表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

第3話 騎士

数週間後。


「あ~、うまい! 久しぶりの酒は生き返るぜ!」

ドン、とテーブルに杯を勢いよく置く。

小さな街の酒場に俺たちはいた。正確には俺が行きたいと駄々(だだ)をこねたのだが。


「きみは……14だろ。いいのか、酒を飲んで」

トルーシスがわずかに怪訝けげんそうな顔を浮かべる。


「うるさいな。いいんだよ、ちょっとぐらい」


「そうか」

頷くと、トルーシスも杯を口に運ぶ。

フードを目深にかぶっていて分かりづらいが、いつもと顔色は全く変わらない。


……ったく。

酒を飲ませて、少しはこいつの話を聞き出してやろうと思っていたのに。


数週間、一緒に旅をしているが、トルーシスは自分について、ほとんど語らない。

そもそも口数自体少ない。常にフードを目深にかぶり、手の甲まで覆う長袖を着ている。紋様を隠すためだろう。


そういう俺も、今は頭に布を巻いて入れ墨を隠しているし、左腕の紋様も外套がいとうで見えないようにしている。

帝国民ていこくみんが多いこの街じゃ、砂紋民ヌルムだと悟られない方がいい。



その時。

荒々しい足音が響いた。

入ってきたのは、腰に大きな剣をいた3人の男たちだった。


「おい、酒を出せ。一番いい酒だ」

賑やかだった酒場が一瞬で静まった。店主が震えながら口を開く。


「こ、これは海の向こうの国から仕入れた貴重なもので……。お代を払ってくれるなら――」


鈍い音が響いた。

店主が床に崩れ落ちる。


「ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと酒を出せ。殺されたくなければな」


店主の胸ぐらを掴んで恫喝どうかつする。残り二人の男たちは、品定めするように店内を見回した。


「おい、ここに砂紋民ヌルムはいるか」

心臓がドクンと一つ、音を立てた。


「いるだろう! 左腕を見せろ!」

その声に、酒場の客たちは慌てたように服のそでをめくり始めた。

白い左腕があらわになる。――彼らは問題ないのだ。帝国民ていこくみんだから。


トルーシスにさりげなくささやいた。

「何ごともないように右腕(・・)をめくれ」


動揺を顔に出したやつから終わる。

そして、この場に必ず砂紋民ヌルムはいる。


「いたぞ! 捕まえろ!」

裏口に向かって、若い娘とその弟らしき少年が駆けだしたのが見えた。

男たちは瞬時に追いすがり、抜刀した。


二人の服が破れ、左腕に刻まれている茶褐色ちゃかっしょくの紋様があらわになった。


……服だけ斬ったのか。


「いい顔の女だ。高く売れるぞ」

「首をとばされたくなければ、おとなしく従え」

なおも抵抗しようとする姉弟していを、男ふたりが押さえつけている。

もう1人は、店主を脅して金を巻き上げている。


――今だ。


呆然とその光景を見ているトルーシスの腕をつかむ。

「逃げるぞ」


「……え?」

トルーシスの目が大きく見開く。


「もたもたするな。今しかねぇ」

かなり手慣れているやつらだ。やりあっても勝てねぇ。注意がそれているうちに――


そのとき、扉がカラン、と鳴った。

入ってきた男を見て、思わず息をのんだ。


帝国騎士ていこくきしだったからだ。


純白じゅんぱくの隊服。胸には金の刺繡ししゅうで帝国のエンブレムが入っている。

そして、腰には光り輝く白銀鉄(はくぎんてつ)の剣。


突然の騎士の登場に、男たちは動揺した。

お互い目を合わせ、ひとつ頷くと、一斉に騎士に斬りかかった。



次の瞬間。

鋭い金属音が鳴り響いた。

同時に、男たちの剣が砕け散った。


割れた刃が無残に床に散らばる。男たちはつかだけになった己の剣を呆然と見つめた。


騎士はゆっくりと、さやに収まったままの剣を剣帯けんたいに戻した。


抜いてすらいない。3人を相手にして、さやだけでこの威力。


――これこそが本物の白銀鉄(はくぎんてつ)の剣。本物の騎士。



「正義の味方気取りかよ!」

男たちはいまいましそうに吐き捨てると、逃げるように酒場を出て行った。



「騎士様、ありがとうございます!」

酒場の店主がひれふしたのを皮切りに、客たちは我にかえったように膝をつき、うやうやしくこうべを垂れた。

俺もさっとひざまずく。


ちらりと横を見ると、ぼさっと騎士を眺めているトルーシスがいた。


「おい、礼儀ってもんがあんだろ。騎士には俺ら庶民は平服へいふくしなきゃなんねぇんだ」

小声で言い、やつを椅子から引きずりおろすと、トルーシスは申し訳なさそうな顔をした。


「……ごめん。世間知らずで」


「別に。俺が知ってることは教えてやるよ」


トルーシスがわずかに息をのんだ気配がした。

「ありがとう、ネル」


……な、なんだよ。





「みな、よい。どうか私には気を遣わずらくにしてくれ」

苦笑まじりの騎士の声が酒場に響いた。

改めてその顔を見ると、まだ年若かった。19,20くらいだろう。短く整えられた灰色の髪にやはり灰色がかった瞳。


殴られた酒場の店主をすぐに助け起こし、砂紋民ヌルム姉弟していにも声をかけている。


「大丈夫か。怖かっただろう」


娘は平伏したまま、恐れ多そうに言った。

「き、騎士様、膝をつくなんて……綺麗な隊服が汚れてしまいます。私たち砂紋民ヌルムなんかに――」


「かまわない。この剣と隊服は民を守るためにある。そなたらもかけがえのない民だ」


やべぇ! シビれる!! 

思わず拳を握りしめた。


姉弟していは何度も頭を下げながら、笑顔で酒場を出て行った。

静かにたたずんでいるその騎士に近づき、思い切って口を開いた。


「なぁ、よかったら、一緒に飲まない? 俺らと」


「え……」

トルーシスが、絶句する。


騎士はこちらを見て、にこりと微笑んだ。「いいぞ。少しだけなら」





    ◇





その騎士の名は、デイトンというらしい。姓は名乗らなかったが、銘家めいかの出だろう。言葉遣いと所作に品がある。


ざっくばらんにお互いのことを話し、ひとしきり飲み食いした後、俺は声を潜めた。


「なぁ、デイトン」 

この奇特きとくな騎士は、自らの名を呼び捨てでかまわないという。「もし良かったら……剣を見せてくれないか? 絶対に盗んだりしないから!」


「いいぞ」

デイトンは微笑んで、白銀鉄はくぎんてつの剣をさやごと俺に渡した。


ずっしりと重かった。

きらびやかな装飾のさやから、そっと剣を引き抜く。


――光り輝く銀色のやいば

その美しさと鋭さに圧倒された。


村にあった剣と比べると雲泥うんでいの差だ。

市場に出回る模造品もぞうひんとは違う。

これこそが、他国が恐れる帝国最高純度ていこくさいこうじゅんどの騎士の剣だ。


思わずときを忘れてその剣に魅入った。




「……で、兄さんは結局見つからなくて、ネルに出会って一緒に旅をしているんだ」

急に俺の名前が聞こえてきて、ハッと顔を上げた。

いつの間にか、トルーシスとデイトンが話し込んでいる。


……へぇ。人探しの旅をしていたのか。


「会えない苦しさはよく分かる。見つかることを願う」

デイトンがトルーシスの手に自らの手を重ねると、トル―シスは大きく目を見開いた。遠慮がちにぼそぼそと礼の言葉を言っている。


二人は馬が合うようだ。引き続きいろいろと話し込んでいる。

話がひと段落したところを見計らい、デイトンに剣を返すと、彼はそれを剣帯けんたいに収め、呟いた。


「東ノ国の兵には、気を付けた方がいい」

わずかにかげりのある表情だった。


「分かってるさ。俺の村も東ノ国に滅ぼされたんだ」


ガタン。

デイトンがいきなり椅子から立ち上がった。


「どこの村だ?」

やけに必死な表情で尋ねてくる。


「村長アトスの村だ」


「そうか、君たちは――」 

デイトンは何かを言いかけて、口をつぐんだ。


「……生きていて良かった。申し訳なかった」

心からの謝罪だった。


「気にすんなって。辺境の村だったから、騎士には情報が伝わらなかったんだろう」


もし騎士たちが駆けつけてくれていたら――きっと光り輝くあの剣で、造作ぞうさもなく敵を追い払ってくれただろう。

だが、もう終わった話だ。


デイトンはもう一度、「申し訳なかった」と頭を下げると、「そろそろ時間だな」と呟き、硬貨を数枚、テーブルにおいた。


「え?」 

トルーシスが仰天する。

――飲み食い代にしては、十分過ぎる額だった。


デイトンは微笑んだ。

「楽しかった礼だ。残りは旅の足しにしてくれ。またどこかで合えたらいいな」


名残惜しく別れを交わしていると、金髪に碧眼へきがんの騎士が店に入ってきた。


皆がひざまずこうとするのを、「いいって、いいって! 俺、堅苦しいの嫌いなんだよ」と手をひらひらさせてかわす。


……こんな軽薄な騎士もいるんだなぁ。


俺の心の中を読み取ったかのように、デイトンが苦笑した。


「ニックだ。隊の中で唯一の友人だ」


唯一? 尋ねる間もなく、ニックは足早にこちらにやってきた。


「遅いよ、デイトン。上官に怒られるよ」


「分かってる。今帰ろうとしたところだ」


「はいはい」

ニックが、俺らを見てふっと目を細めた。あまり好意的ではない眼差し。そのまま何かをデイトンにささやく。

一瞬、デイトンはうつむいたが――すぐに顔をあげ、「じゃあ、またどこかで」と微笑むと去っていった。




  

   ◇    





まだ夜は長い。

酒場を出たあと、トルーシスに言った。

「なぁ、裏手にも店があるみたいだぜ。入ってみないか」


「分かった。ネルの胃袋は底なしだな」

頷くトルーシスに、心の中でほくそ笑んだ。

こいつがどんな反応をするか楽しみだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ