第24話 東ノ国編① 部屋
※ネル視点です。
ガタ、ゴトと、荷車が揺れる。舗装されていない道を進んでいるのだろう。
日が落ちても俺たちを載せた荷車は進み続けた。
一緒に東ノ国の兵に捕まった村人達は、みなぐったりと座り、眠っている。
俺は一人目がさえて眠れなかった。
……リュシアはどうしているだろうか。
ここは、「青」の札がつけられた砂紋民の荷車だ。
リュシアは「赤」だった。
別々の荷車に入れられる前、とっさにリュシアの手を握ってささやいた。「必ずまた会おう」と。
ニックから教えてもらった砂紋民の村に滞在すると、すぐ東ノ国の兵が攻めてきて、捕虜になった。ここまでは予定通りだ。
だが、これからはどうなるか分からない。
……考えても無駄か。
今は寝て、少しでも体力を温存すべきだ。
ぼんやりと残るぬくもりがうざったい。
手のひらが、どうやら覚えてしまったようだ。いつも握る剣とは別の、温かくて柔らかな感触を。
それを振り払うように眠りについた。
数日後。
「ついたぞ。降りろ」
東ノ国の兵の声と共に、荷車の扉があいた。促されるまま降り、息をのんだ。
そこは銀色に輝く別世界だった。
立ち並ぶ白銀鉄製の建物。白銀鉄で舗装された道。上等な服を着て行きかう人々。
――嘘だろ。西ノ帝国の帝都より栄えている。
「すごいだろう?」
兵が幾分得意そうな声を出した。「鋼主さまのおかげだよ」
「鋼主さま、とは誰だ?」
質問されるとは思ってなかったのだろう。兵は一瞬目を丸くしたが、口を開いた。
「この東ノ国を全く新しい国にしてくれたお方さ。実力さえあれば庶民でも豊かな暮らしができるんだぜ」
「……へぇ」
「安心しろ。今回お前らを引き渡すのは、第一商会だ。悪いようにはされない。この国の発展に貢献してくれ」兵はニヤリと笑った。
俺たちは、ひときわ大きくそびえたつ白銀鉄製の建物へ入るよう促された。
中に入ると、男女別々の方向へ進んだ。
リュシアの姿を最後まで探したが、見当たらなかった。
まずは腕にある、成人ノ儀でいれた西ノ帝国の国章の入れ墨を落とされた。
次に、紋様がよく見えるように服を脱ぐよう指示された。上半身裸になった砂紋民たちは、一人づつ順番に部屋に通された。
部屋の中には、眼鏡をかけた男女が5,6人いて、入念に紋様を確認し、俺の背に大きく青い線を二本引いた。
その部屋を出ると、また次の部屋があった。
なんとなく、いやな予感がした。が、進まない訳には行かない。扉を押し、中へ入る。
一面ガラス張りの部屋だった。
天井と床、そして今入ってきた扉以外が、硝子張りになっている。
硝子の向こうには、沢山の群衆がひしめいていた。
みな一様に、俺の紋様に一斉に熱い視線を向けた。
手に持つ帳面に何かを書き留めていく。
……なんだ? なんなんだ、こいつらは?
思わず鳥肌が立った。
ふと足音がして振り返ると、にこやかな笑みを浮かべた男が部屋に入ってきた。「第一商会」と胸に刺繍された黒い制服を着ている。
「左手をこちらに伸ばして」
言われたとおりにすると男は白銀鉄でできた腕輪のようなものを取り出し、俺の左手首にカチリとはめた。そして、天井に取り付けてあったワイヤーを引っ張る。
ガチャン。
鈍い音が響き、ワイヤーが左手首に接続された。
ちょうど左腕の紋様が群衆に良く見えるように腕が固定される。
「ここでしばらく過ごしてもらいます。朝と夜の30分だけ、ワイヤーを私が外します。その間だけ隣の部屋で過ごせます」
男は部屋を指し示し、続ける。「食事が用意されています。用を足せる場所もあります。……すぐに慣れますよ」
男はやはり笑顔で言い、出て行った。
それから、日々が始まった。
毎日毎日、東ノ国のやつらが押し寄せ、俺の紋様を眺め、帳面に書きつけていく。
夜中でも部屋の明かりは煌々と灯され、時間を問わず人々はやってきた。
ワイヤーにずっとつながれたまま、ひたすら紋様を観察されるのはいい気分じゃない。
まるで見世物小屋の動物だ。
何かしないと、気が狂う。
俺はひたすら体を鍛えることにした。ワイヤーでつながれている腕以外は鍛えることができる。
だが、1か月もすると群衆は減った。
毎日来るのは、黒ずんだ手で帳面を抱えて通ってくる、眼鏡の青年くらいだ。
俺の体を見て考えこんでは、何かを書きつけ、去っていく。
ちょうどガラスの部屋にいれられてから45日が経ったある晩。
いつもの制服姿の男は、俺の腕をワイヤーから外すと、俺の背に焼き印を入れた。
――「1269」と。
「今日は、こちらへ」
男が壁に手を触れると、硝子の一面がすっと開いた。
……ここに隠し扉があったのか。
促されるまま部屋を出て、狭く入り組んだ通路を歩く。
前をいく男がぽつりと言った。
「筋肉が増えましたね」
「鍛えていたんだ。当たり前だ」
「……変わらずにいてくださいね」
よく聞き取れなかったが、男はそんなことをつぶやいたように思う。
かなり歩いたあと、男は、「33」と数字が書かれた扉の前で足を止めた。
「次はなんだ?」
「入ってみれば分かります。……では、また明日の朝、迎えにきます」
男はくるりと背を向けて、もと来た道を戻っていった。
仕方なく取っ手を掴み、ガチャリと扉を開けた。
むわっと甘い香りがした。なにか、人を惑わすような鼻をつく匂い。
部屋の中には紫色の煙が充満していた。……紫煙花の煙か?
「……へぇ。珍しい。筋肉質でなかなかいいじゃない」
奥から女の声がした。高くて甘い声。
顔を向けると、粗末な寝台の上に、薄い布を体にかけた、ほぼ裸同然の女がいた。腕に、砂紋民の紋様がある。
思わず、ゴクリと唾をのんだ。
それは、女の淫らな恰好のせいではない。
女は、頭蓋骨を抱えていた。――それも、赤子くらいの大きさの頭蓋骨を。
寝台のふちには、他にも頭蓋骨が4、5個、等間隔に並んでいた。
女は俺の視線に気づくと微笑み、膝の上の頭蓋骨を撫でた。
それはそれは愛おしそうな手つきで。
「これは最初に産んだ子。相手の男は最悪だったけど」
確かにその頭蓋骨は、一番古く、そして小さいように見えた。
女は何も言葉を発することができない俺のことはお構いなしに、手を伸ばして寝台のふちにある頭蓋骨を指した。さっきよりもやや大きめだ。
「これは次に産んだ子。女の子なの」
頭蓋骨を見つめる瞳は慈愛に満ちている。そして次の頭蓋骨を指さす。「この子は――」
「わ、分かった。全部お前の子なんだな?」
思わず言うと、女はパチパチと驚いたように瞬きをした後、満面の笑みで頷いた。
「そう! 全て私のかわいい子ども達なの。それぞれ名前もあるのよ」
それぞれの頭蓋骨を指さして、全ての名前を俺に教え終わると、女は満足そうに微笑んだ。そして、妖艶な笑みを浮かべる。
「さぁ。こっちに来て。私と子を作りましょう? 私、なんだか自信あるわ。きっとあなたとの子なら大丈夫」
「え……?」
「ほら来て」
女が立ち上がった。白い体がこちらへ歩いてくる。目のやり場に困って視線をそらすと、女は笑った。
「あれ、まだ若いんだ」
女が俺の腕に自分の腕をからませた。先ほどから漂っていた甘い香りがさらに強くなる。そのまま俺の胸に頭を預けて、うっとりとした口調で呟く。
「嬉しいなぁ。私の部屋を見て逃げようとしなかった人は久しぶり……。ま、鍵がかかっているからどうせ逃げれないんだけど」
「え」
思わず女を振り払い、入ってきた扉を押すが、びくともしない。
どうやら一度締まるともう内側からは開かない仕様になっているらしい。
「いこっ」
女が腕をぎゅっと両手で掴み、嬉しそうに俺を見上げ、そのまま寝台へと連れていく。
……ちょっとまった。何このシチュエーション。
思考が取っ散らかってまとまらない。
こいつ誰?
てか怖すぎる。……この骸骨たち。
寝台のふちにある頭蓋骨たちは綺麗に磨かれ、どれもこちらを向いている。
その寝台に、女に抱きしめられる格好で座った。
「さぁ、はじめようよ」
そこで初めて女の顔を見た。化粧をしているが、その奥にあるのは、まだ幼さの残る顔だった。
「お前、いくつ?」
問いかけると、女は驚いたように大きな目をしばたかせて答えた。「……14」
……14。にしては早熟だな。豊満なその体にちらっと視線を向ける。
「あいにくそういう気分じゃないんだよ。それに14ってお前、成人前じゃないか」
女を引きはがして、「とりあえずかけておけ」とその辺にあった毛布をほうった。
入口の方へ行き、再度扉を確かめる。外から鍵がかかっているようだ。他の出入り口も探すが見当たらない。
「え、私、もう大人だよ」
女は口をとがらせ、懐から煙管を取り出した。
「これを吸うと早く大人になれるの。身籠ってる時間も半分になるし」
そういってうまそうに煙管を吸う。紫色の煙が部屋に漂う。
「それに、子どもを一人作れば、金貨10枚がもらえるんだよ」
「は?」
思わず声が裏返った。
「あれ、説明なかった? 私たちは”組”。ここで一緒に生活するの!」
にこにこと笑みを浮かべる。
「一緒に生活?」
「そう、1年半。子ども一人ごとに、金貨10枚だよ」
歌うように続ける。「私とたくさん子どもを作っていい暮らしをしよ?」
「……なに、その仕組み」
「さぁ? 東ノ国は砂紋民を増やしたいみたい」
女は肩をすくめた。
「……じゃあなぜお前の子は殺されたんだ」
「死んでないわ。生きてるの……」
ぎゅっと1つの頭蓋骨を抱きしめ、「ねっ、カルア」と優しく語りかけている。
「……そう、だな。じゃあどうしてそんな風になったんだ」
「私も分からない。でも、3歳になると、現れた紋様を偉い人に見てもらうの。そしたら、背中にいろんな色の線をひかれて、冷たくなって帰ってきた。でも私の子供たちは形を変えて生きてるの」
「そうだな。生きてるな」
あぁ、話を合わせるのがめんどくさい。「いろんな色って言うけど、実際、お前の子どもたちは何色の線をひかれたんだ?」
女は記憶を探るようにした。
「……ほとんど、黄色い線が一本。白い線を二本の子もいたわ。でもこの子はね、青だったの」
一番大きい頭蓋骨を指さす。
「この子は3歳の誕生日の翌日でも温かかったの。でも、それから半年後に高熱を出して、また冷たくなっちゃった」
女は俺の背を指先でそっとなぞった。
「だから、あなたの青い線を見て嬉しかったの。二本もあるし。青い線の男は初めてよ」
背後からぎゅっと俺に抱きつく。
……やたらと抱きついてくる女だな。
リュシアとはまるで違う。
ハッとした。
リュシア。
……リュシアは今どうしてる?
手のひらに嫌な汗がにじんだ。
リュシアが俺と同じ状況にいるかは分からない。でも。
もしかしたら、この建物のどこかで。
――男の相手をしているかもしれない。
はじかれたように立ち上がった。
足を踏ん張り、肩で全力で扉にぶつかるが、びくともしない。
「どうしたの?」
女が目をしばたかせた。「無駄よ。どんな方法を使っても夜の間は開かないの。開けられるのは東ノ国の人間だけ」
「……お前も出ようとしたのか」
「まあね。悪い男が多くて」
「悪い男が多いのかよ」
思わず口調が強くなった。女は、ははーん、と笑った。「恋人も一緒に捕まったの? もしかしてその紋様の人? 頭? 首? どっち?」
「別に恋人じゃねぇ」
「へぇ?」
女は面白そうに相槌を打った。
俺は壁への体当たりを繰り返し続けた。
結局、扉は開かないまま朝を迎えた。迎えに来た制服の男に連れられ、俺はまた硝子の部屋に戻った。
◇
1週間後。
「また今日も体当たりするの?」
33番の部屋に入った俺を見るなり、シェムリが尋ねた。寝台にやはり裸同然の格好で座っている。
「当然だ」
酷使してずきずきと痛む肩と腕を伸ばしながら頷く。
馬鹿みたいだが、思いつくのはこれしかなかった。
日中は硝子の部屋でワイヤーに拘束され、部屋との行き来の間も男の目が離れない。自由になれるのは、夜の時間だけだった。
だが、扉は相変わらずびくともしない。
シェムリがため息をついて、紙を差し出した。
「ほらこれ。ちょっとまとめてみた」
そこには、回廊の部屋番号と、そこにどんな女がいるかが詳細にまとめてあった。
「どうやってこんなに沢山の情報を?」
目を見開くと、シェムリは苦笑した。
「この部屋に訪れる男たちから話を聞き出してまとめたの」
「俺だけじゃないのか。この部屋を訪れる男は」
「夜はね。でも昼はいろんな男がくるよ。何人も何人も」
「……」
言葉を失った。
シェムリは笑う。「もう慣れたし、私には子どもたちがいるもん」頭蓋骨をぎゅっと抱きしめる。「だから他の部屋に比べたら少ない方だよ、たぶん」
「その子ども達はお前を守ってくれているんだな」
……逆に頭蓋骨たちの視線の前で平気でいられる男の気がしれないが。
「そう! 守ってくれてるの!」
シェムリは嬉しそうに無垢な笑顔を見せる。
「その男たちは、昼間、硝子の部屋につながれてないのか」
「たぶん、その期間が終わったんだと思う。みんな、硝子の部屋にいなくていいのは有難いけど、日中暇だって言ってるから」
「え? そいつらは昼間どこで何をしているんだ?」
硝子の部屋につながれない日がくる。そんなこと、考えたことがなかった。
「……うーん」 シェムリは少しだけ言いづらそうにして口を開いた。「同じ”組”の相手と一緒に過ごすのが基本なんだけど、時には気分転換も必要みたい。昼間はこの扉、鍵が空いてるし」
「それを第一商会の者たちは許しているのか」
「見て見ぬふりって感じ。誰の子かは、生まれた子の紋様で大体分かるみたいだし。あ、”組”以外の相手との子は、金貨5枚だよ」
……。
シェムリは続けた。
「あと、もらったお金で街に遊びに行ったりもしてるみたい」
「この建物から出れるのか?」
衝撃だった。
「うん。でも、外に出たって仕事なんてないよ。ここにいれば金貨がもらえるし」
シェムリは呟くと、俺に渡した紙を指し示し、気を取り直すように言った。「で、そういう男たちからの情報をもとにまとめてみたんだけど。藍色の髪と目の女の部屋はなかったよ」
「分かった。……感謝する」
頭を下げて、扉に向き直った時、「ねぇ」とシェムリが呼びかけた。
「なんだ?」
「もしその扉が開いたら、もうここには来ない?」
「……お前もこんなところにいないで自由になれよ。外に出れんだろ」
シェムリは答えず、ぎゅっと膝の上の頭蓋骨を抱きしめた。
「また私のところに来て。……あなたがいないの、寂しいよ」
その表情は14歳の年相応に見えた。
シェムリが抱いている色あせた頭蓋骨は、確か一番最初の子のカルアだ。もう覚えてしまった。
「あなたの大事な人の次に大事にしてくれればいいから。私を見捨てないで」
シェムリは泣きそうな顔をしていた。
ため息をついた。
「一番にお前を大事にしてくれる人を見つけろよ」
「……そんなひと、この世にいないよ」
「じゃあお前が心から大事にしたいと思えるやつを見つけろよ。見つかるまで」
「……」
シェムリは黙りこくった。
……ちょっと言い過ぎたかな。
一瞬、そう思ったが扉へと向き直り、体当たりを繰り返した。




