第19話 ちょっと離れてください
「これで全員死んだか」
ガルガリケはあたりを見渡し、静かに口の端をあげた。
「えぇ。集まった砂紋民約200人、ものの数分で片付きました。さすがガルガリケ様の手腕です」
「戦には頭が必要なのさ」
ガルガリケはひとつ息を吸うと声を張り上げた。
「さて、一番砂紋民を殺した者に褒美を取らせよう。名乗り出よ」
金髪に碧い目の若い騎士が歩み出た。
「この者が最多でした、15名です。倒した敵の左手の小指の数で数えましたから間違いありません」
腹心の部下が告げる。
「よくやった。名を名乗れ」
「はっ。ニックと申します。姓はありません」
一礼するその所作は、妙に美しかった。
「よし。褒美はなにがいい」
「そうですね……」騎士は少し考え、にこりと笑う。「今晩、外泊の許可を。街で一晩遊びたいです」
「そんなものでいいのか?」
部下が苦笑する。「やつは無類の女好きなんです。給金を全て女につぎ込んでいるとか」
ガルガリケはおかしそうに笑った。
「いいだろう。特別に外泊の許可を出す。金も出してやる。今日の野営地は、シュラクの街にも近い。思う存分、遊んでこい」
「ありがたき幸せ」
ニックはうやうやしく頭を下げた。
◇
目を覚ますと、一面の赤だった。
悪夢のような、赤い、血の海。
みなが血を流して絶命している。
呆然と体を起こしかけて、呻いた。
腹に深手を負っている。
ふと、近くの木陰に、数人の砂紋民がいた。輪になり、みな力なく肩を落としている。
……生き残りがいるのか?
その中心にいる男の顔を見て、全身が燃えるように熱くなった。
さっき誰よりも砂紋民に剣を振るっていた、金髪に碧眼のくだけた騎士。
「トルーシスの仇だ!!」
飛び上がり、斬りかかった。剣を抜くとき、あるはずの左手の小指の感触がなかった。
「おっと。怖いねぇ」
やすやすとかわされる。
「……クソ野郎!」
剣を振るう度に、腹から大量の血が流れてくる。
トルーシスは――トルーシスはいまごろ……
ハァ、とため息が聞こえたかと思うと、首筋に手刀をくらい、俺はまた意識を失った。
「これでやっと静かになったね」
トル―シスにつき従っていた少年――ネルを地面に横たえ、適当に手当てをし始める。
生き残った砂紋民たちの表情は暗く、沈んでいる。
体格の良い30代後半くらいの男が低く呟いた。
「……俺達は、真の英雄を自らの手で葬ってしまったのか」
彼らは、真実を先ほど知った。
「そうだね。でも君たちは生きてるよ。んで、この少年を立ち直らせる自信がある人、いる?」
「……」
場は静まり返った。誰も首を縦に振る者はいない。
「仕方ないな。彼女のところへ持っていくか」
苦笑して、気絶している少年を背負い、歩き出す。
「まて」
砂紋民の男が呼び止めた。「なぜ俺たちを殺さなかった」
「それはまあ……」砂紋民たちに視線を向ける。「周りに踊らされず、自分の頭で考えていたからさ。この世界では、そういう者こそ、生きるに値すると僕は思うよ」
言葉を失った砂紋民たちににこりと笑いかけ、その場を去った。
ぐったりと力の抜けたネルを背負いながら、夜道を歩く。
――トルーシスが残したものは、なんとか繋いだか。
まあ、残された者がどう考え、動くか次第だが。
目的の場所につきノックをすると、かなりの夜更けにも関わらず、娘が顔を出した。
藍色の聡明そうな瞳が印象的な娘だ。
「やあ。きみがリュシアだね?」
「……えぇ。あなたはニックさんですね。話には、聞いていました」
黒ずんだ手の娘は、俺と気を失ったネルを見て、全てを悟ったようだった。
「負けたんですね」
「ご名答」 察しのいい女は嫌いじゃない。「入ってもいい?」
「えぇ」
娘はためらうこともなく、家の扉を開けた。
「ひとまず、ここに」
自分の使っている寝台を指さす。
「血だらけだ。汚れるよ」
「かまいません」
簡潔な応答。内心で微笑んで、ネルをドサッと置いた。
「こいつを頼むよ。トルーシスは囚われた。かなり荒れるだろうけど、頑張ってね」
懐から袋を取り出して手渡す。袋の中を見てリュシアが目を見開いた。
「こんなにもらえません」
「金は余るほどあるから、もらってよ。馬はここに置いておくね」
「……感謝します。心から」
深く頭を下げるこの生真面目な娘を、ちょっとだけからかいたくなった。
「あ、そうだ。安心して?」 肩に手を置き、耳元に口を寄せてささやく。「僕、きみが白銀鉄の剣を開発したこと、誰にも言わないからね」
リュシアが顔をあげた。
驚愕したような表情がうかんでいると期待したのに、裏切られた。
表情を変えず、強い目で真正面から見据えてくる。
「それもお願いします。心から」
「ハハハ、きみ、いいね!」
思わず心の底から笑った。「どうりでこいつが惚れるわけだ。じゃあ、またどこかで」
娘の額に軽く口づけをして、街を去った。
◇
明け方、幕舎に戻ると、同僚が目ざとく俺を見つけてきた。
酒を飲んで賭博に興じていたらしい。顔が赤い。
「よおニック、どうだったよ? いい女、いたか?」
「あぁ。最高の女がいたよ」
笑って答えると、仲間はあきれたような目線を向けてから、声を潜めた。「デイトンの処分だが」
わずかに息をのんだ。――デイトン。どうなった。
「軍の脱退と、東の果てでの3年間の謹慎を命じられた。ほんとに馬鹿だよな」
嘲るような口調。仲間は続ける。
「普通なら死罪でもおかしくない。やっぱり貴族ってのはうらやましいぜ」
こいつらは知ってない。デイトンが自分の家にどれほどの葛藤があるのかを。
どれほどの苦労をして騎士になったかを。
まあ、命があっただけ良かったな。
そう思いながら、俺はまた頭を巡らせ始めた――
◇
目を覚ますと、なじみのある匂いが鼻をついた。
白銀鉄の匂い。
地味な部屋の地味なベットの上に寝かされていた。
……リュシアの部屋か。
どうしてここに。
一瞬、そう思ったがすぐに今までの出来事を思いだし、絶望の念が浮かんできた。
俺は判断を間違った。
今までに一回でも敵の正体が騎士だと伝えていれば。
倒した敵の隊服を剥ぎ、その下の白い隊服を見せていれば。
視界に、手首に巻きつけた髪の毛が目に入った。
トルーシスと分け合ったものだ。その下には――藍色のツタでできた腕輪がある。
あいつと初めて会った時、不器用に巻きつけてくれたっけ。
ぎこちない笑顔が脳裏にうかんだ。
「……意味わかんねぇ」
思わず声が漏れた。
「最後まで意味わかんねぇやつだったよ、クソッ!」 思わず拳で寝台を叩いた。斬られた腹が酷く痛んだ。
……あいつと、もっと一緒にいたかった。
そうだ。せっかくまじないをかけたんだから――
短剣は枕元においてあった。
そっと手に取り、首筋に押し当てると、ひんやりとした冷たさが肌をついた。
このまま一息に――
「ネル!!」
必死な声と共に、パン、と手を払われた。
短剣が手から滑り落ち、カランと乾いた音を立てる。
目の前に、リュシアがいた。
リュシアはひとつ大きく息を吐くと、一枚の紙を差し出した。
帝国報の号外だった。見出し一面に文字が踊っている。
――『黒い紋様の売国奴、2週間後に闘技場で殺される予定』
「死後の世界で一緒になるんでしょう? 死ぬなら同じタイミングで死んだ方がいい」
リュシアは真っ直ぐに俺を見つめた。
「うるせぇな。年下は先に行って待ってるのが筋なんだよ」
藍色の目がすっと細くなった。
「今死ぬのは、トルーシスが必ず死ぬと思ってるからでしょ。――それは生者への冒涜だ」
「……」
言葉に、詰まった。
「……2週間は長げぇよ」かすれた声でようやくそれだけ、絞り出した。
◇
帝国報を渡したあと、ネルは私の家を出て行き、戻ってこなかった。
どこに行ったかは大体、見当がついている。――酒と女だろう。
「リュシア。リュシア」
呼び声と戸を叩く音に、店の扉を開けるとシエナが立っていた。
昔、銀印会で働いていた時の売り子の先輩だ。
今、彼女の伝手でこちらに家を借りている。
「あなたのその……彼なんだけど、」
歯切れが非常に悪い。
「うん、どこの娼館? それとも酒場?」
尋ねるとシエナは大きい目をぱちくりとさせた。
「うん、南の酒場に入り浸ってる羽振りのいい男がいるって話題になってる。その隣には娼館もある」
「なるほど。情報、本当にありがとう」
深々と頭を下げると、シエナは心配そうに眉をひそめた。「……どうするの、これから。あなた、彼が心配でこっちに来たんでしょ」
「明日帝国報が出る。そしたら乗りこみに行く」
「え?」
シエナは唖然とした表情をした。
その酒場には、たくさんの空の酒瓶と女たちに取り囲まれて、突っ伏して寝ているネルがいた。
ずんずんと歩を進め、その席へと向かう。
「あなたは……?」
ネルを取り囲んでいる女たちが不思議そうな目でこちらを見た。
「知り合いです。回収しに来ました」
「もう少し寝かせておいてください。かわいそうな人なんです」
ネルの隣にぴったりと座っている美人の娘が目を潤ませた。
……何を語って聞かせたんだか。
「……ちょっと離れてください」
「え」
戸惑いながらも、娘がネルから少し身を引く。
私はその辺にあった酒瓶を掴み――突っ伏しているネルの頭に向けて逆さにした。
ネルの頭がアルコールでずぶ濡れになる。
周りの娘たちの顔色が青くなった。
「……ん」
ネルがむくりと机から体を起こした。水滴を滴らせ、顔をあげる。
目が、遭った。ネルの目が見開く。
「少しは目を覚ましたら。また2週間、延長だから」
私は帝国報を叩きつけると、その酒場を出た。
――『黒い紋様の売国奴、死なず。次こそ無残で確実な死を』
帝国報には、そう書かれていた。
◇
「リュシア。彼の様子なんだけど……」
店を訪れたシエナがちらっと私の顔を伺った。
「うん、知ってる。さらに飲んだくれるようになったんだよね」
「あなた、よくそんなに平静でいられるわね……」
シエナがひきつった笑いを浮かべる。
「まあ、想定済みだから」
店に剣を並べながら答える。
「私で何か力になれることがあったら行ってね」
シエナが語調を強くする。
「ありがとう。でも、今はむこうの出方次第かな」
シエナは「さすがね」と微笑むと、ふと眉をひそめた。
「その道具は? 何に使うの?」
店の隅に置いておいた道具に目を留めたらしい。
「……入れ墨を入れようと思うんだ」
「え、なんで? なんのために? それにこの形って……」
シエナが道具をよく見て、ぎょっとする。
「あんなうわべだけ寄り添う女のどこがいいってわけ」
ぼそりと呟くと、シエナが「よしよし」と頭を撫でてくれた。
1週間後。
玄関の戸を叩く音が聞こえた。叩き方で分かる。――ネルだ。
ガラッと戸を開けた。
瞬間、ネルがさっと頭を下げた。
「ごめん。いろいろ」
酒臭さはなく、身綺麗な身なりをしていた。
「情報を聞きつけるのが早かったね」
「……あぁ」
ネルも手に帝国報を持っていた。
トルーシスがまた死ななかったことを報じる帝国報を。
ネルはやっと顔をあげた。憑き物がとれたような顔だった。
「俺は帝都に行く。アイツの姿を最期に見たい」
力強く頷いた。
「私も行く」
「ダメだ」ネルが即座に首を横に振った。「俺は騎士に顔を見られている。帝都に入るには検問がある。危険すぎる」
「……いい方法がある」
私は左の二の腕をたくし上げた。
「――お前」
ネルが言葉を失う。
私の左の二の腕には、入れ墨が入れてあった。
それも朱色の、奴隷が入れるのと同じ形の入れ墨が。




