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第17話 白い隊服


『もう少しで出発する。東ノ国に化けた騎士300あまりが東に向かう。気を付けてくれ』


デイトンからの文を読んで、トル―シスはひとつ頷き、仲間の兵たちに警戒を強めるよう伝えた。


「……デイトン。君は今どんな気持ちなんだ」

ハトの頭をそっとで、相変わらず愛情深く声をかけている。


「……ん」

トルーシスが動きを止めた。


「どうした?」


「いつものハトと違う。手紙はデイトンの筆跡だが……」


「どう見てもいつもの白いハトじゃないか」

俺は首を傾げた。


「いや。僕がでても喉を鳴らさない。それに目のあたりがちょっと違う。デイトンはもっと優しい目をしていた」

真剣にハトをじっと見つめる。


……こ、こいつハトの顔まで見分けられるのかよ。

でも、もしこいつの話が本当なら、ヤバいかもしれない。


「デイトンの内通がバレたのか」


「……分からない。でも何か嫌な予感がする」

トル―シスはそう言って、西の方を見た。

帝都から騎士が攻めて来る方向を。







    ◇






「あと少しだな」

対砂紋民戦(たいヌルムせん)の総司令官、ガルガリケは馬上ばじょうで呟いた。帝都をたち、鬼のような速さで騎士団は進軍している。


腹心の部下が言いずらそうに口を開く。

「ガルガリケ様、速すぎます。脱落者も出ております」


ガルガリケは鼻を鳴らした。

「ついてこれない者は置いていけ。話にならん」


「かしこまりました。……騎士の質も、落ちたものですね」

部下は頷いた。


「お、いいところに砂紋民ヌルムの村があったな」

ガルガリケは遠くに姿を現した、小規模な砂紋民ヌルムの集落に目をやった。


「ここで休憩にしますか?」

尋ねる部下にガルガリケは口の端をあげた。


「いや。作戦の一部を決行する。みなに黒いマントを着ろと伝えよ」






    ◇






「デイトン。割り切れ」

ニックの声がどこか遠くから聞こえるようだった。


「……無理だ」

かろうじてそれだけ絞り出すと、ニックはハァ、とため息をつき離れていった。


目の前には、血の海が広がっている。

仲間たちの黒いマントは、罪のない砂紋民ヌルムたちの返り血で濡れていた。


不意に、肩をぶつけられた。

「どけよ。邪魔なんだよ」

迷惑そうな声と視線。仲間たちはまだ温かい死体を蹴りとばし、駆けていこうとする。とっさにひとりの仲間の腕をつかんだ。


「何しにいく」


仲間はさげすむように顔をゆがめて俺の手を振り払った。


「聞いてなかったのかよ。さすがは万年(まんねん)初等兵(しょとうへい)だな」

他の兵たちに続いて、彼は村の奥へと走っていった。


そのとき、甲高い悲鳴が聞こえた。

女と、子どもの声だった。それが不自然に途切れた。


何が起きたか、想像がついた。

これから何が起こるかも、鮮明に。


今年入隊した、鷹狩りを好む後輩がそっと呟いた。

「家から食料と酒を奪うようにとのことです。……武器を持たぬ者を殺すな、という指示は今回は出ていません」

切れ長の目を細め、一礼して駆けて行く。


俺は、呆然とあとに続いた。


それから1時間も立たないうちに村は、ほぼ全滅した。

黒いマントを着た仲間たちは、まるで本当の東ノ国の兵のようだった。

砂紋民ヌルムを殺せば殺すほど、金貨がもらえ、昇進する。今や軍はそんな組織になり果てていた。








「数人逃げていきますが、どうされますか」

脱兎のごとく森へと飛び込む2,3人の村人を指で示し、部下はガルガリケに尋ねた。


「いや。追わずともよい」

ガルガリケは微笑を浮かべた。「あの者たちを逃がした者がいたな。名は?」鋭い眼光は、灰色の髪と瞳の隊員に向けられている。


部下はさっと頭を下げて口を開いた。

「はっ。デイトン・ヴァルゼンベルク。あの白いハトの持ち主です」


「やはりか」

ガルガリケは頷き、ぐるりと村を見渡した。


「今夜はここで泊まる。勝利の前祝いだ。酒を盛大にだせ。黒いマントは身に着けたままでな」







    ◇







その夜、トルーシスのもとでは。


「やつらを倒してください。お願いです」

血まみれの年若い娘が深く頭を下げた。後ろの村人ふたりも、それに続く。近くの村から逃げてきたのだという。


「そうか。そんなむごいことを……」

トル―シスは静かに呟いた。

黒づくめの兵が村を襲い、この3人以外は皆殺しになったという。


「なんということだ!!」

「許してはおけない!!」

血の気の多い若者たちが叫ぶ。


トルーシスは、知らせてくれた娘と村人たちの勇気をほめ、丁寧に礼をいうと、顔をあげた。

表情は変わらないが、その体から闘気とうきがたちのぼるのを俺は感じた。


「敵は必ず倒す」

気迫のこもる声に、ダグラスをはじめ、仲間たちが一斉に頷いた。






皆が寝静まったころ。

隣で寝ていたトル―シスが静かに起き上がったのが分かった。しばらく待っても、戻ってこない。

俺はそろりと体を起こした。



「……おい」

やつは木に登り、枝の上で胡坐あぐらをかいて静かに月を眺めていた。

月明かりがどこか物憂ものうげな横顔を照らす。黒い紋様のある横顔を。


「……ネル。すまない。起こしてしまったか」


「別に。眠れなかっただけだよ」

よっこらせ、と俺も木に登る。トルーシスの手を借りてなんとか隣までたどり着くと、「ありがとう」と逆に微笑まれた。


わずかな沈黙のあと、トルーシスは静かに言った。

「僕は、やはり世界に災いをもたらすのだろうか」


「は? 迷信だろ。そんなわけねぇって!」

思わず強めに言った。


「僕がいなければ、あの村の虐殺ぎゃくさつは起こらなかったかもしれない」

トルーシスは、寂しそうに微笑んで顔の紋様にそっと手を触れた。

伏し目がちな瞳。まぶたにまである、黒い紋様。


どこかはかなげで、なぜか今にも消えてしまいそうだと、そう思った。


――今だ。


長くなった髪を一つに束ねていた紐をさっとほどく。

手早く、だがしっかりと髪を二本編み込むと、ふところから小刀を取り出し、耳元でばっさりときった。

一本を俺の手首にさっと巻き付け、トル―シスの手首をとった。


もう一本の髪の毛の縄を巻きつける。

トルーシスは驚いたように目をしばたかせた。


「呪われていようがなんだろうが、俺がずっとお前のそばにいてやるよ。死後の世界まで」


トルーシスは手首をまじまじと見つめた。

「……リュシアに編み方を教えてもらったのか?」


「別に誰に教えてもらってもいいだろ」

そっけなく返すと、トルーシスはふっと笑って「ありがとう、ネル」と真っ直ぐな視線を向けた。

思わず、そらした。


「まあ、負ける気はしないけどな。一応、保険で」


「恋人同士のまじないじゃなかったのか」


「うるせぇな。そんな細かいこと、気にしねぇ人間になったの。俺は」

トル―シスはくつくつと笑った。昔に戻ったような笑顔だった。






    ◇






「よし。例の砂紋民ヌルム達の陣までもう少しだな」

ガルガリケはそういって馬を止め、全体に向けて高らかに言った。


「黒い服を脱げ!」

仲間たちにざわめきが広がった。


「……おそれながら。どうしてですか?」

長年、対砂紋民戦(たいヌルムせん)を行ってきた上官が声をかける。


ガルガリケは不敵に笑った。「なに、簡単だよ。やつらをあざむくのさ」


思わず口を開きかけたとき、隣にいるニックにそでをひかれた。やめておけ、ということなのだろう。

構わず、続けた。


「ガルガリケ様。この隊服で砂紋民ヌルムを殺すのですか。正義の騎士の隊服で」

自分の声が響く。


ガルガリケと目があった。

彼はわざとらしく首をかしげて、にこりと笑った。

砂紋民ヌルム達は、黒い紋様の男を引き渡せという命令に応じなかった。これは帝国の秩序を守る、正義の戦いではないのか?」


周りの隊員たちが納得したような顔をした。

ガルガリケはうっすらと笑った。


こちらまでゆっくりと歩いてくる。

カツ、カツという妙に響く靴音が、俺の近くでとまった。


耳元でささやく。


「君の白いハトはもう飛べないよ」


……バレてる。


「なんのことでしょうか」

内心の動揺を隠し、なんとか応じた。

ガルガリケは笑みを深くし――全軍に作戦を発表した。






作戦を聞き終え、呆然となりながら幕舎ばくしゃに戻ると、つばさが折られたハトが地面に転がっていた。

既に冷たくなっている。


「……ごめんな」 

束の間、目を閉じる。もう、トル―シスに伝える手段がない。


心を決めたとき、声をかけられた。ニックだった。

俺の顔を見るなり、ため息をつく。


「すっかり覚悟の決まった目になりやがって……」


「ニック。俺は、美しく生きる。 もう自分に嘘はつかない。……今までありがとな」


「終わったように言うんじゃねぇよ」

友人は苦々しげに顔をゆがめて幕舎ばくしゃを出ていった。






    ◇






一方、トルーシスの陣営では。


「もうじき敵の姿が見えるころか」

ダグラスの声が、わずかに強張っている。


「あぁ。きっともうすぐ、戦いになる」

トルーシスの言葉に、陣形を組んだ砂紋民ヌルムの兵たちの顔にさっと緊張が走った。

敵が攻めてくる方向を固唾をのんで見守っている。


しばらくしたあと。

「……まずい」

トルーシスがハッと目を見開いた。


俺にはまだ見えないが、こいつには見えているのだろう。

「なんだ、どうした」


「……黒じゃない。……黒じゃない」 

驚愕きょうがくしたように目を見開いている。普通の様子じゃない。


「ど、どうしたんだよ」


「敵は白い隊服を着ている。――帝国騎士(ていこくきし)の隊服を」

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