第25話 東ノ国編② 協力
さらに1週間後の真夜中。
渾身の力でタックルしたとき、扉が音を立てた。
――開いたのだ。
うしろを見ると、シェムリは大事そうに頭蓋骨を抱きしめたまま眠っていた。
静かに扉を開け、部屋から出る。
どうやってリュシアを探す?
シェムリの話なら、ここにはいないと言うが――
隣の部屋の前を通り過ぎようとしたとき、思わず立ち止まった。
部屋の中が見える。
中から外は見えないが、外から中は見える仕様になっているらしい。どういう作りかは知らないが。
中では男と女が抱き合っていた。
試しに、そっとドアノブを回すと、扉は静かに開いた。すかさず元通りに閉める。
部屋の中の男と女は、お互いに夢中で全く気づかない。
この扉も、中からは開かないが、外からは開くらしい。
シェムリの話によれば、この建物は何十階もある回廊のようになっているという。
一番下に降り、一つひとつの扉の中を確認しながら上の階に駆けのぼっていく。
見るのがはばかられるようなシーンが多かった。
女に暴力をふるう男もいた。そのたびに、相手の女がリュシアではないことに胸をなでおろし、逆にリュシアの相手がどんな男なのか、いいようもない不安と焦燥感にかられた。
最上階までついたが、リュシアはやはり居なかった。
だが、一つ分かったことがある。この回廊は、女の背に書かれている線の色ごとに区画分けされていた。
一番下の階から、白、黄、緑、紫、青。
リュシアは赤い札だった。”赤”の女はどこにいる?
どこか隠し扉があるのか?
壁をペタペタと触っていると、いきなり後ろから声がした。
「回廊の部屋を抜け出してきたのか」
はっと振り返れば、そこには青年がいた。眼鏡をかけ、黒ずんだ手に帳簿を持っている。
どこか既視感のある顔に、記憶をたどって思いだした。
俺の硝子の部屋に毎日来て、熱心に紋様を観察していたやつだ。
なぜここに?
青年は質素な平服だった。雰囲気からして、第一商会側の人間ではなさそうである。
「その首筋の紋様の人を探しているのか? 女なら”赤”だからここにはいないはずだ」
落ち着いた声。眼鏡の奥の思いのほか鋭い瞳と目が遭った。その瞳が興味深そうに細くなった。
「ずっと聞きたいと思っていた。首筋の入れ墨の人が恋人か何かで、頭の入れ墨が血縁者――母親の紋様だろう?」
「……」
なぜ一瞥でそこまで分かる?
「やっぱりか」
青年は嬉しそうに口の端をあげ、手元の古びた帳簿に何やら書きながら言った。
「ここは一般公開エリア。”赤”は別のところにいる」
「一般公開エリア? どうやったら”赤”のところにいける?」
帳簿の上を滑らかに動いていた手がとまり、鋭さを増した瞳がこちらを向いた。
「君にそれを教えるメリットがない」
「あるぞ」
眉をひそめた青年に言う。「お前、白銀鉄に関わっているんだろう? 俺が探している”赤”のやつは、白銀鉄を極めた天才だ。お前に有用な知識をもたらせるはずだ」
「へぇ」
俺の視線に気づき、青年も自らの指先に視線を向けた。白銀鉄を加工する者特有の黒ずんだ指先だ。
「でも、女でしょ? ……女は嫌いだ」
視線をふっと揺らがせる。どこか物憂げな表情にも見えた。
「大丈夫だ。女らしくない女だ」
青年はふきだしてから俺を見据えた。
「君、この国に偵察にきたの? 恋人同伴で?」
「そんなわけあるか。ただ捕まったんだよ。それに恋人じゃねぇし」
青年は俺の反応をじっと見てから、口の端をあげた。
「いいよ。ついてきて」
青年の後に続き、回廊の長い廊下を歩く。
部屋はなく両側に壁だけが続く場所を、しばらく歩いたところで青年が足を止めた。
よく見ると、巧妙に壁と同化した扉があった。
取っ手や鍵らしきものは何もない。
青年はその扉に顔を近づけてじっと観察すると、おもむろに懐から小さな機械をとりだした。
円形で手のひらで握れるほどの大きさだのそれを扉に押し付ける。
ブン……
わずかな振動が扉を伝わる。
振動が収まったあと、青年は扉に手を当て、スッと横にスライドさせた。
扉はなめらかに滑り、そこから先の空間が見えた。
一面、赤い空間だった。
廊下も、壁も、天井も赤く塗られていた。
「ここから先が”赤”の間。非公開エリアだ。本当は専用の”鍵”を持つ者しか入れない」
赤ばかりの空間を見て、その目を細める。
「どうやったんだ? その機械は”鍵”じゃないんだろう?」
「振動でわずかに小さくなったんだ。僕が滑らかに研磨した扉だ。すべらせればあく」
「お前が作った扉なのか?」
思わず眉をあげた。
「まあね。昔働いていたんだよ。今はここにいる」
青年は小さな紙を差し出した。簡単な地図が書かれている。赤く印がついているところが住んでる場所なのだろう。
「僕は戻るよ。足がつかないようにね」
「分かったぜ。感謝する」
地図をじっと見ると、それを口に入れ、ゴクンと飲み込んだ。
「……」
青年が信じられないものを見る様な目でこちらを見た。
「記憶したから大丈夫だ。お前のことは死んでもはかないぜ」
「そう」
呆れたような苦笑いが顔に浮かんだ。でもそれは否定的なものではないように思えた。
「助かった。俺はネルだ。お前は?」
手を差し出すと、青年は少し躊躇いながら握りつつ、ぼそりと呟いた。
「”眼鏡”とでも呼んでくれ。自分の名、嫌いなんだ」
……訳アリな過去でもあるのか?
「分かったぜ。ありがとな、眼鏡」
「早く行きなよ。見張りがくる」
俺と同じ年くらいなのにやけに大人びて見える青年はわずかに微笑み、くるりと背を向けた。
赤い空間を突っ走りながら、リュシアを探す。
扉の中は、今までの部屋と同じで、見えるようになっていた。
しばらく走ったところで、足を止めた。
――いた。
1329の部屋にリュシアはいた。
はだけた服。白い肌。
相手の男はなぜか頭を抱えて、床に座り込んでいた。手を合わせて何か熱心に祈っている。
……なんだ? だが、許せねぇ。
ガチャリとわざと音をたててドアを開け、足を踏み入れると、男がはっと俺をみた。
「お許しください!」
「許しを請わないといけないようなことを、この娘にしたのか?」
自分とは思えないほどの低い声になった。
「ほんの出来心だったんです。寝台に上がって彼女に触れ――」
言葉の途中で男の顎を殴って気絶させた。
「リュシア。行こう」
ズンズン寝台へと進む。
「……え?」
リュシアが瞬きをして、それから我に返ったように叫んだ。
「ネル! 来ちゃダメ!」
「なんでだよ。あの男はよくて俺はダメなのか」
ムッとしてもう一歩踏み出したところで――全身に激しい衝撃をくらい、俺は倒れた。
「ネル。……怒ってる?」
リュシアが隣で回廊の廊下を走りながら、そっとこちらを伺った。白い肩には、俺の上着がかかっている。
「……別に」
今も頭痛がする頭を抑え、ぶっきらぼうに応じる。
リュシアは電流を流して男を撃退する、”電信線”というものを開発して部屋に埋め込んでいたたらしい。
しかも、それを”祟り”だと説明して男に信じ込ませていたという。
「簡単にオンオフができない仕様だったの。ごめんってば。それに誰にも何もされてないよ」
「そうか」
心の中で大きく安堵のため息をついた。
「ネル、私を探してここまで来てくれたの?」
リュシアが遠慮がちにこちらを伺った。
「……別に。偶然通りがかったらお前がいたから」
リュシアがふっと笑った。「ありがとう。また、会えたね」
「あぁ。ここから出るぞ。とりあえず”眼鏡”というやつのところに身を寄せる」
やっと1階の見覚えのある扉――この建物の入口――まで出た。
そっと扉に手をかざすと、扉は静かな音を立ててひらいた。
外には、東ノ国の街が広がっている。
唐突に、骸骨を抱きしめるシェムリの顔が浮かんだ。
妖艶でいて、どこか幼さの残る顔。
「誰か他に助けたい人がいるの?」
リュシアの言葉に、はじかれたように顔をあげた。
「……いや」
首を横に振った。きっと、自分の意思で出て行かないと意味がない。
そう思ったが、それは都合のいい言い訳かもしれなかった。
◇
「一度地図を見ただけで、本当に来たのか」
古びた木造の建物に足を踏み入れると、眼鏡をかけた青年は作業台らしき机から顔をあげ、こちらをまじまじと見た。
「こんなの朝飯前だぜ」
トルーシスとの旅で方向感覚はかなり磨かれたのだ。傍らのリュシアはきょろきょろと部屋の中を見回している。何やら金属らしきものが無造作にところせましと置かれている。
「”眼鏡”、お前、商売をやってるのか?」
この建物の前には、”第5商会”と看板が掲げられていた。その割には店らしき風情は何もない。
「あぁ。今はこんなだが、いずれ――」
眼鏡の奥の瞳が光る。「この商会は、この国を変える」
手練れの敵を前にしたように、背筋がぞくりとした。
眼鏡の顔がリュシアを向く。
「君は白銀鉄を極めた天才なんだろう? 知ってることを教えてくれ。内容次第で、ここでの滞在を保証する」
リュシアがちらりと不満げにこちらを見た。
……やべ。話を膨らませすぎたかな。
ごめん、と口だけ動かすとリュシアはふっと微笑んだ。
そんな俺たちの様子を興味深げに見ている眼鏡に向き直り、リュシアは静かに口を開いた。
「白銀鉄は振動を加えると共振しつつ収縮し――やがて粉となって崩壊する」
眼鏡の顔色が変わったのが分かった。
リュシアが懐から小さな金属片を取り出す。
「私は、振動で崩壊する金属の配合を探して出して、白銀鉄を一から生み出した」
まばゆいばかりに銀色に輝く金属片を見て、眼鏡の目が見開いた。
「砂紋民の情報なしで作ったのか……」
呟き、こちらに鋭いまなざしを向ける。
「知っているか? 砂紋民の紋様は文字だ。そこに白銀鉄の生産方法がのっている」
「……」
なんとなく予想はしていたが、衝撃だ。
眼鏡は構わず、淡々と説明する。
「この国では、砂紋民は紋様の重要度によって格付けされている。上から、金、黒、赤、青、紫、緑、黄、白、茶だ」
眼鏡はリュシアの紋様を指さした。「赤より上の情報は秘匿にされ、商会はより上位の紋様を得ようと躍起になっている」
「部屋に閉じ込めて、子を産ませてる理由はそれか」
眼鏡は微笑を浮かべた。
「そうだ。でも、第一商会では”青”以下の砂紋民は、部屋から出れるだろ。気晴らしに街を歩くこともできる」
……シェムリも言っていた。みな、結局は回廊での生活に甘んじているのだ。
「逃亡されるリスクよりも、自由にさせた方が健康な子が生まれると考えているんだ。資本が潤沢な第一商会にしかできないことさ。第2商会以下は本当に閉じ込めているからね」
”青”の俺はともかく、”赤”のリュシアがいなくなったことは騒ぎになるかもしれないから、昔の同僚に話を通しておくよ、と眼鏡は言った。
「でも、あなたは砂紋民をひとりも囲っていない」
リュシアの呟きに、眼鏡はよくぞ聞いてくれたとばかりに微笑んだ。
「僕は、無料公開の砂紋民で十分だ」
びっしりと紋様が記録された帳簿を取り出す。「もう少しで理論が完成する」
眼鏡は鋭く問うた。
「きみたちは、東ノ国の白銀鉄の情報を西ノ帝国に持ち帰るつもりか?」
「そうです」
間髪入れず答えたリュシアに、思わず目を見張った。
「おい」
まだ信頼できるか分からねぇやつだぞ。
「あなたは、白銀鉄の研究を、何のためにしているんですか?」
リュシアはまっすぐ眼鏡を見つめた。
眼鏡はふっと口の端をあげた。しばらく沈黙してから、口を開く。
「白銀鉄の脆弱性を明るみに出し、その生産を辞めさせる」
あっけにとられた俺たちの反応を愉しむように眼鏡が続ける。
「協力するかい?」
リュシアがそっと俺を伺った。
数秒考え、リュシアに頷いて見せた。
「協力する」「協力します」
俺たちが同時に告げると、眼鏡はにっこりと笑って頷いた。
「じゃあまず、地下の部屋を案内するよ」
1時間後。地下の部屋にて。
眼鏡は、部屋の奥に雑多に置かれている機械を示して語る。
「これは振動を測る機械だ。まだ試作品なんだが、僕は振動に”Hz”という単位をつけ――」
眼鏡の説明をリュシアは、頷きながら興味深げに聞いている。
先ほどからずっとこんな調子だ。金属について一通り話終わったと思ったら、次は機械の説明になった。
これから、この場所で研究に邁進する二人の様子がありありとイメージできた。
同時に、俺の居る場所はここじゃないことも分かった。
……俺は、本来の目的を果たすだけだ。
そのために東ノ国に来たのだから。
一抹の寂しさを追いやって、口を開く。
「なぁ。砂紋民が外に出れるってことは、軍に入ることもできるんだよな?」
眼鏡の目が今日で一番大きく見開いた。
リュシアが、瞳をわずかに揺らした。
眼鏡はゆっくりと口を開いた。
「あぁ。……できるにはできる。でも、険しい道だぞ」




