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第168話「番外編『エピローグ』:呪術変態!衛生?半処?」


 王都ブラン……今は、新生王城『モン・ブラン』と名を改めたその城の地下深く。


 かつてはカベルネがそのおぞましい執念で自らの手足を付け替え、あるいは『隷属の指輪』を磨き上げていた暗く湿った石造りの一室。

 今は、パルスイート女王国の『特別尋問室』として、眩い魔導ランプの光が隅々までを照らし出していた。


 その部屋の中央。

 頑丈な魔力封じの椅子に腰掛け、細い手首に鎖を巻かれた一人の女性がいた。


 リシン・カスタール。


 儚げな白い肌に、常に潤んだような大きな瞳。

 薄い桃色の唇は小刻みに震え、まるで冬の風にさらされた小鳥のように、見る者の庇護欲を激しく刺激する美貌の持ち主。

 だが、その足元には、彼女がわずか数日の間に2000人という無辜の民を『素材』へと変え、擬似魔槍ガメイを精製したという、あまりにも凄惨で救いようのない罪が横たわっている。


 私は、その彼女の正面に、豪華な椅子を持ち出してドカリと腰を下ろした。


「……さて」


 私は扇子をパチンと閉じ、膝の上でトントンと叩きながら、目の前の『化物』を見据えた。


「リシン・カスタール。

 アンタがやったこと、一通り報告は受けているわ。

 名もなき村を一つ丸ごと死の工房に変えて、2000人を一人残らず処理した……

 ……ねえ

 なんで、そんな酷いことができるのよ?」


 私の問いは、純粋な疑問だった。

 金のため、権力のため、あるいは怨恨のため。

 何か明確な理由があるのなら、まだ理解のしようがある。

 だが、私の知る彼女の行動には、そのどれもが欠落しているように見えたのだ。


 リシンは、ビクッと肩を跳ねさせると、涙を溜めた瞳で私を見上げた。


「ひぃっ!?

 パ、パルスイート陛下ぁ……。

 そんな怖いお顔、しないでくださいぃ……」


 震える声。


 けれど、その言葉の裏には、罪悪感の欠片も、後悔の響きも存在しなかった。


「リシン、ただ……

 言われたことを、完璧に熟すのが、生きがいなんですぅ……

 殿下が『槍を作れ』って、仰ったからぁ……

 だから、一番効率の良い方法で、一番綺麗に、皆様を素材にさせていただいただけなんですぅ……」


「……効率?」


「そうですぅ。

 一人ずつ順番にぃ……

 絶望の鮮度が落ちないうちに、魔法陣に流し込んでぇ……

 お掃除と同じですぅ。

 散らかったゴミを、一つずつ片付けて、ピカピカにするのと、何も変わらないんですぅ……」


 リシンは、頬を染めてうっとりと語った。

 その無垢な笑顔は、まるで丹精込めて手入れした庭を自慢する少女のようでもあった。


「…………」


 私は絶句した。

 

 横に控えていたエリスも、信じられないものを見る目で口元を覆い、言葉を失っている。


「……こいつ。

 想像以上だわ」


 私が呻くように呟くと、背後の影から、冷徹な殺気を纏ったサラヤが一歩前に出た。


「陛下。

 処しますか?

 この女、倫理観が根本的に損壊しています。

 更生の余地はありませんし、生かしておくだけでリスクの塊かと思われますが…」


 サラヤの右手に、鋭い暗器の刃が握られる。

 彼女の暗部としての直感が、目の前の女を『即刻排除すべき異物』だと断じているのだ。


「サラヤ、勝手に決めないで頂戴。

 ……そうね」


 私は少し考え、リシンの顔を覗き込んだ。


「ねえ、アンタ。

 もし私が今、ここで『死ね』って言ったら……どうするの?」


 究極の問い。

 

 リシンは、きょとんとした顔で小首を傾げると、すぐに満開の花のような笑顔で答えた。


「それは勿論死にますよぉ?

 より良い死に方を、い~っぱい考えてぇ……

 苦しまない方法かぁ、それとも、お部屋を汚さない方法かぁ……。

 一番良さそうなのを選んでぇ~……死にますねぇ♪

 陛下わぁ、リシンがどうやって死ぬのがお望みですかぁ?」


「…………」


 沈黙。

 

 もはや、怒りを通り越して、背筋に冷たい氷を流し込まれたような戦慄が走った。


(こいつ……完全なサイコパスじゃないの!?)


 私は、助けを求めるようにエリスを見た。

 

 エリスは、私と、そして背後のサラヤの様子を交互に伺い、困ったように眉を下げた。


「パルス。

 どうしますの?

 サラヤの言う通り、処刑するのが一番安全な気もしますけれど……」


「……待って。

 とりあえず、本質を探ってからにしましょう」


 私は、椅子をリシンに近づけ、彼女の目を真っ直ぐに見据えた。


「じゃあさ、アンタ。

 カベルネ……あの殿下から命令されてることは別として、自分自身が好きなことって何かないの?

 アンタ自身が、心から楽しいと思えることよ」


「好きなこと、ですかぁ……?」


 リシンは、少しだけ考え込むような素振りを見せた。

 

 やがて、その瞳に、かつてないほど強い輝きが宿った。


「お掃除ですぅ!

 完璧にお仕事してぇ……

 キレイにしてぇ……キレイにしてぇ……キレイに……キレイに……!!」


 彼女は、何かに取り憑かれたように言葉を繰り返した。

 

 その執念は、もはや狂気の領域に達している。


「汚いのが、嫌いなんですぅ。

 不純物が混ざっているのが、我慢できないんですぅ……

 だから、あの村の皆様も、リシンがキレイに……一滴の魔力も無駄にしないように、磨き上げたんですぅ……!

 本当わぁ、殿下が一番混ざってて気持ち悪かったから掃除したかったんですけどぉ……

 お仕事の依頼主なんでぇ…我慢しましたぁっ!!」


「もう良いわ……」


 私は片手で顔を覆った。

 

 処そうかと思ったけれど、こいつ、完璧に方向性が曲がっているだけなのだ。

 悪意ですらない。

 ただ、自らの『潔癖な完璧主義』を、死を弄ぶ技術に転用してしまっただけ。


 毒も使いよう、とはよく言ったものだ。


「エリス。

 ゴニョゴニョ……」


「えっ!?

 そ、それは……

 確かに、適所と言えば適所かもしれませんけれど……」


 耳打ちした私の提案に、エリスが呆気にとられた顔をする。


「……そ、そうですわね。

 それが宜しいですわ陛下。

 毒を以て毒を制す……まさにパルスらしい采配ですわ」


 エリスが納得したように頷くのを確認し、私は再びリシンへと向き直った。


「はい、アンタ。

 処刑は取りやめ。

 決定よ。

 その代わり、新しい仕事をあげるわ」


「ほ!

 ……本当、ですかぁ……?」


「ええ。

 アンタは今日から、我が国の『ハラペーニョ工業地帯』、そこにある食肉解体工場の『衛生担当主任』に任命するわ。

 魔獣の死体をバラして、工場内を微生物一匹残さずキレイにする親玉……やれる?」


「え!

 そ……そんな……

 素敵なお仕事を頂けるのですかぁ!?

 リシン、キレイにするの、大好きですぅ!!」


 リシンが、歓喜のあまり身を乗り出して叫んだ。

 

 2000人を殺した罪悪感よりも、掃除ができる喜びが勝る女。

 

 その感性のズレに、私は改めて深い溜息を吐き出した。


「やっぱそうなのよねぇ……

 そういう感性なのよね、ハァ……キッツいわ。

 ……じゃ、それは良いとして」


 私は、冷徹な女王の顔に戻り、彼女に最後の手続きを告げた。


「アンタには2000人分の殺人罪があるわけよ。

 いくら才能があるからって、それをチャラにするわけにはいかないわ。

 そこを!

 私が!

 新しく考えた罰で、『半処はんしょ』することにしたわ!」


「はんしょ……え?

 何ですかぁ、それ?

 美味しいお菓子か何かですかぁ?」


 首を傾げるリシンに、私は無慈悲な宣告を下した。


「1日1回、アンタを半殺しにして、全回復させるのよ!

 ロザリオの聖女の力を使ってね。

 それを、2000日間、毎日よ」


 部屋の空気が、さらに一段と冷え込む。

 

 死ぬ間際の苦痛を、毎日味わわせる。

 そして死なせない。

 永遠に続くような絶望のループ。


 だが。


「うわぁ……!

 ぞくぞくしますぅ……!!」


 リシンは、顔を赤らめ、恍惚とした表情で身悶えした。


「毎日……死ぬほどキレイにされて、また元に戻るなんて……

 陛下、なんてリシンの好みを分かってくださるのぉ……!」


「…………」


 私は、何も言わず、ただ静かに立ち上がった。


「という訳で。

 2000日間、労働しながら半処す刑に処すわ!

 サラヤ、連れて行きなさい。

 ロザリオには『新しい実験体よ』って伝えといて」


「畏まりました。

 ……存分に、教育させていただきます」


 サラヤが、獲物を見つけた狩人のような目で、リシンを連行していく。


 それから、数ヶ月。


 ハラペーニョ工業地帯の衛生環境は、劇的な進化を遂げていた。


 巨大な食肉加工ライン。

 

 そこで働く工員たちは、皆一様に、真っ青な顔をして作業に勤しんでいた。

 なぜなら、少しでも床に血痕が残っていたり、ボルトの隙間に汚れがあれば、どこからともなく主任のリシンが現れるからだ。


「あらぁ……

 ここ、不純物が残ってますぅ……

 キレイに……キレイに、しなければなりませんねぇ……?」


 彼女の手に握られた、特殊な滅菌魔法を纏ったモップ。

 

 彼女の呪術的な『調律』の技術は、今や工場の不純物を徹底的に排除するためにのみ使われていた。


 その結果。

 パルスイート女王国の食肉製品は、驚異的な保存性と品質を誇るようになり、市場でのブランド価値は爆上がりした。

 当然、私の不労所得も、チャリンチャリンと景気よく増え続けている。


 日の沈みかけた工場。


「ふぅ……

 今日も、キレイになりましたぁ……」


 リシンが、ピカピカに磨き上げられた床に、満足げに腰を下ろす。

 

 その直後。


「時間よ。

 リシン・カスタール」


 影の中から、サラヤが現れた。

 

 背後には、死んだ魚のような目をしたロザリオが、白銀の小手『祓双拳』を嵌めて立っている。


「あ、ロザリオ様……!

 リシン、準備できてますぅ……

 さあ、今日もリシンを……完璧に、調律してくださいぃ……!」


「……まじで、こいつ、怖いんだけど……」


 ロザリオが、嫌そうな顔をしながらも拳を構える。


 ドゴォォォォォンッ!!!


 工場の隅から、凄まじい衝撃音が響き渡る。

 

 その後、まばゆい浄化の光が辺りを包み込む。


 一日の労働を終え、半殺しにされ、そして再び全回復して立ち上がるリシン。


「あはぁ……

 スッキリしましたぁ……

 さあ、また明日も……お掃除、頑張りますねぇ……!」


 血まみれの服を、魔法一発でピカピカに修復しながら、彼女は鼻歌を歌いながら立ち去っていく。


 毒も使いよう。

 

 理不尽なまでの合理性と、狂気の潔癖さ。

 

 新女王パルスイートの不労所得システムは、こうして一人の『呪術変態』をも歯車に組み込みながら、今日も完璧な清潔さと共に、力強く回り続けていた。


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