第31話 虚華亭②
「……驚いた」
僕の他にも、黒い紋様を持つ者がいたのか。
「でしょ?」
レオラはまるでイタズラが成功した子どものように笑った。「もっと見ていいわよ」と言って、自分からドレスのボタンを一気に外して、大胆にも服を大きくはだけさせた。
紋様の全体が明らかになった。
漆黒の紋様が、鎖骨から左胸のふくらみに差し掛かるところまで続いている。やけに単純な紋様だった。弧を描くような曲線が規則的に刻まれているだけである。
さらに驚いたことに、レオラの肌には、無数の紫色の痣があった。
紫煙花の中毒で死ぬときに出る痣だ。
「これだけの痣を出してなぜ死なない――」
いいかけて、その体に釘付けになった。
傷跡があった。
通常の娘ならありえないほどの多さの、剣で斬られた跡。
縫われた跡がある深手のものもある。
ひとつ、肩口に最近斬られた傷跡があった。
赤い瘡蓋が閉じかけている。白い肌と対照的な、その赤に魅入られてしまった。
思わずそっとその瘡蓋に触れると、レオラはくすぐったそうにした。
「それはこの前、騎士に斬られちゃってねぇ。まったく油断してたよ」
……この娘は、戦いに身を置いているのか。
はだけた服からのぞくその体は、鋼のように鍛えられていた。
縦に線が走る腹筋。筋肉の筋が入る両腕。
細身でしなやかだが、戦闘のために特化した体であることが一目で分かる。
「分かったでしょ? 筋肉は裏切らないもの。私はこの国に”革命”ってやつを起こすの」
レオラは体を起こすと、こちらに微笑みかけ、服を整えながら続けた。
「もうこの西ノ帝国の繁栄は終わった。分かるでしょ? この5年の間に、東ノ国は恐ろしいほど国力をあげた。白銀鉄の純度を高め、軍を強くした」
そこまで一息で言うと、噛みしめるように続ける。
「でも、この国は白銀鉄の質をあげられなかった。民は貧しくなり、砂紋民は村から追い出され、帝都で奴隷と化している」
そして僕を真っ直ぐな瞳で見つめた。先ほどと同じ、揺るがない信念を持つ輝き。
「テルシヴァン、あなたは強い。私たちの仲間になって。一緒にこの国を変えよう」
その言葉に一瞬、過去が頭の中を駆け巡った。でも、行きつくのはいつも同じだ。
お前は呪われている。
呪われた黒い紋様持ちだ。
その罵倒の声に帰着する。
レオラの視線から逃れるように目を閉じ、大きく息を吐き、言った。
「……断る。もう希望を持つことは辞めたんだ」
「”もう”? 昔は持ってたの?」
「……」
押し黙ると、レオラは興味深そうに僕を眺めてから、楽しそうに言った。
「そういえば、あなたにも黒い紋様があるって聞いたわ。見たいなぁ」
「断る」
間髪入れずに言った。
僕の何を知っている?
「つまんないなぁ」
レオラは不満げにしたかと思うと、表情をがらりと変えて、にこりと微笑みかけた。
「怪我の手当てをしようか?」
殴られた顔を指さす。
「……嫌だ」
化粧が崩れでもしたら困る。
「ガードが固いなぁ」
ちぇっとレオラは口をとがらせて、「また来るよ」と屈託なく笑った。
その笑顔は、僕には明るすぎた。
「もう関わらないでくれ」
ただ、静かにそう言った。
どんな反応が返ってくるかと思ったが、レオラは動じずに、「でも、また来るよ」と能天気に言って出て行った。
◇
「ただいま~。戻ったわよ」
帝都の入り組んだ裏町を抜けると、巧妙に隠された私たちの”隠れ家”がある。
扉を開けると、いつも通り夜中にも関わらず、みんなが集まっていた。
「よお、レオラ! どうだった、虚華亭の噂の”彼”は?」
体格の良い30代後半くらいの男が私を出迎えた。力強いぎょろりとした大きな目が印象的な、ダグラスだ。
「紋様は見れなかった。顔にも紋様はない。けど、花街の男にしてはあまりにも強すぎるわ」
「なるほど。ってことは……」
目を輝かせたのは、ルカだ。彼も共に戦う仲間である。
「えぇ。あなた達が言ってるトル―シスの可能性大よ!」
興奮が抑えきれず、弾んだ声になった。
「まじかよ!!」
ダグラスが立ち上がって拳を突き上げた。
周りの仲間たちの顔もとたんに明るくなる。
「で、どうなんだ。仲間になってくれそうか?」
いつも落ち着いているルカが珍しく早口で尋ねてくる。
「う―ん、断られちゃった」
「何ッ!?」
ダグラスが目を剥いた。
「なんか、心を閉ざしている感じなのよね」
私の言葉に、皆がうつむいた。
「……あれだけのことがあったんだ。心を閉ざしてしまうのは無理もない」
ルカが絞り出すように言う。
「レオラ。お前だけが頼りだ」
ダグラスが深く頭を下げた。「どんな手を使ってでもいい。やつの心を開いてこちらに引き込め」
ルカも縋るように言う。「最悪色仕掛けでもいい。トル―シスは奥手だった。グイグイいけば何とかなる」
「どこをどう見たら彼が奥手なのよ。あのエミリー令嬢にも人前で堂々とキスなんてしちゃうし。すごく女の子の扱いに慣れてるって感じだったわよ」
二人は絶句した。
「ま、まあ歳月は人を変えるって言うしね」
フォローをしたが、ダグラスやルカたちは自分を責めるようにうつむいてしまった。
トル―シスのことになると、みな一様にこうなってしまう。
昔、トル―シスを筆頭に東ノ国――本当の東ノ国と、帝国騎士が化けていた偽の東ノ国――と戦っていたという。
仲間たちは最後の戦いでトル―シスを裏切ってしまったことに、罪悪感を抱き続けている。
故に、彼らしき人物がいると情報が入ったとき、探りを入れるのは私の役目となった。
まあ、合わせる顔がないという気持ちもわからんでもない。
「じゃあ、ちょっとまた出かけてくるわ」
今晩は用事が立て込んでいる。隠れ家の戸口に向かうと、皆が「気を付けて」と見送ってくれた。
……気のいい仲間たちなんだけどな。もう少し頼りがいがほしいものだ。
ふいに昔の仲間たちの顔が浮かんできて、たまらなくなった。
――忘れろ。ただ、前だけを見ると誓ったんだ。
心の中でそう自分に言い聞かせ、暗い地下通路を進むと、目的の場所についた。
いつも通り、決まったリズムで地下通路の天井を叩く。
そこは、とある家とつながっている。
しばらくして、地下通路の天井が開き、いつもの声がふってきた。
「やぁ、ごめんね。麗しい女の子にこんな暗い中、ここまで来させちゃって」
「どうせ心の中じゃ、そんなこと微塵も思ってないんでしょ?」
ニックが差し出した手には見向きもせず、体の反動を上手く使って、地下通路から彼の家の玄関へと上がった。




