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第21話 失意のデイトン編① 謹慎

※デイトン目線です。

帝都(ていと)から遠く離(はな)れた辺境の地にて。


……いったい俺は何をしているんだろう。


窓から覗(のぞ)く、憎(にく)らしいほど良く晴れた空を見上げ、何度となく思ったことをまた思う。


「デイトン様、嬉(うれ)しい報告(ほうこく)です。土壌(どじょう)が思いのほか豊かですよ。食べるものには困らなさそうです」

世話役(せわやく)のネルヴァが報告してきた。

「明日、デイトン様も一緒(いっしょ)に農作業をやりませんか?」


「……いや。いい」

笑顔を向ける初老の男に返した返答は思いのほか、沈(しず)んだ声になった。

多くの罪のない砂紋民(ヌルム)達が殺され、トル―シスも闘技場(とうぎじょう)で果てた。


ネルヴァはわずかにため息をついた。

「気がまぎれそうな本でも置いておきますね」



ネルヴァが部屋から出て行った後。

ちらりと部屋の隅(すみ)を見ると、本が10冊ほど床(ゆか)に並んでいた。

その中で、かなり年季の入った一冊が目にとまった。


――『紋様(もんよう)の研究』

そう題されている。作者は『レイル』。


何気なくページをめくってみて、驚(おどろ)いた。

砂紋民(ヌルム)の紋様(もんよう)が精緻(せいち)にスケッチされている。


「……美しい」

砂紋民(ヌルム)の紋様(もんよう)はこんなにも美しかったのか。

スケッチの下には、詳細(しょうさい)な解説文もあった。


砂紋民(ヌルム)は、6歳頃(さいころ)から紋様(もんよう)が現れはじめ、16歳(さい)で紋様(もんよう)が完成するらしい。

その過程が時間経過とともに記されている。


むさぼるように読み、一晩で読破した。



「ネルヴァ。これと似たような本はないか」

翌朝、その本を差し出して声をかけると、ネルヴァは笑みを深くして、「探しましょう」と頷(うなず)いた。



数日後。

「デイトン様! ありましたよ!」

ネルヴァが明るい声で、年季の入っている一冊の本を差し出した。


タイトルは、『紋様(もんよう)の研究②』。

先の本の続編だ。


手厚く礼を言うと、ネルヴァはいたずらっぽく笑った。

「3冊目も探しているのですが、なかなか入手困難でして。このシリーズ、禁書なんですよね」


「……え」


「人は危険な香りのするものに惹(ひ)かれますからね。よい気分転換(てんかん)になると思いまして」


「禁書なんて、お前や父上に迷惑(めいわく)が……」

そこまで言って、ハタと気づいた。

――もういいのだ。追放されているのだから。


「いや、やはり3冊目も探してくれ。金もかけて構わない」

騎士時代の貯蓄(ちょちく)がかなり残っているはずだ。


「かしこまりました」

微笑(びしょう)が返ってきた。


本を開くと、そこにはまた砂紋民(ヌルム)の紋様(もんよう)のスケッチが精緻(せいち)に記されていた。

だが、その下の解説文が前とは違(ちが)った。


見慣れない文字で書かれている。

――古代帝国文字(こだいていこくもじ)だ。


「どうかされましたか?」

動きを急に止めた俺をネルヴァが訝(いぶか)しむ。


「古代語で書かれている。……が、読めなくはない」


「デイトン様は読めるのですか」

ネルヴァは本を覗(のぞ)いて、目を丸くした。


「士官学校で習ったからな。基本的に今の文字と文法が変わらないから、読むのはそう難しくない」

士官学校では教養の一環(いっかん)として、古代語の授業もあった。ほとんどの者が真面目に授業をうけていなかったが。


「さすがですね」 

ネルヴァが感嘆(かんたん)したように呟(つぶや)いた。



昔ならった古代帝国文字(こだいていこくもじ)の記憶(きおく)を引っ張り出しながら、「紋様(もんよう)の研究②」を読んだ。


内容は素晴らしかった。

今回は村ごとに、砂紋民(ヌルム)の紋様(もんよう)のパターンが類型化されていた。紋様(もんよう)を見れば、どの村の出身か分かるのだという。


読破し、久しぶりに部屋から出ると、ネルヴァはにっこりと微笑(ほほえ)み、一冊の本を差し出した。


目を見開いた。

「砂紋民(ヌルム)の紋様(もんよう)の研究③」だ!


すぐさまページをめくる。

いつも通りレイルの精緻(せいち)な筆跡(ひっせき)で砂紋民(ヌルム)の紋様(もんよう)がスケッチされている。


……だが。

思わず深く眉(まゆ)をよせた。


「な、なにか問題でもありましたか?」


「……読めない。見たことも聞いたこともない文字だ」


ページを見せると、ネルヴァは瞬(まばた)きをした。

「本当ですね。これは何の文字なのでしょう」


途中(とちゅう)まで古代帝国文字(こだいていこくもじ)で書かれているが、「慣れない言葉は疲(つか)れる。やっぱり私の母国の文字で書こうと思う」というレイルの記述を最後に、見たことのない文字になっていた。


「古代の異国の文字なのだろうか……」


頭を抱(かか)え、部屋へと歩を進めると、ネルヴァが後ろから声をかけた。


「食事はきちんと取ってくださいね~。また部屋の前に置いておきますから」


「感謝する」

ネルヴァに礼をいい、部屋に籠(こも)って解読作業に没頭(ぼっとう)した。






    ◇






「デイトン様、だいぶやつれましたね。怖(こわ)いです。誰(だれ)かと思いました」

久しぶりに部屋から出て1階の食卓(しょくたく)へ降りていくと、ネルヴァが声をかけてきた。


「悪い。ついのめり込んでしまって」

思わず気まずくなり、伸《の》び放題《ほうだい》の髭(ひげ)をさわる。


「で、読めたのですか?」

興味津々(きょうみしんしん)、と言った具合で聞いてくる。


「あぁ。難解だったが……」

途中(とちゅう)までの古代帝国文字(こだいていこくもじ)で書かれていた部分がかなりヒントになった。その部分と照らし合わせ、試行錯誤(しこうさくご)を繰(く)り返すことで解くことができた。


内容もとても面白かった。3巻は、両親とその子どもの紋様(もんよう)の分析(ぶんせき)だった。子どもは両親の紋様(もんよう)をある程度受け継(つ)ぐが、全く違(ちが)った形になる場合もあることが、パターン化されて分析(ぶんせき)されていた。


「今日はゆっくりとお召(め)し上がりください」

ネルヴァが食卓(しょくたく)に出した料理に思わず目を細める。


「久しぶりにまともな食事を食べるな……」





    ◇





「……まったく、すごいお方ですよ」

食後、突(つ)っ伏(ぷ)して眠(ねむ)っているデイトン様に私はそっと毛布をかけた。


「あなたの父上は読めなかったのに。さて、次はどうでしょうか」 

「紋様(もんよう)の研究」の4巻目を傍(かたわ)らに置き、そっとその場を去る。


炊事場(すいじば)で食事の後片付けをしていると、ダン! と机を拳(こぶし)で叩(たた)いた音が聞こえた。


……珍(めずら)しい。怒(おこ)ってらっしゃる。

内心微笑(ほほえ)む。軍に入ってから、デイトン様は無理矢理自分を抑(おさ)えているように見えた。


本来の、子どもの頃(ころ)のデイトン様は、違(ちが)った。

激しいお方だった。その当時もあまり表に出すほうではなかったが。


……本来のデイトン様が戻(もど)ってきたようで何よりですね。

思わず口元がほころんだ。





「どうされたのですか?」

炊事場(すいじば)から食卓(しょくたく)へと向かい、尋(たず)ねるとデイトン様は拳(こぶし)を握(にぎ)りしめ、暗く呟(つぶや)いた。

「レイル……読む方の身にもなってみろ」

ぎりぎりと歯ぎしりをして絞(しぼ)り出す。「……なぜ同じ言語で書いてくれない」 


「?」

本を覗(のぞ)き込むと、4巻の最初のページには、一文だけ3巻目の文字らしき文字列があった。続いて、見たこともない文字列が並ぶ。3巻の文字よりもうんと複雑だ。


デイトン様は、その最初の一文を指さし、なげやりに言った。

「『ちょっと気分を変えて、前回とは違《ちが》う文字で書いてみまーす』と書いてある」


「……なかなか個性の強い作者ですね」


デイトン様は大きく息を吐(は)くと、私に向かって頭を下げた。


「ネルヴァ、またしばらく籠(こも)る。今回は長丁場(ながちょうば)になりそうだ」


「分かりました。心づもりをしておきますね」







半年後。


「……ど、どうでしたか、5巻は」

恐(おそ)る恐(おそ)るデイトン様に尋(たず)ねる。


さきほど部屋から降りてきて食卓(しょくたく)に座ってから、ぼんやりと空《くう》を見上げたきり、ずっと黙(だま)ったままだ。

頬(ほお)はこけ、全体的にやつれ、髪(かみ)は|伸び放題だ。


4巻を読み終わった時は、「次の巻はあるか」とあんなに嬉々(きき)としていたのに。


それにしても、部屋から出てきた、ということは、4巻よりもさらに複雑な文字で書かれた5巻を読んだのだろう。それまでずっと部屋に籠(こも)って本と格闘(かくとう)していた。尋常(じんじょう)じゃない。


しばらくの沈黙(ちんもく)があってから、デイトン様がぽつりと言った。

「なんとも中途半端(ちゅうとはんぱ)な終わり方だった」

がっくりと肩(かた)を落とす。「『ここまで読めば紋様(もんよう)の秘密がわかるだろう』――それが最後の文だった。何一つ分からないのに」


「……そうですか」

この話題はひとまずおいておいて、私は別の知らせを伝えることにした。「先日、ニック様がこちらを訪れると知らせがありました。明日には着くでしょう」


「そうか、ニックが……。久しぶりだな」

それから、部屋を片付けなくては、と力なく呟(つぶや)かれた。






    ◇






翌日。

ニックが来訪した。


「……この部屋、何?」

俺の部屋を見て呆然(ぼうぜん)としている。

それもそのはずだ。いたるところに本が山積みになっているし、レイルの本を解読するために書き散らかした紙が散乱している。といっても、だいぶ片付けたのだが。


「本と紙しかないじゃん」 


ニックが笑う。変わらない笑顔に、なぜか胸の奥(おく)が熱くなった。


「ニック、今、夢中になっていることがあって……」

禁書になっている本だ。本当は話さない方がいいのだろう。だが、どうしてもニックには話したかった。


ニックは俺の話を、やや圧倒(あっとう)されながらも、楽しそうに聞いた。

『紋様(もんよう)の研究』の1~5巻を見せると、「ヤバすぎじゃん、きみ」と笑った。それはそれは面白そうに。


「よく解読したね。特に5巻なんて、もう文字というよりも何かの紋様(もんよう)みたいだ」


思わず笑顔になる。「そうだな。これは、図形が複数個集まると1つの文字となるんだ。その規則性を発見するのが大変だったよ」ぺらぺらと説明した後、途端(とたん)にむなしくなった。


「でも半年かけても、実を結ばなかった」

レイルが5巻の最後に書いた、”紋様(もんよう)の秘密”。それがどうしても分からない。

俺はそんなことばかりだ。何もかも中途半端(ちゅうとはんぱ)。


「まあ、いつか何かの役にたつでしょ」

ニックはにこりと笑った。「それより、楽しそうで良かったよ」


「あぁ。もう俺を縛(しば)るものは何もないからな」


「良かったじゃん」

いつもの調子だったが、やけに温かく聞こえた。


――そうか。もう自由なんだ。

ふと、思いついた。


「ニック、俺は旅に出る。砂紋民(ヌルム)の紋様(もんよう)をスケッチし、研究する旅だ。この本の作者、レイルのように」


ニックはしばらくあっけにとられていたが、やがて「いいんじゃない」と微笑(ほほえ)んだ。

※デイトン目線があともう2話ほど続きます。

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