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第32話


 ここはトミヤス道場。

 ももちゃんの動画を見たルクレツィアさんが、どきどきしながら玄関を開けました。


 動画の台詞が思い出されます。


『おめえら……『ピー!』に雇われたな? じゃなきゃ『ピー!』か?』

『こいつらの事は黙っといてやれ! 『ピー! ピー!』に嫌がらせしろって雇われたバイトだ! バレたって知られちまったら『ピー!』されるからな!』


 どこの国だろう!?

 スパイ!? 諜報員!?

 そう! ルクレツィアさんがハマっている海外ドラマは、スパイ物です!


 普通に暮らしてたら夢の世界の話です!



----------



 ……そう思ってるあなた。

 意外とスパイって身近に居る事があります。

 大体スパイ活動は家族にも内緒でやってます。家族も知ってビックリがほとんど。


 家族にも内緒にするのは何故でしょう。


 知る者が少ないほど良いから? それもあります。

 家族から漏れると怖いから? それもあります。

 でも、どちらも小さな理由です。

 一番の理由は、スパイは何でも出来るウルトラマシンと思われているからです。


『ねえアナタ。テレビが壊れたわ。スパイなら電子機器なんてチョロいもんでしょ?』

『隣の奥さんが超スゴイ時計持ってるの。プレゼントしてくれるでしょ?(盗んで)』

『車検が面倒だわ。ねえ、書類書き換えておいて車検通った事にしてくれない?』

『このSNSの野郎ムカつくわ。ねえアナタ、身バレさせてくれない?』

『ああもう、インキーしちゃった。ねえ、スパイなら開けられるでしょ?』

『パパー。Swi◯ch2の予約抽選してよ。スパイなら当選出来るでしょ?』

『駄目なの? じゃあ盗んできてよ。スパイなら簡単でしょ?』


 こうなります。うんざりです。超面倒です。

 なので、家族には絶対に秘密にしている人がほとんどです。


 これを読んでいるあなた。


 あなたが何処かのスパイでなければ、スパイに気を付ける必要はほぼ無いです。

 と言うか、素人が気を付けていても、本職に対してはまず無駄な努力です。

 無駄だって? 信じてくれなくても構いません。フィクションです。


 新しく外から来た人は気を付けろ! 甘い甘い。

 機密だぞ、気を付けろ、なんて言ってる上司がスパイだったりするんですから……

 どこから漏れたんだ! 原因探せ! なんて怒ってる人がスパイだったりしてー!

 社長・会長が実はスパイでした、なんてのも、よくある話です。

 謝罪会見してる人がスパイだったとか……ね!


 だからって、投げてもいけません。

 ド素人が覗き放題とかになりますから。

 警戒意識を持とうね、という姿勢は大事ですよ。



----------



 ……というわけで、ルクレツィアさんが道場の玄関をそっと開けました。


「こっ……こん、にちー、わー……」


 しーん。

 聞こえなかったようです。


「こ、こんにちはー」


「はーい!」


 すー。

 ぺたぺた(裸足音)。

 あ! この人は! デコスケの人! イマイ君です!


「あっ!」


「どうかなさいましたか?」


「あ、あ! ごめんなさい! 動画、見ました……」


「申し訳ありませんが、インタビューはお断りしております」


 つっけんどん!

 完全拒否の壁が!


「あ、いえ! 違います! あの、私、ダンジョンで、医者で働くんですけど」


 くるっとにこやか!


「おお! そうでしたか! それで、道場をご見学に?」


「はい! はい!」


 ぶんぶん!

 この人は知っている! あの3人がどこから来たのか!

 コメント通り、大中心国なのか!? あの発言は間違いなくそうだが、偽装かも!


「どうぞ、お上がり下さい」


「失礼します……」


 どきどきどきどき!

 すー……


 これが武術道場!


「はい、いっちーに、いっちーに。右手はゆっくり上げてー。ぐっと伸ばして……」


「……」


 ストレッチ……?

 あ、これはフィットネスコースの人達?


「あ、あれ、フィットネスですか?」


「そうです。あ、お医者様なら興味ありますよね」


 それはありますよね。


「はい……へえ……身体を引き締める感じの?」


「そうですね。トミヤス道場では武術の動きから作ったフィットネスを行いますので、一般のスポーツジムとはかなり違う所があると思います」


「はあー……」


「何よりも先に姿勢の改善から。日常生活で悪い姿勢のままで居ますと、何度マッサージや鍼治療を行っても、すぐに悪化しますので」


「あ、確かに。それはそうですね」


「次に正しい身体の使い方。実はこれが最も難しいのですが、両方出来ませんと、意味がありませんので、あのように運動を行いながら少しずつ改善していくわけです」


「はあー!」


「これはどのコースでも共通していて、例えば武術コースでも、正しい身体の使い方が出来ていませんと、同じ技術でも全然変わってきます」


「ふんふん……面白いです……」


「そうですね、最初に来てもらった方に驚いてもらう、お決まりのがありますから、サダマキ指導員に見せてもらいましょう。サダマキさん!」


 ん? とカオルさんがこっちを見ました。

 ヤバイ! 超美人! モデルスタイルが道着の上からでも分かります!


「学生の方ですか」


「いえ……24歳です」


 ルクレツィアさんが超渋い顔してます!


「あ! これは、失礼しました」


「良いんです。いつも間違えられるんです。夜にコンビニに行った帰り、警察の人に家は何処かな、親御さんに電話するね、なんて、いつもの事ですし……」


「……」


 カワイイ拗ね顔ですが、カオルさん、気まずい感じですよ。


「ん! おほん! サダマキさん、こちらの……失礼しました。お名前は?」


「ルクレツィア=サヴァレーゼです」


「サヴァレーゼさんですね。宗家のダンジョンのお医者様です」


「あ、ああ! そうでしたか!」


「サダマキさん、サヴァレーゼさんは、見学に来られまして。フィットネスで最初に驚いてもらうあれを見せてあげてもらえませんか」


「ああ。あれですか」


「サヴァレーゼさん、良かったら、その後、ご参加してもらうなり、護身術、武術コースの見学なり……サダマキさん、宜しいでしょうか」


「はい。お任せ下さい。では、サヴァレーゼさん、こちらへ」



----------



「はい、皆様。こちら、ルクレツィア=サヴァレーゼさんです。会員ではないですが、これからトミヤス道場に顔を出すこともあるかもしれません。宗家のダンジョンのお医者様です」


「「「よろしくお願いしまーす!」」」


 元気よし!

 サークル感満載です!


「るーる、ルクレツィア=サヴァレーゼです! よろしくお願いします!」


「まず! サヴァレーゼさんには、最初に驚いてもらうあれを見てもらいましょう」


 くすくす……

 このにやにやした笑い!

 一体、何を見せられるんでしょう。


「ではサヴァレーゼさん。試しに、正座してみて下さい」


「正座ですか?」


「はい。お医者様ですから、正しい正座は出来るでしょう……か!」


「えと、多分……」


 ぺちゃこん。


「では、私も正座します。比較してみましょう。どなたか、お願いします」


 くそー! 正座姿も美しい!

 ルクレツィアさん、嫉妬!


「はい! 私が行きまーす」


「まずはサヴァレーゼさんの方を」


「はーい!」


 肩に手を乗せてー。

 ぐん! ぐん!

 ぼよん! ぼよん!


「わあ! うえ!」


「ううん、サヴァレーゼさん、正座が出来ていません。お医者様ですから、正しい姿勢は出来ていて欲しかった所です。お願いします」


 肩に手を乗せてー。

 ぐん! ぐん!

 不動!


「ええー!?」


「イカサマはしておりません。ささ、サヴァレーゼさんも私の肩をどうぞ。思い切り」


「ほ、本当……?」


「何なら、肩に乗っていただいて、スクワットなどして頂いても」


「い、いえ、落ちたら痛いから……押してみます」


 ぐん! ぐん!

 不動!


「へえぁー!?」


 いいリアクション!

 ぐん! ぐん! ぐん! ぐん!

 カオルさんもにっこり! 門弟さん達もにっこり!


「これが正しい姿勢の力です」


「す、凄いです……」


「では、正しい身体の使い方に行きましょう」


 すいっ。


「わーお!?」


 上から押さえていたのに、カオルさんが真っ直ぐ立ち上がりました!

 ルクレツィアさん、おんぶされてるみたいですよ。手を離しましょう。


「さて、正しい身体の使い方ですが、見た目は超胡散臭いです」


「はい」


「これは知ってますね」


「あ、忍者のですか」


 これは刀印です。

 上下で2本指を立てるあの構え。


「やってみて下さい」


「はあ」


「胸の真ん中にぴったりくっつけて、上か下か動かして、下腹に一番力が入る所を探して下さい」


 おや? おやおや?

 ルクレツィアさん、びっくり顔です。


「あ、不思議……くっつけてるだけで、もうお腹に力が入ってきます」


「ふふふ」


 すすす……すすす……


「ううん、多分、この辺……?」


「では、その下腹の力を抜かないように、ゆっくり右手を下から抜いて、真っ直ぐ前に出して下さい。ぴったり真っ直ぐ、曲げないように」


「はい」


「指先に集中。下腹から、指の先へ……この形で、正しい身体の使い方が出来ます」


「こう……でしょうか……」


 カオルさんが膝をつき、下から手を押さえます。

 え? もしかして……ええ?


「ふふふ。出来ない、と思いましょう?」


「はい。無理です」


「出来ます。腕ではなく、下腹ごと、ずどん! と落とすように。全く振り上げなくても出来ます」


「本当ですか?」


「本当です。しっかり押さえているのは感じますね。さあ、下腹から指先につなげて、えい! と。これもちゃんと科学的に説明出来る事です」


「じゃ、じゃあ……指……お腹から、指……んー……えいっ!」


 ばたん!


「あっ!?」


 カオルさんが手を床についています。

 押さえられていたけど、振り下ろせちゃいました!


「で、出来ちゃった……?」


「お見事です」


「これがトミヤス流のフィットネスです。どうでしょうか」


 ぴ! ぴ! と襟を直すカオルさんも、何か格好良い!

 むむむ……完全に負けた!


「参りました」


 ルクレツィアさん、しょんぼりしないで下さい!

 大丈夫! 24歳で見た目ロリとか、需要超高いです!

 条例に引っ掛からない年齢なんですから!


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