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第32話 暗殺者

地下通路から玄関(げんかん)にあがると、おや、とニックが口もとに笑みを浮かべた。

「今日はドレスなんだね。帝都(ていと)の1割の男が思わず振(ふ)り向くくらい似合ってるよ。エミリー嬢(じょう)とは別系統を狙(ねら)ったの?」

相変わらずの軽口にげんなりする。


16で天涯孤独(てんがいこどく)になってから、私に生き方を教えてくれたのが彼である。

……とんでもないスパルタだったが。


「あれ? 誰(だれ)か来てるの?」

人の気配がする。珍(めずら)しい。この人が家に誰(だれ)かを招くなんて。


「あぁ。ちょうど良かったよ。君にも会わせたかったんだ」

ニックはうっすらと微笑(ほほえ)んで、居間へと続く扉(とびら)を開けた。


そこには二人の人物がいた。

まず目に入ったのは、黒いマントに身を包んだ長身の青年。

その背の高さに驚(おどろ)いた。普通(ふつう)の者よりも、頭一つ分はゆうに高いだろう。

すらりとしているが、体つきから全身隈(くま)なく鍛(きた)えられていることが分かる。


「びっくりだよ。こんな馬鹿みたいに背が高くなるなんてさ」


「うるせぇな。最近急に伸(の)びたんだよ」

ニックの茶化すような声に、青年が口を尖(とが)らせる。

髪(かみ)を片方刈(か)り上げ、そこに朱色(しゅいろ)の入れ墨(ずみ)をいれているだけではなく、首筋にも砂紋民(ヌルム)の紋様(もんよう)をかたどった入れ墨(ずみ)があった。

強く光る目がこちらを向いた。


……や、やばい筋のひとかな?


私はひとまず笑顔を向けた。


もう一人、部屋の奥(おく)にひっそりと佇(たたず)んでいる人には、顔に大きな火傷の跡(あと)があった。

白銀色(はくぎんいろ)の髪(かみ)を男のように短く整え、男物の服を来ているが、なんとなく、体の線から女の人だと思った。

痛々(いたいた)しく顔に広がる火傷の跡(あと)を隠(かく)そうともせず、顔周りの髪(かみ)はみな耳にかけている。

背負っている大きな弓に目を引かれた。


入れ墨(ずみ)だらけの青年は、覇気(はき)のある気配を強く放っている。他方、この女の人は森のように静かな気配。

全く、対照的だ。


だが、ふたりともかなり強い。それを肌(はだ)でひしひしと感じる。


「この女の子がさっき話したレオラだよ。なかなかでしょ。”革命組織”のリーダーなんだ」

ニックが私を彼らに紹介(しょうかい)した。


「ふうん。確かに俺が会った中では5本の指に入るか……」

入れ墨多数(ずみたすう)の青年は、私を見つめて低く呟(つぶや)いた。


「いや、私より腕が立つ者なんて、ざらにいるわよ」


「へぇ。謙虚(けんきょ)なんだな」

青年は面白そうに笑った。笑うと少し印象が変わり、今にも人を殺しそうな雰囲気(ふんいき)が、無邪気(むじゃき)な少年のようになった。

あとで知ったが私より2歳年下(さいとしした)らしい。名をネルというようだ。


「で、どうだった? 虚華亭(きょかてい)の方は。おめかしして偵察(ていさつ)に行ってきたんだろう?」

ニックが口の端(はし)に笑みを浮かべて私に視線を向けた。


「紋様(もんよう)が見れなかったから分からないけど、多分あなたの言う通りトルーシスね。あれは並みの人間の動きじゃないわ」


「ほんとか!?」

私の言葉に心底嬉(うれ)しそうな声をあげたのは、ニックではなく、ヤバい人風の青年だった。

「ほら、言っただろ。生きてるって」ニックは笑って青年の肩(かた)を叩(たた)いている。


「手がかりにしてくれ。やつの紋様(もんよう)はこれだ」

青年は懐(ふところ)から短剣(たんけん)を取り出し、私に差し出した。


それを受け取り、その鞘《さや》を見て驚(おどろ)いた。

――見事に紋様(もんよう)が彫(ほ)り込まれている。トルーシスの紋様(もんよう)だろう。


これは有難い。仲間たちから彼の紋様(もんよう)の特徴(とくちょう)を聞いていたが、皆(みな)うろ覚えで証拠(しょうこ)には弱いと思っていたのだ。


「やつの紋様(もんよう)を覚えてた俺の仲間の剣職人が、再現したんだ」

青年は自慢(じまん)げに言った。


「へぇ。”仲間"ね。まだ”恋人(こいびと)”じゃないのね」と目を細めるニックを、「うるせぇな」と青年は睨(にら)みつける。


そんなやりとりそっちのけで、私は剣にみとれた。

「綺麗(きれい)……」

紋様(もんよう)は鍍金《メッキ》で黒く装飾(そうしょく)されていた。鞘《さや》本体は白く輝(かがや)きを放っている。かなり純度の高い白銀鉄(はくぎんてつ)でできているのだろう。鞘《さや》でこうなら、中の剣はいったい――


「抜(ぬ)いてみろよ」

私に視線を戻(もど)した青年は、微笑(びしょう)を浮かべて剣を鞘(さや)から抜(ぬ)く仕草(しぐさ)をした。


頷(うなず)いて鞘(さや)から剣を引き抜(ぬ)き――その刃(やいば)を見て私は言葉を失った。

今までに見たことがないほど、薄(うす)く、軽い。その上、鮮烈(せんれつ)な輝(かがや)きを放っている。


「これは、もしかしてこの国のものではないの?」


「その通り」とニックが笑みを浮かべて頷(うなず)いた。

「彼らは東ノ国から来たんだ。この国に内通して、君の仲間になるってさ」


……やはり、ヤバい人だった。

だが彼らが仲間になってくれれば心強い。


「よろしく。俺はネルだ」 

「私は、名はない。”傷(きず)”と呼んでくれ」

二人から差し出された手を、私は力強く握(にぎ)った。








「じゃあ、大体状況(じょうきょう)は分かったから、俺らは行くわ」

一通りの話を終えると、ネルは大きく頷(うなず)き、立ち上がった。


「どこへ?」

思わず尋(たず)ねた。東ノ国から来たというのなら、西ノ帝国(にしのていこく)ではお尋(たず)ね者だ。ここで身を隠(かく)していた方がいい。


ネルは不敵に笑って、声を潜(ひそ)めた。

「王宮の周辺さ。この帝国(ていこく)の王を暗殺するための偵察(ていさつ)だ」


驚(おどろ)いた。

「えっ、私が暗殺しようと思ってたのに」


「……は?」

ネルが目をしばたたかせた。 傷(きず)も後ろで目をわずかに見開いている。


「だから、あんな王、私が暗殺する予定だったの。でもあなたが代わりにやってくれるのなら、有難いかも」


毒気に抜(ぬ)かれたような表情をうかべる二人に、ニックがくすくすと笑っていた。


「まっ、まあ、止めるなよ。鋼主(こうしゅ)様の命令だ」

気を取り直したネルが、ちらりとマントの下の服を見せる。


それは、噂(うわさ)に聞く東ノ国の軍服だった。

薄(うす)く糸のように加工した白銀鉄(はくぎんてつ)を織り込んでできている、超高機能(ちょうこうきのう)の漆黒(しっこく)の服。

胸には勲章(くんしょう)が何個も輝(かがや)いていた。


……なるほど。ここに来た表向きの理由は王の暗殺か。

これで鋼主(こうしゅ)はこの西ノ帝国(にしのていこく)を狙(ねら)っていることが確実になった。


それにしてもこの青年は、東ノ国の軍の中でかなり信頼(しんらい)されているということか。

でなければ、こんな大役、任されないだろう。


「レオラに負けずに頑張(がんば)ってね。あと、もし若王(わかおう)が使えそうだったらこっちに引き込むのも忘れないでね」

ニックは、まるで世間話でもするような軽い調子でネルに頼(たの)んだ。


「ったく、面倒(めんどう)ごとを押(お)し付けやがって……」

ネルは玄関(げんかん)から地下通路へと降りた。毒づいていたが、その顔は軍人そのものだった。この国の大半の騎士の平和ボケした顔とは違(ちが)う。狙(ねら)った獲物(えもの)は確実に狩(か)る。そんな目をしていた。

傷(きず)も、ネルのあとを音もなくつき従い、部屋から消えた。





「なかなかの二人組ね」

静かになった部屋でそう言うと、ニックは微笑(ほほえ)んで頷(うなず)いた。


「あのネルという青年は、トル―シスの一番の仲間だったんだ。5年前はほんのガキだったけど、強くなったね」

ニックが少しだけ感慨深(かんがいふか)そうなのが、珍(めずら)しいと思った。が、それも一瞬(いっしゅん)で、すぐにいつもの調子で口を開く。


「君も頑張(がんば)りなよ。祭りまで日がないよ? 早く彼の懐(ふところ)に入り込んで、仲間にしないと」


私は口をへの字にした。

「えぇ~、私より綺麗(きれい)な女の子を山ほど相手にしてるのよ。私が付け入る隙(すき)なんてないわ。色仕掛(いろじか)けも、なんかうまくいかなかったし」

それに、と付け足す。

「確かに腕(うで)が立つかもだけど、色白でナヨナヨしてるし。なんか王子様みたいでキラキラしてるし。私とは生きている世界線が違(ちが)うわ」


ニックは私の言葉にふき出した。

「まあ、もっとよく彼を知ってみなよ」

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