第18話 毒杯
トルーシスが呆然と呟いた。
「敵は白い隊服を着ている。――帝国騎士の隊服を」
「……クソッ!」
思わず拳を握りしめた。
本当は敵が騎士であることはみなに伏せていた。
この帝国の象徴である騎士に刃を向けることはできない。士気が下がる。
そう判断した。
それが裏目に出てしまった。
トルーシスは立ち上がり、大声で叫んだ。
「みな聞いてくれ。村を襲っていたのは、騎士だったんだ!」
「え?」 「どうしたんだよ、一体?」
仲間たちが首をかしげる。
「なんの冗談だ?」
ダグラスがおかしそうに笑った。「そしたら、昨日村を襲ったやつらも騎士だったっていうのか? そんなわけねぇだろ」無垢な表情で続ける。
「正義の騎士が虐殺なんてするわけねぇ。東ノ国を追い払おうと加勢に来てくれたんだろ」
「そうさ!」
仲間たちものん気に頷いている。
「信じられないだろうが、信じてくれ! 」
トルーシスが叫ぶ。俺も声を張り上げた。
「やつらは帝国に命じられて、砂紋民を奴隷にして帝都に送ってるんだ! 騎士は、敵だ!」
数人が気圧されたように頷き、ダグラスが表情を引き締めたのが見えた。
だが、まだ全員は信じていない。もう少し――
「あれ!? 騎士が来たぞ!」
仲間の声に、俺は耳を疑った。
目をこらすと、地平線に、白く輝く隊服を来た集団が見えた。
「……速すぎる」
トルーシスが悲壮な声で呟いた。
騎士の姿を認めると、みなが沸き上がった。
「騎士団が本当に我らの加勢に来てくれるとは!!」
「助かった、これで安心だぜ!」
俺らの叫びはかき消された。
みな、俺やトルーシスの形のない言葉よりも、実際に目に写る現実――
騎士たちがにこやかな笑顔で、こちらに手を振りながら進軍してくる姿を信じた。
騎士たちは到着するなり、大声で叫んだ。
「誇り高き砂紋民の兵たち! 助けにきた! 安心せよ!」
みながどっと喜びの声を上げる。
「来るべき敵に備えて、酒を用意した。今日の昼は酒盛りとしよう」
腕に腕章をまいた一回り大きな体躯の騎士――やつがガルガリケだろう――が、荷台にのせた酒樽と食料を指さすと、若い騎士たちが茣蓙を広げ、準備をし始めた。
「剣は邪魔だろう。ここにおいて、心置きなく酒と食事を楽しんでくれ」
ガルガリケは大きな木の下を指さした。
「剣は帯びろ!」
トルーシスが叫ぶと、仲間たちは目をしばたたかせた。
トルーシスに従って剣を帯びるものと、従わずに剣を置く者の二手に別れた。
トル―シスは並べられていく酒と料理を見て、すんと匂いを嗅ぎ、目を見開いた。
「毒が入っている」
……そういうことかよ!
「手を付けるな!! 毒が入っている!」
トル―シスが必死な形相で叫んだ。初めて見る顔だった。
俺も叫びながら、皆を止めに走ったが、俺たちの言葉は笑い飛ばされた。
何人かが既に剣を置き、酒をうまそうにのみ始める。
彼らには――普通の者には毒が入ってることなど分からないのだ。
「……おいお前ら。食うな。剣も置くな」
俺らの必死さに、ダグラスやルカも言い始めた。だが、多くの者が着座し、酒を酌み交わそうとした、その時。
「彼らの言っていることは本当だ!!」
よく響く声がした。
ひとつも勲章のついていない白い隊服。灰色の髪に灰色の瞳。デイトンだ。
「俺たちはこの食事に毒を持った! 騎士は、砂紋民の村を襲っていた!」
デイトンはそう叫んだ。
最初に会った時のような曇りのない綺麗な瞳で。
なおも言葉を続けようとするデイトンは、他の騎士に殴られて気を失った。
「なんだ?」 「何が正しいんだ」
仲間たちは迷いだした。
「予想通り動いてくれたな」
ぼそりとした呟きが聞こえた。
「売国奴の言うことを信じるな」
よく通る声に振り返ると、ガルガリケが立ち上がっていた。トルーシスとデイトンを舐めるように見る。
「この黒い紋様の男と、先ほど喚いた騎士は、東ノ国と内通していたのだ」
みなが目を見開く中、ダグラスがすぐさま立ち上がった。
「トルーシスはそんなやつじゃねぇよ」
ガルガリケに動じた様子はなかった。
「考えてみよ。どうしてこの黒い紋様の男は敵が攻めてくるところにいつもいるのか。――それは東ノ国と通じているからにほかならない」
ガルガリケは、砂紋民の兵たちの間を歩きながら続ける。
「どうして東ノ国は強い剣を持つようになったのか? あの貧しい東ノ国だぞ? 誰かが情報を流さなけれは作ることはできまい」
……まずい。はめられていく。巧妙に、真綿で首を絞めるようにじわじわと。
ガルガリケはトル―シスを睨みつけた。
「全て自作自演だったのだ。こいつは帝国の白銀鉄の技術を盗みだし、東ノ国に伝えた。さらに、東ノ国を撃退してみせることで砂紋民の支持を得て――この帝国を乗っ取ろうという魂胆だったのだ」
ガルガリケは高らかに言った。
「やつが敵を殺さなかったのも、仲間を手にかけられなかったからだ!」
「そんな訳ねぇだろ!!!」
俺の叫びはむなしく広場に響いた。
みなの心は、とっくにガルガリケの方に傾いていた。
ガルガリケは満足そうな笑みを浮かべて、砂紋民たちに命令した。
「やつを捕らえよ。呪われた黒い紋様が、この世界を滅ぼす前に」
「……そうだ。やつは黒い紋様もちだった」
誰ともなく呟かれたその言葉が、決定打になった。
「クソ野郎!! 俺たちを騙しやがって!」
「親の仇だ!!」 「信じていたのに!!」
仲間たちの敵意が、激流となって一気にトルーシスに向けられた。
……違うッ!
叫ぼうとしたところで、トルーシスにガッと口をふさがれた。
「な、なにすんだよ!」
もがくが、強く押さえつけられ、動けない。
「僕だけで十分だ」 やつはにこりと笑った。「ネル、今までありがとう。楽しかったよ」
「え……」
やつは俺のみぞおちに拳を入れた。
息が詰まり、思わず膝を地につく。
トルーシスは僅かに微笑んで、一歩踏み出した。
仲間たちがトルーシスに群がる。トルーシスは抵抗しなかった。もみくちゃにされたあと、手枷を厳重につけられ、檻へと入っていく。
仲間からの刃で体中のあちこちに傷を作った彼は、檻の中で、静かに目を閉じた。
……あぁ。
どうしてこいつはこんなに簡単に諦めるんだ。
お前が死んだら、俺は――
ガルガリケが、檻の中のトル―シスを見て低く言った。
「脅威はいなくなった。殺れ」
一斉に騎士たちが白銀鉄の剣を抜き、斬りかかった。
――砂紋民の兵たちに。
「……!」
みなが驚いた顔のまま、殺されていく。
先ほど剣を置いた者は反撃する手段をもっていなかった。
料理や酒に手を付けていた者は、入っていた毒が効き始め、体が動かなかった。
それに、統率者を欠いた砂紋民の兵は、騎士の前になすすべもなかった。
「だからトル―シスを信じるべきだったんだよ、クソ野郎!!」
俺はもう、自分が何をしているのか、分からなかった。
ただ、怒りにまかせてめちゃくちゃに剣を振り回し、迫りくる騎士たちと戦い――そして、倒れた。
「……少し休め」
意識を失う前、どこかで聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。




