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第131話「凶報伝達!打開?防衛?」


 遠くパプリカ領から、実家であるアセスルファム公爵家へと急ぎ帰還したエリスリトール。

 彼女は今、公爵邸の最下層にある重厚な石造りの廊下を、ドレスの裾を翻しながら駆け抜けていた。


 冷たく澄んだ空気が肌を刺す地下保管庫の前には、派閥の筆頭として常に温和な表情を崩さない父、アセスルファム公爵が険しい顔つきで待機している。

 その額には深い皺が刻まれ、普段の柔和な雰囲気は微塵も感じられない。

 

「お父様!!」

 

 エリスリトールが叫ぶように声を上げると、公爵は無言のまま重々しく頷いた。

 

「エリスリトール、戻ったか。

 アゼズルガルは何と言っていたのだ。

 結界の中に、一体何が隠されていた?」

 

 公爵の問いかけに、エリスリトールは乱れた呼吸を整えながら、限界まで強張った表情で言葉を紡ぎ出した。

 

「はい……保管庫の中に、ズルチン侯爵家の至宝、魔槍ズールティンが匿われておりました。

 ですが、それ以上に……恐ろしい事実が判明いたしましたわ」

 

 エリスリトールは、アゼズルガルの中継を通してズールティン(千歳結衣)から聞いた真実を、余すところなく公爵に報告した。

 第二王子アーリーの中身が、得体の知れない別の異常者に入れ替わっているかも知れないこと。

 そして彼が結婚式の夜、チクロに禁忌の魔導具『隷属の指輪』を嵌め、完全に洗脳してその圧倒的な武力を己の手駒にしようとしたこと。


 ただ、本来のチクロお嬢様が親友である千歳を救うために身代わりとなって自我を封印し、感情のない戦闘マシーンと化してしまったことに関しては、一部の事情は伏せた上で伝えることにした。


(チクロさんやパルスが転生者だと言う事は、伏せておくべきですわよね…)


 その信じがたい言葉の数々に、公爵の顔色からみるみると血の気が引いていくのがわかった。

 長年、権謀術数が渦巻く王宮で生き抜いてきた大貴族としての直感が、娘の言葉が真実であることを告げていたのだろう。

 

「……馬鹿な。

 あのアーリー殿下が、偽物……?」

 

 公爵は愕然として呟いたが、すぐにその眼光を鋭く細め、ギリリと奥歯を噛み締めた。

 

「……いや。

 最近の殿下の目に余る凶行、そして急進的な派閥の切り崩し。

 すべては、その得体の知れない異常者の狂気によるものだとすれば、腑に落ちる」

 

 公爵は重々しい足取りで数歩歩き、冷たい石壁にドンッと手をついた。

 

「あの小倅、ただの愚か者ではなかったと言う事か。

 王族の権力と、ズルチン家の至宝の武力。

 その二つを完全に掌握したとなれば……もはや、王家は完全に狂気に支配されていると言っていい」

 

「お父様、ズールティンの推測では、チクロさんの肉体が、私たち鳩派の粛清に向けられる可能性が高いとのことですわ。

 自我も魔槍も失ったとは言え、彼女の力は一騎当千。

 四大至宝の継承者でも投入しなければ止められない程の、圧倒的な武力ですわ。

 まともにぶつかれば、被害は計り知れません!」

 

 エリスリトールが悲痛な声で訴えると、公爵は深く重い溜息を吐き、そして決然とした表情で娘を見据えた。

 

「……わかっておる。

 事態は一刻の猶予も許さない。

 ただちにアセスルファム派閥の全軍に警戒態勢を敷き、防衛網を構築する」

 

 公爵は振り返り、廊下の奥で控えていた家臣たちに次々と厳しい指示を飛ばし始めた。

 

「各領地に急使を走らせよ!

 王家からのいかなる命令も、我が家の承認なく従うなと伝えるのだ!

 エリスリトール、アゼズルガルに本邸の結界を最大出力で展開するよう伝えてくれ。

皆の者、迎撃の準備を急げ!」

 

 家臣たちが血相を変えて散っていく。

 嵐が来る。

 それも、国を二分するような巨大な嵐が。

 

「エリスリトール」

 

 公爵が、再びエリスリトールに向き直った。

 

「お前はすぐに、パプリカ領へ早馬を走らせよ。

 パルスイート嬢にも、この凶報を伝えるのだ。

 あの地も、決して安全ではない」

 

「はい、お父様!」

 

 エリスリトールはドレスの裾を強く握り締め、手紙をしたためるべく急ぎ足で駆け出した。

 感情を封じられた親友の圧倒的な暴力が、大切なもう一人の親友であるパルスイートの築き上げた領地へと向かうかもしれない。

 その想像だけで、彼女の心臓は凍りつきそうだった。


 場面は変わり、辺境の地パプリカ領ピメントの町に建つ領主館。

 平和で強欲な私の不労所得ライフは、今日も変わらず穏やかな時間を刻んでいる……はずだった。


 裏庭では、最強の庭師であるサッカリンが犬王ソーマチンと無邪気に遊んでおり、執務室の隅ではサラヤが帳簿の確認を淡々と進めている。

 窓から差し込む陽光が、平和の象徴のように暖かく私を包み込んでいた。

 

 だが、その平穏は突如として領主館に飛び込んできた、血相を変えた使者によって、無惨にも打ち砕かれる事となった。

 

 突如、慌ただししノックとともに、執務室の扉が乱暴に開かれる。


 泥だらけの早馬の使者が、低く頭を下げ、息も絶え絶えに手紙を差し出す。

 王都方面から昼夜を問わず駆け通してきたのだろう、使者の顔には極度の疲労と焦燥が浮かんでいた。

 

「パルスイート様!

 エリスリトール様より、至急の書状でございます!」

 


「エリスから?

  急使を立てるなんて、一体何事よ?」


ただならぬ気配を感じ、私は手に持っていた冷たい紅茶のカップをソーサーに戻して、急いで手紙を受け取った。


 封蝋を雑に割り、中身に目を通す。


 迷宮都市メレンゲでビアンコ男爵から、私の玉の輿簒奪計画が王家に利用されていたという陰謀の全貌は、すでに聞かされていた。

 だからこそ、ある程度の事態の悪化は想定していたつもりだった。

 だが、エリス程の達筆が、辛うじて読めると言う位に走り書きされた文字で綴られた真実は、私の最悪の予想を遥かに超える、おぞましく理不尽なものだった。

 

 アーリー王子の中身が、得体の知れない異常者に入れ替わっているかもしれないこと。

 彼が結婚式において、チクロに禁忌の魔導具『隷属の指輪』を嵌め、完全に洗脳して手駒にしようとしたこと。

 私達がチクロとして接していた日本人の魂、千歳結衣は、実は魔槍ズールティンに転生したのであり、本来のチクロお嬢様の魂と、入れ替わりになっていたこと。

 本物のチクロお嬢様が再度の入れ替わりを行い、本来の肉体に戻って千歳結衣の身代わりとなったこと。

 そして彼女自身は自我を封印し、感情のない戦闘マシーンと化してしまったこと。

 

 その悲劇を綴った文面の最後には、こう締めくくられていた。

 

『偽者と思われるアーリーは、チクロの圧倒的な武力を使い、邪魔な私たちの属するアセスルファム公爵派閥の粛清に動く可能性が高いと推測されます。

 そしてそうなれば、莫大な富を産んでいる貴女とワタクシのパプリカ領も……間違いなくその標的になりますわ。

 どうか、最大限の警戒を』

 

 手紙を読み終え、私は無言のまま、手に持っていたレースの扇子を強く握りしめた。

 

 ミシッ……。

 

 扇子の骨が悲鳴を上げ、私の握力によって真っ二つにへし折れる。

 

「……あの、クソ野郎」

 

 腹の底から、どす黒く煮え滾るような怒りが湧き上がってくるのを感じた。


 アーリー本人か、はたまたその皮を被った異常者か。

 いずれにせよ、そいつは他人の人生をゲームのように弄び、私の大切な親友たちを傷つけた。

 チクロがどれほど花や緑を愛し、平穏な園芸生活を望んでいたか。

 それを、あの男は己の傲慢な欲望のためだけに踏みにじったのだ。

 

(許さない……。

 絶対に、許さないわ……!)

 

 だが、怒りに任せて暴走している場合ではない。

 感情のない戦闘マシーンと化したチクロ。

 至宝である魔槍ズールティンがなくとも、彼女自身の肉体が持つ武力は間違いなく脅威でしかない。


 自我がない分、ブレーキの効かない純粋な暴力性を発揮する懸念もある。

 彼女が差し向けられれば、パプリカ領などは一瞬にして血の海となるだろう。

 

「サラヤ!

 ソルビトールとサッカリンを呼んで!

 至急、作戦会議よ!」

 

「御意」

 

 影のように控えていたサラヤが、音もなく部屋を出ていく。

 私は折れた扇子を床に放り投げ、大きく息を吐き出した。

 迫り来る理不尽な暴力に対する防衛策を、フル回転で練り始める。


 数分後、執務室の重厚なデスクを挟み、私はソルビトール、サッカリン、サラヤの三人を前に、厳しい顔つきで腕を組んでいた。

 先ほどエリスからの手紙の情報を共有すると、歴戦の傭兵であるサッカリンでさえ、顔色を悪くして唸り声を上げた。


「まさか、こんなにも早くこのような事態が訪れようとは…」


 こんな時、いつもなら軽口を叩いて緊張感を和らげるソルビトールですらも、眉間に深い皺を寄せ、軽くこめかみを押さえる。


「……あの嬢ちゃんが、感情を封じた戦闘マシーンになっただと?

 冗談キツいぜ。

 そんなモノがここを狙ってくるなんざ、正気の沙汰じゃねぇ」

 

 サッカリンは頭をガシガシと掻きむしりながら、忌々しげに舌打ちをした。

 

「お嬢、はっきり言っておくぜ。

 俺が束になっても、あの嬢ちゃん相手じゃ赤子扱いだ。

 前に裏庭で立ち合った時のこと、覚えてるだろ?」

 

 あの日の記憶が鮮明に蘇る。

 チクロが魔獣の森の更地化を行う前日、サッカリンが渾身の力を込めて振り下ろした大剣を、チクロは親指と人差し指だけで摘まんで止めたのだ。

 圧倒的で、理不尽なまでの実力差。

 

「うちの兵を総動員して防衛戦を敷いたところで、ただの肉片にされるだけだぞ。

 中途半端な戦力じゃ、時間稼ぎにすらならねぇ。

 余程の実力者か…それこそ至宝の継承者でも居なければ、まともに相手も出来やしねぇぞ」

 

「サッカリンさんの意見に同意します」

 

 サラヤも眼鏡を光らせながら、冷徹に現状を分析する。

 

「単独での制圧力において、現状チクロ様の右に出る者はおりません。

 防壁や罠をいくら構築したところで、理不尽な力技で突破されるのが関の山です。

 パプリカ領の防衛レベルを最大に引き上げたとしても、防衛は不可能かと存じます」

 

「わかってるわよ、そんなこと」

 

 私は忌々しげに親指の爪を噛んだ。

 この領地の最高戦力であるサッカリンでさえ手も足も出ない相手。

 私が持っている『光魔法アンホーリー』やモーニングスターの鈍器攻撃など、彼女の前では児戯に等しいだろう。

 今の私たちでは、彼女の進軍を止めることはできない。

 だが、手をこまねいてパプリカ領が蹂躙されるのを見ているつもりは毛頭ない。

 私の不労所得の楽園を、得体の知れない異常者の思い通りにさせてたまるものか。

 

「……打開策が、全くないわけじゃないわ」

 

 私が低く呟くと、サッカリンとサラヤが同時に顔を上げた。

 ソルビトールは何か思う所があるようだが、今は私達のやりとりの結末を待つつもりなのだろう。


「私たちだけじゃ無理なら、知恵を借りるしかないわ。

 一騎当千の怪物に対抗する手立てを知っているかもしれない実力者にね」

 

 私の視線は、窓の外……遠く離れた迷宮都市メレンゲのある方角へと向けられていた。

 

「ビアンコ男爵よ」

 

 私がその名を口にすると、ソルビトールは「ふむ…」と何かに納得した素振りを見せ、様子見の姿勢に戻った。

 それと同時に、サラヤがわずかに目を細める。

 

 「元S級冒険者、『戦場の魔狼』ウルファング・ビアンコ男爵ですか。

 確かに、彼ならば上位の戦い方や、理不尽な武力に対する対抗策を存じているかもしれません」

 

「でしょ?

 ビアンコ男爵だって、伊達にS級張ってたわけじゃないはずよ。

 それに、王家の陰謀については私たちと情報を共有している仲でもあるわ」

 

 メレンゲのギルドでの密談で、彼が背負わされた過酷な運命と、王家の黒い思惑は聞かされている。

 同じように王家から理不尽な扱いを受けている彼ならば、この事態に対しても協力を惜しまないはずだ。

 

「一刻の猶予もないわ。

 サラヤ、すぐにビアンコ男爵宛の緊急の書状を用意して。

 それと、面会の手配もね。

 すぐに連絡を取るわよ」

 

「御意。

 早急に手配いたします」

 

「お嬢、行くなら俺も護衛として付き合うぜ。

 何があるかわからねぇからな」

 

 サッカリンが頼もしく頷く。

 本格的な戦火が、この平和なパプリカ領に迫っている。

 ならば、使える手駒はすべて使い、最善の盾と矛を用意するまでだ。

 私は窓の外に広がる領地の景色を見つめながら、静かに、しかし確かな覚悟を固めた。

 

 嵐の前の静けさの中、守銭奴令嬢は己のすべてを守り抜くため、かつての魔狼へと助けを求める決意を固めたのである。

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