20.水曜日:エクストララウンド
瑠那は一人、遅い夕食を食堂でとりながら携帯端末を取り出して個人メッセージをタップしていく。
(ねぇ、少し話しをできない?)
『いいですよ』
(ありがと。食事が終わったら部屋に行く)
手早く夕食を平らげると、瑠那は由香里の部屋へと向かっていった。
由香里の部屋のチャイムを鳴らすと、すぐに本人が顔を出した。
おずおずと由香里が告げる。
「どうしたんですか? こんな時間に」
「少しあいつと話をしてきたし、由香里とも話しておこうかなって思ってさ」
「……中へどうぞ」
由香里に招かれ、瑠那は部屋の中に入っていく。
二人でローテーブルのそばに座ると、由香里が瑠那に切り出す。
「それで、話ってなんですか」
「あいつから、きちんと『全員を平等に愛してる』って言葉を聞いてきたのよ。
この週末、またみんなであいつの家に集まって話し合おうって。
なんで私たちが競争みたいなことをしてるのか、不思議がってたわよ」
由香里がうつむいて応える。
「別に競争してるわけじゃ……優衣さんが暴走しただけじゃないですか。
なんで共有している恋人である悠人さんを、誰にも言わずに勝手に自分のものみたいにしちゃうんですか」
瑠那が小さく息をついて応える。
「それを最初に煽ったのはあなたよ? 由香里。
みんなが見てる前でキスをねだったでしょ?」
「だめな行為なら、止めてくれれば良かったんですよ。
でも誰も止めなかったじゃないですか」
瑠那が苦笑を浮かべて応える。
「だめなわけじゃないわ。中学生らしい恋人とのふれあいだと思うし。
でもあなたが最初にあいつの『初めて』を奪ったことで、優衣の競争心に火が付いちゃったのよ。
あの子、たぶん私たちの中で一番あいつに依存してるわ。
嘘を見破ってしまうあの子にとって、自分の前で嘘をつかない異性なんて、それこそ希有だもの。
あいつの魅力を、誰よりも評価してるのが優衣よ」
由香里が切ないため息をついた。
「どうして悠人さんは、あんなに魅力的なんでしょうね。
今日だって、きっと瑠那さんを鍛えてくれたんでしょう?
心も体も強くてたくましくて頼りがいがあって、嘘をつかない誠実な人で。
あんな人を好きになって、不安になるなって方が無理なんですよ」
瑠那が言葉を選びながら応える。
「それはたぶん、ティア以外の全員が同じよ。私や優衣だって不安なの。
その不安を自分なりの方法で慰めてなんとかしてる。
優衣にとってその方法が、あいつとの強いつながりだったのよ」
由香里は黙ってうつむいていた。
瑠那が小さく息をついて告げる。
「だから、由香里もなんとか自分なりに、不安を慰める方法を見つけて。
週末になれば、あいつがなんとかしてくれるから、それまでなんとか耐えて。
私たちは敵じゃない。大切な友達なの。それを忘れないで」
由香里がうつむきながら告げる。
「……明日は美雪さんの日ですよね。
美雪さんも不安なんでしょうか」
「……たぶんね。でもあの子はそこまであいつを欲してるわけじゃないみたい。
男女のロマンスには憧れてるけど、あいつが居ないからって心が不安定になってる様子、見られないし」
「優衣さんだって、今までそんな様子はなかったですよ。
見た目だけじゃ、心がどうかなんてわからないです」
瑠那は頭をかいて応える。
「そうなんだけどさあ。信じるしかないじゃない?
担当曜日はその子が独占しても構わない。そういうルールなんだから。
たとえ美雪が優衣に張り合ってあいつと深くつながっても、決して不安にならないで。
あいつは必ず由香里の心に応えてくれるから」
由香里は黙って頷いた。
瑠那は由香里の頭を撫でながら告げる。
「良い子ね。私たちが信じられなくなったら、あいつを信じなさい。
迷ったらあいつを頼るの。あいつはきっと由香里を正しい道に導いてくれるから。
――それなら、信じられるでしょ?」
「……はい。
瑠那さん、とても悠人さんを信頼してるんですね。
いつもそんなそぶりを見せてないのに、ちょっと意外です」
瑠那が困った笑みを浮かべた。
「あいつとは毎朝、ロードワークで顔を合わせてるからね。
時間は短くても、心を通わせた回数は多い方なんじゃないかな、私は」
「私も、瑠那さんみたいに強い心が欲しいです。
今も悠人さんがそばに居ないことが、不安で仕方ないんです。
もっとそばに居たくて、もっと近づきたい。
あの人が心に居ない自分を、もう想像できないんです」
瑠那は苦笑で応える。
「強いように見える? 私だって、もうあいつが居ない生活なんて想像できないわよ。
毎晩、あいつのシャツから感じる気配で慰められてるわ。
そこはたぶん、あなたと変わらない」
「じゃあ、なんでこんなに違うんですか?
この心の寂しさを埋めてくれるのは、悠人さんだけです。
同じなのに、なんで瑠那さんはそんな風に笑ってられるんですか」
「私は、自分が自分でなくなることが許せないタイプなのよ。
あなたみたいに、好きになった人に合わせて自分が変わっていくタイプじゃないの。
たぶん根っこは、そういう違いだと思う」
由香里がうつむいて考え込み、それを見つめた瑠那が、立ち上がって告げる。
「夜に邪魔してごめんね、私はこれで帰るわ。
つらかったら、無理せず私かあいつにメッセージを送りなさい。わかった?」
由香里が頷くのを見て、瑠那は笑顔で部屋を出て行った。
由香里は携帯端末を手に取り、悠人への個人メッセージ画面を開く。
何かを打ち込もうと指が動くが、画面をタップする前に指が止まる。
――もし今、メッセージを送ってしまったら、『今すぐ会いたい』って言い出すに決まってる。
抑え込んでいる気持ちがあふれて止まらなくなる確信が、どうしても指を止めてしまっていた。
由香里はため息をついて携帯端末をテーブルに置き、シャワーを浴びる準備を始めた。
****
優衣はシャワーを浴びた後、下着の上から彼シャツを羽織り、今夜も歓喜で身を震わせる。
そのまま悠人の気配が色濃く残るベッドに潜り込み、昨晩の思い出に浸りながら自分の身体を抱きしめた。
――この身体こそが、悠人さんの愛の証。
その思いが実感とともに胸を満たし、自分が自分であるという確信に変わる。
悠人の愛で満ち足りた自分こそが自分なのだと、優衣は確信しているのだ。
自分の愛が悠人を満たし、悠人の愛が自分を満たした。
たった一晩の経験で、優衣はうぶな少女から一人の女に変わっていた。
仲間と共有すると約束した悠人の愛を、誰よりも早く味わった優越感で、今夜も優衣は安らかな眠りにつく。
また来週、再び愛をかわし合う時間を心待ちにしながら、優衣は生まれ変わった自分を実感しつつ、彼を思って夢を見る。
****
シャワーから上がった由香里が、下着姿のまま携帯端末を手に取った。
湯上がりで湯気の立つ身体で部屋にたたずみ、じっと送信画面を睨み付ける。
震える指が、ゆっくりと悠人へのメッセージを綴っていった。
送信ボタンをタップする指が震えて押せず、由香里はゆっくりと深呼吸をした。
――このままじゃ、私一人が置いてかれちゃう。
決意を固めた由香里の指が、ゆっくりと送信ボタンを押した。
胸が破裂するかと思うほどの胸の鼓動を覚えながら、既読が付くのを待った。
やがて、悠人の既読マークが付き、さらに心臓が早鐘を打っていく。
――お願い、神様!
目をつぶって必死に祈っている由香里の携帯端末から、メッセージの着信音が聞こえた。
おそるおそる目を開けた由香里は、その返事を見て一息つく――だが、そのやりとりが意味することを再認識すると、新たな緊張が身体を襲った。
何度も深呼吸をして、気分を落ち着かせる努力をする。
鏡が目に入り、自分の子供っぽい体型を再確認してしまう。
劣等感にまみれた自分が惨めに思えて、慌てて鏡から目をそらした。
それでもきっと、悠人さんなら――
携帯端末をテーブルに置いた由香里は、ゆっくりと悠人の香りがするシャツを身につけていった。
****
悠人は夜のロードワークの帰り道、静かに女子寮のエントランスに入っていった。
携帯端末にメッセージを打ち込むとすぐにオートロックが解除され、悠人は人目を忍びながら階段を上っていく。
他の女子に見つからないように三階のフロアにたどり着くと、彼女の部屋の扉がわずかに開いていた。
その開いている扉に、悠人は静かに足を向けた。
部屋に入り、悠人は戸惑いながら告げる。
「話って何だ、由香里」
由香里は下着の上から彼シャツを着込んだ姿で応える。。
「お願いが、あるんです。聞いてくれませんか」
「俺にできることなら応じてやるけど、なんでこんな時間なんだ? その格好、もう寝るところなんだろ?」
顔を赤くしながら、由香里は勇気を振り絞って告げる。
「私を、優衣さんと同じ立場にしてくれませんか! 私にも、同じ愛を注いではくれませんか!」
悠人は困惑しながら応える。
「俺は全員を等しく愛してるし、等しく扱ってるつもりだ。
優衣も、由香里も、同じように愛してる。
俺に足りないところがあったら言って欲しい」
「そうじゃないんです! 言葉だけじゃ、もう足りないんです!
確かな証を私にください! でないと私、心細くて死んでしまいそうなんです!」
不安定な心で泣き叫ぶ由香里を、悠人は眉をひそめて強く抱きしめた。
そのまま優しい声で由香里に告げる。
「お前を不安にさせてしまったならすまない。
こうして抱きしめるのが俺の精一杯だ――汗臭くて、ごめんな」
由香里は悠人の胸の中で、力一杯首を横に振った。
「これでも、もう足りないんです!
お願いです。私に悠人さんを刻み込んで!
忘れたくても忘れられないくらい、強く刻み込んでほしいんです!
じゃないと、優衣さんに悠人さんをとられてしまいそうで、怖くて眠ることもできないんです!」
胸の中で泣きじゃくる由香里を、悠人は困り果てて抱きしめていた。
優衣ほどじゃなくても、由香里もひどく不安定だ。
このまま放置して帰るわけにもいかないが、彼女が納得する答えは一つだけだろう。
――俺のミスだな。
優衣の不安定のきっかけ、それはおそらく由香里のキスに合ったのだと、悠人もうっすら理解していた。
あれを許してしまったから――いや、いつかは起こる問題だった。
悠人は一人で、彼女たちは五人居る。五人同時に相手をすることはできないのだから。
瑠那から、由香里と話をしたことはメッセージで聞いていた。
週末の話し合いすら待てないほど、由香里が心を不安定にしてしまったのも、悠人の責任だ。
そこまで考えた悠人は覚悟を決め、由香里を抱き上げてベッドに運んでいった。
****
悠人が帰った後、由香里は恍惚としながらシャワーを浴びていた。
――これが、優衣さんが見ていた世界。
自分の身体、細胞一つ一つに悠人の愛が浸透したかと錯覚するような時間だった。
もう自分の心に不安はない。あるのはただ、愛を刻み込まれた確信と自信だけだ。
自分が女として悠人に確かに認められたのだという証が、この身体なのだ。
同学年女子の中でも幼い印象の由香里が、一人の女として愛しい人に認められた。
自信を持てなかった自分の身体を、今日ほど誇らしいと思えたことはなかった。
確かな愛を交換しながら、心のこもった愛の言葉をささやき合って心を通じ合わせたという実感を持っていた。
うぶな少女はもういない。今の由香里は、したたかな女だった。
――これでもう、あなたの一人勝ちじゃありませんよ、優衣さん。
暗い嫉妬の炎を燃やしながら、由香里は鼻歌を歌ってシャワーから上がった。
悠人のシャツを身にまとい、彼の気配が色濃く残るベッドに身体を沈ませた。
再び悠人に全身を包まれる錯覚を覚えながら、由香里は久しぶりに安らかな眠りに落ちていった。




