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幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第1章:囚われる少女たち

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21/68

21.木曜日:美雪

 朝、女子寮の食堂でその異変は起こっていた。


 昨日と同じく、余裕の笑みを浮かべる優衣ゆい


 そしてなぜか昨日と打って変わって、余裕の笑みで朝食を口に運ぶ由香里ゆかり


 由香里ゆかりの突然の変貌ぶりに、瑠那るな美雪みゆきは困惑していた。


 目の下のくますら消えている。


 昨日、あれほど不安におびえていた由香里ゆかりには、暗い影がまったく見られなかった。


 それ以上に、由香里ゆかりの持つ空気が明らかに違うのだ。


 強い存在感――それは、優衣ゆいに匹敵するものだった。


 気後れして声を出せない瑠那るな美雪みゆきを無視して、優衣ゆいが告げる。


由香里ゆかり、いったいどうしたの? 昨日までうろたえていたあなたと、まるで別人じゃない」


 由香里ゆかりがフッと笑って応える。


「どうもしませんよ。ただ私は、『本当の愛』を知っただけですから」


 優衣ゆいが怪訝な顔で由香里ゆかりを見つめていた。


「あなたみたいな子供が、『本当の愛』を語るの?」


「いけませんか? 子供なのはお互い様じゃないですか」


 ――大人っぽい優衣ゆいを、子供扱いした?!


 瑠那るな美雪みゆきは驚愕で言葉もなかった。


 今までの由香里ゆかりなら、絶対に口にしなかった言葉だ。


 自分が子供っぽいことに劣等感を持っていた由香里ゆかりは、大人っぽい優衣ゆいに憧れていたのだから。


 優衣ゆいが気を取り直して告げる。


「ねぇ知ってる? 悠人ゆうとさん、耳が弱いの。可愛いわよね」


 由香里ゆかりが微笑んで応える。


「ああ、やっぱり優衣ゆいさんもそう思いました?

 あんなに立派な身体をしてるのに、意外ですよね」


 優衣ゆいの表情が凍り付いていた。


 手が震え、返す言葉を思いつけずに居る。


 由香里ゆかりが続けて優衣ゆいに告げる。


「それと、悠人ゆうとさんって胸にほくろがあるんですよ。知ってました?」


 ――嘘の味がしない?!


 優衣ゆいの頭が更に混乱する。


 自分の異能に不調でもあるのだろうか。だが由香里ゆかりの言葉は、とても優衣ゆいには受け入れられないものだった。


 優衣ゆいは怪訝な顔で由香里に応える。


「あら、そんなところにほくろなんてなかったわ。

 苦し紛れに嘘を言うなんて、らしくないわよ、由香里ゆかり


 由香里ゆかりがネズミをいたぶる猫のような目で優衣ゆいを見つめた。


「……ああ、優衣ゆいさんは部屋を暗くしてたんですね。

 次は部屋を明るくしてみたらどうですか? 小さいですから、暗いと見逃しますよ」


 瑠那るなは目の前で、何が起こっているのか理解できなかった――否、信じられなかった。


 昨晩、言葉を交わしていたとき、由香里ゆかりは確かに不安定な心を持て余していたはずだった。


 それが今朝になって、優衣ゆいと互角に渡り合って――いや、優位にすら立っていた。


「ねぇ由香里ゆかり、本当に何があったというの?」


 由香里ゆかりが余裕のある笑みを瑠那るな美雪みゆきに向けた。


「お二人も、そのうち理解できるんじゃないですか? 『本当の愛』ってものを」


 その目線には、どこか勝ち誇った感情が込められていた――それまで慕ってくれていた後輩が、自分たちを格下に見ていた。


 あまりの衝撃で、瑠那るなはその日の朝食の味を忘れてしまっていた。


 目の前で大人びて笑う年下の少女、その余裕のある笑みに、強い敗北感だけを覚えていた。





****


 朝食が終わると、由香里ゆかり優衣ゆい、ガラティアが続けて席を立ち、部屋に戻っていった。


 残された瑠那るな美雪みゆきが、混乱しながら言葉を交わす。


「ねぇ、何が起こったって言うの?」


「私にわかるわけ、ないじゃない」


 瑠那るなは小さく息をついて応える。


「意味がわからない――けど、不安定だった由香里ゆかりが安定したことだけは確かね」


 美雪みゆきが考え込んでから告げる。


「何が起こったのかはわからないけど、意味はわかるわ。

 由香里ゆかり優衣ゆいと同じ立場を手に入れたのよ。

 だからあの子は、優衣ゆいのマウントなんて痛くもかゆくもない――そういうことよ」


 瑠那るなが目を見開いて驚いていた。


「――嘘?! それじゃ、あの後、夜にあいつが来たって言うの?!」


「……それぐらいしか、考えられないんじゃない?

 少なくとも結果として、あの子は私たちを置いていったのよ」


 呆然とする瑠那るなに、美雪みゆきが告げる。


「そろそろ私たちも部屋に戻りましょう。学校に遅れるわよ」


 ようやく立ち上がった二人も、ゆっくりと部屋に戻っていった。





****


 俺たちがファミレスで待っていると、今日も女子たちが合流してくる。


 明るい笑顔で美雪みゆきが俺の隣に座り、俺と同じメニューを注文した。


 大石が俺に告げる。


「お、今日は別の子か。おい悠人ゆうと、お前そのうち刺されるぞ」


「うるせぇ! ほっといてくれ!」


 食事をしながら、妙に気になる――美雪みゆきの距離感が、やけに近い。


 隣に座ってるというのに、さらにぴったりと身体を寄せてきていた。


 由香里ゆかりが大人びた笑顔で美雪みゆきに告げる。


美雪みゆきさん、そんなにくっついたら、悠人ゆうとさんが食べづらいですよ」


 ……あれ? 由香里ゆかりってこんな笑い方をする子だったっけ?


 美雪みゆきが気まずそうに俺から少し距離をとって、食事を再開した。


 優衣ゆいが微笑みながら由香里ゆかりに告げる。


「別に食事の間、身を寄せていても良いんじゃない?」


 由香里ゆかりが余裕の笑みで応える。


「私は構いませんけど、悠人ゆうとさんが狭苦しそうでしたから」


 ……なんだか違和感がある。由香里ゆかり由香里ゆかりじゃないみたいだ。


 でも、昨日の不安定な心はどこかに行ったみたいだし、今はこれでいいんだろうか。


 美雪みゆきが気まずそうに明るく俺に告げる。


「あはは! ごめんね、悠人ゆうとさん!

 私の日だからって、ついくっつきすぎちゃった!」


「いや、俺は気にしてないよ。だから美雪みゆきも気にすんな」


 どうやら美雪みゆきもこの状況に困惑してるような気がする。


 瑠那るなを見る――戸惑うようにうつむいて食事をしていた。こいつも困惑してるのか。


 うーん、明日の午後になれば集まれるし、そんときに話を聞けば良いか。



 大石が空手部に向かい、俺たちも食事を終えて立ち上がった。


「じゃあ霧上きりがみ、また明日な」


 霧上きりがみは真顔で俺を見つめていた。


「お前――いや、もう言うまい」


 何だって言うんだ?


 俺は小首をかしげた後、女子たちを連れて六人でファミレスを出た。





****


 俺は美雪みゆきと手をつなぎながら告げる。


「今日はどうするんだ?」


 美雪みゆきが明るい笑顔で告げる。


「私の部屋に行こう! 優衣ゆいさんがそうしてたんだし、私がだめってことはないでしょ?」


「そりゃまぁ……それでいいなら」



 途中でコンビニに立ち寄り、美雪みゆきはやたらと食べ物を買っていた。


「おいおい、何を大量に買ってるんだ?」


悠人ゆうとさんと映画を見ようと思って!

 夜食とかおつまみとか、なるだけ用意しようかなって!」


 なるほど、今日は映画上映会か。


 ……夜食? 夜までか?


「おい美雪みゆき、何本の映画を見る気だ?」


「特に決めてないよ。それじゃだめ?」


「いやだめってことはないけど……」


 結局、美雪みゆきは大袋二つ分の食べ物を買い込んでいた。


 荷物を俺が持ちながら、女子寮に向かっていく。


 美雪みゆきの部屋にたどり着くと、美雪みゆきが女子たちに告げる。


「それじゃ、今日は悠人ゆうとさんを預かるね!」


 優衣ゆいが余裕の笑みで応える。


「ええ、楽しむと良いわ」


 由香里ゆかりも大人びた微笑みで告げる。


「映画、ごゆっくり楽しんでくださいね」


 瑠那るなはおどおどと美雪みゆきを見ていた。


「ねぇ美雪みゆき、あんたは大丈夫でしょうね?!」


「大丈夫って、何が?」


「だって! なんだかあなたらしくないわよ?!」


 美雪みゆきは明るい笑顔で応える。


「やだなぁ、瑠那るなの考えすぎだよ!

 じゃあみんな、また明日!」


 美雪みゆきは俺の手を引っ張って、部屋の中に連れ込んでいった。





****


 美雪みゆきの部屋は、映画のポスターが壁に貼られ、映像メディアのパッケージが小さい棚にびっしり入っていた。


「へぇ、本当に映画が好きなんだな」


「あー、勝手に部屋を見て回っちゃだめだよ!」


 おっと、いけない。ついうっかり。


「すまん、なんだか美雪みゆきの部屋だと思うと、気が緩んで」


 俺はコンビニの袋を部屋の片隅において、ローテーブルのそばに腰を下ろした。


 美雪が真顔で俺に告げる。


「……それ、どういう意味かな」


「どういうって、そのまんまだよ。

 お前のそばだと、なんだかリラックスできる気がして」


 美雪みゆきが俺の前で膝を突いて、俺の目をまっすぐに見ていた。


「それ、私のことを女として見てないって意味だよね」


「そんなこと言ってないだろ?! なんでそうなるんだよ!」


「私のこと恋人だって言っても、女として見てないからリラックスできるんでしょ」


 俺は美雪みゆきの剣幕に気圧され、言葉に詰まっていた。


 美雪みゆきが悲しそうな目で微笑んで俺に告げる。


「……いいんだ。自分でわかってるし。

 瑠那るなみたいに健康的な美人じゃないし。

 優衣ゆいみたいに大人の色気があるわけじゃない。

 由香里ゆかりみたいに守ってあげたくなる可愛い子でもない。

 私ってどっちつかずで、平凡な子なの」


「そんなこと――」


「そんなことあるんだよ! 私は何にも特徴なんかないの!

 これと言って取り柄がない、魅力もない、モブみたいな女の子だって!

 その程度の自覚くらい、私だって持ってるんだから!

 女の競争だって、優衣ゆいはまだしも由香里ゆかりにさえ負けてる!

 女の魅力を持ってないって、わかってるんだよ!」


 俺は、美雪みゆきの血がにじむような叫びに圧倒されていた。


 ただできたのは、優しく美雪みゆきを抱きしめてやることだけだった。


「……お前だって魅力的だ。

 前にもそう言っただろう。お前の笑顔はチャーミングだって。

 だから、いつもみたいに笑ってくれよ。

 明るいお前に、戻ってほしい」


 だけど、美雪みゆきは泣きながら俺に告げる。


「そんなの、どこに女の魅力があるってのよ!

 あるっていうなら証明して見せてよ!

 私にだって、女の魅力があるって!

 悠人ゆうとさんにとって魅力的な女なんだって!

 言葉じゃなく、態度で見せてよ!」


 ……こいつ、もしかして由香里ゆかりの変化でプレッシャーを受けたのか。


 女として先を越されたって思っちまったんだな。おそらく、女として格下と思っていた由香里ゆかりに。


 ――本当に、マウント合戦って奴はたちがわるい。


 俺は美雪みゆきから少しだけ身体を離して、そっと唇を重ねた。





****


 夕方、女子寮の食堂に美雪みゆきの姿はなかった。


 食事をする瑠那るなが、他の女子に告げる。


「ねぇ、なんで美雪みゆきは来ないのかな」


 由香里ゆかりは特に気にすることもなく食事を口に運んでいた。


「分かれるとき、『また明日』と言ってました。

 部屋で夕食を食べるつもりなんじゃないですか」


 優衣ゆいが憂鬱そうにため息をついた。


「あーあ、これでみんな同じステージね――ああ、瑠那るなはまだだったかしら」


 瑠那るなが困惑しながら優衣ゆいに告げる。


「なんでそうなるの?! ただ映画を見てるだけに決まってるじゃない!」


 由香里ゆかりが小馬鹿にした視線を瑠那るなに向けた。


瑠那るなさん、お子様なんですね。

 この状況なら普通、そう考えますよ」


 一瞬、頭に血が上った瑠那るなが立ち上がっていた。


 由香里ゆかり瑠那るなを見上げながら、穏やかに告げる。


「少し考えればわかることじゃないですか。なぜ否定するんですか?」


 歯を噛み締めた瑠那るなは、黙って腰を下ろし、食事を再開した。


 ただ『そうでないこと』を祈りながら、静かな夕食が過ぎていった。





****


 朝になり、瑠那るなが目を覚ました。


 時間を見るために携帯端末デバイスを手に取る――夜明け前、花鳥風月のグループにメッセージが届いていた。


 恐る恐るタップしてメッセージを開く。



『ほんとに胸にほくろがあるんだね。瑠那るなも早く見たら?』



 呆然としている瑠那るな携帯端末デバイスに、悠人ゆうとから個別メッセージが届いた。



『すまん、今日のロードワークは休むわ』



 何もわからなくなった瑠那るなは、友人全員において行かれた孤独に苛まれ、冷たい涙を流していた。


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