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悪役令嬢は甘くない!  作者: スパイシーシェフ
最終章:国家再建
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第169話「番外編『エピローグ』:呪術離散!自由?繁盛?」

 これはリシン・カスタールと共にカベルネに雇われ、二千人の無辜むこの民を『素材』へと変えた呪術師たちの、逃亡の果ての物語である。

 彼らはアーリー王子の皮を被った怪物が廃され、監視の目が緩んだ一瞬の隙を突き、死の工房と化した村から蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 九死に一生を得た者たち。


 そんな彼らのストーリを語っていこう。


 ■一人目


 これはリシンと共にカベルネに雇われた呪術師たちの、とあるサブリーダーの物語である。


 40台も半ばを過ぎた彼女は、かつて病死した息子の遺体を腐らせぬよう禁忌の術で繋ぎ止め、二人きりで暮らしていた狂人であった。

 死をあやつることでしか愛を表現できなかった彼女だったが、リシンの虐殺の最中、二千人の中の一人として生贄となるはずだった少女を咄嗟に隠し助け出した。


 その時、懐かしくも悲しい、聞きなれた忘れかけていた声を聴く。


 ――もう僕がいなくても、母さんは大丈夫。

 頑張ってね。


 朽ち果てた遺体ではない、天からの息子の声。

 耳ではなく心にその声が届いたとき、彼女は数年にわたる呪縛から解き放たれたのだ。


 ハラペーニョ工業地帯のどん詰まり。

 巨大な蒸気配管が複雑に絡み合い、魔導エンジンの重低音が地を這う路地裏。

 今の彼女はひっそりと、そんな場所でスナック『櫂船かいせん』を営んでいる。


 その店の看板には『占いやります! 呪いもどうぞ』という不穏な文字が躍っていた。



 カラン、コロン



 重厚な扉が開き、紫煙の中に一人の若者が滑り込んできた。

 呪術師集団の仲間であり、今は女王直轄『都市開発設計事務所』で製図係を務める、集団きってのイケメン君だった。


「サブリ…じゃなかったママ……。

 俺、もう疲れちゃったよ…

 ちょっと、死霊躁術で『Sターク』を召喚してくれないかな…

 ほんと……もう、世界なんかどうだっていいよ。

 地獄の帝王でも呼んで、職場ごと滅ぼしてほしいくらいだよ」


 カウンターに突っ伏した彼の目は、かつてのように血走り、絶望に満ちていた。

 どうやら仕事の重圧に精神を病んでいるらしい。


「あら、いらっしゃい。

 随分とお疲れね?

 ストレスも溜まっているようね」


 カウンターの中に立つママは、静かにグラスを磨き、その傍らで高級タルトを頬張る少女を優しく見つめた。

 集団虐殺の際、リシンに喉を裂かれ声と未来を奪われかけた、あの二千人の中で唯一の「生存者」だ。


「…あなたのママじゃなくて、ごめんね」


 彼女が少女にそう詫びた時。

 首に古い傷跡を持つ少女は、屈託のない笑顔で答えた。


「前のママは、痛いことしたり、嫌なことしたりするから、大っ嫌い。

 でも、今のママは優しいから、大好きだよ」


 その言葉が、元死霊躁術師の今の全てだった。

 彼女は、かつての仲間の若者に向き直り、静かに氷を砕いた。


「それで?

 今日は何があったの?」


「パワハラだよ…

 また俺だけ名指しで呼び出されて、部長と二人で今まで残業。

 毎日毎日、部長肝入りの『モフモフメリーゴーランド』の設計で、一ミリのズレを二人きりでチェックして、気づけば夜明け前だ……

 もう疲れた。

 あんな完璧主義の女、呪い殺すか世界を滅ぼすかしてくれないと、こっちの身が持たないよ…」


 ママは、静かにタルトを半分に切り、若者に差し出した。


「あら、忘れたの?

 呪術は人を呪わば穴二つよ。

 相手を呪えば、アナタも同じ穴に引きずり込まれるわ。

 ……アナタ、本当にそれでいいの?」


「わかってるよ!

 でもさぁ……」


「今の仕事は嫌い?」


「…嫌、仕事は楽しいと思ってるけど……」


「じゃあね、アナタが本当に幸せになりたいなら、やり方を変えなさい。

 ……嫌いな人達を、ひたすら幸せにしなさい。

 明日から、部長に花束を持っていって、応援してあげるの。

 それで、えアナタも精一杯楽しんで仕事する。

 そうすれば、すぐに上手くいくわ」



「え~、そんなことで終わるんですか?」


 イケメン君は不満そうにタルトを口に運んだ。


「ふふ、そのプロジェクトが終われば解るわ。

 心から応援すれば、その部長さんが一生懸命終わらせてくれるわよ」



(……その部長、どう考えてもこの子と一緒にそのアトラクションが創りたいだけじゃない。

 不器用なのね、みんな)


 ママは心の中で呟き、確信犯的な笑みを浮かべた。

 若者は半信半疑のまま、けれどその甘い「毒」を飲み込み、夜の闇へと消えていった。



 ■二人目


 これはリシンと共にカベルネに雇われた呪術師たちの、ある「骨格を呪う男」の物語である。


 かつては魔槍の芯とするために、生きた人間の骨をねじ曲げ、調律することに悦びを感じていた男。

 彼は今、ピメントの市街地の片隅で、小さな整体院を営んでいる。


 バキッ、ポキィッ


 不気味な音が店内に響く。

 けれど、施術を受けている重機オペレーターの男は、感涙に咽んでいた。


「おおぉ……!

 あんなに酷かった腰痛が、一瞬で消えたぞ!

 先生、あんた神様か!?」


「……人を呪い悪くすることに比べれば、元ある正しい状態に戻す行為など、ただの塵のようなものです」


 男は無表情のまま、男の背骨を的確に押し込んだ。

 死を扱うための技術。

 それを生の痛みを和らげる技術へと転用した彼は、今や現場の労働者たちから「黄金の指」として崇められているのだった。



 ■三人目

 

 これはリシンと共にカベルネに雇われた呪術師たちの、ある「死体を腐らせる女」の物語である。


 リシンの下で、素材の腐敗を極限まで加速させ、死臭を愉しんでいた彼女。

 彼女は今、ハラペーニョ工業地帯の地下深く、厳重に温度管理された石室に籠もっている。


「……あと少し。

 ここで魔力を反転させれば……」


 彼女が手掛けているのは、死体の腐敗ではない。

 極上の『発酵』である。

 腐敗と発酵の紙一重の境界線を、呪術的な感性で完璧に制御する。

 その結果産み出されたのは、女王パルスイートが絶賛した青カビチーズ、『パルスイート・ブルー』。


 腐敗の呪いは、芳醇な香りを放つ富の源泉へと生まれ変わっていた。



 ■四人目


 これはリシンと共にカベルネに雇われた呪術師たちの、ある「精神を侵す男」の物語である。


 他人の精神を蝕み、永遠の悪夢を見せることを生業としていた青年。

 彼は今、王城『モン・ブラン』の片隅にある、「安眠相談室」の主任を務めていた。


 日々、女王の無茶振りと書類の山に追われ、不眠症に陥った文官たち。

 彼は、彼らの脳内から『仕事の不安』や『納期への恐怖』といった精神の淀みを、呪術で綺麗に吸い取っていく。


「……おやすみなさい。

 明日の朝には、すべて忘れていますよ」


 公務員の福利厚生として強制的に採用された不運な男。

 けれど、彼が吸い取った悪夢を浄化するたびに、王城の事務効率は飛躍的に向上していった。


 後に彼により開発された安眠枕『深淵の泥濘』は王国内で大ヒット。

 女王陛下御用達の一品として長く国民に愛用されるようになったのであった。



 ■五人目


 これはリシンと共にカベルネに雇われた呪術師たちの、ある「空間を歪める女」の物語である。


 空間の一部を歪め、逃げ場を失わせる呪い。

 大柄な体格の彼女は、今やゼブラー商会の特別物流部門において、伝説的な「梱包の達人」となっていた。


 彼女が空間を調律した木箱に入れられた荷物は、どれだけ馬車が揺れようとも、崖から落ちようとも、中の卵一つ割れることはない。


「……物理法則なんて、少し曲げればいいのよ」


 彼女の作り出す『絶対不変の空間』は、当時の物流における問題点を大幅に緩和し、輸送コストを三割削減した。

 これにより女王国の経済を陰から支える柱となったのは言うまでもない。



 ■六人目


 これはリシンと共にカベルネに雇われた呪術師たちの、ある「血を操る男」の物語である。


 血液の流動を操り、体内から破裂させる残虐な術を誇った男。

 彼は今、ハラペーニョ建設現場に併設された救急センターで「神速の止血師」と呼ばれていた。


 吹き出す鮮血を前に、彼は指先一つで血管の門を閉ざす。



「……死ぬな。

 血は流すものではなく、通わせるものだ」



 かつては命を奪うために注がれた集中力は、今、一人の命を救い止めるためにのみ使われている。

 たまに血液ドロドロの患者の症状を改善していることで、「たまねぎ要らず」などとも言われているのは秘密である。



 ■七人目


 これはリシンと共にカベルネに雇われた呪術師たちの、ある「幻を見せる女」の物語である。


 恐怖の幻覚を見せ、精神を崩壊させる術を操っていた派手な衣装の女性。

 彼女は今、『ワンニャン・ランド』の夜を彩る、メインパレードの総監督に就任していた。


 空を舞う光の龍、子供たちの周りで踊るお菓子の妖精。

 かつては人を狂わせた幻惑術は、今、人々に最高の夢を見せるためのエンターテインメントへと昇華されている。


「もっとピンク色の爆発が必要ですわ!

 可愛さが足りませんわよ!」


 宰相エリスリトールからの理不尽なダメ出しに悲鳴を上げながらも、彼女はかつてない充実感の中にいた。



 ■八人目


 これはリシンと共にカベルネに雇われた呪術師たちの、ある「蟲を操る少年」の物語である。



 猛毒の蟲を飼い慣らし、暗殺に利用していた小柄な少年。

 彼は今、パプリカ領の広大な農地を統括する「農協ギルド」の若き主となっていた。



「……行け。

 作物に悪い虫は追い払え。

 歯向かう奴等は全部食べていいぞ」


 彼が指を鳴らせば、無数の羽音が空を埋め尽くす。

 害虫だけを呪術で選別し、根こそぎ駆逐する。

 農薬も魔法薬も使わない、究極のクリーン農業の実現。

 農民たちから「神の使い」と拝まれるたびに、少年は複雑な表情で首を傾げるのだった。



 ■九人目

 これはリシンと共にカベルネに雇われた呪術師たちの、ある「言葉で呪う老人」の物語である。


 放った言葉を現実の呪いへと変え、人を絶望の淵へ叩き落としていた老呪言師。

 彼は今、ピメント市街地の裏通りにある、一軒の私塾の主となっていた。


「……学べ、力尽きるまで。

 無知は罪であり、怠惰は死だ」


 老人が放つ「学べ」という呪言。

 その言葉を浴びた生徒たちは、脳が強制的に活性化し、学業能率が平時の二百パーセントにまで跳ね上がる。

 親たちには拝まれ、子供たちには震え上がる「教育の鬼」。

 呪言によって強制的に未来を切り拓かされる子供たちの悲鳴は、今日も塾の窓から虚しく響き渡っていた。



 ■十人目

 これはリシンと共にカベルネに雇われた呪術師たちの、ある「魂を追う少女」の物語である。


 死者の魂の痕跡を辿り、隠れた生存者を見つけ出すことに長けていた身軽な少女。

 彼女は今、メレンゲの街とパプリカ領を繋ぐ「迷子・遺失物捜索センター」の所長を務めていた。


 広大なサービスエリアで迷子になった子供。

 高速道路で落とした大切な結婚指輪。


「……見つけた。

 ほら、泣かないで」


 かつては絶望を追っていたその力は、今、小さな幸せを繋ぎ止めるための、最も優しい技術となっていた。



     ◇



 夜の深まったスナック『櫂船』。


 カラン、コロン。


 勢いよく扉が開かれた。

 入ってきたのは、あの時のイケメン君だった。

 手には大きな花束があり、顔は真っ赤に上気している。


「サブリーダー、聞いてくれ!

 あ~違った…ママ。

 ママの言う通り、毎日お花を贈って、部長の言うことを死ぬ気でこなして、毎日笑顔で応援しまくったんだ!」


「あら。

 それでどうなったのかしら?」


「部長が……

『ずっと気になってて、好きでした。職権乱用で拘束してごめんね…あなたと一緒に創り上げたかったの』って、感極まって泣き出しちゃって。

 そのまま、外堀を埋められて……結婚することになってしまって…」


「…………」


 ママの動きが止まった。

 タルトを食べていた少女も、ぽかんと口を開ける。


「……そう。

 ……あら、お幸せに」


 ママは、遠い目をして、心の中で静かに十字を切った。


(呪術より、恐ろしい『縁』にかかったのね…

 人生の墓…オホン……は言っちゃダメね。

 お幸せに)


「……相手を幸せにしすぎて、自分まで溶けないように気をつけなさいな」



 若者は複雑な喜びを爆発させながら店を後にした。


 そこへ入れ替わるように、音もなく、一人の女性が店に入ってきた。


 地味な茶色の髪。

 銀縁の眼鏡。


 女王の懐刀、侍女長サラヤである。


「……お疲れ様です、ママさん。

 相変わらず、繁盛しているようですね」


「あら、いらっしゃい。

 今日は非番かしら?」


「いえ。

 今日の仕事は終わりました。

 今回は……私用です」


 サラヤは無表情のまま、カウンターに一枚のパルスイート金貨を置いてこう語った。


「私の結婚運を占っていただけませんか?」


 そして、眼鏡の奥の瞳を、かつてないほどキラキラと輝かせ、少女のようなワクワク顔で身を乗り出す。


 かなりのプレッシャーを感じたのは事実だが、私は他のお客と同じように、まずは問診から始めることにした。



「なるほど、それで?

 サラヤさんの好みの男性のタイプは?」


「……ありません」


「希望の結婚は?」


「……ありません」


「結婚に望むものは?」


「……ありません。

 同僚がしているのが羨ましいので、私もしなければならないので」


「……そ、そう。

 羨ましいだけなのね……」


 ママは、少し困ったように眉を下げ、紫の煙が渦巻く水晶球に手をかざした。


 ……ヒュッ。


 ママの喉から、短い引き攣った音が漏れた。

 水晶球を見つめる彼女の額から、タラリと冷たい汗が流れ落ちる。


(……白。

 真っ白だわ。

 出会い、男運、ましてや結婚の兆し……欠片も見えない。

 それどころか、未来仕事一辺倒で埋め尽くされている。

 この子の人生という名の予定表が……真っ白…いえ真っ黒側の虚無だわ!)


 ママは、言い辛そうに口を噤んだ。


 ……ひたすらに、言い辛い。


 期待に胸を膨らませ、ワクワクした表情で答えを待つサラヤ。


「……あの、ママさん?

 結果は……どうでしょうか?」


「サ、サラヤさんは、既に運命の出会いを果たされているようですわ!(汗)」


 ママは、咄嗟に出まかせを口にした。


「アナタのそばには、きっと……そう!

 渋い、イカした男性が……いる……かも?」


「え……?

 ……渋い……イカした……?」


 サラヤは、一瞬だけ動きを止めた。


 最初に浮かんだ男の顔は、最初に処した誰かだった。

 アレはもうこの世に居ない…


 次はアスパルテーム本家で昏倒さえて男子トイレに押し込めた青年。

 名前も知らない…


 その次は御者の騎士…

 駄目だ、馬の方の顔しか思い出せない……


 そして、自分の職場にいる、あの無愛想で、けれど仕事には誠実な『庭師』の顔を思い浮かべた。


「……なるほど。

 心当たりが、なくもありません」



「(え、マジで!?)」


 サラヤは無表情のまま、けれどどこか満足げに頷くと、金貨を置いたまま立ち上がった。


「占いは終わりよ。

 サービスで、新作のタルトをあげましょう。

 どうせ今日も、とても甘くない一日だったのでしょう?」


「……ありがたく、頂戴いたします」


 サラヤは、出されたタルトを機械的に口に運んだ。

 そして、何の感情も読み取れない無表情のまま、夜の闇へと消えていった。


 かつて、邪悪なる呪術士集団だった者達の離散。


 悪意の塊かのように思えた彼等ですら、女王パルスイートが作り上げた不労所得という名の歯車に組み込まれ、今日も歪な平和を回し続けている。


 人を呪わば穴二つ。


 けれど、その穴を幸せで埋める術を知った彼らは、この「甘くない」世界で、今日も強かに生き抜いていくのであった。


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