鋼主とシェムリ(2617字)
※これは、東ノ国と西ノ帝国の戦争が終了後、海の向こうの国が攻めてくる前の時間軸での出来事です。
そのころ、帝都から離れた森の中の洞窟では。
「――シェムリ」
私の名を呼ぶ特徴的な低い声で、ハッと目を覚ました。
みると、彼は藁でつくられた粗末な寝床の上で、体を起こしていた。
「ファクトル! 気づいたんだ!」
はじかれたように飛びより、そっとその手をつつむ。思わず安堵の吐息と共に呟いた。「良かった……」
「シェムリ。俺はなぜここにいる? 塔でトルーシスに斬られて――焼け死んだんじゃないのか」
首を横に振った。「ううん。あなたは生かされたの。まだ生きれるんだよ」
若王をはじめ、西ノ帝国の中心人物はひとまず鋼主に手当てをするように言った。後ほど正式な裁判があるという。
彼は呆然として、しばらく言葉を失っていたが、ハッと我に返ったように私を見た。
「どうしてお前がここにいる?」
「あなたの傍にいたくて。看病を手伝っていたの」
洞窟の奥にならべられている包帯や薬草やらを指さす。人目につかぬようにこの洞窟に運ばれ、治療を受けていたのだ。
手枷と足枷はつけられているが。
「お前、どうしてそこまで……」
瞬きをし、語調を強くした。「真の目的はなんだ? 誰かの指図か?」
反動か、激しく咳こむ。
その背をさすりながら唇をかみしめた。
「違うよ。目的なんてない。ただあなたの傍にいたかったの」
彼はまじまじと私の顔を見て、沈黙してから言った。
「去れ。お前は西ノ帝国の者と仲が良かっただろう。西ノ帝国の民と共に暮らせ」
「いやだ。あなたと一緒にいるよ」
彼は顔を背けた。
「立ち去れ」
強い拒絶をはらむ言葉に、私はなすすべもなかった。
◇
「おー! すっかり回復したな!」
次の日、鋼主の様子を診ようと洞窟に訪れた番人は、明るい声を出した。
包帯を取り換え、ひと通りの治療をしたあと、いぶかしげに周りを見渡す。
「あれ、あの色っぽい嬢ちゃんは? 片時もお前の傍から離れなかったのによ」
「……」
鋼主が答えないのを見て、番人は顔をひきつらせた。
「まさか、追い出したわけじゃないよな」
鋼主は無言でうつむいた。
「おい――! 何やってんだよ、めっちゃお前のこと心配してたぞ、あの嬢ちゃん」
「……いきなり馴れ馴れしくしゃべりだすな」
「べつにいいいだろ。俺、お前の治療するの2回目だぞ。お前も分かってるんだろ」
番人はふと真面目な顔になって頭を下げた。「前はすまなかった。死なせてくれ、と縋るお前を無責任に治療して放り出したりして」
そして、顔をあげると鋼主の顔をじっと見る。
「これから、どうするんだ。お前」
鋼主は視線をそらした。
「……どうするもこうするも、私は処刑されるだろう。それまでただ時を流す」
数秒の沈黙の後、ピアスの番人は口を開いた。
「あの嬢ちゃんが命乞いをした。きっとお前は助かる」
鋼主の瞳が僅かに見開いた。
「何の演技だ……?」
番人は大げさにため息をついた。
「演技なわけあるかよ。嬢ちゃんはお前のために若王様やあの腹の読めないニック騎士団長やらの前で命乞いをしたんだぞ。首をとばされてもおかしくないってのにさ。それに、この薄汚い洞窟で、お前のためにずっと付き添っていたんだ。3日3晩、ずっとだよ!」
ファクトルは目を見開いた。驚愕の表情がその顔に浮かび、やがて絞り出すように呻いた。
「……シェムリ」
「そうさ。よく考えなさい。自分の振る舞いの愚かさを」
番人はそう言い捨てて立ち上がった。「あと、一週間は安静にしてろよ。俺はもう来ないぜ。元気でな」
ファクトルの肩を愛情深い手つきで叩くと、番人は去っていった。
◇
「と、思ったけどトルーシスが来たいっていうから案内でまた来たぜ!」
番人は明るく笑うと、僕に「ついてきな」と言い、慣れた様子で洞窟に足を踏み入れた。
洞窟に入ると、リュシアが、ファクトル兄さんの包帯の交換をしていた。
リュシアは今、番人の右腕となって傷病者の手当てに尽力しているらしい。
隣では、見知らぬ若い娘がその作業を手伝っていた。見るからに慣れない手つきだが、丁寧に作業をしようとしているのが伝わる。
若い娘は僕に気づいてぺこりと頭を下げた。
番人は明るい声をあげた。
「おぉ! 嬢ちゃん、愛想をつかさずに来てくれたんだな。ファクトルはめっちゃ喜んだろ?」
「リュシアちゃんが励ましてくれて。……でも深く眠っていて、まだ話せてないの」
娘はどことなく物憂げな表情で、眠るファクトル兄さんを見つめた。
「ったく。なにのん気に寝てやがるんだ」と番人は舌打ちをする。
リュシアが「病人だから仕方がないですよ」とまっとうな意見を言った。
覆面を外した兄さんの顔には、数多くの酷い拷問の跡があった。
これは僕の推測だが――兄さんはきっと、この世界を壊したかったんじゃないだろうか。
僕は、兄さんを責めることはできない。
もし同じ立場だったら、兄さんと同じことをしていたかもしれないのだ。
番人とリュシア、そして娘は、真剣な表情で兄さんの手当てをしている。
「君は、兄さんの恋人か?」
思わずその娘に尋ねた。彼女の存在は、兄さんにとって救いになっただろうと思いながら。
娘は「まあね」と笑って頷いたあと、「でも、彼はどう思ってるか分からないわ」とさびしそうに言った。
「大丈夫だ。絶対大丈夫だ。こいつは素直じゃないから」
番人が断固とした口調で言うと、「私もそう思う。男って大体そう」とリュシアも続けた。
「……そうよ。そうよね。まったく、あまのじゃくなんだから!」
少し元気になった娘は、「絶対離れないわよ」といって兄さんの唇をそっとなぞった。
荒れていて、下唇が切れていた。何度も噛んだ痕がある。
……唇が切れるまで噛みしめていたのか。
こんなに苦しんでいたなんて。
「あぁ、そこも薬塗っておくか?」
番人が懐から軟膏を取り出すのを、娘はなぜか笑って止めた。
「ううん、このままがいい」
「ふうん」
意味深に番人は微笑んだ。
◇
目を覚まして、己の目を疑った。
また傍らにシェムリがいた。
「なぜ……」
それだけを言うと、シェムリはにっこりと微笑んだ。
「さっきまでトルーシスっていう人と、番人とリュシアちゃんがいたんだよ。タイミングが良いね。二人きりだよ」
シェムリはそっとかがみこんで顔を寄せた。
柔らかな唇が重なる。
唇を離すと、シェムリはそっと私の下唇をなぞった。
「たくさん私を思い出してくれたんでしょ?」
「……すまなかった、シェムリ」
心からの謝罪をした。「別に気にしてないよ」とシェムリは強がって、そして花が咲いたように微笑んだ。
※作者つぶやき
このエピソードは、少し第108話にリサイクルしました。お気づきになった方がいたらすごいです!!
あと、この時シェムリはまだリュシアのことを「ちゃん」呼びしています。もう少しして、打ち解けて呼び捨てになってます^^
鋼主とシェムリは本当に沢山のエピソードがありました。
これは、作者が鋼主とシェムリのペアが好きだということもあります。
本筋とは関係ないしなぁ……汗 と思いつつも、気づいたら多くなっており、そして削りました(笑)




