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幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第1章:囚われる少女たち

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22/67

22.金曜日:ティア

 朝、女子寮の食堂では、瑠那るな以外の四人が朝食をとっていた。


 眠そうな美雪みゆきがあくびをかみ殺していた。


 あきれた様子の由香里ゆかりが、ため息をついてから告げる。


美雪みゆきさん、もしかして徹夜ですか?」


 恥ずかしそうに頬を染め、美雪みゆきが明るく笑った。


「あはは……まぁね」


 優衣ゆいが目を丸くして美雪みゆきを見つめていた。


「あなた、何時間悠人ゆうとさんと一緒に居たの?」


 美雪みゆきが指を折って数え始める。


「えーと、みんなと別れて割とすぐに……だから、十三時間くらい?」


 優衣ゆいは言葉が見つからずに絶句していた。


 由香里ゆかりがクスリと大人びた笑みを浮かべる。


「最長記録じゃないんですか?

 ずっと、というわけではないでしょうけど、よく美雪みゆきさんの体力が持ちましたね。

 私には真似ができそうにないです」


 美雪みゆきが明るい笑顔で応える。


「まぁ、休み休みだし。でもおかげで私も、『本当の愛』って奴を理解できたよ。

 凄いよねあれ。生まれ変わった気分ていうか、世界が全く変わっちゃった」


 優衣ゆいがふぅ、とため息をついた。


「これで私たち全員が、悠人ゆうとさんの愛を身体に刻み込んだ訳ね。

 ――ああ、瑠那るなとティアがまだだったかしら」


 ガラティアはマウントなど気にせず、無邪気な笑顔で応える。


「え? 私はいつでも悠人ゆうとの愛を受け止めてるよ!

 刻みつけるとか、なんのこと?」


 由香里ゆかりが微笑ましそうにガラティアに告げる。


「まぁ、ティアはお子様だから、それでいいんじゃないですか。

 ――もう一人のお子様は、なんで朝食を食べに来ないんでしょうね」


 美雪みゆきが肩をすくめた。


「チャイムを押しても反応ないし、メッセージも既読が付かないんだよね。

 あの子が風邪を引くとは思えないし」


 優衣ゆいが余裕の笑みを取り戻して微笑む。


「きっと美雪みゆきにまで負けたのがショックだったのよ。

 それで顔を合わせづらいんじゃない?

 瑠那るなはスポーツマンとして悠人ゆうとさんと接していたし。

 いいんじゃない? 中学生らしくて」


 由香里ゆかりが笑みをこぼした。


「ふふ、瑠那るなさんが一番お子様でしたね。

 でもこれで、今日はティアが当番になって一周です。

 来週はまた私からですよ」


 美雪みゆきがジト目で由香里ゆかりを見つめた。


「あんまり悠人ゆうとさんに無理させちゃだめだよ?」


 優衣ゆいがあきれた顔で美雪みゆきに告げる。


「あなたがそれを言うの? 徹夜なんて、どれだけ無理をさせたのかしら」


 女子三人が笑いをこぼす中、ガラティアはきょとんとして無邪気に食事を食べ進めていった。





****


 瑠那るなはカーテンも閉め切って灯りもつけず、部屋の隅で膝を抱えていた。


 朝のグループメッセージは、名指しでのマウント行為。


 ――大切な友達だと思っていたのに。


 美雪みゆきにとって今、マウントをとれる唯一の相手が瑠那るななのだ。


 四人の幼なじみの中で『あなたがカースト最下位よ』と突きつけられた。


 裏切られた思いと、置いて行かれてしまった寂しさで、瑠那るなは涙を流し続けていた。


 今朝はロードワークも中止になって、大好きな悠人ゆうとに会えていない。


 それによってもまた、胸の切なさが増していた。


 会えない切なさと、どんな顔をしてあって良いかわからない困惑で、頭が真っ白だった。


 食欲もわかず、友人たちを避けるような形になってしまった。


 ストレスで腹痛を覚え、瑠那るなは鎮痛剤を飲んでから、ベッドの上に横たわった。





****


 放課後、ファミレスで女子たちを待ちながら飯を食う俺の顔を、霧上きりがみが真顔で見つめていた。


「ん? どうした霧上きりがみ、俺の顔に何か付いてるか?」


「……やはり、一言くらいは言っておこう。

 お前、彼女たちにむごい真似をするな」


「どういう意味だよ? 俺はそんなことしてないぞ」


 霧上きりがみがため息を漏らした。


「自覚がないか。お前は女子の運命を惑わす存在だ、という話だ。

 だが何を言っても、もう手遅れだろう。

 せめて、彼女たちがなるだけ苦しまないように、早めに解放してやれ」


 俺はきょとんと霧上きりがみの顔を見つめた。


「言ってる意味がわかんねーぞ?

 俺は彼女たちが笑顔になるよう努めてるし、みんな幸せそうだぞ?」


「……お前はそういう星の下に生まれたのだろうな。

 善意が常に良い結果を生むとは限らない。

 最善を尽くしているはずが、最悪の結果になることもあるんだ」


「そりゃ、そういうこともあるだろうけど……やっぱり抽象的すぎてわかんねーよ」


「気にするな。無駄だとわかって言っている。

 意味がわかったとしても、もうお前も逃げられないのだから」


 俺は首をかしげながら、あぶり肉にかじりついた。





****


 女子たちがファミレスに現れ、俺たちに合流した。


 だけど、瑠那るなの姿が見えなかった。


「あれ? 瑠那るなはどうしたんだ?」


 俺の隣に座ったティアが応える。


「今日は学校を病欠したみたいだよ。

 ねぇ、ご飯を食べたらみんなでお見舞いに行かない?」


 俺はきょとんとティアの顔を見た。


「いいのか? 今日はお前の日だろう?

 お見舞いで時間を使うことになるぞ?」


 ティアは無邪気な笑顔で頷いた。


「それでいいんだよ!

 私は元々、みんなで一緒に過ごすつもりだったし!」


 こいつは本当に無邪気だなぁ。

 マウント合戦とは無縁な子だ。


 思わず心が和んで、ティアの頭を手が撫でていた。


 ティアはくすぐったそうに微笑んでいた。


 由香里ゆかりが大人びた笑みで告げる。


「ほんと、ティアはお子様で助かりますね」


 美雪みゆきがクスリと笑みをこぼした。


「やめときなよ、言っても意味なんてわからないんだから」


 俺は二人にジト目で告げる。


「お前らな、そういう変なやりとり、やめとけよ?

 大切な友達だろう?」


 美雪みゆき由香里ゆかりがしょんぼりと肩を落とし、「はい、わかりました」と応えた。


 どうやら、注意をすればマウントの取り合いはやめてくれるみたいだ。


 俺がなんとかストッパーになるしかないな。


「わかったならよし! 俺もそれ以上は責めないよ。

 だから約束通り、みんなで仲良くしようぜ」


 ティアを見ると、マウントなんて気にせずに食事を食べ進めていた。


 ……ほんと、こいつを見てると癒やされるなぁ。悪意と縁がないって奴だ。



 食事が終わると、俺は女子たちを連れてファミレスを出た。





****


 瑠那るながベッドで横になっていると、玄関チャイムが鳴った。


 それを無視していると、携帯端末デバイスからメッセージの着信音がする――悠人ゆうとからのメッセージ?!


 急いで起き上がり、携帯端末デバイスを手に取ってメッセージを確認した。



『今、部屋の前に居る。体調は大丈夫か?』



 瑠那るなは玄関を開けるか迷ったが結局、悠人ゆうとに会いたい気持ちが勝って、彼シャツ姿のままドアを開けた。


 悠人ゆうとが驚いた顔で瑠那るなを見ていた。


「お前、顔色ひどいぞ。無理せずに寝てろよ」


 瑠那るなは友人たちの顔をなるだけ見ないように応える。


「……起き上がるくらいは、もう大丈夫だから。

 それより、何の用?」


 悠人ゆうとがコンビニ袋を掲げて微笑んだ。


「お見舞いだよ。

 それと、お前の体調が良ければ、これからの話し合いでもと思ってたんだけど……無理ができる顔じゃないな」


 ――こいつなら、今の状態をなんとかしてくれるかもしれない。


 瑠那るなは弱々しく首を横に振って応える。


「ベッドで横になってれば大丈夫。

 話し合いは早いほうが良いし、今日済ませよう。

 ――中に入って」


 瑠那るなが奥に引っ込むと、悠人ゆうとを先頭に女子たちが中に続いていった。





****


 俺がローテーブル周りに座ると、俺の周囲に女子たちが座っていった。


「おいお前ら、俺じゃなくテーブルの周りに座れよ……」


 由香里ゆかりが微笑んで応える。


「どこに座ったって良いじゃないですか。私たちの仲でしょう?」


 言ってる意味がわかんねーな。


 ティアは素直にローテーブル周りに座っていた。


 瑠那るなは見舞い品のゼリー飲料を一つ口にして、一息ついていたみたいだ。


 俺は全員の顔を見回して告げる。


「じゃあ早速、今日の本題からいくぞ。

 お前ら、マウントの取り合いとか、変な競争とか、そういうのやめろよ。

 それでお前らが不安定になってたら、俺たちが一緒に居る意味がないだろ?

 協力して俺と愛をかわし合うんじゃなかったのか?」


 優衣ゆい由香里ゆかり美雪みゆきがしょんぼりと肩を落としていた。


 俺は彼女たちに続ける。


「俺はお前たちを平等に愛してる。平等に接してるつもりだ。

 競い合う必要なんかないんだよ。

 だからみんなで一緒になって、約束通り明るい未来を目指そうぜ。

 お前たちの笑顔が俺の幸せなんだ。

 頼むから、俺から幸せを奪わないでくれ。

 ――今日からそれを、約束できるか?」


 優衣ゆいが頷いて「わかったわ」と応えた。

 由香里ゆかりも頷いて「悠人ゆうとさんの言うことなら従います」と続く。

 美雪みゆきも頷いて「もうしないよ」と応えた。


 俺は三人に頷いて微笑んだ。


「分かってくれたら良いんだ。

 だけど一つだけ覚えておいてくれ。

 俺がお前たちを嫌うことはない。

 俺は変わらず、平等にお前たちを愛し続ける。死ぬまでな」


 うつむいていた三人が顔を上げ、嬉しそうに頬を染めていた。


「はい! わかりました!」

「ええ、わかったわ」

悠人ゆうとさんの期待通り、やってみせるよ!」


 俺は三人の笑顔で満足して、瑠那るなに振り向いた。


瑠那るな、これでいいと思うか?」


 瑠那るなは少しおびえるように女子たちの顔を盗み見てから、壁際を見つめて頷いた。


「たぶん、これでなんとかなると思う」


「そうか! それならよかった!

 ――ティア、これからどうする?

 今日はお前の日だ。お前が予定を決めろ」


 ティアはきょとんと俺の顔を見て、無邪気な笑顔で応える。


「このまま、この部屋でおしゃべりすればいいんじゃない?

 瑠那るなは出かけられそうにないけど、私はみんな一緒が良いし!」


 俺は瑠那るなの顔を見て尋ねる。


瑠那るな、体調が悪かったら正直に言ってくれ。

 ティアの提案、受け入れられそうか?」


「……夜までなら、たぶん大丈夫」


 俺は安心して息をついた。


「そうか、少しは体調が良くなったのかな。

 さっきより顔色が良いぞ。

 ――じゃあ、何を話そうか!」


 俺たちはその日あったくだらないことを口にしながら、明るい笑顔を交換していた。


 瑠那るなも、だんだんと顔色が良くなっていき、笑顔を取り戻していった。



 日が暮れて、外が暗くなり始めた。


「――と、もういい時間だな。俺は帰るよ」


 瑠那るなが俺の顔を、眉をひそめて切なそうに見つめてきた。


「もう、帰っちゃうの?」


 俺は瑠那るなの頭を撫でながら告げる。


「お前の体調が良くなったら、明日外泊届けを出して、うちに来い。

 またみんなで、映画上映会でもしようぜ」


 おとなしく頷いた瑠那るなの頭をもう一度撫でてから、俺は瑠那るなの部屋から出て行った。





****


 悠人ゆうとが居なくなった部屋で、由香里ゆかりが大人びた笑みを浮かべた。


瑠那るなさん、やっぱりお子様なんですね。

 あんなにさみしがっちゃって。焦らなくても、朝のロードワークで会えるのでしょう?」


 瑠那るなが顔色を青くして応える。


由香里ゆかり、そういうことは言わないって、あいつと約束したじゃない!」


「ええ、言いませんよ? 『悠人ゆうとさんの前では』ね。

 言いつけたければ言いつけても良いですけど、悠人ゆうとさんは私たちを叱るだけで終わります。

 あの人は嘘を言わない人。『私たちを嫌わずに、平等に愛し続ける』と言った以上、私たちが嫌われることはないんですから」


 優衣ゆいがクスクスと笑みを漏らした。


由香里ゆかり、お子様をいじめちゃ可哀想よ。

 『本当の愛』を身体に刻み込んでもらってない瑠那るなには、私たちの気持ちなんて理解できないんだもの」


 美雪みゆきが明るい笑顔で告げる。


瑠那るなも強情張らずに、早く悠人ゆうとさんから『本当の愛』を受け取っちゃいなよ!

 大丈夫、怖くなんかないよ? ずっと優しかったんだから!」


 瑠那るなは青い顔で三人に告げる。


「私はみんなとは違う! あいつとはお互いを高め合う存在になるの!

 みんなみたいに、変わってしまったりはしないわ!」


 由香里ゆかりがクスリと笑った。


「あらあら、瑠那るなさんこわーい。

 ――でもいいんです。あなたが無理をして悠人ゆうとさんを拒絶している間、私たちは何度も愛を刻んでもらいますから。

 周回遅れで参加してきても、その頃には私たち、悠人ゆうとさんの愛を心の奥まで刻み込まれてます。

 私たちという存在が悠人ゆうとさんで塗りつぶされていくのを、そうやって指をくわえて見ていれば良いんです」


 優衣ゆい由香里ゆかり美雪みゆきは楽しそうに笑いながら、瑠那るなの部屋から去って行った。


 ガラティアは一人、きょとんとして彼女たちを見送った。


「みんな、どうしたんだろうね? 仲良くするって言ったのに」


 瑠那るなは泣きそうな気分でガラティアに告げる。


「あなたは、変わらないで居てくれるのね」


「それはそうだよ! 悠人ゆうとの愛は神様の愛! みんなに平等に降り注ぐんだから!

 焦ったり競ったりする必要、ないんだもん!」


 ――なら、私にだって彼女たちと同じ愛が注がれてるはずだ。


 瑠那るなはその言葉に慰められつつ、ガラティアも家に帰した。


 重たい身体でベッドに横たわり、今日の出来事を振り返る。


 ――もうあの三人と、悠人ゆうとが居ないところで会いたくない。


 冷たい涙が一筋流れていき、瑠那るなはそれを袖で拭った。


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