第107話 加勢
「きりがないな」
高台に置かれた大型の”弾”を、海岸に押し寄せる船に向けて激しく撃ちながら、ラジャトは独りごちた。
「あぁ。まだまだ来るな」
やはり”弾”を撃ちながら静かな声で頷いたのは、元剣奴の青年、ガレンだ。初めてこの鋼鉄の武器を扱うはずなのに、筋がよい。
こちらの役割は、大型の”弾”で、これから上陸しようとする異国人を撃退することだった。
レオラの仲間にこの高台の応援に来てもらい、見込みのある者に”弾”を扱わせていた。
「もうやばいぞ」
弾込めを担っているダグラスが悲壮な声をあげる。
「いくらトルーシスたちが互角にやりあっているといっても、これじゃあ持たない」
その通りだ。今は足止めができているだけだ。
ニックが合図の紫煙をあげてから、しばらくたった。
……もう少しで紫煙花の毒が効き出すはずだ。
――頼むぞ。リュシア姉さん。
心の中で強く願い、また異国人に照準を合わせた。
◇
目を開けると、世界は紫色に染まっていた。
ぎょっとして瞬きをすると、いつもの見慣れた色合いの世界に戻ってほっとした。
体を起こし、あたりを見渡す。
洞窟の中に設けられた、療養所のようだった。
ほかにも、何人か重症のやつらが横たわっている。
……あの森で倒れたあと、ここまで運ばれたのか。
ハッとした。
――リュシアは。
立ち上がると強い眩暈を感じたが、すぐに収まった。
探すと、少し離れたところでリュシアが横たわっていた。
「……!」
顔や首筋の痣は綺麗に消えている。
バッと駆け寄ってしゃがみ、すぐにその白い手首を掴んで脈を確かめた。
弱々しいが、確かな脈があった。
深く安堵の息をつき――心から天に感謝した。
「目覚めたか。相変わらずさすがの回復力だな」
聞き覚えのある声が洞窟の入り口で聞こえた。
「番人。またお前が救ってくれたのか?」
「違うんだな、これが」
腕のたつ医術師はニヤリと笑って、後ろにいた体格の良い男の背をぐいっと押した。
「こいつがお前とリュシアの命の恩人、ノーレスリャーンだ。よく礼を言いな」
その男を前にして、心底驚いた。
馬鹿でかい図体を持つ、異国人だったからだ。
――異国人を倒すために、リュシアは命をはって紫煙花を燃やしたんじゃねぇのか?
「お前、が……?」
目を眇めて異国人を見やる。腕にたくさんの医療道具を抱えたその男は、怯えたように目を伏せた。
その隣では番人が顔を引きつらせている。
いろいろと疑問はあったが。
「リュシアを救ってくれて本当に感謝する!!」
膝をつき、手と額を地面につけて、心からの感謝の言葉を述べた。
「……」
異国人は押し黙ってから、「思っていた反応とは違いましたね」と番人にささやいた。
番人も、「あぁ。すごい顔だったからな。俺まで殴り殺されるかと思ったぜ」とひそひそと応じている。
その時、ドン!と大地を震わす振動が響いた。
かすかに剣戟の音も聞こえてくる。
「リュシアの燃やした紫煙花の毒で勝てるんじゃなかったのか?」
俺の言葉に、番人と異国人は同時に顔を曇らせた。
「そのことで話がある」
凛とした声が響いた。
――驚いた。
姿を現したのは、若王だった。いや、デイトンが王となったのだから、もう若王とは呼ばないのかもしれないが。
会うのは、あの王宮で帝国王を暗殺した後、若王の身柄を拘束して傷に預けて以来だ。
随分と雰囲気が変わった。
なんというか――凛々しくなった。
若王はじっと俺を見つめると、頭を深く下げた。
「ネル。病み上がりのところ申し訳ないが、加勢に行ってくれ」
◇
”弾”で防ぎきれなかった異国人たちが、次々と上陸し始めた。
「クソッ!」
狙いがうまく定まらない。
ガレンが一瞬、砲撃の手をとめ、こちらを見た。
「……ラジャト。目が悪いのか?」
見事に言い当てられた。
「あぁ。見えなくなってきた」
昔、あの女にくらった傷が、また悪さをし始めた。先ほどから強烈に目が痛み、視界が霞む。
「代わりは……いないもんな」
ガレンの声が低くなる。
大砲は3台あるが、ついさっき、少し離れたところに設置していたルカと、ルカの大砲が異国人からの爆撃を浴びた。
「よし。俺は打って出るぜ」
笑って立ち上がったダグラスの瞳には、不思議な光が宿っていた。
「安心しろ。この高台に異国人を近づけさせねぇよ」
死ぬぞ、と伝えようとしてそれは不要だと分かった。
既に死を覚悟した顔をしていた。
「餞別だ。もっていけ」
懐から数個、玉を取り出してダグラスに向かって転がした。
「……なんだこれ?」
首をかしげ、ダグラスは太い指でそれを拾いあげる。
「光玉だ。火をつけると光線を放って爆発する。やつらは眩しい光に弱い。少しは隙を作れる」
あそこにもたくさんあるぞ、と高台の隅に置いておいた大袋を指さす。
ダグラスは「ありがとよ」ニヤリと笑うと、数人の有志を募り、高台の外へと出て行った。
もう、ここが落ちるのも時間の問題だ。
「ガレン。異国人はどれくらい来ている?」
ガレンは端的に答えた。
「海岸線を船が埋め尽くすほどだ」
「……そうか」
血の気が引いたとき、変わらぬ冷静な低い声が耳をうった。
「ラジャト。この戦いの勝機はどこにある」
この状況でも動じないガレンの胆力に感嘆した。
「紫煙花だ。リュシアが紫煙花の毒を元通りに復活させられれば勝つ」
「よし」
ガレンが頷いたその時。
強烈な殺気が背後を襲った。瞬時、伏せた。
ガレンが見事な速度で腰の剣を抜き斬りかかったが、あえなくその剣ははじかれた。
ガレンが地面に転がり、うめき声をあげる。
「ふうん。意外と反応早いんだな。スタルトゥス人にしては」
黒い羽織をまとった異国人がにこりと笑った。その背後には10人弱の異国人が同じく不敵に笑っている。「ようやくこの邪魔な武器を壊せるぜ」
強大な剣を振り下ろす。
その刃が”弾”を真っ二つにしようとした、まさにその時。
「それはやめてくれよ」
声が聞こえたかと思うと、異国人が膝から崩れ落ちた。
――ネルの声だ。
「おまえ、こんな鋼鉄の不思議な機械作ってたのか。まじですごいな」
異国人を拘束しながら、ネルは屈託なく笑った。
武器は持っていなかった。拳を握りしめているだけ。
――背後から背を殴っただけで気絶させたのか。
「さすが、混血様だな」
思わず笑みがこぼれた。
「お前、知ってたのか?」
ネルが口を尖らす。
「いや、今気づいたんだ」
ふと、ガレンが呆然としていることに気づいた。ガレンは向ける視線の先――ネルの後方を見て、驚いた。
ネルがニヤリと笑う。
「強いだろう。なにせ、俺が一切勝てなかったんだからな」
そこにいた全ての異国人を倒しきり、佇む男。
鋼主だった。
もう、覆面はしていなかった。
「私はこの戦いで己の罪を償い、死ぬつもりだ」
鋼主は静かに言い、異国人たちと必死に切り結んでいるダグラス達の方へと、歩いていった。
「若王が声をかけたんだぜ。すごいよな」
ネルは口の端をあげ、俺も行ってくるわ、と鋼主に続きながら、少し前のひとときを思いだした。
◆
時は少し遡る。
「ネル。病み上がりのところ申し訳ないが、加勢に行ってくれ」
若王は深く頭を下げ、唇を噛みしめた。自分が戦いに加わっても邪魔になるだけだと分かっているのだろう。
「分かった」
即座に頷いた。
「私も加勢に!」と後ろで声がして、ひとりの青年が必死に体を起こそうとしていたが、番人に、「トルク、お前はダメだ!」と一喝された。
「気持ちだけもらう」と若王は頭を下げると、強い目をして洞窟の奥へとずんずんと歩いていき、ある者の前でさっと膝をついた。
「頼む。そなたはもう動けるだろう」
若王の目の前の人物に、心底驚いた。
それは、つい数日前まで西ノ帝国と激しく戦っていた張本人――鋼主だった。
「…………」
若王の行動に、鋼主自身が一番驚いているようだった。
相変わらず覆面をつけており、表情は見えない。だが、まじまじと若王を見つめている雰囲気だ。
「頼む。そなたは強い。戦ってくれ。今拘束を外す」
若王が手枷を外そうとすると、鋼主はかすれた声で拒絶した。
「やめろ。私はもうここで死にたいのだ」
若王は一瞬眉をひそめ、そして断固とした口調で言った。
「ならば敵を倒して死ね。いいか。お前が敵を倒さなければ、そこにいるお前の女は、異国人に蹂躙されて殺されるぞ」
鋼主の傍らにいるシェムリを指で指す。
シェムリが鋼主に縋りついた。
「もしあなたが死んだら、私もすぐに後を追う。ひとりにしないよ。だから安心して戦ってきて」
シェムリは相変わらず、物騒な愛を告げる。
なおも押し黙る鋼主に、若王は告げた。
「お主を、罪には問わぬ。デイトンもそう考えている」
「なぜ……」
初めて、鋼主が驚いたような声を出した。
若王は一呼吸間を置き、言った。
「お主、何者かにそそのかされて戦争を起こしたのではないか?」
「違う。私は己の醜い欲望で――」
若王は言葉をかぶせた。
「お主、夜の闇が怖いだろう。故に目をつけられたのではないか?」
鋼主の動きが止まった。
「そんなことは……」
その声が僅かに震えた。




