東ノ国でリュシアやラジャトと共に過ごす傷 (6743字)
※これは、アリヤ(傷)が自分の領地を西ノ帝国に滅ぼされたあと、流れ者になっていた時のエピソードです。一部、本編と重複する箇所がありますが、流れを損なわないために含めました。ちょっと本編と異なります^^
国境付近を転々とした後、北ノ国へと流れた。
荒れ果てた土地に、テントのようなところで住まう兵士たちは、東ノ国に攻め込むことを強制されているのだと言った。
行き場のなかった私は、そこにいた兵士たちと共に戦いに明け暮れた。
東ノ国に勝利は出来なかったが、この年は初めて、北ノ国の兵は全滅しなかった。
私と生き残りたちは、「来年は絶対に勝つ」と士気を高めていた。
だが、数週間後。
朝起きて私は言葉を失った。
みなが胸から血を流して死んでいたのだ。
死者たちの胸にきらりと光る金属片が見えた気がして、私は一番仲の良かった仲間の元へと駆け寄った。
「……これはなに」
心臓のある胸のあたりに、金属片が刺さっていた。
――どこから討たれた? まったく気配がしなかった。なぜ気づけなかった?
「……傷」
声がした。仲間の声だ。まだ息があるのか。
「ありがとな。お前のおかげで希望が持てた。そんなもの、とうの昔に捨てたと思っていたのによ」
息も絶え絶えにいう仲間の声に、私は「誰に殺られた」という言葉しか返せなかった。
彼は「言えねぇよ。時間が来たんだ」と笑うと、ふと真面目な顔になって私を見た。
あたりを伺うようにしてから、胸に手をやり――金属片を引き抜いて放り投げた。
鮮血が飛び散る。
「な、何を……!」
思わず彼の胸を抑えて止血しようとすると、腕をぐっと掴まれて強く引き寄せられた。
熱い口づけをされた。
唇を離す間際、お互いの唇が触れあうかあわないかの距離でささやかれた。
「……海の向こうの国」と。
その言葉は聞こえるか聞こえないかの声だったが、私には彼の唇の動きがはっきりと見えた。
彼は「ごめんな」と目を細めて照れたように笑いながら息を引き取った。
その場で一日、いや何日間かは分からないが――放心していると、「おい」と声をかけられた。
東ノ国の軍服。首筋と頭に彫り込んでいる紋様。
さんざん私たちを苦しめた相手だった。
思わず斬りこむと、彼はひらりとかわして「物騒だなぁ」と笑って「仲間にならないか」と持ちかけた。
冗談じゃない。
誰が鋼主の配下なんかと。
睨んでいると、「怖いなぁ」と頭をかいて、「俺は西ノ帝国に内通する予定だ」ととんでもないことをさらりと言った。
東ノ国軍の軍規は厳しい。反逆は拷問の末に死罪だと聞いたことがある。
そんなことを私に明らかにしていいのか、と問うと「まあお前はいい気がしたから」となんとも適当な答えが返ってきた。
なぜそんな選択をしたのか分からないが、彼の仲間になった。
彼の持つ紋様が私の警戒心を解いたのかもしれない。
基本的に話好きな性格なのか、山深い北ノ国から東ノ国へと戻る数週間の旅の間では、ずっとぺらぺらとよくしゃべった。
そのころには、私はかなり無口になっていた。
口は災いのもとという。何を招くか分からないので、他人と滅多に会話はしないようになっていた。
気心のしれた北ノ国の仲間たちとは別だったが。
「よく話題が尽きないな」と言うと、「お前みたいに無口なやつと旅をしていた時があるんだ」と懐かしむような、そして少し悲しそうな表情をした。
「死んだのか」と尋ねると、「あぁ」とネルは頷いた。
ネルはそれから、ことあるごとにその”無口なツレ”の話をした。
痛いくらいに愛が伝わってきた。黒い紋様のあるとんでもなく腕の立つ男だという。
黒い紋様、という私と同じ特徴を持つその男の話に、私は聞き入った。
暮らしていたのが東ノ国でよかったと思った。西ノ帝国では恐ろしい差別がまかり通っている。
ネルは多分、その無口な男が忘れられないのだろう。
だが、追憶の中を生きていない点に好感が持てた。
ネルの話はいつも最後にこう締めくくられる。
「だから俺は、絶対にあいつに顔向け出きるように生きてやるんだ」
この男にそこまで言わせる、トルーシスという男に会ってみたかったな、と思った。
東ノ国の近くまで来ると、ネルは軍に戻ると言った。
私にも、軍に入らないか?と勧誘してきたが、集団行動は苦手だ、と言って断ると、腹を抱えて笑われた。
ネルは私に地図を渡し、『第5商会に、”リュシア”という信頼できる女がいるから、身を寄せろ』と言った。
頭か首筋に入れている入れ墨の女かな?と思ったが無粋なことなので聞かないことにした。
ネルと別れてからは、戦火から立ち直った東ノ国をゆっくりと回りながら戻った。
どこも著しく発展していた。
私の領地が、昔の面影が跡形もなく消え去り、白銀鉄の採掘や生産の工場が建っているのを見て、寂寞とした思いになった。
もう、狙われることはなかった。
黒い紋様は焼いたし、時がたち私が王家の生き残りだと覚えているものもいなかった。
それに、命を狙われても、撃退できるほどの強さを手に入れていた。
私はただの火傷の跡のある風変わりな女だった。そのことにすこぶる安心した。
そして王都へと入った。
そこは、恐ろしいほどの絢爛豪華な街へと成り果てていた。
西ノ帝国に一度、舞踏会に行ったことがある。その時には西ノ帝国の目覚ましい発展ぶりに驚いたが、今やこの東ノ国もそれを凌ぐほどだった。
――白銀鉄。
その生産と技術の向上が著しい。
そして、カリスマ的な鋼主への崇拝と、軍に対する期待。
今まで東ノ国は西ノ帝国の属国だったから、自国の軍はあまり強くなく、西ノ帝国の騎士団に他国からの侵略を守ってもらっていた。
だが、今や違う。
鋼主と軍がこの国を守っているのだ。
特に軍人は英雄視されており、町中に軍人のポスターまで貼ってある始末だった。階級が上の軍人が中心に、名前入りでだ。まるで貴族の娘たちが競って書かせる肖像画のように美化されている。
鋼主があまり表にでるタイプではない分、民衆の心を掴むよいプロパガンダなのだろう。
……え。
なんか印象違うな。
私は1つのポスターの前で足を止め、しばしの間言葉を失った。
ネルのポスターだ。右手で剣を握り、勇猛果敢に敵を倒しているのは良いが、左手に酒と宝石、女物の首飾りを沢山握っていた。砂紋民であることよりもそれらが強調されている。
画家の優れた画力と構成力で、なぜかとても格好良く見えるが、要は酒と女にだらしがない軍人だということだ。
なぜだ?
ネルは旅の間、一切私に手を出すそぶりは見せなかった。まあ、私が興味の対象とは違ったということは否めないが。
それに、そんなに酒を飲んでいるようにも見えなかった。
――印象操作か。
心の中でネルを見直していると、声をかけられた。
「やあ、お姉さん。ネル少佐がお気に入りなのかい?」
振り向くと、麗しい女が腕を組んでこちらを品定めするように見ていた。
「私の店によく来るんだよ。最近人が足りなくて困ってたんだ。どうだい?」
目を輝かせて「あんたは磨けば光る気がする」と私を勧誘してくる。丁重に断るとその人は苦笑しつつも微笑みかけた。
「あんたは苦労してそうだね。うちにいる娘もみんなおんなじさ。行き場がなくて流れ着いた」
なぜか、その話に聞き入った。
「だがネル少佐はそんな娘たちを決して軽蔑するような目ではみない。商品としても見ない。たくさん金を落としていってくれる。多すぎるほどの金をね」
女はポスターを目を細めて見た。
「……不思議な人さ。路地裏の花街じゃ人気者だよ」
ネルに指示された”第5商会”は白銀鉄製の剣を販売する会社だった。
扉を開けると、そこは異様な空間だった。
剣の店にしてはやや手狭のその空間には――
中央に剣一本。
それだけしか置かれていなかった。
光の入れ方を工夫しているのだろう。店内はやや薄暗く、その剣にだけ光が集まるようになっていた。
一体、なんだこの店は。
”ご自由に手に取ってお確かめ下さい”
剣の脇には、そう書いてあった。
台座に鎮座する、まばゆいばかりの輝きを放つ剣。
思わず手に取る。
……これはすごい。
こんなに手に馴染む剣を初めて持った。そしてこの質の良さ。いくらだ?
台座に値段が書かれていた。
剣を取ると値段が分かる仕組みだ。よく考えられている。
――金20枚。
欲しい!!!
高い。高すぎる。だが、これは絶対に欲しい。剣を扱うものならば皆そう思うはずだ。
値段の下に小さな字でこう書かれていた。
”分割払い可能。出世払いは要相談。剣は個人の好みに合わせて、金5枚の追加で調整可能。相談は奥へ”
――出世払いで、やや小ぶりで軽い剣を作ってほしい!!
私は一度、深呼吸した。
これではまるで敵の戦略にはまる時のようだ。
いかなるときも冷静を保つ。これが戦いの基本だ。
私は心を落ちつけながら、それでも少しそわそわとして奥へと進んだ。
部屋があり、そこに入ると女が一人、一心不乱に剣を研いでいた。
集中しているようで、私に全く気付かない。
入り口にベルがあり、小さな貼り紙があった。
「躊躇わず、激しくならしてください」
思わず口元を上げ、そのベルを掴んで鳴らすと、はっとしたように女が顔をあげた。数秒間、心がこの世にあらず、という顔をしていたが、ようやく戻ってきたようで、私に微笑みかけた。
「お客様。剣を気に入ってくださったんですね。小ぶりな剣を作りましょうか? あなたなら出世払いでもいいですよ」
この時、この女がネルの言っていたリュシアだと直感した。
「なるほど」
私が事情を話すと、リュシアは少しだけ驚いたように目を見開いたが、腑に落ちたと言わんばかりに深く頷いた。
……何に納得したのかが全く分からなかった。
それにしても、この女。嫉妬心などを見せようものであればその程度だと思えたのだが。
これは、勘だが。おそらくリュシアとネルは深い間柄だ。
なのに全く――私がネルと旅をしてきた、と言っても動じないではないか。そして、動じたのを隠している様子もない。私を怪訝な目でも見なかった。
「地下に住居があるんです」
とリュシアは私を案内した。1室余っている部屋があるからそこを自由に使ってくれ、と言ってリュシアは剣の制作に戻っていってしまった。
その部屋で、やることもないので剣の素振りでもしていると、猫背気味で眼鏡をかけた青年が現れた。
経緯を話すと、「ふーん。じゃあ君は日中、武芸の訓練とかしてここで過ごすってわけね」と頷いた。
そして、私をじっと見つめると「今日の夜、一番地下の部屋に来て」と言って元通り何かの研究に没頭した。
変わった青年だ。なんとなくリュシアに似ているな、と思った。
夜。
青年に言われた地下室に入ると、青年は紋様をびっしりと書きつけた帳簿をパラパラとめくり、何かを考えている様子だった。
紋様を燃やしておいて良かった、と思った。もし彼に私の紋様を見られたら、じっくりと観察されたに違いない。
ジジ……と燭台の炎が揺らめく。
青年は誰かを待っているようだった。
しばらくして、地下室の壁が開いた。
「よぉ。合流できたみたいだな」
ネルが顔を出して、私に微笑んだ。
青年が帳簿を閉じ、「いきなり仲間を入れるなんて、どうしたんだよ」とネルに口を尖らせた。
「西ノ帝国行きが決まりそうなんだよ」
二人のやりとりを聞きながら、私はこの青年とネルが結構な信頼関係で結ばれていることに驚いた。
青年は研究肌タイプかと思ったが、割と現実的で論理的であり、その点で馬があうようだ。
ネルと青年は、私にひと通りの話をした。
壮大な話だった。この青年は白銀鉄を最高純度まで高め、その製法を惜しげもなく本で出版し、東ノ国中に広めたのだと。
驚きを隠し得ない私を前に、
「この白銀鉄の危険性を広めて終わらすためさ」と青年は笑った。
ネルは「俺は西ノ帝国を守りたいと思っている。その点で俺らの利害は一致している」と言った。
「リュシアはなぜここに呼ばないのか」と問うと、「リュシアはリュシアだからな」とネルは突然語彙力をなくし、私に西ノ帝国へと行く日取りを伝え、地下室を去った。
「きみ、名を捨てたのか?」
ネルがいなくなった地下室で、眼鏡の青年は少しだけ面白そうに口もとをあげて私を見た。
「あぁ。昔にな。お前もか?」
尋ねると青年は笑って頷き、「君の名を教えてくれたら教えてやるさ」と少し声を潜めた。
もう昔の名を出しても追われることはあるまい。
「アリヤ」
端的に告げると、少しの間があって、「ラジャト」と返ってきた。
「ラジャト?」
どこかで聞いたことがある、と首をひねって思い出した。
父が言っていた話だ。
深い森の中に迷い込んで死にかけた時、”トジン”に助けられたのだと。
その時にトジンが燃やしていたのが”ラジャト”という金属の粉だったと。
「気に食わないのか。己に金属の名がついていることが」
そう問うとラジャトは心底驚いたような顔をして「そうだ」と頷いてから、首筋をかいた。
「ネルに気に入られるなんて、珍しいな、と思ってたんだ。だが納得がいったよ」とぼそぼそと呟いた。
ラジャトはなかなか面白い男で、私に白銀鉄の剣の粉砕のテストをひたすらさせる傍ら、いろいろなことを話してくれた。
主に紋様の話だ。
私はそこでこの紋様が、意味のある文字列だったことを知った。
私の黒い紋様には何が書いてあったのだろう。
もう知る由もないが、そんなことを思った。
ネルと一緒に西ノ帝国に入り、王の暗殺を完遂した。
私が知っている西ノ帝国とはあまりにも異なり、貧しくなっていて驚いた。
忘れられないのは、深夜。
密談の部屋であった人物たちだ。
トルーシス。
その首筋から顔にかけて伸びる黒々とした美しい紋様に心を奪われた。
私の紋様も、燃やしていなかったらあんな風だったのだろうか。
だか、紋様以外は特段ぱっとしない印象だった。
ネルの話を聞いてどんな男かと思ったが、生活で擦れた男だという感じだった。
最初は。
だが、おかしい。静かだ。静かすぎる。
父から足の運びをならい、長い間流れ者だったために、気配を消すことは得意だったし、誰にも負けないという自負があった。
だがこの男は。
まるで狂った時計のようだ。
静かすぎる時と、激しく燃える炎のような気配を出す時が混在している。
――怒りか。
その強い気配の正体を、なんとなくそう思った。
レオラはニックの家で会っていたから、密談の部屋では、会うのは二度目だったが、相変わらずよく武術の訓練を積んだ者が達する強い気配を放っていた。
そして。
書庫守の緑色のローブを来て入ってきた人物に、私は時を忘れて魅入った。
デイトン・ヴァルゼンベルク。
目が、遭った。
デイトンは一瞬、目を見開いて――そしてこちらをよく見ようと目を細めて一歩前に出た。
とっさに柱の陰に隠れた。
騎士の隊服を来たニックが口の端をあげるのが見た。
「すっかり感情をなくした殺人兵のような顔をしていたのに、途端に恋する女の子の顔だったよね」
ニックの家に戻り、ネルとシェムリが互いに気心の知れた会話を繰り広げている最中、ニックが耳元でささやいた。
相変わらず気配を殺すのがうまい。
「……狙って合わせたでしょ」
ニックは意味深に笑った。「巷では今の書庫守は耳と口を奪われているって噂だけど、デイトンはどちらもあるよ。よかったね。まだ愛をささやきあうことができるよ」
ニックのつま先を踏んづけようとしたが、かわされた。
「安心して? デイトンにはまだ妻はいないよ。レオラは単に協力者なだけで恋人じゃないしね」
そうなのか。
「あ、今ほっとしたでしょ? 分かったよ。でも残念。書庫守だから妻帯できないんだよ」
笑うニックを睨むと、ニックはふとまじめな顔になった。
「ま、来てくれてありがとね。頼りにしてるよ。……アリヤ」
最後はささやくような声だった。
「その名を呼ぶなと言っただろう」
ニックがわざとらしく肩をすくめた。
「あ~あ、そんな言葉遣いじゃ100年の恋も1瞬で冷めるよ?」
「もう無理だ。こんな顔じゃ」
思わず頬を押さえる。酷い火傷の跡だ。顔だけではなく、首筋から左腕にかけて広がっている。
「大丈夫だ、自信を持て」
ニックは私の頭に手のひらをポン、と置いた。
ふと、昔を思いだした。
「ありゃ」
ニックの声に私が目線をあげると、ニックが珍しく困ったような笑みを浮かべていた。
絶句したような顔でネルが私たちを見比べている。
面倒なことになった。見られたか。
ネルが指をさして言った。
「こ、恋仲!?」
「ち、ちがう!」
「……ちがう」
私たちの声が同時に響いた。
とりあえずその場は、ネルは「ふうん」と言ったっきり、それ以上詮索してこなかったので収まった。
踏み込まないでいてくれるのだ。仮が一つできた。
「ごめんごめん。これからは気軽に声をかけないようにするよ。つい、懐かしくてね」
とニックは言い、それ以来私たちは他人になった。
********
※作者つぶやき
長いエピソードをお読みいただき、ありがとうございます!
このエピソードは、いろいろと他の場所にリサイクルしたり移動したりしています。分かった方がいらっしゃったら、拍手を送りたいです^^




