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幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第1章:囚われる少女たち

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20/67

20.水曜日:エクストララウンド

 瑠那るなは一人、遅い夕食を食堂でとりながら携帯端末デバイスを取り出して個人メッセージをタップしていく。



(ねぇ、少し話しをできない?)


『いいですよ』


(ありがと。食事が終わったら部屋に行く)



 手早く夕食を平らげると、瑠那るな由香里ゆかりの部屋へと向かっていった。



 由香里ゆかりの部屋のチャイムを鳴らすと、すぐに本人が顔を出した。


 おずおずと由香里ゆかりが告げる。


「どうしたんですか? こんな時間に」


「少しあいつと話をしてきたし、由香里ゆかりとも話しておこうかなって思ってさ」


「……中へどうぞ」


 由香里ゆかりに招かれ、瑠那るなは部屋の中に入っていく。


 二人でローテーブルのそばに座ると、由香里ゆかり瑠那るなに切り出す。


「それで、話ってなんですか」


「あいつから、きちんと『全員を平等に愛してる』って言葉を聞いてきたのよ。

 この週末、またみんなであいつの家に集まって話し合おうって。

 なんで私たちが競争みたいなことをしてるのか、不思議がってたわよ」


 由香里ゆかりがうつむいて応える。


「別に競争してるわけじゃ……優衣ゆいさんが暴走しただけじゃないですか。

 なんで共有している恋人である悠人ゆうとさんを、誰にも言わずに勝手に自分のものみたいにしちゃうんですか」


 瑠那るなが小さく息をついて応える。


「それを最初に煽ったのはあなたよ? 由香里ゆかり

 みんなが見てる前でキスをねだったでしょ?」


「だめな行為なら、止めてくれれば良かったんですよ。

 でも誰も止めなかったじゃないですか」


 瑠那るなが苦笑を浮かべて応える。


「だめなわけじゃないわ。中学生らしい恋人とのふれあいだと思うし。

 でもあなたが最初にあいつの『初めて』を奪ったことで、優衣ゆいの競争心に火が付いちゃったのよ。

 あの子、たぶん私たちの中で一番あいつに依存してるわ。

 嘘を見破ってしまうあの子にとって、自分の前で嘘をつかない異性なんて、それこそ希有だもの。

 あいつの魅力を、誰よりも評価してるのが優衣ゆいよ」


 由香里ゆかりが切ないため息をついた。


「どうして悠人ゆうとさんは、あんなに魅力的なんでしょうね。

 今日だって、きっと瑠那るなさんを鍛えてくれたんでしょう?

 心も体も強くてたくましくて頼りがいがあって、嘘をつかない誠実な人で。

 あんな人を好きになって、不安になるなって方が無理なんですよ」


 瑠那るなが言葉を選びながら応える。


「それはたぶん、ティア以外の全員が同じよ。私や優衣ゆいだって不安なの。

 その不安を自分なりの方法で慰めてなんとかしてる。

 優衣ゆいにとってその方法が、あいつとの強いつながりだったのよ」


 由香里ゆかりは黙ってうつむいていた。


 瑠那るなが小さく息をついて告げる。


「だから、由香里ゆかりもなんとか自分なりに、不安を慰める方法を見つけて。

 週末になれば、あいつがなんとかしてくれるから、それまでなんとか耐えて。

 私たちは敵じゃない。大切な友達なの。それを忘れないで」


 由香里ゆかりがうつむきながら告げる。


「……明日は美雪みゆきさんの日ですよね。

 美雪みゆきさんも不安なんでしょうか」


「……たぶんね。でもあの子はそこまであいつを欲してるわけじゃないみたい。

 男女のロマンスには憧れてるけど、あいつが居ないからって心が不安定になってる様子、見られないし」


優衣ゆいさんだって、今までそんな様子はなかったですよ。

 見た目だけじゃ、心がどうかなんてわからないです」


 瑠那るなは頭をかいて応える。


「そうなんだけどさあ。信じるしかないじゃない?

 担当曜日はその子が独占しても構わない。そういうルールなんだから。

 たとえ美雪みゆき優衣ゆいに張り合ってあいつと深くつながっても、決して不安にならないで。

 あいつは必ず由香里ゆかりの心に応えてくれるから」


 由香里ゆかりは黙って頷いた。


 瑠那るな由香里ゆかりの頭を撫でながら告げる。


「良い子ね。私たちが信じられなくなったら、あいつを信じなさい。

 迷ったらあいつを頼るの。あいつはきっと由香里ゆかりを正しい道に導いてくれるから。

 ――それなら、信じられるでしょ?」


「……はい。

 瑠那るなさん、とても悠人ゆうとさんを信頼してるんですね。

 いつもそんなそぶりを見せてないのに、ちょっと意外です」


 瑠那るなが困った笑みを浮かべた。


「あいつとは毎朝、ロードワークで顔を合わせてるからね。

 時間は短くても、心を通わせた回数は多い方なんじゃないかな、私は」


「私も、瑠那るなさんみたいに強い心が欲しいです。

 今も悠人ゆうとさんがそばに居ないことが、不安で仕方ないんです。

 もっとそばに居たくて、もっと近づきたい。

 あの人が心に居ない自分を、もう想像できないんです」


 瑠那るなは苦笑で応える。


「強いように見える? 私だって、もうあいつが居ない生活なんて想像できないわよ。

 毎晩、あいつのシャツから感じる気配で慰められてるわ。

 そこはたぶん、あなたと変わらない」


「じゃあ、なんでこんなに違うんですか?

 この心の寂しさを埋めてくれるのは、悠人ゆうとさんだけです。

 同じなのに、なんで瑠那るなさんはそんな風に笑ってられるんですか」


「私は、自分が自分でなくなることが許せないタイプなのよ。

 あなたみたいに、好きになった人に合わせて自分が変わっていくタイプじゃないの。

 たぶん根っこは、そういう違いだと思う」


 由香里ゆかりがうつむいて考え込み、それを見つめた瑠那るなが、立ち上がって告げる。


「夜に邪魔してごめんね、私はこれで帰るわ。

 つらかったら、無理せず私かあいつにメッセージを送りなさい。わかった?」


 由香里ゆかりが頷くのを見て、瑠那るなは笑顔で部屋を出て行った。



 由香里ゆかり携帯端末デバイスを手に取り、悠人ゆうとへの個人メッセージ画面を開く。


 何かを打ち込もうと指が動くが、画面をタップする前に指が止まる。


 ――もし今、メッセージを送ってしまったら、『今すぐ会いたい』って言い出すに決まってる。


 抑え込んでいる気持ちがあふれて止まらなくなる確信が、どうしても指を止めてしまっていた。


 由香里ゆかりはため息をついて携帯端末デバイスをテーブルに置き、シャワーを浴びる準備を始めた。





****


 優衣ゆいはシャワーを浴びた後、下着の上から彼シャツを羽織り、今夜も歓喜で身を震わせる。


 そのまま悠人ゆうとの気配が色濃く残るベッドに潜り込み、昨晩の思い出に浸りながら自分の身体を抱きしめた。


 ――この身体こそが、悠人ゆうとさんの愛の証。


 その思いが実感とともに胸を満たし、自分が自分であるという確信に変わる。


 悠人ゆうとの愛で満ち足りた自分こそが自分なのだと、優衣ゆいは確信しているのだ。


 自分の愛が悠人ゆうとを満たし、悠人ゆうとの愛が自分を満たした。


 たった一晩の経験で、優衣ゆいはうぶな少女から一人の女に変わっていた。


 仲間と共有すると約束した悠人ゆうとの愛を、誰よりも早く味わった優越感で、今夜も優衣ゆいは安らかな眠りにつく。


 また来週、再び愛をかわし合う時間を心待ちにしながら、優衣ゆいは生まれ変わった自分を実感しつつ、彼を思って夢を見る。





****


 シャワーから上がった由香里ゆかりが、下着姿のまま携帯端末デバイスを手に取った。


 湯上がりで湯気の立つ身体で部屋にたたずみ、じっと送信画面を睨み付ける。


 震える指が、ゆっくりと悠人ゆうとへのメッセージを綴っていった。


 送信ボタンをタップする指が震えて押せず、由香里ゆかりはゆっくりと深呼吸をした。


 ――このままじゃ、私一人が置いてかれちゃう。


 決意を固めた由香里ゆかりの指が、ゆっくりと送信ボタンを押した。


 胸が破裂するかと思うほどの胸の鼓動を覚えながら、既読が付くのを待った。


 やがて、悠人ゆうとの既読マークが付き、さらに心臓が早鐘を打っていく。


 ――お願い、神様!


 目をつぶって必死に祈っている由香里ゆかり携帯端末デバイスから、メッセージの着信音が聞こえた。


 おそるおそる目を開けた由香里ゆかりは、その返事を見て一息つく――だが、そのやりとりが意味することを再認識すると、新たな緊張が身体を襲った。


 何度も深呼吸をして、気分を落ち着かせる努力をする。


 鏡が目に入り、自分の子供っぽい体型を再確認してしまう。


 劣等感にまみれた自分が惨めに思えて、慌てて鏡から目をそらした。


 それでもきっと、悠人ゆうとさんなら――


 携帯端末デバイスをテーブルに置いた由香里ゆかりは、ゆっくりと悠人ゆうとの香りがするシャツを身につけていった。





****


 悠人ゆうとは夜のロードワークの帰り道、静かに女子寮のエントランスに入っていった。


 携帯端末デバイスにメッセージを打ち込むとすぐにオートロックが解除され、悠人ゆうとは人目を忍びながら階段を上っていく。


 他の女子に見つからないように三階のフロアにたどり着くと、彼女の部屋の扉がわずかに開いていた。


 その開いている扉に、悠人ゆうとは静かに足を向けた。



 部屋に入り、悠人ゆうとは戸惑いながら告げる。


「話って何だ、由香里ゆかり


 由香里ゆかりは下着の上から彼シャツを着込んだ姿で応える。。


「お願いが、あるんです。聞いてくれませんか」


「俺にできることなら応じてやるけど、なんでこんな時間なんだ? その格好、もう寝るところなんだろ?」


 顔を赤くしながら、由香里ゆかりは勇気を振り絞って告げる。


「私を、優衣ゆいさんと同じ立場にしてくれませんか! 私にも、同じ愛を注いではくれませんか!」


 悠人ゆうとは困惑しながら応える。


「俺は全員を等しく愛してるし、等しく扱ってるつもりだ。

 優衣ゆいも、由香里ゆかりも、同じように愛してる。

 俺に足りないところがあったら言って欲しい」


「そうじゃないんです! 言葉だけじゃ、もう足りないんです!

 確かな証を私にください! でないと私、心細くて死んでしまいそうなんです!」


 不安定な心で泣き叫ぶ由香里ゆかりを、悠人ゆうとは眉をひそめて強く抱きしめた。


 そのまま優しい声で由香里ゆかりに告げる。


「お前を不安にさせてしまったならすまない。

 こうして抱きしめるのが俺の精一杯だ――汗臭くて、ごめんな」


 由香里ゆかり悠人ゆうとの胸の中で、力一杯首を横に振った。


「これでも、もう足りないんです!

 お願いです。私に悠人ゆうとさんを刻み込んで!

 忘れたくても忘れられないくらい、強く刻み込んでほしいんです!

 じゃないと、優衣ゆいさんに悠人ゆうとさんをとられてしまいそうで、怖くて眠ることもできないんです!」


 胸の中で泣きじゃくる由香里ゆかりを、悠人ゆうとは困り果てて抱きしめていた。


 優衣ゆいほどじゃなくても、由香里ゆかりもひどく不安定だ。


 このまま放置して帰るわけにもいかないが、彼女が納得する答えは一つだけだろう。


 ――俺のミスだな。


 優衣ゆいの不安定のきっかけ、それはおそらく由香里ゆかりのキスに合ったのだと、悠人ゆうともうっすら理解していた。


 あれを許してしまったから――いや、いつかは起こる問題だった。


 悠人ゆうとは一人で、彼女たちは五人居る。五人同時に相手をすることはできないのだから。


 瑠那るなから、由香里ゆかりと話をしたことはメッセージで聞いていた。


 週末の話し合いすら待てないほど、由香里ゆかりが心を不安定にしてしまったのも、悠人ゆうとの責任だ。


 そこまで考えた悠人ゆうとは覚悟を決め、由香里ゆかりを抱き上げてベッドに運んでいった。





****


 悠人ゆうとが帰った後、由香里ゆかりは恍惚としながらシャワーを浴びていた。


 ――これが、優衣ゆいさんが見ていた世界。


 自分の身体、細胞一つ一つに悠人ゆうとの愛が浸透したかと錯覚するような時間だった。


 もう自分の心に不安はない。あるのはただ、愛を刻み込まれた確信と自信だけだ。


 自分が女として悠人ゆうとに確かに認められたのだという証が、この身体なのだ。


 同学年女子の中でも幼い印象の由香里ゆかりが、一人の女として愛しい人に認められた。


 自信を持てなかった自分の身体を、今日ほど誇らしいと思えたことはなかった。


 確かな愛を交換しながら、心のこもった愛の言葉をささやき合って心を通じ合わせたという実感を持っていた。


 うぶな少女はもういない。今の由香里ゆかりは、したたかな女だった。


 ――これでもう、あなたの一人勝ちじゃありませんよ、優衣ゆいさん。


 暗い嫉妬の炎を燃やしながら、由香里ゆかりは鼻歌を歌ってシャワーから上がった。


 悠人ゆうとのシャツを身にまとい、彼の気配が色濃く残るベッドに身体を沈ませた。


 再び悠人ゆうとに全身を包まれる錯覚を覚えながら、由香里ゆかりは久しぶりに安らかな眠りに落ちていった。


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