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第三話 炭素の針、雷の牙

 カルボンの背中が森の方へ遠ざかっていく。


「待て、カルボン」


 俺は慌てて声をかけたが、彼女は振り返りもせずに手を振った。


「うるさいわね。勝手に名前付けたのはあんたでしょ? 私は自由に動く。ご主人様とか、ふざけないで」


 尖った耳が苛立ったようにピクピク動き、銀髪が木々の隙間から差し込む光にきらめく。

 初期眷属生成券で生み出したはずなのに、彼女の態度は完全に反抗的だった。

 強制的な忠誠心は発生しないらしい。生成の時点で「自由意志」が強く残っている。


 俺はため息をつきながら後を追った。

 研究者として、未知のサンプルを相手にするのは慣れている。

 炭素と同じく、理解すればいい——そう自分に言い聞かせた。


 森を少し進むと、木々の向こうに開けた土地が見えてきた。

 粗末な木造の柵と、小さな家々が並んでいる。人口は二百人程度か。原始的だが、ちゃんと生活が成り立っている村だった。


 村人たちが俺たちに気づき、ざわめき始めた。

 特に俺の姿を見て、老人たちが震える声で叫ぶ。


「神の子様……! 伝説の神の子が、しかも1ヶ月も早く現れた……!」


 村長らしい白髪の老人が杖をついて駆け寄ってきた。

 膝をつき、額を地面に擦りつけるようにして頭を下げた。


「どうか……この村をお守りください。1ヶ月先立ちの権利をお持ちの神の子様……北東から鉄の神の子が攻めてくるという噂が……まだ他の神の子はほとんど転移していないはずですが、鉄の神の子だけがすでに動き出しているようです」


 カルボンは少し離れたところで腕を組み、興味なさそうに鼻を鳴らした。


「ふん。勝手に崇められてるわね。1ヶ月も早く来てるのに、ご主人様、楽しそうじゃない」


 彼女の声には明らかな皮肉が混じっていた。

 俺は村長に軽く頷きながら、内心で状況を整理した。

 「1か月の先立ち」の権利が、ここで大きく効いている。

 他の神の子たちはまだ転移していないか、転移直後で混乱しているはずだ。

 そのアドバンテージを活かせば、序盤でかなり有利に立てる。


 村人たちは俺を祭壇のような場所に案内し、食料と情報を提供してくれた。

 しかしカルボンは村の外れで一人、木にもたれかかって座り込み、俺の方をチラチラ見ながらも近づこうとしない。


 夜が近づいてきた頃、斥候が慌てて村に飛び込んできた。


「鉄の神の子が……三十人ほどの戦士を連れて近づいてきます!」


 村が一気にざわついた。

 俺は静かに立ち上がり、右手をかざした。


 カルボンがようやく立ち上がり、ため息をついた。


「……まあ、放っておくのも悪いか。少しだけ手伝ってあげる」


 彼女の言葉にはまだ棘があったが、わずかに興味を示した気配があった。


 鉄の神子・佐藤健太率いる三十名の戦士が、夜の闇を切り裂いて村に迫ってきた。

 松明の炎が揺れ、鉄の槍や剣が不気味に光る。


「神の子様! どうかお助けを!」


 村人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、俺は静かに前へ出た。

 カルボンは渋々ながらも俺の横に並んだが、相変わらず不機嫌そうに唇を尖らせている。


「ったく……面倒くさいわね。ちょっとだけ手伝ってあげるんだから、感謝しなさいよ」


 彼女は不満を漏らしながらも、植物の蔓を地面から生やし始めた。

 しかしその動きはまだ緩慢で、完全に俺を信用しているわけではなかった。


 健太が先頭に立ち、嘲るような笑みを浮かべた。


「へえ、炭素の神の子か。早いな。俺は鉄だぜ。相性悪そうだな!」


 彼が鉄の壁を展開した瞬間、戦端が開かれた。

 俺は右手をかざし、空気中の炭素を急速に集めて黒い針状の結晶を生成した。

 雷属性を流し込み、一斉に撃ち出す。


「雷撃炭素針!」


 黒光りする無数の針が夜空を切り裂き、鉄の盾を易々と貫いた。

 戦士たちが悲鳴を上げて倒れていく。


 カルボンも蔓を伸ばして敵の足を絡めようとしたが、鉄の神子の一撃が彼女の近くに飛んできた。

 彼女は慌てて後退したが、足元がもつれて転倒。

 鉄の槍が彼女の肩をかすめ、鮮血が飛び散った。


「くっ……!」


 カルボンが痛みに顔を歪めた。

 反抗的な態度のままだった彼女が、初めて弱々しい声を漏らす。

 蔓が一瞬萎れ、敵の足を絡めきれなくなった。


 健太が笑った。


「眷属ごときが邪魔だぜ!」


 鉄の槍が再びカルボンに向かって振り下ろされる。

 彼女は地面に倒れたまま、動けなくなっていた。

 瞳に初めての恐怖が浮かぶ。


 俺は即座に反応した。

 多孔質炭素を急速に展開し、彼女の周囲に黒い盾を張る。

 雷を纏った炭素針を連続で撃ち込み、健太の攻撃を阻んだ。


「カルボン、下がれ!」


 俺の声に、彼女は初めて素直に頷いたような気がした。

 しかしその瞳には、まだ強い反抗心と、わずかな動揺が混じっていた。


 戦いはまだ始まったばかりだった。



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