第101話 あとを継ぐ者
ナヴァンが力尽きたあと、私は乱雑に目元をぬぐって立ち上がった。
あたりを見渡し、おや、と思った。
海に近い高台が砦のようになっており、黒光りする筒のようなものが並んでいる。今まで、あんなものはなかったはずだ。
引き寄せられるように高台へと向かった。
高台には、ラジャトが1人いた。
たしか、キリルやリュシアと仲が良く、なにやら一緒に議論や制作をしていた青年だ。
「ラジャト。これはなに?」
鋼鉄の黒い筒を指さして尋ねると、ラジャトはその筒の向きを微調整する手を止めないまま答えた。
「”弾”だ。これで海の向こうの国から来た奴らを迎え撃つ」
――海の向こうの国。
唐突に記憶が蘇った。
◆
「お、いいじゃん。これで激しく動いてもとれることはないぜ」
”伊達”から耳飾りをもらった翌日。
”薬”から耳たぶに穴を開けてもらい、耳飾りを固定していると、”伊達”に声をかけられた。
「なかなか似合ってるぜ。”弓”にも見せてやれよ!」
”伊達”が口の端をあげ、バシバシと私の肩をたたく。
「なんか……変な感じだな」
耳元で金属片が揺れる感覚。
「見てみますか」
”薬”がほほえんで、手鏡で私の顔を写してくれた。
そこには、耳飾りをつけた私がいた。細長い札のようなそれは、対角に走る一本の線で、黒と赤の2色に分かれている。”伊達”らしい洒落た意匠だ。
「ねぇ、”伊達”――」
耳飾りに触れながら、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「第5師団は、裏の任務として何と戦っているんだ?」
途端、すっと空気が変わった。
”伊達”は口もとを引き締め、”薬”はそっと目を閉じ、気配を消した。
しばらくの沈黙のあと、”伊達”は答えた。
「海の向こうの国だ」と。
それ以上は詳しく言えねぇんだ、ごめんな、と私の頭の上に手を置きながら。
◆
――海の向こうの国。
皆を殺した仇の国が、今、この大陸に攻めてくる。
思わず拳を握りしめ、淡々と”弾”の準備をするラジャトに告げた。
「私も戦う」
”伊達”やみんなの無念を、私は晴らす。
ラジャトは手を止め、私をじっと見た。そして、耳飾りを指さす。
「それ、第5師団の戦闘部隊の長から引き継いだのか」
思わず、目を見開いた。
ラジャトはすっと目を細めると、両の手を強く3回叩いた。
「来い。たか」
その低い声に呼応するように力強い羽音がバサバサと響き、見事な大きさの鷹がラジャトの肩に止まった。
心臓が止まるかと思った。
あの”鷹”の相棒だった。
「どうして……」
私の肩に飛び移り、すりよってきたたかを撫でてやりながら尋ねると、ラジャトは答えた。
「”鷹”も”兵法”も死んだら、次の諜報部隊の長は、僕だと”鷹”から伝えられていた」
「え……」
ラジャトはよく光る眼で私を見据えた。
「お前のことは知っている。”槍”だろ? ”弓”に守られ、唯一生き残ったと聞いた」
思わずぐっと唇を噛みしめた。
「そう。だから私は皆の仇をうち、償うの」
ラジャトはふっと笑った。
「奇遇だな。似た思いだ。僕は父親の仇をうつ」
ラジャトに高台の砦を任せ、私は身をひるがえした。
”弾”によって撃退できればよいが、もし突破された場合、異国人と剣をまじえないといけない。
ラジャトもそれを心配していた。
――戦える者を集めなければ。
◇◇◇
そのころ、デイトンは。
若王とノーレスリャーンを救護の担当とし、森へと案内したあと、俺はトルーシスのもとを訪れた。
痛々しい火傷の跡が頬から腕にかけて残ってはいるが、すっかり回復したトルーシスは体を起こし、静かに剣を研いでいた。
「トルーシス、聞いてくれ。その黒い紋様は、海の向こうの国がつくりだしたものだ」
トルーシスがはじかれたようにこちらを見る。俺は話し始めた。ノーレスリャーンから聞いた、海の向こうの国の話を――。
一部始終を説明すると、トルーシスは呆然と目を見開いた。
わずかに震えているその両肩を掴み、言った。
「トルーシス。よく聞いてくれ。呪いなんてなかったんだ。全てが創られていたんだ。海の向こうの国が、この大陸を手に入れるために」
茶褐色の紋様によって白銀鉄をつくらせ、黒い紋様によってそれを崩壊・燃焼し、侵攻の邪魔となる紫煙花の毒を浄化する。恐ろしいほど時間のかかる計画だ。
トルーシスはしばらく何も言わなかったが、やがて、ほとんど聞こえないような声で呟いた。
「そしたら、僕が今まで生きてきた、現実は――」
そこから先は言葉にならないようだった。
……今まで信じていた世界が急に壊れたのだ。
この反応は当然だろう。
その肩を掴む手に力をこめる。
「憎むな。恨むな。皆が踊らされていたんだ」
どうか届くようにと思いを込めて続ける。 「トルーシス。囚われるな。お前ももう、自由になれ」
トルーシスは瞼を閉じ、一度大きく息を吸い、吐き出した。
「僕は白銀鉄を割り、燃やした。やはりこの世界に破滅をもたらしたんだ」
「考えるな。お前が燃やさなくても、近いうちにこうなっていた」
「だが」
トルーシスが唇を噛む。
あぁ、いったい彼は今まで、どれほどの思いをしてきたのだろう?
「トルーシス」
ふいに、揺るぎのない声が聞こえた。見ると、レオラがそこに佇んでいた。
黒光りする瞳。引き結んだ唇。
レオラはまっすぐにトルーシスを見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「トルーシス。私と一緒に戦って。全ての元凶の海の向こうの国を倒すの」
その覚悟の決まったまなざしに、息をのんだ。
「もうすぐやつらはこの大陸に攻めてくる」
レオラはそう静かに続けた。
トルーシスは目を見開いたまま、レオラの言葉に耳を傾けている。
「レオラ、お前もノーレスリャーンから聞いたのか」
尋ねるとレオラは首を横に振った。「ナヴァンから聞いたの」
レオラは抑揚のない声で続けた。
「ナヴァンは死んだ」
にわかには信じられなかった。
ナヴァンには、西ノ帝国に革命を起こすために協力してもらっていた。よく見知った仲である。
――ナヴァン。あの腹の読めない日和見の男が、死んだのか?
レオラはギリギリと歯ぎしりをした。
「海の向こうの国のやつらのせいだ。……まただ」
その声は静かだったが、危ういほどの怒気を孕んでいた。
――危険だ。この状態では、冷静に戦えない。
そう思ったのはトルーシスも同じのようだった。
そっと近寄り、静かにレオラの肩に手を置いた。
レオラが我に返ったようにトルーシスを見る。
「僕も共に戦う。だからいつものレオラに戻ってくれ。……嫌な気配がする。海を見てくる」
「私はガレンやダグラス達を呼んでくる」
頷きあうと、レオラとトルーシスはさっと散った。
二人を見送り、俺は思考の続きを始めた。
民衆たちは避難させた。
若王とノーレスリャーンは森に待機させている。
あとやれることは――
そうだ、キリル。キリルはどうなった。
そう思ったとき、あたり一面をつんざくような音がした。
そして、爆風。
とっさに伏せた。
顔をあげると、遠くの森が破壊されていた。生い茂っていた木々が無残にも倒れている。
どこにいたのか、傷がパッと姿を現し、目にも止まらぬ速さで前方へと駆けだすのが見えた。
「傷……?」
傷が向かう方向を見て愕然とした。
海。
広大に青く広がるそこには、黒い軍艦がひしめき――見たこともない人々が岸辺から上がってくるところだった。
私たちとは大きく様相が異なっていた。
まず、背か高い。こちらの倍くらいの身長がある。さらに、恐ろしい程筋肉を纏っていた。
来たのか。海の向こうの国が。
そう直感した。
海の向こうから来た人々は、黒光りする鋼鉄の筒のようなものを、またたく間に地面に設置した。
彼らがその筒を森に向けた途端、轟音とともにそれが火をふいた。
すぐさま、海に一番近い森が焼け、敵が歓声をあげた。
黒光りする鋼鉄の筒が、また向きを変える。
これは、まずい――
そう思った瞬間、敵の鋼鉄の筒がはじけ飛んだ。
一瞬遅れて、轟音。
見れば、ラジャトが高台で、同じように黒光りする筒を操っていた。
海の向こうの国のものよりも、やや小ぶりだ。
ラジャトの筒がもう一度轟音を鳴らすと、敵の筒が複数台粉砕され、攻撃がやんだ。
走っていた傷は、ラジャトのところまで行くと、さっと足を止め、地面に片膝をついた。
ラジャトから、小型の黒い筒を受け取ると、それを素早く肩に構える。
傷は狙いを定めて撃ち放ち、みるみるうちに敵の筒を破壊していく。
まさか。ラジャトと傷はこの襲来に備えていたのか?
「これは何が……?」
呆然としたレオラの声が聞こえた。その後ろには、隠れていた地下から出てきたダグラスやルカ、そしてガレンたち元剣奴集団が目を見開いて立ち尽くしている。
ハッと我に返った。俺は、今やこの国の王である。
顔を引き締め、声を張りあげた。
「傷とラジャトを援護しろ。海の向こうの国からこの大陸を守り抜け!」
そこからはすざまじい爆撃戦となった。
傷とラジャトの黒い筒が次々を火を噴くたび、海の向こうの国の恐ろしい武器は爆発した。
――きっと、こちらの武器の方が性能がいいのだ。次の玉をとばすのに時間がかからない。
が、敵も負けてはいない。
攻撃の隙を縫って、1発の鋼鉄の玉がこちらへとうなりをあげて飛んできた。
「レオラ! デイトン様!」
ダグラスがかばうように前に躍り出たが、宙を飛んでくる玉を前に、なすすべがない。
……ここで、死ぬのか。
覚悟を決めた瞬間。
矢のように疾走してきた馬が私の脇をかすめた。
馬上の青年は、ぐっと鐙に力を入れたかと思うと、馬から跳躍した。
――高い。
こんな動きができるのは――
「何するつもりだ! 死ぬぞ!」
ダグラスが絶叫する。
俺の視線が追いつくより先に、あたりに甲高い音が鳴り響いた。
パリン!
涼やかな小気味のいい音。同時に、鋼鉄の玉がパラパラと粉になって舞い落ちた。
何か火薬のようなものも一緒に降ってくる。
青年は、膝を上手く使ってあれだけの高さから音もなく着地した。
銅剣を油断なく敵の方へと構える。
頬にはひどい火傷の跡。
「僕がこの結末を招いた。僕は死ぬまで戦い――彼らを追い払う」
トルーシス。
死に焦がれている英雄が静かに闘志を燃やしていた。




