はまんざらでもなさそうな顔で娘の肩を抱き寄せた。


凍り付くトルーシスに、ニヤニヤ笑いながら質問する。

「お前、こういうところ来るの初めて?」


「……あぁ。というか、”店”に入ったこと自体がさっきで初めてだった」


恐ろしいやつだ。一体どこでどんな暮らしをしてきた。



「いらっしゃいませ、お兄さん方! 好みの女はいるかい?」

ぼさっと突っ立ている俺たちに、やり手そうな妙齢《みょうれい》の女が出てきた。店主だろう。


見れば、ずらっと着飾った女たちが並んでいた。

みな、にこやかな笑みを浮かべている。


「好きに選んでいいよ。ここじゃ砂紋民《ヌルム》も帝国民《ていこくみん》も問わないよ」

店主がほほえんだ。


呆然としているトルーシスを肘《ひじ》でつつく。

「おい、選べよ。選びたい放題だぞ」


「……いや。きみが選んでくれ」 

トルーシスは顔を赤らめて俯《うつむ》いてしまった。……まったく。


「ん――じゃあどうしようかな」

頭をかきつつ、頭を覆っていた布をとった。ついでに上着も脱ぐ。

頭の朱色の入れ墨と、左腕の砂紋民の紋様が露わになった。


女たちの反応を、しっかりと観察した。

みな、わずかに顔が強張ったのが分かった。


……いや。1人だけいた。

表情が変わらないやつが。

一番端(はし)にいる、線の細い娘。


地味な娘なのに、その藍色《あいいろ》がかった瞳は、ただ透き通るように澄んでいて――

一瞬、なぜか息をのんだ。


「いいね」

店主が微笑した。「リュシアっていうんだ。歳も近いんじゃないかな」


「……へぇ」

素っ気ない返事になった。


「ちょうどいい。リュシアを鍛えてやってくれ。あまり口数は多くないけど、それくらいがお連れさんにもちょうどいいだろう」

含み笑いをして、先ほどから固まっているトルーシスをちらりと見る。


「確かにな」

全面的に同意する。


「じゃあよい夜を」

店主はにこりと微笑むとリュシアを呼んだ。 






席につくと、俺たちは杯《はい》をかわしあった。


「…………」


場を支配する沈黙。

リュシアは先ほどからずっと伏し目がちだ。自信がないのだろうか?

……何か適当なことでもしゃべるか。

口を開きかけたとき。


「君は、どうしてここで働いているんだ?」

トルーシスがリュシアに尋ねた。


ぎょっとしてトルーシスを見る。


……それはいきなり過ぎるだろ! ふつう、世間話で場を和ませて――


「生きていくため」

直球すぎる返答だった。顔を上げたリュシアの瞳に、一瞬だけ、はっとするほど強い光が宿った。


「なぜそこまでして生きたいんだ?」

トルーシスの狂った質問に、リュシアは沈黙し、一口、酒を飲んだ。


――杯《はい》を持つ指先が黒ずんでいる。


思わず身を乗り出した。

「お前、剣作りたいの? 昼間は修行して夜はここで働いてるわけ?」


リュシアの目が見開いた。

「……よく分かりましたね」


「んまあ、その手を見れば」


白銀鉄の加工をする者の手は黒ずむ。

それにしても女で剣ってのは珍しい。遊びでやる程度じゃないほどの黒ずみようだ。

洗っても落ちないんだろう。


リュシアは恥ずかしそうに両手をテーブルの下にひっこめた。

「……一応、銀印会《ぎんいんかい》で働いているんです」


内心、衝撃を受けた。

銀印会《ぎんいんかい》といえば、この国で一番の金物屋だ。帝国の認可も受け、騎士の剣も作っていると聞く。


「それはすごいじゃないか」

トルーシスの瞳が、わずかに見開いた。


……こいつ、さすがに銀印会は知ってたか。


「……ありがとうございます」

頭を下げたその表情が、心なしか暗く感じた。


「なぁ、敬語やめない? もっと気楽に話そうぜ。……お前、仕事うまくいってねぇの?」

銀印会で働いていたとしたら、十分な給金が入るはずだ。こんなところで働く必要がないほどの。


リュシアがはじかれたように俺を見た。

「……そう。私、落ちこぼれなの」

心の内を吐露《とろ》するような響きがあった。


リュシアはハッとしたように声を明るくした。

「暗い話になりすぎました。……この街はどうですか? 初めて来たんですか? ……来たの?」


型通りの質問にのっかる義理はない。


「お前、どうして落ちこぼれなんだ」


トルーシスが肘《ひじ》をつつく。

「その質問は、初めましての女性にはちょっと失礼じゃないか」


「うるせえな、お前には言われたくねぇよ」


リュシアが俺たちのやりとりに少し笑った。


「……店の規格にあった商品が作れなくて。私がどうでもいいガラクタばかり作るから」


「どんなのを作ってんだ?」

興味本位の質問だった。


「……」

リュシアはためらった。 


「笑わねぇよ。それに、どうせ今晩だけの間柄《あいだがら》じゃねぇか」


リュシアは思い切ったように懐《ふところ》から何かを取り出すと、テーブルに置いた。

それは、平たい金属片だった。


ん、なんだこれ。


すると、いきなりリュシアは両の掌《てのひら》を打ち合わせた。


パン!

かわいた音が響く。

次の瞬間。



ブーン…………



静かな、だが確かな音を立てて金属片が振動した。


……え?


驚いている間に、金属片の振動はとまった。



「これで、終わり」

リュシアは困ったような笑みを浮かべた。


「……これで、終わり?」 

思わず繰り返す。


「そう……」 

消え入りそうな声が返ってきた。トルーシスは目を点にしている。


「はははは!」 

心の底から笑ってしまった。独創的すぎる。


「笑わないっていったじゃ――」

恨めしそうなリュシアの言葉を遮り、その金属片を手にとって叫んだ。


「面白れぇ! お前、頑張れよ。多分才能あるぞ。な?」 

トルーシスを見やる。


「僕もそう思う。こんなのは見たことがない」


「え……ありがとう」

リュシアは目をしばたかせながらも、嬉しそうに微笑んだ。


「なかなかいい雰囲気じゃないか」 

店主が追加の酒を俺たちの席へ持ってきた。

かなり夜もふけている。もうそろそろ時間だろう。そう思ったとき、店主がこちらを見た。


「部屋に上がるかい?」


……え?


「2階に個室があるんだ。若い兄ちゃんには特別まけておくよ。朝まで追加料金なしで」


「ネル。僕は先に帰って休んでいるから」 

トルーシスが微笑を浮かべている。


……えぇえ?


「いやいやいや、お断りだよ、こんな手の黒ずんでる娘!」 


「そうかい。残念だねぇ」

店主はさほど残念そうでもなく笑った。

リュシアも笑ったが、ほんの一瞬、笑みが揺らいだのが分かった。


――やばい。傷つけた。

そう思った時、店内から娘の悲鳴が聞こえた。





頬をおさえて床に倒れていたのは、先ほど騎士を接客していた、あの娘だった。


「砂紋民のクセに調子に乗りやがって」

騎士が、娘の髪をわしづかみにする。


「なぜ……」

トルーシスが呆然と呟く。


「ったく、ボーダンめ……」

店主が苦々しげに唇を噛みしめた。「あいつはミレーに惚れてんだ。再三自分の奴隷にしてやると言って聞かないんだよ」


――あぁ。世界は結局、無慈悲で冷酷だ。騎士には、俺ら庶民は逆らえない。


ミレーという娘の顔に拳が振り下ろされた瞬間、横から無言の殺気を感じた。

トルーシスだ。


やつは音もなく立ち上がり、一歩踏み出した。

思わずその服の裾をつかむ。


「おい。死ぬぞ」 

斬り殺されても文句は言えない。


「構わない」

それは、まったくいつも通りの口調だった。強がったり、英雄気取りといった様子も少しも感じられなかった。


「……」

絶句している間に、そのやや小柄な背中は、騎士の方へと向かっていった。



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