第27話 剣奴編①
※トルーシスが剣奴として闘技場につれてこられた時のお話です。
東ノ国と組んで大勢の砂紋民を騙した売国奴。
どんな悪魔のようなやつかと思っていたら、連れてこられたのは、もの静かで顔の整った青年だった。
「じゃあ、ジン。あとは頼む」
やつを連れてきた同僚たちは、厄介者を押し付けるようにして去っていった。
仕方なく声をかける。
「残念だったな。お前はこれから死ぬことになる」
剣を渡すと、やつは手枷をはめたまま、器用にうけとった。
しずかな目で剣を見つめている。
お飾り程度のさびた剣だ。実際に相手を傷つける能力はない。
「……先の、砂紋民と騎士との闘いで生き残ったものは?」
「ん? 全員砂紋民は死んだってさ」
「……そうですか」
やつは目を閉じた。瞼にも紋様があるんだな、と妙なところに感心した。
「これから、僕は何を?」
淡々とした声で尋ねてくる。
売国奴ってやつはこうも静かなのか? よく分からんが、せっかくなので教えてやった。
「ここは帝国が誇る闘技場だ。お前はこれから戦わされる。――それも一方的な戦いをな」
ガチャンとレバーをひくと、闘技場の裏手にある、この埃くさい控えの部屋に光が差し込んだ。闘技場が見え、観衆のざわめきが聞こえる。
「さあ、行け」
いつものように剣奴の手枷を外し、その背を押す。
ビビッて泣き出したり、逆上して俺に斬りかかってくるやつもいる。
そんなやつらをなんとかなだめすかして送り出すのが闘技場の番人である俺の役目だ。
まあ実際には、あの世へと送り出しているわけなんだが。
場内に、売国奴トルーシスがこれから出場するという進行役の声が響いた。
観衆がどっと沸き立つ。
やつは、己の運命を悟ったように、しずかに目を閉じた。
……へぇ。珍しい。
おびえも憤慨もしないやつは初めてだ。
何の気なしに俺は口を開いた。
「お前さん、いいことを教えてやるよ。今回の対戦相手は、数十匹の獰猛な西の森のトラだ。楽にぽっくり死ねるといいな」
言葉をかけても、やつはしばらく目を閉じていた。
そして、目を開けて――思いがけないことを聞いてきた。
「もし、この戦いに勝ったら、どうなる?」
「へ?」
西の森のトラは、騎士でさえも一匹を相手にするのでやっとだ。おまけに武器はさびた剣。勝てるはずがない。
だが、聞かれた問いには正直に答えてやる。
「まあ、数日後に次の戦いに出ることになるな」
「……」
やつは何かを呟き、また目を閉じた。
何か、考えているように見えた。
そして、目を開けてさっと歩き出した。
光の方へ。闘技場へと。
その顔を見て思わず言葉を失った。
恐ろしいほど、何の感情も浮かんでいなかった。
……何、こいつ。
あっけにとられているうちに、やつは全てのトラを倒して戻ってきた――。
◇
一週間後。
「すごいじゃないか。お前、何者なんだ?」
この売国奴は、今回も勝った。これで5勝したことになる。
「……別に。ただ目の前の相手を倒しているだけだ」
試合を終え、控えの部屋に戻ってきたトルーシスは、静かに呟く。
これまで、絶対にかなわないような対戦相手が用意されてきた。
だが、やつは勝ち続けた。
人はいい加減なものだ。
最初は殺せと騒いでいた観衆もだんだんやつに関心を失ってきた。
次回から通常の剣奴と同じ扱いにしろ、と上から命令が入っている。――もし100勝したら殺せ、とも。
剣奴は本来、100勝したら自由になれるのだが。
ドン、と太鼓がなって次の試合がはじまった。
細身の金髪の青年と、がっしりとした体格の壮年の男が白熱した戦いを繰り広げている。
観客が、殺せ、殺せと盛り上がる。
「今回の試合の勝者がお前の次の対戦相手だぜ」
「……」
やつは静かに闘技場を見やった。「ここを狂っているとは思わないのか?」
「……思うさ」
それだけを返した。「でもよ、あいつらは二人とも希望を持って戦っている。若い方は98勝、もう一人は78勝なんだぜ」
「98勝」
やつの長い睫毛に覆われた目が驚きで見開かれる。
「ここが始まって以来の快挙だな。勝てば、100勝まであと少しだ。逆に78勝の男が勝てば、相手の98勝を奪えることになる」
勝てば相手の勝利数を獲得でき、負ければ相手の勝利数まで落ちる。それがこの闘技場のルールだ。
試合はすさまじい斬りあいとなった。
両者の剣が交錯した、その瞬間―― 青年の反応が僅かに遅れ、握っていた剣がとばされた。
すかさず男が青年に馬乗りになり、拳を固めて顎を殴った。鈍い音が響きわたり、観衆が歓声を上げる。
何発も拳を入れられた青年は、がっくりと力を失った。
トルーシスはというと、倒れている青年を凝視していた。
……お。気づいたか?
「じゃ、俺はケガ人を治療してくるから。明日、頑張れよ」
去ろうとすると、やつは静かに言った。「……あの青年と話すことはできるか?」
……へぇ?
話せるかどうかは知らんが、と前置きして言った。
「地下の5番の部屋に、弟と一緒に暮らしている。しばらくしたら行ってみるといい」
◇
目を覚ますと、弟のトルクの心配そうな顔が目の前にあった。
「兄ちゃん!! 大丈夫? いたくない?」
背に、ひんやりとした石の床の感触があった。鉄格子で廊下と区切られているだけの、簡素な部屋。
束の間、記憶をたどり――手ひどく殴られて負けたことを思いだした。
「心配ない。かすり傷だ」
笑いながら答えると、弟は泣きそうな顔をした。
「でも、せっかく98勝までいったのに……あと少しだったのに……」
その頭に手をのせる。
「問題ない。78勝までしか落ちなかった。それより、お前、明日試合だろ? 剣の稽古をしよう」
立ち上がり、部屋の隅に転がっていた木刀を手渡す。弟は受け取ったが、顔を曇らせた。
「僕、剣苦手だよ……」
「お前は筋がある。俺が保証する」
断言すると、満面の笑みが返ってきた。
「分かりました、兄上!」
「もうその言葉遣いはなしといっただろう」
「そうだったね、兄ちゃん」
弟に頷くと、表情を引き締めて部屋の外に声をかけた。
「何か用か? 盗み聞きとは趣味が悪いぞ」
「申し訳ない。……どのタイミングで出ていけばいいか、考えていたらだんだんわからなくなってしまって」
姿を現したのは、顔に黒い紋様のある青年だった。弟は気配に気づかなかったのだろう。目を丸くしている。
「お前が噂の売国奴、トルーシスか」
次の対戦相手だという。どんな手練れかと思っていたが……印象が違う。見た感じ、人付き合いの苦手そうな青年だ。
「で、何の用だ?」
再び尋ねると、トルーシスは思いもかけない返答を返した。
「……君が負ける理由を知りたいと思って」
絶句した。今まで、見破られたことがあっただろうか。
「……入れ」
一瞬迷ったが、入口の鉄格子を開けた。
「トルク。番人のところで時間をつぶしてこい」
弟は「分かった」と素直に頷き、部屋から出た。
入れ替わるようにトルーシスが入ってくる。
歳は俺と同じくらいだろう。やけに整った顔に、黒い紋様が不気味なほど映えていた。
静かにこちらを見つめるトルーシスを信用していいのか分からないが、正直に言った。
「……弟のためだ。あいつをここから出したい」
それで彼は全てを悟ったようだった。
「君は最終的に、弟に自分の勝利数をあげるつもりか」
「その通りだ。祭りの前までには弟をここから逃がしたい」
そう言うと、「祭り?」と首をかしげる。何も知らないらしい。
「日々の戦いを生き残った剣奴は、祭りで騎士と戦うんだ。まず勝ち目はない。それまでに弟を――」
思わずため息をついた。「……でももう時間がないな」
祭りまであと3か月しかない。
「僕も手伝う。どうせ生きるつもりはなかったんだ。負け方を教えてくれ」
驚いてトルーシスを見やると、その顔には静かな笑みが浮かんでいた。




