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第100話 ナヴァン

腕組みをして海岸線をじっと見つめ、作戦を練るニックに、声がかけられた。

「ニック。私はお前が国王になるものとばかり思っていたが」

振り向くと、元第4師団――通称日和見の第4師団の隊長、ナヴァンが穏やかに口もとを上げて立っていた。

その後ろには、精鋭(せいえい)、騎士団員200人が控(ひか)えている。


「御冗談(ごじょうだん)を――」

そう笑いかけてニックは、首筋に鳥肌(とりはだ)が立つのを感じた。

ナヴァンの目がまったく笑っていない。その後ろの騎士団員もだ。


ナヴァンが懐(ふところ)から何かを取り出した。


それは、黒光りする小型の”弾《ダン》”だった。


呼応するように、背後の騎士団員たちも一斉(いっせい)に同じものを構えた。

200あまりの”弾《ダン》”が、狙いを定める。


うっすらとニックの口もとに笑みが浮かんだ。

「あなたは、私を殺すことがずっと狙(ねら)いだったのですか」


ナヴァンは一瞬目(いっしゅんめ)を閉じ、表情を変えぬまま、言った。

「……時間が来てしまった。もうすぐあのお方がくる」

言葉を継(つ)ぐ間も、ナヴァンは隙をみせない。


「だが私たちも一応、騎士のはしくれでね。正義のために死にたいと願っているんだ」

ナヴァンはゆっくりと、その銃口(じゅうこう)を自分の頭に向けた。

騎士団員たちも次々(つぎつぎ)とそれにならう。


ニックは大きく目を見開いた。


罠(わな)か?

――いや、本気だ。


「スタルトゥス人の平和と発展を――お願いします、ジグルステン様」

ナヴァンが銃口(じゅうこう)をひこうとしたその瞬間(しゅんかん)。


「待て!!」

ニックの怒号(どごう)が空気を切り裂(さ)いた。


「あとどれくらいだ? どれくらいでその胸の金属片が振動(しんどう)する?」


「きっともうすぐです、ジグルステン様」

ナヴァンが静かに言った。


ニックは懐(ふところ)から小さな丸い機械を取り出した。

リュシアからもらった、金属片を無効化する機械だ。


「もしかしたらこれで、お前らは助かるかもしれない」


ナヴァンと騎士たちが目を見開く。

「だが、もしうまくいかなければ、苦しむことになるが――」

ニックの苦しそうな言葉を遮(さえぎ)り、ナヴァンは大きくうなずいた。


「その賭(か)け、乗りましょう」






しばらく時間がたった。

重苦しい沈黙(ちんもく)の中、その時は来た。


ブーン……

静かな、振動(しんどう)の始まりの音が、ナヴァンたちの胸から響いた。


その瞬間(しゅんかん)、ニックは、リュシアからもらった機械を押(お)した。


その機械は、全く何も反応しないかのように思えた。

だが。

皆の振動(しんどう)は収まった。

ナヴァンと騎士団員200人に埋(う)め込まれた金属片の振動(しんどう)は、完全に相殺されたのだ。



ナヴァンが大きく目を見開き、呆然(ぼうぜん)と地面に膝(ひざ)をついた。

騎士団員たちは口々(くちぐち)に歓声(かんせい)をあげた。瞳(ひとみ)から涙(なみだ)をこぼしている者もいる。


「これからは我らの命、あなた様に捧(ささ)げます!」

騎士団員達の声に、ニックは束の間驚(おどろ)いたようだったが、すぐに表情を引き締(し)めた。

小型銃(じゅう)を持つ騎士団200は、かなりの戦力になる。


「まずは海岸から奇襲(きしゅう)し、この大陸にやってきたところを叩く。協力してほしい」


皆(みな)が即座(そくざ)に力強く頷(うなず)き、沸(わ)き立った。

「生きて帰れる保障はないぞ」と念を押(お)すニックの言葉にも、「望むところです」と爛々(らんらん)と目を輝(かがや)かせる。


「では今から皆(みな)で海岸に――」

いいかけて、ニックは眉(まゆ)をひそめた。ナヴァンが1人、顔を伏(ふ)せ、立ち尽(つ)くしていたからだ。


「ジグルステン様、申し訳ございません。私は行けません。どうしても――ヴァーレントゥーガ様を裏切ることができません」


「あの悪魔(あくま)のようなやつに、なぜ義理立てする!」

団員達が目を剥(む)いた。


「私は――」

ナヴァンは目を伏(ふ)せ、銃(じゅう)を自らのもとになめらかに引き寄せた。

自分に向けて、撃(う)った。


鮮血(せんけつ)が舞(ま)った。


「……! ナヴァン!!」

ニックは駆(か)け寄り、ナヴァンを抱(だ)きしめた。「そなたは本当の”騎士”だ」

他の皆(みな)に聞こえないようにささやくと、唖然(あぜん)とする残りの騎士団員達をつれて、海岸の方へと移動を開始した。








1人倒(たお)れ伏(ふ)すナヴァンのもとに、駆(か)け寄った娘(むすめ)がいた。

レオラである。


「ナヴァン……! ナヴァン!」

レオラは悲鳴にも似た声をあげて男を抱(だ)き起こした。

すでにその目の光は弱々しい。


「レオラか。見ていたのかね」

ナヴァンの問いかけに、レオラはコクリと頷(うなず)き、涙目(なみだめ)になって尋(たず)ねた。


「なんで……?」

自らが自分に向けて撃った弾丸《だんがん》はナヴァンの胸を打ち抜(ぬ)き、ドクドクと血が流れている。

ナヴァンはふっと笑った。


「最後まで騎士でありたかったんだよ。主君に正義を貫(つらぬ)く騎士に。私は奴隷(どれい)の期間が長かったからね。騎士というものを知って、心底陶酔(とうすい)したのさ。……君なら分かるだろう?」


レオラは唇(くちびる)をぐっと噛(か)みしめた。耳飾りが揺れる。

日和見(ひよりみ)の中年男は、荒(あら)く息を吐(は)きながら言った。


「――途中(とちゅう)からあの方は壊(こわ)れてしまった。だが、奴隷(どれい)だった私を救ってくださったのは、あの方だ……」


「あの方、とは誰(だれ)?」

レオラの問いに、もう金属片はないからな、とナヴァンは微笑(ほほえ)むとレオラの耳元に口を寄せて言った。


「ヴァーレントゥーガ様だ。到底(とうてい)叶(かな)わぬ。逃(に)げろ、レオラ。お前が惚(ほ)れたあの若者を連れて、どこか遠くへ」


レオラは息をのみ、しばらくナヴァンを見つめた。

そして、自らの耳につけている札のような耳飾りにそっとふれ、首を振(ふ)った。

「いいえ。死ぬまで戦うわ。だって私は――」


その言葉の続きが分かったようにナヴァンは微笑(ほほえ)み、かすれた声で言った。

「そうだったな。正義を貫(つらぬ)く騎士様、だ」



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